番外編 愛野黄美の暴走 1
この話は番外編の愛野黄美の苦悩の続編です。ここから彼女は本編とは随分かけ離れて行くので……。暴力系ヒロインが嫌いな方は少し気分が悪くなるかもしれないので注意してください。
ずっと待ち望んでいた幼馴染をようやく生き返らせる事が出来た黄美であったが、その願いの果てに得た結末は自分が想像していたものとは随分とかけ離れていた。
生き返った幼馴染、久利加江須は黄美以外の人間には元々生きていたと認識されている。そこは黄美にとってはどうでも良いことであるが、彼は事故死の直前に黄美に酷いフラれ方をされており、彼は生前に抱いていた黄美に対する好意は消えている状態で生き返ったのであった。いや、それどころか貶された事を恨んですらいたのだ。
加江須を生き返らせた数日の事、黄美は自分のベッドの上でうつ伏せで溜息を吐いていた。
「はぁ……」
加江須が生き返った後、黄美は何度も彼にアタックをしていた。
朝の通学路、学園の小休憩や昼休み、放課後に帰り道など必死に声を掛け続けたが加江須は始終苦虫を嚙み潰した様な顔を向けるだけであった。
「……カエちゃん」
散々彼に対して酷い態度を取り続けていた報いと考えれば納得するしかないのかもしれないが、自分が彼を生き返らせた最大の理由は彼と昔の様な仲の良い時代を取り戻すためなのだ。
どうすれば許してもらえるのかベッドの上で悩んでいると部屋の扉がノックされた。
「黄美、もうすぐ夕飯だから降りてきなさい」
「は~い…」
覇気のない返事をしながら億劫に感じつつ部屋を出る黄美。
扉を開けると母親は部屋の前で彼女の事を待っており、部屋から出て来た黄美の事を少し心配そうに見つめていた。
「…何かあったの黄美? なんだか少し元気がなさそうだけど」
「べつにぃ…はぁ…」
疲れたように溜息を吐きながら母の隣を通り過ぎていく黄美。そんな彼女の背中を少し不安げに見つめる彼女の母。
少し前までは娘は学校に行かず部屋に引きこもっていて心配していたが、そんな娘も今はきちんと学校へ行くようになり安心していた。しかし最近どこか元気のなさそうな姿を見せるので不安なのだ。
「(そう言えば…あの娘はどうして部屋に引きこもっていたのかしら?)」
加江須が生き返って世界の歴史が修正されたため娘が引きこもっていた理由があやふやな母親。だが
それよりも今は不安げな自分の娘の事の方が気掛かりであった。
◆◆◆
それからの日々もめげずに加江須に昔の様に接しようとする黄美であったが、残念ながらその努力が報われる事もなかった。最初はそんな日々に黄美もこれは仕方がない事だと思っていたのだが、次第に彼女の中に黒い何かが湧いて来ていたのであった。
学校での昼休み、彼女はいつもの様に加江須を昼食に誘っていた。
「カ、カエちゃん。一緒にお昼食べよう…ね?」
「……ああ、そうだな」
「!?」
半ば突き放されるだろうと予測していた彼女であったが、まさかの肯定の返事に思わず浮かれてしまう。
「とりあえず屋上に行かないか? せっかくだし二人で話したい。俺は購買でパンでも買ってくるからさ…」
「も、もちろんだよ! じゃあ先に屋上で待っているからね!!」
思わず大きな声を出してしまい彼のクラスの人間は少し驚いていたが、彼女はそんな周囲の人間の反応など気にも留めず先に屋上へと向かった。
「(やったやったやったわ! ついに…ついに私はカエちゃんとやり直せるんだ!!)」
待ち望んでいた展開に今まで心を覆っていた闇が晴れてまるで羽毛の様に心が軽くなり、屋上へ向かう脚も自然と軽くなる。もしも廊下に誰もいなければスキップしたいぐらいであった。
今の彼女は有頂天となっており、周囲の景色など殆ど見えてはいなかった。それ故に移動の際に通り過ぎた親友の姿も認識できなかった。
「あれ、黄美?」
彼女の親友である紬愛理は横を通り過ぎて行った黄美を見かけて声を掛けるが返事はなく、そのまま彼女は走り去って行く。
「(黄美…ずいぶんと嬉しそうな顔だったけど…)」
最近どこか浮かない顔をしていた親友をクラスメイト達と共に心配していた愛理であったが、今見た彼女の顔はとても晴ればれとしていた。
「あとで何があったか聞いてみようかな?」
まあ何にせよ久方ぶりに見れた友人の明るい顔に思わず愛理も嬉しそうに笑っていた。
そんな事を考えていると彼女の隣を一人の男子生徒が通り過ぎて行った。その際に少し肩がぶつかってしまい軽く謝る愛理。
「あっ、ごめんね」
「いや、こっちこそ悪い」
そう言って両者は頭を下げて離れて行く。
