空きビルでの戦闘 妖狐による処刑の終わり
加江須の持つ妖狐の力によって幻の世界で繰り返し様々な形の死を与えられたサーバント。
最初は絶叫を上げ続けていたサーバントであるが、死を与えるたびに声量は徐々に下がり、さらにストレスから髪の色も鮮やかな金髪から高齢者の様な白髪になり、顔も皺だらけとなりその姿は人を喰らう恐ろしきゲダツには見えなかった。
「も…もう…こ…殺してくれぇ…」
今までは『やめてくれ』、『助けてくれ』などと叫んでいたサーバントであったが、巡り巡る死の追い打ちに限界を感じて殺してくれと懇願するようになった。勿論この言葉は現実世界の加江須に頼み込んでいるわけではない。今も彼は幻の世界に囚われている。これは幻覚世界に陥っている彼の零した独り言である。
だがそんな彼の願いを加江須はとうとう叶えてやる事とした。
「いいだろう。お前には通算20にも及ぶ死を体験させた。だからもう望みどおりに殺してやるよ」
そう言うと加江須はサーバントの頭部に置いてある手から炎を出して虚ろな目をしているサーバントの肉体を炎上させる。
超高温の炎で焼かれているサーバントはその時、解放された事を自覚出来ていたのかは定かではないが、ようやくちゃんと死ねると悟ったのか穏やかな顔をしていた。
◆◆◆
加江須が屋上でサーバントに幻覚を見せている頃、下の階では仁乃と氷蓮がディザイアからの話を聞いていた。そしてその話の中でヨウリとの関係性や半ゲダツの事も知れた。そして彼女が加江須から願いを叶える権利を一度譲渡する、という理由から協力関係を持ってこの空きビルにやって来た事もだ。
話を聞き終えた後、仁乃と氷蓮はどこかまだ納得に行かない顔をしていた。
「お前等が敵じゃない事は分かった。でもディザイアって言ったな。オメーが本来は敵対関係である転生戦士と組んでまで叶えたい願いってのは何だ?」
「そうね…加江須がアンタと一緒にここまでやって来たのならあいつと花沢さんには願いの内容を言っているんでしょ? 是非とも私たちにも教えてもらいたいものね」
氷蓮がどのような願いを叶えるつもりなのか尋ねる。それに続き仁乃の方も彼女が成就させたいその内容を確認しようとした。
「(ゲダツが叶えようとしている願い…嫌な予感しかしないわ)」
そう、人を喰らっているゲダツがどのような願いを叶えたがっているのかあまり想像がつかない。おぼろげに考えられるのは自分の食欲を満たす類の願いかなと予想する。例えば定期的に人を喰えるようにしてほしいとか……。
「まだ信用できていないみたいね。私の叶えて欲しい願いはただ一つ――ある人物の復活よ」
「ある人物だぁ? 退治された他の人型ゲダツかよ?」
氷蓮が予測を立ててそう口にすると彼女は首を横に振って否定する。
「私が生き返らせたい人物は人間…転生戦士よ」
「あん?」
ディザイアが生き返らせたいと思っている人物が転生戦士だと聞いて訝しむ氷蓮。
何故ゲダツであるあの女が転生戦士を生き返らせようとしているのか? いや、そもそもゲダツと転生戦士が関係を持っているとは考えにくいのだ。
どういう訳かを更に根掘り葉掘り聞き出そうとする氷蓮であったが、そんな彼女の疑問は仁乃の声でかき消された。
「か、加江須!!」
「えっ!?」
仁乃の口から出て来た名前に思わず声の方へと振り返る氷蓮。
後ろを向くとそこには上の階から階段を下りてこちらに姿を現した加江須の姿が在った。
「よおっ、大丈夫だった…」
仁乃と氷蓮の姿を見て安心したのは加江須の方も同じであった。何しろこの空きビルで随分とボロボロの姿となっていたのだ。自分が戦っている間にまたもしもの事があったらどうしようなどと戦闘中も心の片隅にあった。
余羽の能力のお陰で綺麗な体に戻っていた二人を見て安堵し、声を掛けようとするとそれよりも先に二人の方から飛び込んで来た。
「良かった!! あんたも無事だったのね!!」
「たくっ、もっと早く降りてこいよ!! 少し不安だったろうが!!」
嬉しそうに笑いながら抱き着いて来る二人に少し戸惑う加江須。
まさか抱き着いて来るとは思わず少し照れてしまう。ましてや他の人間たち(その内2人はゲダツ)が居る中でだ。
彼女たちがここまで過剰な反応をしているのは無意識化に心細さを感じていたからである。この空きビルの屋上で野ざらし状態で放置され続け、待ち望んでいた彼氏の登場。だから無意識化に自分の恋人に甘えたいと言う欲求が芽生えていたのだ。
そうしてしばし二人の恋人に左右から挟まれ正直嬉しかったが、それ以上にその状態を眺めている3人の視線が気になって仕方なかった。
「……はぁ」
余羽は日頃から同居して居る氷蓮から砂糖の様に甘い惚気話を聞かされているので慣れたような目で溜息を吐いている。
その隣ではディザイアが面白そうにあらあらと口元を隠して笑っている。そんな彼女の後ろでは少しヨウリが苛立ったような目を向けている。
「(たくっ…見せつけてんじゃねぇよ)」
口にこそは出さないがヨウリが何を言いたいのか目を見れば分かり、少し大きな声で咳払いをして仁乃と氷蓮の二人を少し諫める。
「ゴホッ…ふ、二人とも…その…な…」
加江須が少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら小さな声で注意をすると、ようやく二人の方も自分の今の状態を理解してさっと加江須から離れる。
