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暗澹冥濛


 仁乃の活躍によって暴れまわる少年の身柄を無事に拘束する事に成功したのだったが、その少年の身は突如として不可解な変貌を遂げる。

 今までも焦点の合わない状態で奇声を上げ続けておりまともとは言えなかったが、今の彼の異常さはそんな比ではない。何故ならば――


 「ぶげげげげ……!?」


 まるで車に潰れたカエルの様な汚い声を口から絞り出しながら少年の身体はドンドンと肥大化しているのだ。今も彼の皮膚が水疱の様にブツブツと膨らんでいる。

 仁乃の手によって拘束されている少年の肉体はボコボコと体の至る部分が膨らみ、今にも破裂しそうであった。


 男の体が際限なく膨らみ続ける事で加江須はこの後の展開を予測できた。


 「ぐっ、離れるぞ仁乃! ここは危険だ!!」


 「うわっ、ちょ、加江須!?」


 仁乃の手を掴んで今もまだ膨らみ続けている少年から彼女と共に離れようとするが、加江須の判断は一瞬だけ遅かったのだ。


 ――バアァァァァンッ!!!


 まるでダイナマイトでも爆発したかのような破裂音が周囲へと響き渡った。しかしこの大きな破裂音も凄いが、それ以上に内側から人間の体が四方八方へと破裂した事の方が遥かにこの場を混乱させたのであった。


 「うわああああああああ!?」


 「ば、爆発して…うぷっ!?」


 遠巻きに様子を見ていた野次馬達はその壮絶すぎる現場に全員もれなく騒ぎ出す。

 野次馬達は恐ろしさの余りその場から走って逃げる者、凄惨すぎる場面に気を失う者、気分が悪くなり嘔吐する者、恐怖が最高点に達し泣き叫ぶ者など様々であるが皆が大混乱していると言う点は共通していた。

 

 しかし中でも一番の精神的な被害が大きかったのはゲームセンターの入り口付近に居た人間達であった。


 「うわああああああああ!?」


 「うえええ!? ひ、人が人があぁぁあぁぁあぁ!?」

 

 目の前で爆発した人間爆弾による弾けた肉片は周囲に飛び散り、その飛び散った人間の小さな肉の部位は近くで様子を窺っていた人間の衣服や髪、顔や靴などとにかく色々な場所に付着したのだ。そんな物が自分の身体にへばり付けば混乱するのは無理もないだろう。中には腰を抜かしてその場で尻もちを付く者も居る。


 「ぐっ…なんて事だよ。大丈夫か仁乃?」

 

 「う、うん…でも…うぐ…」


 加江須に手を引かれて爆発直前に爆発地から多少は距離を取れた加江須と仁乃であるが、それでも一番近くに位置していたので被害もこの二人が一番デカかった。

 爆発した少年の体内を駆け巡っていた血液が二人の体へと大量に降り注ぎ、二人の体には赤い液体が点々といくえにも付着していた。勿論細かな肉片などもついており思わず吐き気がする仁乃。いくら転生戦士として戦ってきたとはいえ同じ人間の肉片を浴びるのはいい気分はしないだろう。むしろよく耐えている方とも言える。


 「おい大丈夫かお前ら!!」


 加江須たちの元に氷蓮たちが慌てて駆け寄って来た。

 氷蓮は加江須同様にまだこのような凄惨さに耐性があるみたいだが、黄美や愛理はとても我慢できず口元を手で押さえて青ざめている。


 「ひ…酷いねこれ。うう…」


 愛理が無残にも飛び散った現場を見てみると、よく見れば腕が1本転がっていた。

 

 「うぐっ!? ムリムリムリ!!」


 とてもこれ以上は直視できないと目を伏せる愛理であるが、そんな彼女とは異なりイザナミはじっーと無残にも飛び散った少年の居た現場を無言で観察している。

 普段はとてもビクビクとしているイザナミだが今はどこか真剣な顔で爆散地を見つめ続けている。


 「(どうしたんだイザナミのやつ…いや、それよりもこれはまさか…)」


 イザナミの様子も少し気にはなるがしかし今はこの阿鼻叫喚な惨状の原因の方が重要だ。

 最初は少しとち狂った普通の人間の犯行かと考えていたが、肉体の内側から生身の人間が爆発なんて通常では有り得ない現象だ。という事はこの惨状の原因はつまり……。


 「みんな気を付けろ!! この惨状はゲダツの仕業の可能性が高い。黄美と愛理は俺から離れるな!!」


 加江須はそう叫ぶと同時に非戦闘員である黄美と愛理の二人の傍によって二人を守る体制を取る。

 転生戦士である仁乃と氷蓮も神力を高めていつでも迎撃が出来る体制をすでに取っていた。だがそんな中でイザナミだけは未だに爆散地の中心を無言で見ている。


 「おいイザナミどうした? さっきから何を見ているんだ?」


 加江須がそう言うがイザナミは視線を逸らそうとしない。

 全く返事もせず不審に思い肩でも叩こうかと思ったが、次の瞬間に彼女は一気に加江須の元まで後退してこう叫んだ。


 「皆さん気を付けてください!! あの爆発した血の海の中心、そこにゲダツが居ます!!」


 「なっ、マジかよ!?」


 イザナミの言葉に驚きながら氷蓮が慌てて周囲に氷柱を展開する。

 先程までは周りに人の目があるために迂闊に能力を使用できなかったが、皮肉なことに人間の爆破と言う異常な事態に周囲に居た一般人は散り散りとなって消えており、人の目がない今ならば能力を使用する事ができた。


