女神様のハプニングとぬいぐるみ
イザナミの為のガス抜きと思い街へと繰り出した加江須たち。
1人の少年と5人の女性と言う構図に少し周囲の目が気になる。しかも全員が美少女と呼べるルックスをしているので目立つのも無理はないかもしれない。しかしこの場合に居心地が悪いのはこの中の唯一の男性である加江須であった。男一人が複数人の女性を連れまわしていると男の嫉妬の視線が痛かった。
これで内の4人は恋人なんて知られれば殺意すら向けられるかもしれない。
「(みんなと一緒に歩くたびにこういう視線は勘弁してほしいよなぁ)」
学校などでもう慣れているので今更過剰に反応はしないがそれでも鬱陶しいものは鬱陶しい。
「それでどうするんだ? イザナミは何がしたいか、とかあるのか?」
彼らは今は様々な施設が並んでいる通りを歩いており、洋服店や飲食店、ゲームセンターなどと他にも様々なジャンルの店が並んでいる。
イザナミはそんな周囲の店をキョロキョロと眺めていた。
「げ、現世には色々なお店があるんですね」
どうやら神界とやらではこのような店は無いらしい。まあ神々の世界がこのような俗世にまみれているとは想像できないが。それにイザナミも知り合いの女神が現世に遊び歩いていると言っていた。恐らくは娯楽自体が少ないのだろう。ともなればどのように息抜き、つまりは〝遊ぶ〟と言う行為の取り方もよくわからないのだろう。
「それじゃあまずは服でも見ない?」
そう言って愛理はイザナミの腕を掴んでグイグイと引っ張り少し強引にエスコートする。
こうしてみていると愛理は4人の中で一番陽気な性格をしているとしみじみと感じる。よくわからんが陽キャ? とやらとでも言えばいいのだろうか。
そんな事を考えているといつの間にか女性陣達は全員が洋服店の入り口に集まっていた。
1人だけ取り残された加江須は慌てて彼女たちに続いて洋服店へと駆け込んだ。
「……こ、これは」
自分の入った店の中を見回してみると、そこには女性物の衣服が明らかに多いのだ。と言うよりも男性物が見当たらない。
「ここって…女性専門店の服屋じゃねぇのか?」
そう思いながら周囲を見渡すと店内に居た客層も女性ばかりであった。
この洋服店は加江須の言う通り女性を中心にしたレディースショップであったのだ。店内には加江須以外の男性は見当たらず、居心地が悪く感じてしまう。と言うよりも羞恥心で他の客の顔をまともに見れない。
そんな彼の心情など察せず女性達は盛り上がっている。
「な、なあ、俺は外で待っていても良いかな?」
仁乃の肩を軽く叩きながら自分は外で待機していたいと訴えるが、そんな彼の頼みを彼女は拒否した。
「ダメよ。男の評価だって聞いておきたいんだから」
「で、でも周りの目が少し痛い気が…」
そう言う加江須であるが、実際に物珍しさから一瞬だけ他の客は加江須に目を向けるがすぐに視線を切る。
今の世の中、ガールフレンドと共にこのようなレディース店へと入店する男性は珍しくないのだ。ボーイフレンドから仁乃の言った通り意見が欲しい為などに。
ブツブツと文句を言っている加江須をよそにイザナミは黄美たちから勧められた服を試着室で着替え始める。
試着室のカーテンの向こうで着替え始めるイザナミ。しかし用意されたスカートを履こうとした際……。
「うわっ…わわわわ!」
スカートを履こうと片脚を上げた時に重心をずらしてしまい彼女の体が横に倒れ込む。しかも運の悪いことに彼女が倒れてしまったのは壁のあるガラスの方ではなく、カーテンで仕切られているだけの方であった。
「あわわわわわわ!!」
情けない悲鳴と共にイザナミはスカートを手に持った状態でごろんと試着室から外に転がり出て来てしまったのだ――下半身が下着姿のままで。
「あいたた……へ?」
転んでしまった際に軽く打ってしまった頭部を擦っていたイザナミであるが、すぐに今の自分の状況に気付いて顔を上へと持ち上げる。
顔を上げるとそこには顔を真っ赤にして呆然としている加江須の姿が映り込んだ。
「は…はわわわわわわわわぁッ!!??」
異性に自分の下半身の下着姿を見られてしまい急いで試着室の中へと避難する。
「(みみみ…見られちゃいましたぁ。うう~…)」
涙目で目をグルグルと回しながら手に持っているスカートを顔に押し付けるイザナミ。
そして試着室の向こう側では何やら女性の怒声が聴こえて来た。
『ちょっと加江須!! あんたは何見てるのよ!!』
『まっ、待ってくれ! 今のは俺が悪いのか!?』
『悪いに決まってんでしょーがー!!!』
何やら仁乃の怒声の後、バシーンッと甲高い音が響き渡った気がした。
◆◆◆
とんだアクシデントの後、イザナミたちはキッチンカーで販売しているタイ焼きを購入して近くのベンチに座って食べていた。加江須の驕りでだ。
「ん~イチゴ味おいしい♪」
イチゴ味のタイ焼きを満面の笑みで味わう仁乃。
その隣では頬に紅葉の後が付いている加江須がタイ焼きを握りながらはぁっと溜息を吐く。
「す、すいません加江須さん。私のせいなのに…」
バナナ味のタイ焼きを小さな口に含みながらペコペコと必死に頭を下げるイザナミ。