ぶつかった男子生徒は黄美と同じく屋上を目指しており、その顔は何かを決意したかのような表情を浮かべていた。
◆◆◆
先に屋上に到着していた黄美は鼻歌を歌いながら家から持参して来た弁当を両手に持って加江須の到着を待っていた。
屋上に着いてから彼女は久方ぶりの加江須との時間をどう過ごそうかと考えていた。
「でもまずは謝らないとだよね。そうして許してもらった後は少し昔の事でも話して…最後は告白して…えへへ…」
そんな事を照れ臭そうに考えていると屋上のドアが開き、待ち望んでいた加江須が遅れてやって来た。
「悪い、待たせたな。購買が混んでてさ」
「ううん、全然待ってないから気にしないで!」
頬を高揚させ満面の笑みで気にしてないと告げる黄美。
彼女は加江須に遠慮なく隣に座ってほしいと告げるが、彼はしばし悲し気な顔をした後に口を開いた。
「黄美…もう俺に構わないでくれ」
「…………え?」
それまで幸福そうに笑っていた黄美であったが、彼の口から放たれた言葉に笑った顔のまま凍り付いてしまう。
そんな彼女の心境などお構いなしに彼は更に彼女の心を抉るかのような痛烈な言葉をぶつけてゆく。
「お前と関わる事は正直もう限界だ。何があって昔の様に俺に接してくるかは謎だがな、あれだけ侮辱を受けたんだ。今更もう昔の様な関係には戻れない。いや…戻りたくないんだよ」
「………」
「お前が俺を貶して踏みにじった事をもう責めるつもりはないよ。でも…もうこれ以上は関わりたくないのも事実なんだ。だから…だから今回でこんな事は最後にして『何でそう言う事を言うの?』…え……?」
加江須が黄美の言葉に反応して彼女の顔を見ると、そこには瞳から光を消して笑っている彼女の顔が映った。
「やっと…やっと昔の様に元の関係に戻れると思っていたのにそんな事を言うなんて……」
――『納得できるわけないじゃない』
次の瞬間、加江須の体は空中へと舞っておりそのまま背中から屋上に叩きつけられる。
「ごはっ!? い、いつっ…!」
何が起きたのか理解できずに激痛と混乱が頭を支配していると、今度は腹部に衝撃を受けて息を吐き出してしまう。
顔を上げると同時、仰向けに倒れている自分の腹部に黄美が乗っかかって来て至近距離まで顔を近づけて来た。
「カエちゃん…少し恩知らずなんじゃないの?」
温かな吐息が加江須の顔に当たる。普通の男子生徒ならば黄美の様な可愛い女生徒と至近距離で見つめ合っていれば照れ臭くなるだろう。しかしこの時の加江須にはそんな感情は微塵もなく、あるのは得体の知れない物と向かい合う大きな恐怖と言う感情だけであった。
光が一切灯っていない、まるで人形の様な瞳で至近距離で見つめられて思わず背筋が凍る。
何とか恐怖を拭って声を絞り出す加江須。内心では震えつつも、黄美の発言の意味が分らず質問を何とか口から言葉にすることが出来た。
「お…恩知らずって何の話だよ?」
「決まってるじゃない。カエちゃんをせっかく生き返らせてあげたのにこんな仕打ちをされれば不満も言いたくなるよ」
……目の前の少女が何を言っているのか本当に理解できなかった。
確かに加江須を生き返らせたのは黄美であるが、その事実は彼女本人と一握りの転生戦士だけしか知らないのだ。ごく普通の一般人である加江須はそもそも自分が死んだことすら認識していない。そのように歴史は修正されているのだから。それ故に黄美の発言を聞いて彼女の頭がどうにかなったのではないかと思うのも無理はないだろう。
それでも黄美は尚も淡々と口を開いて言葉を投げかけ続ける。
「私があなたを生き返らせたのは昔の様にやり直す為なの。それなのに構わないでくれ? そんな要求…吞めるわけがないじゃない」
そう言いながら黄美は加江須の頬を優しく撫でるが、表情は相も変わらず能面の様に変化せず加江須の恐怖はドンドンと大きくなっていく。
「(こ…コイツやばいぞ!? 言っている事が支離死滅にも程がある。俺を生き返らせただの何だのと…付き合いきれるか!!)」
加江須は目の前の女にまともな話し合いが出来るとは思えず力づくでどかそうとする。
「……逃がさないから」
加江須が黄美の事を自分の腹の上からどかそうとするが、ここで彼は疑問を感じた。
「(ど、どかせない!?)」
力づくで黄美を跳ね除けようとする加江須であったが、自分の上に座って居る黄美の体はまるで岩の様にその場から動かない、いや動かせないのだ。
「無駄だよカエちゃん。私…今はカエちゃんよりずっと強いんだから」
「何言って…どけよ」
彼女の腕を掴んで本気で引っ張るが黄美はビクともしない。それどころか逆に彼女は加江須の腕を掴むと力を籠め始める。
――ミシッ…ミシシッ…!!