 「おいイザナミ! ゲダツが居ると言っていたが何処にいるんだ。姿も見えなければ気配すら感じないぞ」


 イザナミにはどうやらゲダツの居場所が分かっている様だが、加江須たちにはそのゲダツが何処にいるか全くわかっていないのだ。姿はおろか気配すらも彼らには感知する事が出来ないのだ。

 しかしゲダツの所在を尋ねる加江須であるが、彼女はしかめっ面で爆散地を再び見ていた。


 「だ、ダメです。どうやら気配を消す事が出来るタイプの様です。それに…あのゲダツのサイズが小さすぎて気配も感知しにくいんです」


 「(サイズが小さいだと。じゃあゲダツがこの場に居るにもかかわらず感知できなかったのはそのせいか)」


 今までのゲダツはいずれもが目視できるサイズであった。それが例え人型であろうが獣の様なタイプであろうがだ。しかし今回のゲダツはサイズで例えるならビー玉程度の大きさなのだ。サイズが小さすぎた故に放たれる気配も従来のゲダツよりも遥かに小さかった。だからこそすぐ傍に加江須たちの様な転生戦士が居たにもかかわらず誰も気付かれなかったのだ。

 しかし今回は力を封じているとはいえ女神であるイザナミが居たためにゲダツの存在に気付くことが出来た。だがそれも一瞬の事、ただでさえ気配の小さなゲダツも生きる為の生存本能なのかは知らぬが自らの気配を殺しイザナミの索敵から逃れたのだ。


 「す、すいません。やはり見失ってしまいました。ですがそう遠くには逃げていないかと…」


 「この近くには居るかもしれないんだな。だったらこうしてやんよぉ!!」


 氷蓮が大声と共に地面に手を着いて神力を放出すると、彼女の能力で周囲の地面は一瞬で氷漬けとなった。

 

 「どうだ…これで捕える事が出来たか?」


 地面の上に薄く張られた氷の表面を眺めながら氷蓮がイザナミへと尋ねる。

 今も彼女は周囲の索敵を行っており、ゲダツの気配を探知し続けている。


 「……え?」


 索敵を行っていたイザナミであるが、彼女の顔がいきなり青ざめた。


 「う…うそ…」


 「……イザナミさん? どうかしたの?」


 突然顔色が悪くなったイザナミの横顔に仁乃も嫌な予感を感じる。

 

 「み…見つけました。ゲダツの今の居場所を……でも…」


 「なに!? ゲダツのヤツはどこに居るんだ。教えてくれ!」


 加江須が炎を拳に灯していつでも攻撃が出来る準備を整える。

 だがイザナミの様子が目に見えて変だ。ゲダツの居場所を補足できたにも関わらずにまるで逆に追い込まれているかの様な顔をしているのだ。


 「おいイザナミどうした!? 敵はどこに潜んでいるんだ!!」


 何も言わずじれったくなりつい語句を荒げてしまう加江須。

 だが少しきつい口調の加江須に対してもイザナミはいつもの様な泣きそうな顔はせず、指先を震わせながら彼女はある人物を指差した。


 イザナミが指を差した方向には――加江須たちと同じように警戒をしている仁乃の姿が在った。


 「……え?」


 イザナミがどうして自分を指差して震えているのか理解できずに素っ頓狂な声を漏らしてしまう仁乃。

 何故彼女は自分の事を指差しながら絶望的な顔をしているのだろう? 加江須はゲダツの居場所を尋ねていた筈だ。それなのにどうして私の事を見て震えてるのだろう?……。


 「お…おい待てよ。頼むからちょっと待ってくれよイザナミ」


 イザナミの行動が最初は理解できなかった加江須であるが、しばし自分で考えた後にその行動の意味が理解できてしまった。それは加江須だけでなく、仁乃以外の全ての者も同様であった。この中で一番鈍い氷蓮ですらもイザナミが仁乃を指差し震える理由が分ってしまい一気に青ざめた。


 「ね…ねえみんな。どうしてそんな怯えた様な顔をしているのよ? わ、私がどうかしたの…?」


 彼女はそう問いかけていたが、そんな事を言っている彼女自身も青ざめた顔をしていた。

 それは仁乃自身も今の自分の置かれている状況が理解できたからだ。でも自分のその予想が外れて欲しくて彼女は何も分かっていないふりをする。そんな事…認めたくないから……。


 しかし無情にもイザナミは泣きそうな顔をしながら残酷な現実を口にした。


 「ゲ…ゲダツの気配を感知する事ができました。今…ゲダツは――仁乃さんの体内に潜んでいます」


 イザナミの口から告げられたその事実はこの場に居る全ての者を絶望一色に染めるには十分すぎる現実であった。



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