空きビルでの戦闘 ゲダツとゲダツの企み、そして目的の為の利用
それは仁乃と氷蓮が空きビル内での戦闘でサーバントにやられた直後の事であった。
二人の転生戦士を返り討ちにしたサーバントは目の前で気を失っている極上の獲物を見て舌なめずりをした。
「多少は苦戦させてくれたな。でもまさか転生戦士を二人も同時に腹に入れる事が出来るなんてな」
ゲダツは人を喰らう生き物、人間であれば選り好みなどせず喰らって自らの我欲を満たす。それが人々の悪感情から生まれたゲダツと言う生き物だ。だがそれはあくまで基本的な個体のゲダツに限った話である。極まれに人を喰らい続けた結果、人間に近い容姿や思考を持ち合わせたゲダツに進化する事もある。
このサーバントも元は獣とさして変わらないゲダツであった。しかし多くの人間や転生戦士を喰い限りなく人に近いゲダツとなったのだ。
「さて……ヨシ、まずはこっちの女から食うとするか」
気を失って倒れている仁乃と氷蓮の二人をしばし見比べた後、彼はまずは氷蓮の方から食い殺してやろうと考える。
氷蓮の方に手を伸ばすとこれまで後ろで黙っていた浮浪者がサーバントに少し近づいて来て、下種な笑い声と共に仁乃を指差したこう言った。
「あの兄貴、でしたらこの女は俺が頂いていいですかい? こんな上玉の女とはそうそう巡り合えないので」
浮浪者がそう言いながら倒れている仁乃へとゆっくり手を伸ばすがその瞬間、浮浪者が下劣にも伸ばしていた右腕をサーバントが手刀で切断した。
真っ直ぐに伸ばされていた浮浪者の右腕の肘から先がポトンと床に落ち、その切断された腕の断面をを見つめながら目を白黒させる浮浪者。
次の瞬間、灼熱の激痛が切り落とされ肉の断面から生じた。
「うぎやぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ!?」
汚らしい悲鳴と共に床をゴロゴロと転がって痛みにもだえ苦しむ浮浪者。
後ろの方で喧しい絶叫を上げている浮浪者の事を冷めた目で見ながらサーバントは床に唾を吐き捨てる。
「薄汚ねぇ手でベタベタとコイツ等に触れるなよ。まともに風呂も入っていねぇ手で触られたら食う気が無くなっちまうだろ」
「うぐぐ…すいません…」
そう言いながら浮浪者は脂汗を流しながら落ちていた肘から先の腕を拾い、ソレを切り落とされた断面にくっつける。すると浮浪者の腕は縫合をしたわけでもないにも関わらず数秒後には綺麗にくっ付いていた。
「たくっ…てめぇは下の階にでも行ってろ。食事シーンを見られるのも余りいい気はしねぇからな」
そう言いながらサーバントは口を開いて氷蓮の腕に齧り付こうとする。
口の中から現れた凶悪な牙は氷蓮の肉を容易に引きちぎり、骨を簡単に噛み砕ける事が一目で理解できた。
そのままライオンの様に肉を貪り食おうとするサーバントであったが、その直後――
「あらあら、食人族もびっくり。生肉を貪ろうなんて」
入り口の方からクスクスと笑い声と共に女性の声が室内へ伝わる。
今にも氷蓮の腕に牙を突き立てようとしていたサーバントであるが、彼は氷蓮の腕を掴んだまま声の方へと振り返る。
振り返るとそこには空きビルであると言え、室内で何故か傘を差している菫色の長い髪をした女が立っていた。
美しい美貌を持ったその女を見て浮浪者は小さく息をのんだ。すぐ近くで転がっている二人もイイ女であるがまだ未成年の子供だ。だが目の前の女は酸いも甘いも嚙み分けられる程のいかにも余裕を持った大人の女性であり浮浪者にはとても魅力的であった。
相手がただ迷い込んだ、もしくは興味本位で空きビルを探索していた一般人だと思ったのか浮浪者はゆっくりと女性に近づいて行く。
