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空きビルでの戦闘 次々降り注ぐ幻の世界での死


 サーバントの頭部を掴んでいる加江須の手がどこか怪しげな光を放ち、その光に包まれたサーバントの意識は徐々に薄れて行き、そしてその場で項垂れて眠りに落ちて行く。

 間抜けにコンクリ―トの床の上で頭を垂れているサーバントの頭部を掴みながら彼に向けて加江須は冷ややかな声で投げかける。


 「俺のこの九尾に力は純粋な戦闘力を引き上げるだけでないことが最近では把握できてな……お前には地獄を見てもらうぜ」


 彼の第二の能力、『霊獣の力を身に宿す特殊能力』は妖狐の持つ力をその身に宿せるのだ。そして妖狐は太古から伝わる伝説上の生物、その神獣とまで恐れ、崇められた生物がただ力が強いだけの生物な訳がない。有名な説によれば人に化けたり幻覚を見せたりする能力も宿している。


 夏休みに突入し、空いている時間が増えた加江須は妖狐などの霊獣について色々と調べていた。もしかすればこの第二の能力、妖狐の持つ様々な力が自分も使えるのではないかと思ったからだ。そして戦闘能力の向上の他、相手を惑わす幻覚を見せる力も彼は手に入れていたのだ。

 

 自分の足元で木偶人形同然となっているサーバントに対して加江須は悪役の様な笑みを浮かべる。


 「俺の大切な人たちを苦しめた罪、それはただ肉体的な苦痛だけで済ませはしない。眠りの世界の中で現実世界で俺に攻撃された時以上の苦しみ味わいやがれ」




 ◆◆◆




 「………あん?」


 眠りに落ちていたサーバントは瞼をゆっくりと上げて目を覚ます。

 目を開けると彼は自分の今いる場所に疑問を感じる。自分は今の今まで空きビルの屋上で久利加江須と戦っていた筈だ。だが気が付けば何やら狭い個室、いやロッカーの様な狭い場所に直立の状態で閉じ込められているのだ。


 「どこだここは……何だよこの狭い空間は?」


 窓もなく天井も床も真っ黒な壁、腕を大きく動かすだけで壁にぶつかる程に狭い。

 

 「チッ、あの野郎が閉じ込めやがったのか。舐めんなよ」


 サーバントは舌打ちをしながら腕をギリギリまで振り絞り、渾身の力で目の前の壁を殴るがビクともしない。いや、それよりも自分の持つ本来の力が使えないのだ。恐らくだが今の自分は一般人の人間と変わらぬ力しかない。

 

 「くそっ…こんなせまっ苦しい場所に閉じ込めてどうしようってんだ」


 加江須の狙いが分らずサーバントは眉をひそめる。

 もしもあの転生戦士に自分を殺すつもりがあるなら眠っている間に殺すチャンスはあったはずだ。そうはせずにこんな狭い箱の様な空間に閉じ込めてどうしようと言うのか?


 それから何も出来ないサーバントは直立の状態で大人しくしている、いやそうするしか出来なかったのだ。内側からこの空間を力づくで壊す事も出来なければ脱出の為の窓もドアもない。最初の方は喚き散らしていたが反応も無ければ大声を長時間出し続ける気にもなれない。


 「くそ…俺をどうしようってんだ?」


 時計が設置してある訳ではないが体感的には2時間は経過しているだろう。その間、彼はこの狭い空間でただ立ち尽くしているだけであった。外からの反応はなく、自力で脱出も出来ない。


 「ぐっ……」


 自分以外の音が一切遮断されている狭い空間に長時間閉じ込められ続けると精神が狂い始める。この箱の中は酸素は行き届いているようだが息苦しさをサーバントは感じ始めていた。呼吸は少し荒くなり、特に暑い訳でもないのに汗をかきはじめる。


 それから更に2時間経過し、その間も外部からは何も干渉は無い。


 「ぐっ…がああああああ!?」


 4時間も外部との干渉の無い狭い空間に直立の体制を取らされ続けると人は精神に異常をきたし始める。それはサーバントのような人型のゲダツにも言える事であった。

 彼は突然絶叫したかと思えば目の前の壁を何度も叩きつけて唾を飛ばす。


 「オラァッ!! いい加減にしろやクソガキィィィィ!! こんな陰湿な戦法取ってねぇで真っ向から向かって来いよ!! こんな事をし続けても俺には何のダメ―ジも与えられねぇぞ!!!」


 そう、確かにこの方法は肉体的には損傷はしないかもしれない。だが内側は別なのだ。彼の精神はまるで毒のように少しずつ犯される。そう、孤独と言う攻撃は痛み以上の効力を持つことだってあるのだ。


 さらに2時間経過すると、とうとうサーバントは目に見えておかしくなり始めていた。


 「ギギギギギギッ!? がアァァァあぁぁああああァァァッ!!??」


 頭を掻きむしりながら奇声を発して足元をドンドンと鳴らす。自らの爪で自分の頭を掻きむしって爪や指には血がこべりつく。しかしそんな奇行も誰にも届くことなく益々気が狂い始めるサーバント。


 「出せ!! 出せ出せ出せ!! 久利加江須ぅぅぅぅぅぅぅ!?」


 目の前の壁を掻きむしりながら叫び続けるサーバント。

 ゲダツである彼は爪が剥がれるまで壁を掻きむしり、爪が剥がれて再生するとまた同じ行為を繰り返す。叫び続け声が枯れ、口の中に血の味が滲もうが関係ない。ここから出るために唯一の叫びと言う行為に全力を注ぎ続けた。


