空きビルでの戦闘 いたちごっこ
「えらそうに口を利いてくれるじゃねぇか…エサの分際で!!」
加江須のセリフにこめかみに血管を浮かべながらサーバントは加江須へと一気に跳躍していく。
風を切りながら加江須の目の前まで一瞬で移動し、力を籠めた右手を加江須の顔面へと勢いよく突き刺そうとする。しかも彼はピンポイントで加江須の両目を潰そうとしてきた。
通常のゲダツと違い進化したゲダツだけあって動きが速い。もしも相手が余羽であれば対応できていたか分からない。
だが加江須は冷静に自分の眼球を潰そうとするサーバントの突き出した2本の指の動きを観察し、顔の位置を僅かにずらして眼球に向かって突き出していたサーバントの指を口元まで持っていき――
「がぶッ!!」
口元に突き出された2本の指をそのまま力任せに食いちぎってやった。
「がッ!? てめぇ!!」
指を食いちぎられた瞬間、灼熱の様な熱さと激痛を感じて怯んでしまうサーバント。
目潰しを回避されただけならばまだしも、まさか指を食いちぎられるとは思っておらず怒りだけでなく戸惑ってしまい身体が一瞬だけ膠着してしまう。
目の前で突っ立っている敵の動きが一瞬だけ止まる、そんな隙を加江須が見逃すはずもなく……。
「ぺっ、喰らえ! この腐れゲダツが!!」
嚙み千切った指を吐き出し、最初に彼を吹き飛ばした時と同様に再び蹴りを顔面に放ってやる。しかも今度は先程以上に蹴りに力を籠め、更に炎を纏って攻撃力を上乗せした状態でだ。
灼熱の蹴りがサーバントの顔面を深々と突き刺さり、顔面を燃やしながら陥没したサーバントがフェンスに激突する。
「よし、今の内だ仁乃! 氷蓮を連れてビルを降りろ。余羽もこのビルに居るんだ、彼女の能力で傷を治してもらえ」
「分かったわ、ほら行くわよ氷蓮!」
「あ、ああ…加江須…気を付けろよ…」
仁乃が氷蓮に肩を貸しながらゆっくりと屋上の出入り口から下の階へと降りて行った。
取り合えず戦闘場所の屋上から二人を逃がせた事に胸をなでおろすと、そのホッとした一瞬の隙を付いていつの間にか背後まで迫っていたサーバントがお返しに加江須の側頭部に蹴りを入れようとしてきた。しかも彼の千切れた指やへこんだ顔面は綺麗に元通りとなっているのだ。
「目つぶしと言い、背後からの攻撃と言い、随分とセコイゲダツだな」
加江須は振り向きもせずにその場で勢いよく急降下して蹴りを避け、下から顎に向けて掌打を打ち込んでやる。
「(ハッ、お返しにてめぇの指も食いちぎってやるよ!!)」
自分の顎下に迫る加江須の掌打を避け、先程のお返しとばかりにサーバントは猛獣の様な牙をむき出しにするが――
「お前、単細胞なんだな」
涎の下たる牙を見て狙いが簡単に推測でき、加江須は顎下に打ち込む掌打による攻撃を変更して手のひらから炎を噴射してやった。
間抜けに大口を開けていたサーバントの顔面を火だるまにしてやった。そして首から上が炎に包まれ視界も満足に確保できなくなったサーバントの軸足を掴み、そのまま大きく上空へと跳躍した。
「そらッ! 間抜けな頭を砕け散らせてやるよ!」
一切の躊躇もなく加江須は上空で空中回転しながら下降し、そのまま回転で勢いをつけた状態でサーバントの燃え上がっている頭部を屋上のコンクリートへと叩きつけてやった。
ハンマーの様に頭部を屋上の地へと叩きつけた衝撃で周囲はひび割れ、更にサーバントは頭部が完全にめり込み、その衝撃がビル全体を揺らした。
◆◆◆
加江須がサーバントを屋上のコンクリートに叩きつけた衝撃は階下にまで伝達され、下の階へと降りていた仁乃と氷蓮の二人がビルの揺れでその場でしゃがみ込む。
「ちょ…ちょっと…」
屋上で戦闘を行っている加江須に対して少し呆れる仁乃。
「どれだけ激しい戦いを繰り広げてるのよ加江須は…」
実際には戦いと言っても決して拮抗したものではなく、今のところは加江須の一方的な蹂躙の展開なのだがその場に居ない二人が知る由もない。
屋上からの衝撃に気を配りつつ早くビルを出ようとさらに下の階に降りて行こうとすると、二人の居る部屋に更に下の階から階段を登ってある人物がやって来た。
「あっ、いたいた! 氷蓮~!!」