「おねえちゃん、こんな所に独りで来るなんて無防備すぎるだろ。げへへ…」
サーベントは転生戦士の二人を喰えれば満足する筈、見た目は美しくともただの人間など彼にとってはエサとしては魅力が無いと判断して自分はこっちの女と遊ぼうと思った。
そんな女にだらしない浮浪者を見てサーバントは小さな声で失笑気味に笑いながら漏らす。
「バカが…相手の正体も見極められねぇのか?」
しかし彼の言葉は浮浪者には残念ながら届いておらず、先程くっ付いた右腕を女の胸元に伸ばした次の瞬間――再び男の腕が鮮血と共に宙を舞った。
「……い、があぁぁぁあぁぁぁぁぁああぁあ!?」
先程と同様のリアクション、まるでビデオの巻き戻しの様な出来事に先程は失笑だったサーバントは今度は大きな声で笑った。
「ハハハハハッ!! デジャヴ、デジャヴだ!!」
指を差して激痛に苦しむ男をゲラゲラと一通り笑うサーバント。
ようやく笑いも収まって眼の端の涙を拭いながら彼は未だに微笑みが張り付いている女に話し掛けた。
「はー笑った笑った……んで、お前はお零れでも強請りに来たのか〝ゲダツ〟さん」
「違うわよ。そんな卑しい真似はこの姿になってはしていないわ。そんな勘繰りはやめてちょうだい〝ゲダツ〟クン」
そう言い終わると同時に今まで擬態していた自分の持つ本当の力を噴出させるゲダツのディザイア。
彼女が解き放った気配を感知し、サーバントによって半ゲダツとなった浮浪者もようやく彼女の正体に気が付いた。
「こ、これは兄貴と同じ気配。まさかこいつはゲダツなのか…?」
千切れた腕を再びくっ付けながら浮浪者は驚愕の事実と共に尻もちを着きながらディザイアから距離を取った。
そのいかにも小物としか言いようのない惨めな姿にサーバントは頭を抱える。
「たくっ、人型は気配を上手く消せるって言っていたろうが。だいたいこんな空きビルに女一人で来るなんておかしいと思わねぇのか? 頭まで貧弱なんだなてめぇは…」
「…彼は見たところ半ゲダツみたいね。随分と面白い部下を持っているのね」
ディザイアが尻もちを着いている浮浪者を見ながら口元に手を当て、クスクスと笑いながらサーバントを見る。その視線が不快で舌打ち交じりに言い返した。
「部下なんかじゃねぇよ。他にも半ゲダツの候補はいたが全員死んじまってコイツだけが運よく俺の血に適合したから置いているだけだ。乞食とは言え半ゲダツになれれば多少の戦力にはなるしな」
「あらそう。ところでその娘たちをどうするのかしら?」
別段ディザイアはそこで怯えている浮浪者の事はどうでも良い。だがサーバントの目の前で転がっている二人の転生戦士をどうするかは気になった。しかも一方的とはいえあの二人は自分も知っている顔だ。
ディザイアの質問に対してサーバントは何を当たり前のことを、と言った顔で速攻で答えた。
「食うんだよ。ゲダツは人を喰う生き物だろ? それに転生戦士を喰えば力がより一層跳ね上がる事も知っているしな」
「なるほどね。どうやらあなたは何か勘違いをしている様ね」
「ああ、勘違いだと? 俺が何を勘違いしているって?」
ディザイアのどこか憐れみの籠っている声色に眉をピクッと動かすサーバント。
自分の言葉に興味を抱いた事を確認した彼女はサーベントにゲダツが一番成長する方法を教えた。しかもそれと同時に彼女は自分の能力を彼の対して発動した。
「ゲダツが人を食して成長するのは間違いないわ。そして転生戦士を喰えば普通の人間以上の栄養分も得られるでしょうね。でも一番重要なのは心の絶望具合よ」
「……どういう事だ?」
ディザイアの話に興味を持ったのか今まで仁乃と氷蓮を喰う事で半分は意識が持っていかれていたサーバントであるが、同じゲダツとして彼女の話は今後の自分の成長のために聞いておく必要があると感じて二人から目を離してディザイアと向き合う。
