空きビルでの戦闘 ディザイアとの取引、彼女の願いは……
サーバントと表向きに手を組むように取り付ける事が出来たディザイアは空きビルを出た。移動中、空きビル内に散らばっているガラスの破片を踏み砕きながらビルの外に出ると駐車場の方から一人の青年が歩いてやって来た。
「話し合い、いや騙し合いは終わったのかディザイア」
「ふふ、嫌な言い方をしないでよヨウリ。でも正にその通りだから仕方がないけど」
オホホホとまるで古典的なお嬢様の様に口元を覆い上品ぶって笑うディザイアであるが、その眼は自分の狙い通りだと浮かれている事がヨウリには理解できた。
「あのサーバントとやらが彼の恋人に手を出してくれたお陰で彼に近づける口実も出来たわ」
「久利加江須にか…」
ヨウリがそう言うと彼女は満足げに頷いた。
空きビル内でディザイアがサーバントに話していた話は全てが虚言である訳ではない。あくまで自分で調べた範疇ではあるが、怒りや嘆きや苦悩と心に絶望を持ち合わせている人間を喰らえば通常以上の栄養分を得られる事は恐らく間違いないだろう。しかしその話をしたことは今この場で仁乃と氷蓮を彼に喰わせないための口実だ。
「さて…じゃあ本命である久利加江須と接触するわよ。そしてこの空きビルまで案内するわ」
「だが大丈夫かよ。俺たちがあの男を案内している間にそのサーバントってヤツがその女共を喰ってしまったら久利加江須の怒りの矛先が俺たちにも向いてヤバいんじゃないのか?」
「大丈夫よ。私の能力で彼の〝食欲〟を押さえ込んでおいたわ。少なくとも目的の久利加江須が来るまでは彼女たちは食べられない」
万が一の為にも自身の能力で保険は打っておいたとヨウリを安心させ、事前に下調べしておいた久利加江須の自宅まで歩き出す。
彼女の後ろを歩きながらヨウリはまだ不安が拭いきれなかった。
「だが本当にあの化け物転生戦士と取引になんて持ち込めるのかよ。下手をすれば問答無用で攻撃されるんじゃ……」
「それは大丈夫。先手必勝で彼の恋人が囚われの身である事を口にするだけでいいわ。そうすれば彼はこちらの話をちゃんと聞いてくれるはずよ」
以前に彼の学校で開催された体育祭の際に見せた彼の怒り、それはあの仁乃と言う少女がやられた事がトリガーであった。彼にとって彼女たちがどれだけ大切な存在なのかはあの怒りを見れば明白である。だからこそ彼女たちが囚われていると知ってしまえば情報を訊かずに自分たちに手を上げようとはしないだろう。
「こちらの話を聞く気になれば後は上手く取引に持ち込んで見せるわ」
「…どちらにせよ危険な綱渡りではあるがな」
「仕方がないじゃない。何しろ戦いの中で〝願いを叶える権利〟が発生するのは転生戦士だけなのだから」
◆◆◆
「――以上があなたの恋人を捕らえているサーバントと繋がりを持っている理由よ」
ディザイアは自分の思惑や不都合になる部分は決して口にはせず、自分を味方と思わせる様な口ぶりで話を終えた。
――バギャッ!!
ディザイアから全ての話を聞き終えた加江須は無言で振り上げた拳を自分の机の上に叩き落とした。
抑えきれない怒りで僅かに漏れた神力で強化された拳は机を容易く貫通し、その破片が部屋の中に散らばる。
「ふざけやがって…許さねぇぞサーバントとやら…死ぬほどの後悔を味合わせてやんよ」
自分の大切な人たちの現状を知ってふつふつと怒りが腹の底からマグマの様に湧き上がる。その怒りはディザイアにも向けられる。勿論彼女は加江須がこの場で自分に攻撃をしてこない様に上手く説明していたが完全に彼の怒りを拭う事は出来なかった。
「…お前は仁乃と氷蓮を助ける状況に居たにもかかわらずそれを放置して俺の所まで来たのか?」
「それは誤解よ。ハッキリ言って私がその場でサーバントと戦っても勝てる見込みは無かったわ。だからあなたにこの事実を報告する事にしたのよ。それに念には念と私の能力をあの男に発動しているから彼女たちが食い殺される心配は無いしね」
これは半分は嘘だ。実際に戦えばディザイアがサーバントを倒せる可能性もあった。半分と言うのは彼女の勝利が確実ではないという事だ。
自分は二人の為に最善の方法を取っただけだと主張する彼女に対して加江須が口を開く。
「俺が出向くまで二人は喰われないと言っていたが…どう言う能力なんだよ」
加江須が睨むようにディザイアの持つ能力の内容を確かめようとする。
「私の能力は『欲求をコントロールする特殊能力』よ。私が食べた転生戦士から受け継いだ能力よ」
転生戦士を食べたと言われて余羽がビクッと肩を上下に震わせた。
「(や、やっぱりこの人も転生戦士を食べているんだよね…うぅ、ちょっと怖くなってきたかも)」
今の話を聞く限りではゲダツは転生戦士を喰えば進化する事が出来るらしい。そう考えれば目の前の普通の女性にしか見えないディザイアも他のゲダツの例にもれず人を食して来たのだろう。
ディザイアに若干の恐怖を感じている余羽とは違い加江須は特に彼女が人を喰って来た事は追求しない。ゲダツが人を喰う事は彼にとっても今更驚く事でもないし、それに今は仁乃と氷蓮の身の安全の方が重要だ。