「いやいいよ。事故とはいえ俺も見てしまった訳だから」
そう言いながら先程のアクシデントを思い返した。
普段気弱な性格をしているイザナミには似つかわしくない中々大胆な黒の……。
「(てっ、俺は何を思い返してんだ!)」
すぐに記憶を抹消する加江須。
もしここで先程の事を思い返して鼻の下でも伸ばそうものなら再び仁乃の強烈なビンタが飛んでくるだろう。
「それにしてもわりぃな加江須。俺たちまで奢ってもらって」
通常のあんこ味のタイ焼きを既に口の中に全て放り込んで咀嚼しながら氷蓮が言った。
「別にいいよ。少しは彼氏として顔を立たせてくれよ」
そう言いながら照れ臭そうに笑う加江須。
こうしてお詫びを籠めた軽いおやつを食べた後、今度は氷蓮がイザナミをある場所へと連れて行く。
「おおっ、夏休み中ともあってやっぱ人が多いな。盛況せーきょー」
氷蓮が連れて来た場所はゲームセンターである。夏休み中ともあり少年少女の割合も多かった。
このゲーセンはよく彼女も足を運んでおり、余羽と初めて出会った場所もこのゲームセンターであった。
「な、なんだか騒がしい場所ですね」
先程の洋服店は客が自分の服を集中して吟味していたので比較的に静かな場所に対し、ゲームセンター内は様々な客層に多種多様なゲームから流れる音楽など雑音が酷かった。このような空間に足を運び慣れている人間からすれば気にはならないが、イザナミの様に初めての来園者には少し喧しく感じるかもしれない。
「私もこういう場所は余り来たことないなぁ」
黄美もこういう場所には決して初めてではないが、それでも来た回数は少なく周りの様子をキョロキョロと窺っている。
「俺はよくシューティングとかやってっけど…クレーンゲームとかが一番いいかもな」
そう言うと氷蓮はイザナミの手を引いてクレーンゲームのエリアへと向かった。
そして目的のエリアに着くとそこには様々な景品が置いてある。何かのアニメのフィギュア、ポテトチップスなどのお菓子類、中には値段の張りそうな時計なども置いてある。
その中でイザナミが目を付けたのはぬいぐるみエリアのクレーンゲームであった。
「あ…これ可愛いかも」
イザナミが目を付けたのは兎だが猫だか判らないが小動物系のぬいぐるみであった。
そう、このようなタイプのぬいぐるみが好きな娘は多く店側もそれを理解し、このような愛らしいぬいぐるみのクレーンをいくつか設置しているのだ。
「あの、このぬいぐるみってどうすれば取れるんですか?」
イザナミが少しテンションが上がった状態でケースの向こう側に鎮座しているぬいぐるみを指差して加江須に入手方法を尋ねる。どうやらあのぬいぐるみが欲しいようだ。
「ああ、これは……」
クレーンの操作方法を軽く教えてあげる加江須。
やり方を聞いたイザナミは両替機で札を小銭に変えると早速挑戦する。
「よいしょ…よいしょ…」
レバーをガチャガチャと操作し、アームをぬいぐるみの真上へと移動させる。
「そのまま…そのまま…」
真剣な眼差しでぬいぐるみを救出しようとしている姿は女神とは思えない。だが今まで下界に逃げて来てビクビクと過ごしていた彼女にはいい息抜きとなっているようにも見えた。
「洋服屋も女らしくて良いがゲーセンに来たのは悪くなかったかもな氷蓮。あれ…あいつは…?」
先程まで隣に居た氷蓮がいつの間にか居なくなっていた。
すると加江須の服の袖を引っ張りながら愛理が少し離れた場所を指差していた。
「加江須君、あそこあそこ」
愛理の指さす方へと視線を向けると氷蓮はイザナミをほっておいてガンゲームにいそしんでいた。
「おいおい、メインを放っておいて…」
もしかしてただ自分がゲームをしたかっただけではないのかと思ったが、まあ何にせよ彼女のチョイスのお陰でイザナミも楽しんでいる事だしいいだろう。
そう思い彼女から目を離して再びクレーンゲームに挑んでいるイザナミに目を向けようとするが、そこへ仁乃と黄美から声を掛けられる。
「おーい加江須! この子取って頂戴!!」
イザナミの隣に置いてある他のぬいぐるみのクレーンゲームを指差しながら仁乃が呼んでいた。
どうやら仁乃も仁乃で氷蓮と同様に自分の為に遊んでいたようだ。今は黄美が仁乃に変わって挑戦しているようだ。
「(あ…そう言えば仁乃はぬいぐるみ好きだったな)」
前に彼女の家へ上がらせてもらった時に大量のぬいぐるみが置いてあることを思い出した。確かに彼女の趣味に合うぬいぐるみもいくつかある。
「たくっ…しょうがない」
そう言いながら財布から百円玉を取り出しながら仁乃の方へと向かうのであった。
そうして皆が思い思いの時間を過ごしている中、ゲームセンターの入り口付近では1人の少年が自販機で飲み物を購入して飲んでいた。
「ふう……あれ?」
購入したペットボトルを飲み干してごみ箱に捨てようとしたが、ペットボトルの中にはまだ半分位の量のお茶が残っていたのだ。
「おかしいな。飲み干したはずだけど…」
確かに中身を全て飲み干したはずだったが、見間違いか?
そう思いながらペットボトルの中を凝視していると容器の中のお茶が不規則に動いた気がした。




