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先輩と後輩の関係


 炎を宿した指先を向けられ仁乃は数歩後ずさっていた。

 今まで自分以外に同じ境遇の者を見た事など無かった。もしかすればこの先の人生で自分と〝同じ存在〟と出会う事はないのかもしれないとすら思っていた。


 だが、今目の前にいるこの少年はもう疑いようがなく自分と〝同じ〟境遇の者であった。


 「あ、あんたもまさか…私と同じ…」


 ゴクリと唾を呑み込んで確認を取ろうとする仁乃であったが、彼が転生者であることはもう明白であった。それでも…それでも直接本人の口から聞いておきたいのだ。自分の考えが正しいかどうかを…。


 そして目の前の彼は分かりきっていた答えを口にした。


 「ああそうだ。俺はお前と同じ転生した存在…〝転生戦士〟だ…」


 腕に纏っていた炎を消し、地面に置いていたパンを拾い上げる加江須。

 しばらく放心したように固まっていた仁乃であったが、正気に戻ると加江須に一瞬で近づき文句を垂れ始めた。正体がバレたからか常人を超えた速度で間合いを詰める仁乃。普通の人間から見れば瞬間移動したように映るだろう。


 「何でソレを先に言わないのよ! 必死に隠そうとした私がお馬鹿さんみたいじゃん!!」

 

 「あのなぁ…普通は実は一度死んでいますなんて自分から言うと思うか? 普通の人間からすれば頭のおかしな奴だと思われるだけだ。同じ境遇でもない限り絶対に転生なんて非日常は信じてはくれないだろ」


 「うぅ~…そ、それはそうだけど…」


 言い返そうとする仁乃であったが、あまりにもド正論のために唸る事しか出来なかった。


 「…とりあえずパンでも食べるか?」


 2つの内の1つのジャムパンを差し出した加江須。

 少しむくれつつも差し出されたパンを素直に受け取った仁乃。




 ◆◆◆




 屋上の入り口の壁を背に座り、並んでパンをかじる二人。

 加江須は一口が大きくすでに3分の2以上は食べ終わっているが、隣で食べている仁乃は加江須ほど大きく口を開かず少しづつチマチマと食べている。

 その様子を無言で眺めていると、視線に気づいた仁乃がパンを咥えながら話しかける。


 「何よジロジロ見て。パンを齧る女子高生がめずらしーか?」


 「いや、強気な性格の割にはおちょぼ口なんだなぁって…」


 「何それ、バカにしてる?」

 

 「いや、なんかカワイイなーって。リスみたいで」


 「はむぐっ!?」


 予想外のセリフを聞いて口の中のパンが変な所へと入りむせてしまう仁乃。

 苦しそうに咳を繰り返す彼女に驚いて背中をさすってやる加江須。

 

 「おいおい大丈夫か?」


 「ごほっごほっ、あ、あんたが変な事言うからむせちゃったのよバカ!!」


 パンを持っていない手でバンバンと肩を叩いてくる仁乃。

 そのまま残りのパンを今度は豪快に大きな口を開けてかぶりついて食べる。しかし急に食べ方を変えたのでほっぺにジャムが付いていた。

 

 「あーもー…ついてるぞジャム」

 

 ポケットからハンカチを取り出して差し出す加江須。

 頬にジャムが付着し少し恥ずかしくなったのかまた羞恥心から頬が赤く染まるが、無言でハンカチを受け取り素直に指摘されたジャムをふき取る。


 「…ありがと」


 そう言って彼女は礼を述べたがハンカチを返そうとはしなかった。

 いつまでもハンカチを返還しない事を不思議に思い手のひらを差し出しハンカチを返してもらおうとする。


 「もう使い終わったろ。ハンカチ返せよ」


 「ジャム付けた物をそのまま返せないわよ。洗って明日返すから」


 そう言って胸ポケットに折りたたんで仕舞い込む。

 