「よ、余羽じゃねぇか」
下の階から大急ぎで階段を登ってやって来たのは氷蓮と同居している余羽であった。
目の前に現れた余羽に一瞬だけ驚く氷蓮であったが、そう言えば加江須が彼女もこの空きビルへやって来ていると言っていた事を思い出した。
そんな事を頭の中で呑気に考えていると余羽が小走り気味で氷蓮の元まで駆け寄って来た。
「ひどい…青あざだらけじゃん。それに血も出てる…」
同居人の氷蓮のやられようを見て、どちらかと言えば控えめの性格をしている余羽も怒りで下唇を噛みしめる。
怒りを表情に貼り付かせている余羽の態度に少し嬉しくなる氷蓮。それと同時に心配をかけてしまった事に対して申し訳なさも……。
「わりぃ…迷惑かけたな」
「もう、心配したんだから…ほら、じっとしてて」
そう言うと彼女は氷蓮の身体へと触れた。するとみるみるうちに彼女の痛々しい青あざは薄くなっていき、元通りに綺麗な白い肌となった。それだけでなく彼女のボロボロの衣服も元通りとなって戦闘も暴行も受けた形跡は完全に消え去った。
「相変わらずすげぇ回復能力だな。羨ましいぜ」
「だから回復能力じゃなくて修復能力だって」
自分の持っている能力の訂正を入れる余羽であるが、氷蓮が回復能力と言うのも無理はないだろう。
何しろ彼女の負傷は完全に綺麗さっぱり元通りなのだ。これは回復能力と言い間違えても無理はないだろう。
氷蓮の肉体を修復したその後、今度は仁乃の身体へと触れる余羽。すると氷蓮の時と同様に仁乃の身体や衣服は元通りに修復された。
「ありがとう花沢さん。おかげで楽になったわ」
全身に感じていた鈍痛が消えて体が軽くなった仁乃が軽く体をその場で動かしながらお礼を言う。
礼を述べられた余羽は少し照れ臭そうに笑いながら気にしないでと言った。
「これなら屋上に戻って加江須の援護に行けるんじゃねぇのか」
完全回復をした氷蓮はそう言いながら上の階を睨みつける。確かに元通りに回復をした氷蓮と仁乃、そして余羽の三人が屋上に戻れば4対1の構図となる。
「相手は人型のゲダツ…回復した今なら援軍に向かうべきかもね」
仁乃はそう言って他の二人へと顔を向け、しばし3人は見つめ合うと同時に頷いた。
「行くか…彼氏様の応援によ…」
「そうね。頼りっきりと言うのも嫌だしね」
「私もちょっと怖いけど……自分の意思でこの空きビルに来たんだから逃げる訳にもいかないよね(まあ私は恋人じゃないんだけど…)」
三人は今も屋上で戦闘を繰り広げているであろう加江須の元へ向かおうとする。
だが足を踏み出そうとする直前、背後から大きなゲダツ特有の気配を三人は感知した。余羽だけはその気配の正体を知っているが、仁乃と氷蓮は新たな敵が現れたと思い勢いよく振り返った。
仁乃と氷蓮が振り返るとそこには菫色の髪の美しい女性が立っていた。
「あら、どうやら人質は無事に解放された様ね。良かった良かった♪」
手に持っている傘をクルクルと回しながら陽気な声色で現れたゲダツ、ディザイアは無事に救出された仁乃と氷蓮へ笑顔を向ける。しかしその逆、ディザイアの姿を見て二人はすぐさま臨戦態勢を取った。
「ちょっとコイツってゲダツじゃない!!」
仁乃は能力で瞬時に糸を操るとディザイアの身体に巻き付け拘束する。
絞め殺さんばかりの強烈な拘束を受けるディザイアであるが、彼女は涼し気な顔をしてクスクスと笑った。
「いやねぇ。痛めつけられていたからって八つ当たりの無差別攻撃はよしてほしいわ」
「何が無差別攻撃よ! アンタがゲダツだって事は気配で分かってるのよ!!」
そう言いながら更に強力な力で彼女を締め付けようとする仁乃であるが、そんな彼女を慌てて余羽が腕を掴んで止めた。
「ちょっとタンマ!! 仁乃さん落ち着いて!!」
「どうして止めるの花沢さん!! コイツの正体はゲダツなのよ!!」
「だから今から説明するから落ち着いて!!」
何故ゲダツを擁護するのか理解できずに激情しかける仁乃を何とか収めた後、この空きビルに来るまでの出来事を余羽は早口で全て話した。