余羽が自分に対し少し怯えている事に気付きながらもディザイアは加江須に能力の説明を続ける。
「私は自分や他者に対して欲求のコントロール権を得て様々な分野の欲求を抑えたり開放したり出来るわ。そしてサーバントには〝食欲〟と言う欲求をコントロールして抑え込んでいるのよ」
自分の持っている能力に関しては自信があるのか得意げな顔で話すディザイア。
初めて見せるいわゆるドヤ顔に加江須が少し戸惑う。まさか一見女狐にしか見えないような彼女がこんな顔もするのかと思ったのだ。それは余羽も同様であり、彼女も彼女で少し意外そうな顔をしていた。
「………」
そんなディザイアの意外な顔に対してヨウリだけは複雑な顔をしていた。
彼がそんな顔をするのは教えてもらったからだ。彼女が自分の能力に〝誇り〟を持っている理由を……。
自分の隣でヨウリが複雑そうな表情をしている事に気付いていないディザイアはここで話の本題に入った。
「さて、私の能力であなたの恋人の安全は理解できたかしら。それじゃあここからは取引としましょう」
「取引…だと…?」
ディザイアが唐突に持ち掛けて来た取引と言う言葉に加江須と余羽の二人は怪訝な顔をした。
「これからあなたを目的に空きビルまで案内するわ。もちろん共闘と言ったのだから戦闘面でも手を貸してあげる。その代わり――願いを叶える権利を一度だけ私の為に使って欲しいの」
「……それがお前の狙いか」
ディザイアのこの条件を聞いて加江須にはディザイアがこちら側に着く理由が分った。同じゲダツでありながら彼女が何故転生戦士側に立つのか、それは自分たちが戦闘の恩恵で神から与えられる願いを叶える権利、それを彼女は欲しかったのだ。
「俺たちがある程度の成果を収めれば願いを叶えれられる…それはお前が喰った転生戦士から聞いたのか?」
「さぁて…どうかしらね?」
「…まあどこで知ったのか、その経緯はこの際どうでも良い。もしも俺がそんな条件を飲めないと言ったら?」
「その時はお姫様たちが捕まっているビルまで案内もしなければ、今発動中の能力も解除するわ。そうなれば食欲が解放されたサーバントは二人を食べちゃうでしょうね」
そう言い終わった瞬間、加江須の手が彼女の胸ぐらを掴んでいた。
ギリッと歯を強く噛み、眼の端は僅かに充血している。
「どうする? 私のこの条件を飲む? それとも私をこの場で殺す?」
「……はぁ」
至近距離で睨みつけていた加江須であるが、やがて疲れた様な溜息を吐くと彼女の胸ぐらから手を離した。
「良いだろう、その条件を飲んでやる。ただしお前の叶えたい願いの内容をここで口にしろ」
「……私の願い、それは――」
◆◆◆
「んん…あれ…ここは?」
夜風の吹く空きビルの屋上で縛られて仰向けに転がされていた仁乃であったが、気絶してから随分と時間が経過した後にようやく目が覚める。
目覚めたばかりでまだ脳が状況の整理を把握しきれておらず、もうろうとした中で周辺を観察しようとする。だが身体を動かそうとしても縛られており芋虫の様に情けなく体が左右に振れるだけ。
「いたっ……あれ、私はたしか…」
戦闘で負傷してそのまま放置していた生傷の痛みが意識が戻ると同時に脳に伝達する。そして痛覚によって半ボケの意識は完全に覚醒し、そして気絶する直前の記憶がぶり返す。
「くっ…この…」
何故まだ自分が生きているか分からないが逃げ出さねばと思い身体を動かすが、縛られた体では満足に身動きも出来ず左右に体が揺れるだけ。そうやって身体を動かしていると隣で同じように縛られて転がっている氷蓮が話しかけて来た。
「よぉ…やっと起きたかバカやろぉ…」
「ひょ、氷蓮…」
自分が縛られている事に夢中ですぐ近くで同じ状態の氷蓮の存在に今頃気付いた。
同じように身体を縛られている氷蓮、しかも自分と同じ、いやそれ以上に傷ついた身体をしていた。
「たくっ…心配させるなよ」
今まで何度も呼びかけてもぐったりしていた仁乃が目覚めた事で安堵から彼女は涙を一粒零した。初めて見る自分を心配して泣いてくれる彼女の姿に仁乃は素直に感謝した。自分も同じように苦しんでいる中で心配してくれてありがとうと……流石に口にするのは恥ずかしいので声には出さなかったが。
「…でもあのゲダツ、どうして私やあんたを野ざらしにしているのかしら。ゲダツ相手だから今頃は食べられてもおかしくないのに」
「それなら俺が聞いておいたよ。あの金髪ゲダツ、どうやら加江須をおびき寄せる為のエサにする為に俺らを捕まえてんだとよ」
「何で加江須の事を知ってるのよ…?」
そこまでは知らねぇよと軽い口調で返しておく氷蓮。
まだ痛みと疲労で満足に動けない二人は並んで仰向けの状態で夜空を見上げる。
「……綺麗な星空ね、できればこんなシチュエーションで見たくはなかったけど…」
「ははっ、流れ星にでも助けを求めるか?」
そう言っていると本当に夜空に流れ星が流れた。
その時に二人は心の中で全く同じ願いを同時に強く祈っていた。
「「(お願い…はやく助けに来て。私の…私たちのヒーロー……!!)」」
そんな願いを心で唱えた次の瞬間、この空きビルの真下にある駐車場から激しい炎が燃え上がった。