 「(わざわざそんな気を使わなくてもいいのに。なんか思っていたより律儀な性格なんだな…)」


 話してみれば随分とまともな性格と言うか、もっと傲慢な性格だと初対面の印象から決めつけていたのもあって意外であった。

 そんな事を考えながら残りのパンを口に放り込む加江須。そのすぐ後に仁乃もパンを食べ終わって二人とも昼食を終えた。


 食事を終えると早速仁乃の方から加江須にいくつかの質問がなされた。


 「それで久利…でいいのよね。あんたは何時から転生したの?」


 「俺か。俺が転生したのは本当に最近、もっと詳しく言えば昨日からだよ」


 自分が転生した事を昨日であると告げると仁乃の表情が判りやすく変化を見せる。

 少し不機嫌そうな表情をしていた彼女だが、加江須が転生して間もないと知った途端にキラキラとした目を向けてきたのだ。


 「な、何だよその嬉しそうな表情は」


 「ふ~ん、昨日生き返ったばかりかぁ。へ~…」


 嬉しそうにニマニマと笑い顔を近づけてくる仁乃。

 一体何が嬉しいのか問おうとする加江須だが、それよりも先に仁乃の方から上機嫌の理由が述べられる。


 勢いよく立ち上がった仁乃は腰に両手を当てて嬉しそうな声色でこう言った。


 「あんたは昨日生き返ったばかりの新人。つまり――私の方が先輩であるという事よ!」


 「…え…ああ。まあそうなるのか?」


 今の物言いから仁乃は恐らく自分よりもずっと前に転生しているのだろう。だから自分の事を先輩と例える事も理解できなくはないが……。


 「でもそれがどうしたんだよ?」


 「決まってるでしょ。先に転生した私が先輩で後に転生したあんたは後輩。後輩は先輩を敬うべきでしょ」


 ふふんと上機嫌に加江須を見ながらそう言って胸を張る仁乃。

 勢いよく胸を突き出したことで豊満なバストが揺れ、思わず目をそらしてしまう加江須。しかしそんな彼の照れ隠しに気づかず仁乃は話を続ける。


 「まだ転生して1日しか経過してない以上ゲダツとの戦闘だって未経験なんでしょ? 私としても数少ない境遇者をここでポイして見放すのは気分が悪いしぃ……私の言う事を聞くのであれば先輩として面倒見てあげてもいいわよ後輩クン♪」


 「ああ、戦闘なら昨日もう経験しているぞ」

 

 「……え!?」


 上機嫌に振舞っていた仁乃であったが、加江須がすでにゲダツと戦っている事を知り驚いた。


 「ええもう戦った事がある!? あんた昨日に転生したばかりじゃなかったの!?」


 「いやそうだが…」


 「(じゃあ転生した初日からゲダツに遭遇したにも関わらず退治したってこと…どんだけ肝っ玉がデカいのよ)」


 自分が初めてゲダツに遭遇したのは転生してから2週間位経過したときであった。しかもその時、情けのない事に思わず逃げ帰ってしまったのに……。


 自分の過去を思い返していると黙り込んだ事を不思議に思い無言で見つめてくる加江須。

 奇異そうに見つめられている事に気づいた仁乃は咳ばらいをすると腰に手を当てて改めて強気に振舞う。


 「へ、へーそうなんだ。でもまだたった一体しか倒した事がないんでしょ? ならまだ私の方が実績を積んでいるし先輩なんだからね!!」


 しかしここで彼女は昨日、廃工場まで足を運んだ事を思い出し加江須に詰め寄って真相を聞き出そうとする。


 「そういえば私、昨日はゲダツの気配を感じて廃工場まで赴いたんだけど…もしかしてあんたが…」


 「ああ、それは俺だろうな。昨日今倒したと言ったゲダツをその廃工場で倒したからな」

 

 「やっぱりあんただったかぁぁぁぁッ!!!」


 「むぎゅ!? な、何をする!!!」


 加江須の話を聞いた途端に仁乃は彼の両頬を掴んで左右に思いっきり引っ張った。

 

