空きビルでの戦闘 人間爆弾
加江須が屋上でサーバントと交戦、その一つ下の階下の部屋ではディザイアと仁乃たちが集結しており、そしてこのビルの入り口付近へは一人の男が急いで走っていた。
「くそ、早くこの場からおさらばしねぇと!!」
空きビルから脱出しようとしていた男は駐車場で加江須にぶっ飛ばされた半ゲダツの浮浪者であった。
彼はビルの室内に投げ込まれた後、しばし気を失っていたがすぐに意識を取り戻しこのビルから脱出を試みたのだ。
「あんな化け物と戦えるか! 巻き込まれるのは御免被るぜ!!」
彼が逃走を選択した理由は駐車場で見た加江須の力を恐れたからだ。半ゲダツと化した自分の力はまるで通じず、あっけなく瞬殺されてしまった。しかもあの男以外にも複数人の同行者も居たのだ。人数的にも不利なのはこちらだ。
サーバントの血を貰った彼は張本人のサーバントに逃げた事を知られれば殺されるかもと考えたが、このビルに留まっていれば確実に死ぬ。それなら逃げた方がまだ賢いだろう。それにこれは彼にとっても一種のチャンスでもあったのだ。あの加江須とやらがサーバントを殺してくれれば自分はあの金髪の餓鬼から完全開放される。
「(もしもサーバントが逃走に気付いてしまったらその時はその時だ。今はとにかくこのビルから出る事だけを考えればいい!!)」
途中の階で上の階へと昇って行く余羽たちを隠れてやり過ごし、そして遂に入り口付近まで辿り着く事が出来た。
「よし、これで逃げられ……」
出口まで辿り着いた事に歓喜する浮浪者であるが、彼がこのビルの外へ出る事は無かった。
今まで動かしていた脚が急に動かなくなった。いや、と言うより地面を踏んでいた感触が消え去り浮遊感を感じたのだ。
まるで空中に浮いているような感覚の後、彼は顔面から地面にダイブして顔を打ち付けた。
「ぐっ…な、なんだぁ…?」
突然消えた脚の感覚に戸惑い視線を足元へと向けてみる。
「な…ななな…」
自分の瞳に映る光景が理解できずに声が上ずる男。
それも無理ないだろう。今の今まで付いていた脚が2本とも無くなっていたのだ。まるで鋭利な刃物で切られたかのような綺麗な断面と共に血液がダクダクと流れている。そして自分の惨状を認識できたと同時に痛覚が遅れてやって来る。
「いがああああああああッ!? いてぇいてぇいてぇ!! 何だよコレれぇぇえぇぇぇえぇええッ!!??」
脂汗が全身から流れ出て目を固くつぶる。
一体何が起きたのか? プラモデルと違って激しく動かしただけで脚が取れるなんて有り得ない。となれば何者かに攻撃を受けたという事になる。ならばどこかにあの加江須とやらの味方が潜んでいるのだろうか?
彼が激痛にもがきながらもこんな事を考えられる余裕があるのはまだ死ぬ事は無いからだ。半ゲダツに成った事で人間ならば死んでいる様なこんな致命傷も時間はかかるが治せる。現に今は流れ出ていた血も止まり切り裂かれた断面は少しずつ失った元の脚を形成し始めている。
だが修復されかかっている脚を何者かに思いっ切り踏みつけられた。
「いがぁッ!? だ、誰だ!!」
治りかけの脆い脚を思いっきり踏みつけられて激痛が走り声を荒げる男。
視線を上げて自分の脚を踏みつけた相手を睨みつけてやると、そこには高校生ぐらいの少女が立っていた。
「ふ~ん…半ゲダツって言うからどんなものかと思えば余り人間と変わらないんだぁ」
おちゃらけた態度で地に伏している浮浪者の事を見つめる少女の手には血に濡れたナイフが握られている。
「お前…あの加江須ってヤツの仲間か…?」
浮浪者がそう質問すると彼女はキョトンとした顔になるが、その直後に腹を抱えて笑い出した。
「あはははははっ!! そう見える!! でも実際はむしろ逆なのよねぇ~」
そう笑う彼女の眼にはゲダツに負けず劣らずの狂気を宿しており、その眼光に男は思わず震えてしまった。
このままで不味いと感じた彼は脚が完治していない事も無視して残った手で攻撃をしようとする。
――だが次の瞬間、彼の両手が〝無くなった〟のだ。
「なっ、なにぃぃぃぃぃ!?」
両腕が何の前触れもなく脚と同様に〝突然消えて〟大声で叫ぶ男。
凄まじい激痛が襲い掛かるがそれよりも疑念の方が遥かに大きかった。自分は攻撃をしようとした次の瞬間にはいつの間にか両腕が切り裂かれていたのだ。まるで時間が飛ばされたかのようだ。
「ああ、ごめんごめん。おいたしようとしたから切り落としちゃった」
彼の両腕を切断したナイフを見せびらかしながらニヤニヤと笑う少女。
「(やっぱりコイツが俺の腕や脚を…でもいつの間に切り落としたんだよ!?)」
自分の肉体が切り離される瞬間がまるで分らないなどあるはずが無い。しかも脚はともかく腕を切り裂かれた際には自分は彼女から目を離してはいない。
戸惑いと激痛で頭の中が支配されていた男であるが、驚いているのは少女の方も同じであった。
「へぇ…切り落とした脚がドンドン再生されていく。これは人間には無い能力ね」
そう言うと彼女はまだ身動きの取れない不自由な男の体に手を当てる。
「……よし、セット完了」