「がぐっ!? は、離せよ!!」
まるで万力の様な力で自分の腕を掴まれ苦痛に顔を歪める加江須。
彼は全力で黄美を突き飛ばすと彼女はようやく加江須の体から弾かれ、そのまま地面に倒れ込む。
「くっ…はあ…はあ…」
黄美から距離を取った加江須は彼女に握られた自身の腕を見てみると、その部位は真っ赤になっておりしかも激痛が走る。もしかしたら骨にひびが入っているのではないかと不安を感じていると黄美が起き上がる。
「酷いよカエちゃん。突き飛ばすなんて…」
そう言いながら加江須にゆっくりと近づいてゆく黄美。
本能的に今の彼女に関わると不味いと感じた加江須は購買で買って来たパンを放置して屋上のドアへとダッシュで向かう。
だが彼がドアに向かうよりも先に神力で脚力を強化した黄美が通せんぼする。
「なっ!?」
一般人の加江須からすれば神力を扱って強化された黄美の動きは人間離れしており、しかも不気味な雰囲気を纏っている為にさらに不気味さが際立つ。
「逃がさない…逃がさないからカエちゃん」
そう言うと一瞬で加江須の眼前まで移動した黄美。
「少し…お仕置きだよ」
加江須の間近まで距離を詰めた彼女はそう言うと、加江須の頬に強烈なビンタを繰り出した。
パァンッと凄まじい破裂音と共に加江須の体は紙切れの様に吹き飛んでいき、唇を切ったのか平手打ちをした彼女の手には僅かだが返り血が付着していた。
「がぁ…! い、いたっ…ぐああ…!!」
加江須は叩かれた左側の頬を押さえてその場に蹲りながら悶える。
彼がそうなるのも無理はないだろう。何しろ今の平手打ちは神力で強化されている状態で放たれていたのだ。一般人の彼からすれば男性の拳で殴られる方がまだマシの痛みだ。
自分の大好きな幼馴染が苦しんでいるのに、自分が痛みを与えたのに黄美はまるで後悔をした雰囲気はない。それどころか彼女は怪しげな笑い声を漏らす。
「これは恩知らずのカエちゃんには必要な〝躾け〟だよ。私が身を削る想いでゲダツと戦った果てにあなたをこの現世に生き返らせてあげたのに感謝もしない。それどころか私の好意を無下にするかのような事まで言い出すから悪いんだよ? 私だって本当はこんな事をしたくないんだよ。でもこうでもしないとカエちゃんは恩人に対して今後も感謝も出来ない駄目な人間になってしまうかもしれない。そんな人間になってほしくないから仕方がないけど痛みで教えるしかないんだよ。分かってくれるよねカエちゃん。大丈夫、私はカエちゃんが本当はとても優しくて幼馴染の事を想ってくれている事は理解できているから。今は反発的でも私が少し説得すれば昔の優しくて思いやりのあるカエちゃんに戻ると信じているからね。だから……これは必要な行為だから逆恨みなんかせずに受け入れてね」
そう言いながら黄美は蹲る加江須の腕を引っ張り無理やり立たせると、再び彼の頬へと暴力を振るう。しかも今度は平手打ちではなく固く握った拳、もちろん神力で強化された拳でだ。
屋上の上でぐしゃっと言う肉を叩く嫌な音が響き渡った。