 「昨日はあんたのお陰で無駄足で終わっちゃたじゃない。わざわざあんな廃れた所まで急行したってのに~! このこのぉ!!」


 「ふぎゅ、そ、そんな事知るかよ。その時俺とクラスメイトが一緒に襲われていたんだから。そのまま食われるわけにもいかないだろ」


 頬を伸ばされながらそう言い返した加江須。

 今まではプンプンと怒っていた仁乃であったのだが、クラスメイトと言う単語を聞き頬から手を離した。


 「クラスメイトって…。その時一緒に居たの?」


 「ああ、そもそも廃工場にソイツが俺を呼び出したんだよ。たく…いって~」


 ジンジンと痛む頬を擦りながらその時の状況を鮮明に話し始める加江須。


 バスケ部の前で自分が活躍しすぎ嫉妬をされたこと。その下らぬ嫉妬心から人気の無い廃工場まで連行されるように連れてこられたこと。そしてその場で暴行を加えられそうになったこと。


 ――そして現れたゲダツにクラスメイトが食い殺されたことも……。


 そこまで全て話し終えると仁乃はショックを受けたかの様に動揺した表情を見せる。


 「何でお前がそんな顔をするんだよ?」


 「だ、だってあんたその場でクラスメイトが喰われる現場を目にしたんでしょ。そ、それが昨日の事なのに今こうして普通に学校に来れるもんじゃないわよ。無理してるなら1日ぐらいは嘘ついてでも家で休んだ方が……」


 加江須が想像以上にショッキングな経験をしている事知った仁乃は心配そうな眼で加江須を気遣うような発言をする。

 今日初めて会った相手に対してこのような気遣いを見せてくる彼女を見て加江須はこう思った。


 ――この仁乃と言う少女、勝気な態度とは裏腹にとても優しい娘なのだ。


 ついさっきのハンカチの事と言い、今のさりげにみせる気遣いの心と言い、ガミガミと五月蠅いところもあるが根はとても優しい女の子だ。

 ガミガミと五月蠅いという点はあの幼馴染の女と同じだが、アイツと彼女は天と地ほど違う。アイツは何もしてなくとも、優しく振舞ってあげても罵詈雑言を浴びせてきていた。しかし仁乃は違う。五月蠅く決めつけも多いがちゃんとお礼を言うべき時は言う。そして今だって自分の昨日の出来事を聞いて優しく心配までしてくれている。


 ――もし彼女の様な娘が幼馴染なら俺の人生も違っていたのかな?


 そんな事を一瞬考えてしまったが、すぐにありもしない可能性の出来事など頭の中から払拭する加江須。


 「ありがとうな。心配をしてくれて」


 自分を気遣ってくれた仁乃にそう言って感謝を伝える加江須。すると今まで不安そうな表情だった仁乃は感謝されたことに心良くふふんと上機嫌となる。


 「まあ気にしなくてもいいわよ。先輩として後輩を思いやるのは当然だしぃ」


 「ははは、もう完全に俺は後輩扱いかよ」


 思わず笑ってしまう加江須であるが、不思議とこの仁乃と言う少女にそう扱われても嫌な感じはしなかった。

 

 彼女との会話は同じ転生者同士と言う事もあるのか、自分が持っていたこれからの戦いに対する緊張感や不安などいつの間にか吹き飛ばしてしまっていた。

 加江須が少し楽し気に笑っていると、仁乃が自分に手を差し出してきた。


 「とりあえず同じ転生者同士今日から私が面倒見てあげるわ。よろしくね久利加江須」


 「はは、じゃあご指導お願いしますよ伊藤仁乃先輩」


 互いに笑みを浮かべながら握手をする二人。

 この先も独りで戦い続ける事を覚悟していた加江須であったが、仁乃と出会った事で精神的な重りが外れ、そこには転生する前と同じ笑顔を浮かべる彼が居た。


 しかし互いに笑みを浮かべ握手をしていた二人であったが、ここで仁乃が少し笑顔の種類が変わった。なんというか今までは純粋な笑みであったが、今は少し悪い顔をして笑っているのだ。


 「じゃあまずは昨日私に無駄手間を働かせた償いをしてもらおうかしら」


 「……おい何故そうなる?」


 「文句言わない。先輩のいう事は絶対よ! 放課後にあんたのクラスに行って迎えに来るから覚悟しなさいよ加江須!!」


 空いている片方の手でビシッと指をさして満面な笑みを浮かべる仁乃。

 これはもしかして手を取るべきではなかったかもしれないと少し後悔する加江須。彼は疲れたように溜息を吐くのであった。




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