「あら? もっと抱き合っていても良かったのよ。その娘たちも随分あのサーバントに酷い目にあわされて心細かっただろしね♪」
「んんっ! お、お前もからかうな」
余計なお世話であると加江須がディザイアに注意を入れる。
兎にも角にもこれでこの空きビルでの戦いも無事に終わったと思った加江須であったが、すぐにまだ片付けなければならない事が残っていると気付く。
「まて…あのサーバントってヤツは撃破したがあの浮浪者はどうなった。アイツも一応はゲダツだろ」
「え…ソイツって加江須がもう倒したんじゃないの?」
屋上で捕らわれていた仁乃はてっきり先にあの浮浪者の方を倒していたと思っていたので驚く。
「ディザイア、あの半ゲダツの浮浪者はどうなった? もしかしてお前が倒してくれたのか?」
「いえ、私はそのままこの階まで進んで来たから知らないわ。少なくとも移動中は見かけなかったわね」
ディザイアは自分は見てはいないと告げる。
視線をずらしてヨウリと余羽の方を見てみると二人も同様に首を横に振った。
「(しまったな…こんな事ならビルに投げ込まずに縛り上げておけばよかったかな?)」
あの時には仁乃と氷蓮の安否の事が頭の中を9割は占めており、倒した半ゲダツの浮浪者の事など深く考えてはいなかった。だからこそビルの窓へと無造作に投げ飛ばしてしまったのだ。
「サーバントの方は処理したがあの浮浪者はまだこのビル内に居るかもな。よし…少し捜すとするか」
加江須はそう言った後、念には念をと思いディザイアに半ゲダツについて少し確認を取る。
「ディザイア、お前から半ゲダツの事は聞いているが改めて確認だ。ゲダツの血を取り入れた半ゲダツはお前の様な人型よりは力は劣るんだよな」
「ええ、少なくともあなたが倒したサーバントよりは遥か格下のはずよ。それより…屋上でサーバントを倒した後、願いを叶えるチャンスは獲得できた?」
ディザイアがそう尋ねると加江須は首を横に振って否定すると、今まで笑みを浮かべていた彼女は少し残念そうな表情を見せた。
「あら残念、まあ次の機会を待ちますかね。久利加江須…もしも願いを叶える機会が訪れた時はお願いね」
「ああ、その時はお前の望み通りの願いを叶えてやるよ。そう言う約束だからな」
そう言うと加江須は外から浮浪者を投げ込んだ更に下の階へと降りて行こうとする。
下の階へと向かおうとするとその背後に仁乃と氷蓮も続いた。
「独りでズンズン進まないの加江須。もう私も氷蓮も動けるんだから協力するわよ」
「そーゆーこった。やられっぱなしは性に合わねぇからな」
二人がそう言うと加江須は無言で頷いた。
残る敵はゲダツの血を取り入れたゲダツ擬きだけだ。しかもサーバントの様な人型タイプのように大きな戦闘力を兼ね備えている訳でもない。それならば同行させても問題ないだろう。それに余羽の能力のお陰で二人は万全の状態だ。
先に下の階へと降りて行く加江須と仁乃。その後に氷蓮も続こうとするがそこで彼女は一度足を止め、背後を振り返り未だに部屋の中央で佇んでいる余羽に声を掛けた。
「何してんだ余羽! 置いて行かれたくねぇならお前も来いよ!!」
「え、あ…うん…」
声を掛けられた余羽は少し歯切れの悪い返事と共に視線を氷蓮とディザイアの方へ交互に動かす。このまま彼女たちを放置して付いて行くべきかどうか少し悩んでいるのだ。一応はこのディザイアはゲダツとは言え味方…の様なものだ。
二人にも声を掛けて一緒に階下へ降りるべきか悩んでいるとディザイアは笑みを浮かべながらこう言った。
「私たちの事は気にしなくても良いわよお嬢さん。私たちは加江須君とあなたをこの空きビルに送り届けるまでが仕事。一応は共闘も約束していたけど残る敵は半ゲダツ1人だけ。ならばもう私が彼に協力する必要もないだろしそもそも必要とされていないでしょうしね」
「……はい。それじゃ…」
ディザイアにそう言われて一応は軽い会釈を一度だけする。そして彼女も今も待ってくれている氷蓮の元まで小走りで駆けより、二人はそのまま下の階へと降りて行った。
階下へと姿を消していった加江須たちを見つめながらヨウリはディザイアに声を掛ける。
「良かったのかあのまま行かせて。もう少し一緒に行動しても良かったんじゃないか?」
「いいえ、必要以上に交流を深める意味はないわ。私の目的はおおよそ達成できたんだから」
ディザイアの目的は強力な転生戦士である久利加江須に自分の願いを叶えるように取り付ける事。その約束を取り付けれた以上はこれ以上彼に深入りする必要もない。
「でもアイツが約束を守るとは限らないだろう? ただの口約束同然だし…」
「そうとは限らないわ。私が何故、転生戦士を生き返らせてと言う願いを叶えて欲しいのか、その理由は彼に話してあるでしょう。ああ見えて甘さを拭いきれてない彼は事情を知った私の願いを恐らくは無下にしないわ」
そう言うと彼女は自分の手に持っている傘の持ち手を撫でながら独り呟いた。
「もうすぐよ…もうすぐまたあなたと会えるわ。だから…待っててね…」
そう呟く彼女の顔は加江須たちと共に居た時には見せなかった普通の人間と変わらない優し気な表情であった。