余羽から事情を聴いた後の仁乃は取り合えず能力を解除してディザイアの拘束を解いてあげる。しかし仁乃と氷蓮は能力こそはひっこめたのだが警戒は緩めておらず疑いの目を彼女へと向けている。だがそれも無理ない事だろう。何しろこの二人は少し前まで人型のゲダツに痛めつけられていたのだから。
氷蓮は仁乃の隣まで移動して小声で耳元でどうするか尋ねた。
「なあどうすんだよ? 屋上に言って加勢に行くのか? それともここでコイツを見張っているか?」
「……」
屋上で今も戦っている加江須の力になりたいと言う気持ちは強いのだが、しかし余羽から事情を知ったとはいえ目の前のゲダツを放置しておいてよいのか否か。
そんな事を考えているとディザイアの背後から更に一人の人物が現れる。
「たくっ…また揉め事を起こしているのかよディザイア」
「あら人聞きの悪いことを。向こうがいきなり敵意むき出しで襲って来たのよ」
背後から現れたのはディザイアの血で半ゲダツとなったヨウリであり、その姿を見て仁乃と氷蓮が指を差してあっと声を出す。
「オメーって確かあの廃校に居た不良じゃねぇか!? 生きていたのかよ!!」
「何でゲダツと一緒に居るのよ?」
加江須と同様にこの二人もあの日に廃校から姿を消したヨウリの行方が少し気になっており、その行方不明者がゲダツと共に現れれば驚きもする。
更に事態がややこしくなってきた状況に余羽はどうすべきかとオロオロとしていると、パンッと大きな破裂の様な音が室内に響く。
皆の鼓膜を震わせた音源の方を見るとディザイアが両手のひらを叩いて音を放っていた。
「はいはい、ヨウリについての説明をあなたたちに話してあげる。とりあえず久利加江須クンが戻って来るまでここで待機しましょう。彼が戻って来ればあなたたちも安心でしょう」
ディザイアの言う事に従うつもりではないが、仁乃と氷蓮もヨウリがゲダツと居る理由を知りたく思い無言を貫く。それに上の戦闘に加勢するよりもここでディザイアを見張っておいた方が良いのではないかと思ってもいるのだ。
「(加江須の力ならあんな金髪ゲダツだって完膚なきまでに倒してくれるはず。なら私たちはここでこのディザイアを見張っている方がいいかもしれないわ)」
こうしてディザイアに呼び止められた仁乃たちは屋上へは向かわず、彼女から話を聞きつつ加江須が階下へと降りてくることを信じて待つ事とした。
屋上へと戻る事を中断した様子を見てディザイアは内心でホッとした。
「(あー良かったわ。出来る事ならあのサーバントは久利加江須に単独で撃破してもらいたいからね。そうすれば彼の功績も大きくなり、願いを叶えるチャンスを得る確率が増えるんだから)」
ディザイアがこの場に仁乃たちを釘付けに出来た事を満足しつつ、ヨウリと自分との出会いについて仁乃と氷蓮へ話してあげた。
そんなディザイアが屋上に行かぬように時間稼ぎをしている頃――
◆◆◆
ボグシッ、と肉を激しく打つ音と共にサーバントの顔面は再び陥没し屋上のコンクリートの地を背中で滑って行く。
鼻から真っ赤な果汁を出しながら仰向けで倒れているサーバントを見つめつつ、加江須は疲れるように溜息を吐く。
「殴っても殴ってもキリがないな」
加江須がそう言うと、地面に倒れているサーバントがむくりと起き上がる。すると彼のへこんだ顔面は元通りとなり、彼は不敵な笑みを浮かべる。
先程からこの繰り返しなのだ。どれだけ傷つけてもサーバントはすぐに余羽の能力の様に傷が元通りとなり、いたちごっこ状態なのだ。
「お前の与えるダメ―ジなんざ無駄なんだよ。さあどうすんだぁ?」
ニヤニヤと牙を口元からはみ出しながら笑うサーバント。恐らくは加江須の攻撃がまるで効いていない自分に酔っているのだろう。
「……いいぜ、ならさらに強い攻撃で攻め立ててやるよ」
そう言うと加江須の全身が炎で包まれ、その炎が晴れるとそこには九つの尾を持った妖狐が立っていた。
「第二ラウンドだ。ここからは今まで見たいに生易しい攻撃じゃねぇぞ」
第二の能力で変身した加江須の姿を見てサーバントは笑みを消し、そしてカチリと歯を一度鳴らすとこう言った。
「それがお前の真の力か? なら…俺も見せてやんよ」
そう言った直後、サーバントの放つ気配がより不快感を増した物へと変貌するのであった。




