表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/335

様子のおかしな一般人


 「ううううう~……」


 クレーンゲームのケース内を見つめながら涙交じりに唸るイザナミ。

 そんな彼女の視線の先ではクレーンのアームに掴まれているぬいぐるみが無情にもぽとっと落ちて行った。


 「うううううう~…また落ちましたぁ」


 何とか取り出し口まで運ぼうとしていたぬいぐるみは何度もあと一歩のところで落っこちてしまうのだ。そしてぬいぐるみが落ちるたびにクレーンが定位置に戻るよりも早く彼女は百円を握りしめていた。

 そんな事でもう一度再チャレンジしようとすると、隣のクレーンゲームから喜びの声が聴こえて来た。


 「ありがと加江須~! またお友達が増えちゃった♪」


 「私も宝物にするよカエちゃん。あなたが取ってくれた思い出の品として」


 「おいおい大げさだな。逆に恥ずかしくなるから恩を感じないでくれよ」


 隣を見てみると加江須の手腕によって仁乃と黄美の腕の中には二人のお目当てのぬいぐるみが納まっていた。

 その光景を見てイザナミの瞳にはぶあっと涙が溜まり始める。


 「あれ? なんか視線が…うわっ」


 恋人たちに喜んでもらえて少し照れ臭そうに笑う加江須。だが背後から何やら視線を感じて振り返ってみると、そこには涙目で震えるイザナミの姿が在った。

 まるで小鹿の様に震えているイザナミの視線は二人の腕の中のぬいぐるみに注がれている。


 「あー…取れなかったのか?」


 加江須が分かりきっているが一応そう尋ねると目元の涙をイザナミはだーっと流した。


 「ちょ、取ってやるからそんな無言で滝の様な涙を流すな!!」


 とてもじゃないが見ていられないイザナミの姿に急いで隣のクレーンゲーム台へ移ると、百円を入れて速攻で彼女の目当てのぬいぐるみを取ってあげた。


 「ほれ取れたぞ。だからもう泣き止めよ」


 イザナミが何度も挑戦しても取れなかったぬいぐるみが加江須の手によって彼女へ差し出される。

 今まで暗い顔をしていた彼女だが、ケース越しのぬいぐるみが手元に差し出されて一気に明るい表情となった。


 「ありがとうございます!!」


 ぬいぐるみを抱きしめながら満面の笑みで感謝を伝えるイザナミ。そこには心から喜んでいる1人の女の子の姿が在った。

 こんな顔を見れたなら外に出た価値は十分にあったと思っていると……。


 ――『きゃあああああああああ!?』


 「!?」


 ゲームセンター内に響き渡ったのは女性の悲鳴であった。

 加江須だけでなく、仁乃たちや他の一般客達も自分が今しているゲームの手を止めて悲鳴が聞こえて来た方向へと目を向ける。

 どうやら今の声の発生源はゲームセンターの入り口付近らしい。


 「な、何かあったんですかね?」


 「……まさか」


 嫌な予感がして加江須たちは全員ゲームセンターの入り口まで急いで向かってみる。

  

 そこには手にカッターナイフを持って暴れている1人の少年の姿が在った。


 「おいおい、何やってるんだよ」


 加江須が少しギョッとして暴れている少年を睨みつける。どうやらゲダツ関連の問題ではなかったが異常事態には違いない。

 カッターを振り回しているすぐ傍では1人の女性が尻もちを着きながら片腕を押さえていた。よく見ると出血しておりどうやらあの男に切り付けられたようだ。


 「お、おいやめないか!」


 カッターとは言え刃物を振り回して奇声を上げる少年を止めようと近くに居たガタイの良い中年の男性が少年の腕を掴むが、その少年の動きは止まらずそのまま少年は男性を片腕で放り投げる。

 投げ飛ばされた男性はそのまま自動販売機に顔面から激しく激突した。


 「うぐお…げげ…」


 顔面から自販機に激突した男はそのままガラスを突き破り周囲には少量とは言え血が飛び散った。

 ガラスに突き刺さっている顔を自販機から引っこ抜いて振り返った男性の顔面はズタズタとなり、大量のガラス片が突き刺さっている。

 

 「うあ~…あっあっあっ」


 男は投げ飛ばされた際に悲鳴を上げており、そのせいで開いていた口の中にいくつかガラスの破片が飛び散り舌も血まみれのズタズタであった。

 そんなスプラッター映画の様な惨状を見て周囲に居た野次馬達が悲鳴を上げて逃げ惑う。


 「おいおいやり過ぎだぜ!!」


 少し様子を見守っていた自分の間抜けさに思わず吐き気がした加江須。

 自分がもっと早く動いていればあの男性があそこまで大怪我をする事も無かったかもしれないのに!!


 「そこまでにしろてめぇ!! 何を癇癪起こしてんだよ!!」


 加江須が怒鳴りながら少年に近づいて行くと、少年はカッターナイフを握りしめソレを躊躇もせずに加江須の眼球へと奇声と共に突き出す。

 

 「(なっ…意外と速いぞコイツ!)」


 もちろん加江須からすればてんで大したことのないスピードであるが、一般人と比較して見ればかなり素早い動きをする少年。

 少年が突き出して来た眼球への攻撃を軽く回避する加江須であるが、その際に彼は少年の眼を見て違和感を覚える。


 「(コイツ…どこ見てんだ?)」


 目の前の男は自分に向かってカッターで攻撃しているにもかかわらず、目の焦点が全くあっていないのだ。顔だけをこちらに向けて視線は自分を見ていない。左右の視点がそれぞれバラバラであり、よく見ると口の端からは泡を吹いている。