 だがそれでも外からは何も返事が返っては来なかった。


 「(俺は…俺はいつまでこんな狭苦しい空間に閉じ込められ続けるんだよ!? これ以上はマジで気が狂いそうだ!!)」


 狭い空間で閉じ込められ、コミュニケーションを一切断たれて長時間直立していると発狂しそうであった。もしもこれが普通の人間であれば精神が崩壊しいる可能性もある。

 その後もサーバントは一定の間隔で大声で怒鳴り散らしているが相も変わらず反応はなかった。しかしここで彼の閉じ込められている空間に変化が起きる。


 「何だ…冷てぇ…」


 謎の窮屈な空間に閉じ込められてから大分時間が経過した後、ここでようやく変化が生じた。それは足元に冷たい感覚が襲って来たのだ。

 怒鳴り声をピタリと止め、視線を下へと向けるといつの間にか足元は水に浸かっていた。

 

 「なっ…水だと!?」


 自分の閉じ込められているこの空間には水漏れなどしそうな穴など開いていない。にもかかわらずいつの間にか足元は水に浸され、しかも水位はドンドン上昇していく。いつの間にか水位は膝まで浸かっておりサーバントの顔色は青くなる。


 「くそっ! 出せや! ここから出しやがれぇぇぇぇ!!」


 このまま水位が上昇し続けては逃げ場のない自分は間違いなく溺れ死ぬだろう。

 こんな間抜けな死に方など自分にあってはならないと必死にこの状況の打破に考えを巡らせるサーバントであったが、そう都合よく事急計生とは行かずに焦りの余り思考がむしろ定まらない。


 次の瞬間、膝元まではゆっくりと浸水していた水は一瞬で頭部まで上昇して彼の逃げ場のない空間は水で満たされる。


 「がぼっ…が…!?」


 脱出不可能な空間で苦しみの余りもがくサーバントであるが、狭い空間の為に満足にもがく事すらも出来ない。そのまま口を閉ざし続ける事が維持できずに口を開くと大量の水を飲み込みそのまま溺れてしまう。


 「(クソッたれが…こ…ん…な…)」


 そこでサーバントの思考は完全に途切れ、彼の視界は完全にブラックアウトした。




 ◆◆◆




 「………え?」


 溺死したと思っていたサーバントはいつの間にかまた別の場所に居た。

 先程は身動きも満足に出来ない狭い空間に閉じ込められていたが、今度は広々とした草原に移動していたのだ。


 「(どうなってやがる? 俺は身動きも満足にとれねぇ箱の中で溺れていた筈じゃ…あれ?)」


 とりあえずは足を動かそうとするサーバントであったが、ここで更に異常事態が発生する。


 「何だよ、足が動かねぇ」


 動き回ってこの草原を調べようと考えていたがどういう訳か足が動かない、いや口と眼球以外の部位が全て動いてくれないのだ。

 何とか動かせる眼球を頼りに周囲の状況を確認しようとするサーバントであるが、彼は視界に映った光景に息をのんだ。


 「なっ、いつの間にか火が燃え移ってやがる!?」


 一瞬目を離した次の瞬間、自分周りの草原が点々と燃えており、その炎は凄まじいスピードで燃え広がって行く。


 「ぐっ、動け!! 動け俺の脚!!」


 何とかこの燃え盛る草原から離れようと自分の脚に檄を飛ばすがそれも虚しく、彼の脚はまるで石化したかのように彼の意思に反して動かない。


 そして彼は一瞬で紅蓮の炎に飲み込まれてしまった。


 「ぐあああああああああああ!?」


 熱い熱い熱い!! ただその単語だけが脳内で繰り返され続けた。

 全身の皮膚は焼けただれ、呼吸をすれば肺が焼ける。しかもゲダツとして持っていた再生も何故か発動してくれない。もっともこの状況、たとえ肉体を回復しても次の瞬間にはまた全身燃やされるだけだが。


 「だ…誰か助け…」


 それが炎の海の中でサーバントの口から零れた最後のセリフであった。

 そのまま彼は動かなくなり、意識が薄れていくと同時に再び彼の視界はブラックアウトした。

 



 ◆◆◆




 「うがあああああああ!? 熱い!! あついぃぃぃぃぃ!!??」


 「そう、そうやってあらゆる苦痛で自らの行いを悔いろ」


 夜風の吹きつける空きビルの屋上では加江須がサーバントの頭を鷲掴みにしながら口を開く。

 頭部を掴まれているサーバントは熱い熱いと喉が裂けんばかりの絶叫を上げている。しかし実際には彼の肉体には何の損傷もない。

 そう、サーバントが経験した溺死に焼死は現実のものではない。加江須が九尾の力を利用して彼に幻を見せているだけだ。つまり彼は幻の世界で2度殺されたという事だ。しかも現実世界ではまだ7分しか経過していないがもうサーバントは幻の世界では7時間が経過しており、その間に2度も死んでいる。だがこの程度で加江須の精神攻撃は終わらない。


 「お前にはまだ苦しんでもらう。さあ、次の死が待っているぞ」


 そう呟くとサーバントの頭部を掴んでいる加江須の手がまた怪しく光り出した。この怪しげな光が灯った瞬間、幻の世界ではサーバントは溺死、焼死を終えて3度目の新たな死の幻が加江須に植え付けられるのであった。


 「そうだな…次は圧死? 感電死? それとも俺の様に事故死でもするか?」

 

 加江須がそう言った直後、再びサーバントは喉を震わせて幻の世界で与えられる苦痛に絶叫を迸らせるのであった。



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