そう謎の言葉を呟いた後、彼女は浮浪者の元を離れて行く。
止めも刺さずにその場から離れて行く少女の行動を疑問に思ったが、それでも助かるならばどうでも良い。もうしばし時間が経てば半ゲダツの再生力をもってして失った四肢も復活する。
下手に見逃した理由を尋ねれば殺されかもしれない。そう思いあえて黙り込んでいると少し離れてから少女が振り返った。
「ああごめんなさい。もしかして助かったと思ってる? だとしたらもう手遅れよ。だってあなたはもう死んじゃってるんだもん」
「な、なに? どういう意味だ」
もう死んでいる、そう告げられて焦り出す浮浪者の反応を愉しみながら彼女が彼の体を指差した。
「私には触れた物を爆発物に変える能力があってね、たった今、あなたの体に私の神力を流し込んだわ。つまり今のあなたは人間爆弾という事」
しばし呆然としていた浮浪者であったが、彼女の言っている意味が分り目に見えて青ざめて行く。先程に彼女は『セット完了』と告げていた。それはつまり……。
「まっ、待ってくれ!! 頼むから待ってくれ!!!」
「だーめ、それじゃあ私が能力の無駄使いになるじゃないの。じゃあばいば~い♪」
そう言うと彼女は親指を一度鳴らした。
――少女の指パッチンの直後、凄まじい爆発音が空きビル内を轟かせた。
◆◆◆
加江須たちが階下へと階段を下りている途中、突如として轟音と共にビルが揺れ動いた。
「きゃっ!?」
突然の激しい揺れに思わず足を滑らせててしまう仁乃。
階段から転げ落ちそうな彼女を下から支えて落下を防ぐ加江須。
「何だ今の音は? まるで何かが爆発した様な…」
加江須が真剣な表情で今の轟音の事を考えていると何やら怒気を感じた。
突き刺さる怒りは自分が体制を支えている仁乃から放たれており、どうして彼女が自分に怒りを向けているのか疑問を感じたがすぐに理解できた。
「あ…いやこれは…」
階段から落ちそうになった仁乃を下から支えるまでは良かったが、落ちる彼女を助ける事に必死でどこを掴んで支えるかなど考えていなかった。
彼が階段から落ちそうになった仁乃を支えるために掴んだ場所は――彼女の豊満な胸であったのだ。
とても大きな胸部を下から掴んで支える形になっている事に今更自覚をした彼は顔を真っ赤にしながら素早く両手を引っ込めた。
「わ、わざとじゃないんだ仁乃。お前が階段から落ちそうになっている所を見て反射的に手が出て偶然掴んだ場所がな……」
しかし加江須が必死に弁明しようとするが仁乃は両手から糸を出して彼の体をぐるぐるに巻き上げて拘束する。
「覚悟は出来ているかしら?」
ニッコリと擬音が付いてきそうな笑みを浮かべる仁乃。
その怒りが滲んでいる笑みと拘束された事に先程まで赤くなっていた加江須の顔は青くなり、そして同じく笑い返しながら許しを請う。
「す、すいませんでし……」
最後まで謝罪を口にするよりも先に仁乃が糸で拘束した彼の身体を階段から振り落とすのであった。
◆◆◆
仁乃によるお仕置きを受けて少しダメージを残した加江須は爆発音の様なものが聴こえて来た階へと到着した。
その部屋の中へと足を踏み入れると加江須は思わず息をのんだ。
「どうしたのよ加江須? 急に止まったりして……え……?」
加江須の後ろに控えていた仁乃が体を前に出して部屋の中を見てみる。すると彼と同様に思わず硬直してしまう。その後続いて部屋の中を見た氷蓮と余羽も同じように固まってしまう。
彼らの立ち入った部屋の中は一面が血の海で覆いつくされていたからだ。
「な…何よこの惨状は。あっちこっちに血が飛び散っているじゃない…」
仁乃は声を震わせながら部屋の惨状に呆気に取られてしまう。
部屋の中心の床は黒くコゲて破壊されており、その中心から波状に赤い染み、大量の血液がまき散らされているのだ。その血は天井にも届いており、そして黒くコゲついている中心地にはボロボロの血みどろの衣服も置いてあった。
圧倒的な凄惨すぎる現場に一番気の弱い余羽が口元を押さえて視線を切った。
「おい…あの服ってあのホームレスのオッサンが来ていた服じゃねぇか?」
氷蓮にそう言われて目を凝らして見てみる仁乃。
確かに彼女の言う通り、もうボロボロで血の染みが凄いがアレはあの浮浪者の来ていた服に間違いなかった。
「じゃあこの血はあの浮浪者の血って事? 何が起きたらこんな事になるのよ?」
「……さっき爆発音の様な音が響いた。もしも人間が内側から爆発したらこの悲惨な現場も出来上がるかもな」
「うぷっ…おえっ…」
人間が爆発した事を想像して気分が悪くなった余羽が思わずえづいてしまう。
加江須は仁乃と氷蓮に余羽の事を任せると部屋の中をぐるっと見て回る。その際にボロボロの靴や千切れた毛髪の束などを見つける。
そして入り口付近を見てみると何やら1枚の紙が落ちていた。
「……なるほどね」
落ちていた紙を拾い上げるとすぐにこの惨状を作り上げた人物が何者なのか理解できた。
彼が拾った紙切れにはドクロが描かれており、そのドクロの前頭部には〝48〟と言う数字が書き記されていたのだった。