 もしかして何やら危ない薬を服用でもしているのかと思い、一早く無力化しようと考え相手の腕を掴むとそのまま背負い投げをする。

 もちろん相手が普通の人間という事もありかなり加減はしたが、それでも転生戦士の背負い投げは常人より強力で激しい激突音が周囲に響いた。


 「大人しくしてい…うおっ!?」


 そのまま拘束しようとするがなんと相手は地面に叩きつけられた直後に起き上がり、未だに手放していないカッターを加江須の喉へと振るって来た。

 

 「チッ!!」


 まるで痛覚が存在していないかのような動きに多少強引な方法を取る加江須。

 突き出して来たカッターを持つ右手首を掴むと瞬時に外し、そしてカッターを奪い取り顔面に蹴りを直撃させる。


 「…悪く思うなよ」


 蹴りを入れた瞬間に嫌な感触を感じた。恐らくは鼻の芯を砕いてしまったのだろう。いくら見境の無い状態とは言え一般人にそれなりの力を振るった事に少し後悔していると……。


 「ガアアアアアアアッ!!!」


 顔面に蹴りを入れられ鼻血を吹き出しながらも男はのけぞった状態から踏み止まり、そのまま加江須の二の腕に噛み付いてきたのだ。

 

 「なっ…マジでなんだよコイツ!?」


 今の蹴りはかなり威力を籠めて入れてやったはずだ。何しろ攻撃の直後に自分自身で後悔すらしたくらいなのだ。実際に男の鼻も曲がり今も滝のように鼻血を流し続けているのだ。そんな状態でも怯むことなくこの男は自分に噛み付いてきたのだ。

 

 「か、加江須待ってて! 今加勢するわ!!」


 今までは様子を見ていた仁乃たちであったが、加江須がたかだか噛み付きとは言え攻撃を受けて我慢できなくなったのだ。

 仁乃は能力で糸を出そうとするが加江須が無言のまま手で留まるように制する。


 「(何で止めるのよ加江須?)」


 どうして加江須が止めて来たのか理解できなかった仁乃であるが、ここで黄美が小さな声で囁いてきた。


 「仁乃さん。まだ周りには人が…」

 

 「あ……」


 加江須が攻撃されている余りに少し冷静さをかいていたが黄美に言われてようやく周囲の目に気付く。そう、あの男が暴れたために周囲に居た人間達は距離を置いているがまだ遠巻きに野次馬が事の成り行きを見守っているのだ。もしここで能力なんて使用すれば一般人たちに能力を披露する事となってしまう。だからこそ能力を使う訳にも行かず加江須も鎮圧するのに炎を扱わないのだ。


 「なら…見えない糸なら問題ないわよね」


 そう言うと仁乃はまだ他の人間の眼があるにも関わらず能力を発動しようとする。


 「おいおいお前何をやろうと…」


 こんな場所で能力を使うなど正気かと仁乃の事を見る氷蓮であるが、彼女はニヤリと不敵に笑った。


 「私もこの能力を持って随分と経つのよ。いくつか新技くらいは編み出しているわよ」


 そう言いながら仁乃は能力で指の先から糸を出したが、その糸は全く視認する事が出来ない。

 黄美や愛理だけでなく、同じ転生戦士である氷蓮の眼にも仁乃が指から出している糸を視認する事が出来なかった。


 「無色の透明な糸…さあ拘束するわよ! クリアネット!!」


 仁乃が作り出した糸は従来の物も細い糸は視認する事が困難であったが、この糸はそもそもの色が付いていない無色の糸なのだ。

 いつも加江須に助けられてばかりの彼女がこの夏休みの空き時間を利用して作り出した新種の糸だ。


 仁乃が放った網目状の透明の糸は加江須の腕に噛み付いている男を拘束し、そのまま彼の体を縛り上げて身動きを取れないようにしてやった。

 ギチギチに絡んだ糸は男をまるでチャーシューの様に縛り上げ、まともに立っている事も出来ずにその場で無様に転がった。


 「がうううううううッ!?」


 獣の様な奇声と共に糸から脱出しようとするが神力が巡っている糸だ。とても一般人の腕力で千切れる様な代物ではない。


 「見えない糸とは…。仁乃、いつの間にこんな技を」


 自分が取り押さえる事が出来ずに苦戦していた相手を一瞬で無力化した事に感心していると、加江須の隣まで仁乃が寄って来て得意げに笑った。


 「どう? 私だって少しは出来るようになっているでしょ」


 腰に手を当ててふふんと得意げに笑う仁乃。

 確かにコレならば周囲の人間達に能力がバレる事もない。いきなり地面に転がった男の様子に野次馬達は訝しんではいるが能力が露呈したわけではない。


 「お手柄だぞ仁乃。さすがは俺の彼女だ」

 

 そう言いながらよしよしと頭を撫でて上げると、一瞬だけぱあっと笑顔になるがすぐにハッとなってふんっとそっぽを向く。だがそっぽを向いても頭を撫でられる事に文句は言わない辺り相当嬉しいのだろう。


 「そ、それよりコイツをどうにかしないと。縛り上げているとはいえこのまま放置しておくわけにもいかないでしょ」


 「そうだな。でもゲダツって訳でもないしここは警察に…」


 そう言いながら加江須が地面に転がっている男を見てギョッとした。

 なんと地面で縛られている少年は口から大量に血の混じった泡を吹いており、目からも出血をしているのだ。

 

 「な…なんだよコレ…?」


 「か、加江須? コイツなんか様子が…」


 男の容体の異常さに二人が思わず唾を呑み込んだ次の瞬間――男の全身が一気に膨張した。


 「不味い! 仁乃コイツから離れ…!!」


 次の瞬間――男の体が内側から激しく爆発した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