「これは私が最近知った事実なんだけどゲダツは絶望の深い者を摂取する程に蓄えられる力も変化するのよ。元々は悪感情から生み出された私たち。故に心に深い絶望を持つものほど大きな糧となるのよ」
「なるほど…少し興味深い話ではあるがそれでも転生戦士を喰えば飛躍的に進化出来る事も実証されている事だ。現に俺は他の転生戦士を喰って人型のゲダツに成った事だしな。ならば今更一般人に執着する事もないだろ」
「言ったでしょう、心の絶望具合が重要であると。それは転生戦士を喰ったと言うよりも、その転生戦士があなたによって絶望に突き落とされた状態で食べたからよ」
いまいちディザイアの言っている事がよくわからず首を傾げるサーバント。
そんな彼を見てさらに噛み砕いて説明をするディザイア。
「貴方も知っての通り普通の人間にはゲダツは見えない。だから無防備に食い殺される。でもそれって突然の事故に襲われる事と同じだと思わない? 傍にゲダツが居ても認識できない、だから絶望する前に食い殺されて死ぬ。でも転生戦士はなまじゲダツを視認できるからこそ、そのゲダツに敗北すれば自分は死ぬのだと絶望を抱く。そんな負の感情を豊潤に含んだ状態の転生戦士を喰ったからこそあなたも、そして私も進化し人に近づいた」
ディザイアの話を聞いて浮浪者はまだ首を捻っているが、実際に人を喰い続けて来たサーバントはようやく彼女の言っている事を理解する。それと同時に彼女の話は口にこそしていないが中々に説得力があると感じた。
ゲダツは人の負の感情の集合体。だからこそ悪感情から生まれた自分たちゲダツは絶望を色濃く持っている者を喰う事で更にゲダツとして格も上がり進化もする。思えば自分がこれまで食って来た人間共は何故死んだのか分からぬまま間抜けな顔のまま命を刈り取られていった。しかし自分が一度だけ食い殺した転生戦士は自分を視認でき、そして戦いに敗れる際にちゃんと見せていた。自分の死が差し迫っている恐怖に引き攣る顔を……。
「あの時に喰った転生戦士…美味かったなぁ…」
ディザイアの話から考えればあの転生戦士が美味だったのは神力を持っているからだけではなく、勝負に敗れ絶望を抱いたからだと言われれば何故だか素直に頷けた。
「……それならあの二人を今喰うのは勿体ないかもな」
そう言いながら背後で寝かせている傷ついた仁乃と氷蓮を見てサーバントが呟いた。
もしもディザイアの話が本当であれば眠っている間に喰うよりも、起き上がってから恐怖を与えてから食い殺した方が自身の糧になるのではないだろうか。
今喰うかそれとも後で喰うか、そんな風に悩んでいるとディザイアが口元に大きく弧を描きながら今もそこで意識を失い転がっている二人の少女の食べ方を教えた。
「よければその娘たちを一層美味しく食べれる方法を教えてあげるわ。実はその娘たちには恋人が居てね、その恋人も転生戦士なのよ。しかも……とてつもなく強大な神力を宿しているわ」
「ほぉ…この町には随分と転生戦士が居るんだな。しかもこの女どもの連れか」
「どうかしら? その転生戦士…私がここに連れて来ても良いわよ」
ディザイアがそう言うとサーバントは目を細める。
確かにまだ転生戦士が居るのであればソイツを喰っておきたいところだ。しかし何故彼女がここまでお膳立てをするのか気になり狙いを確かめておくサーバント。
「どうしてそこまで段取りをしてくれる? 同じゲダツだから…なんて理由じゃないだろ」
「そうねぇ…あえて言うのであれば目障りだからよ。この焼失市で私は何度もその男に食事を邪魔されているのよ。だから人型ゲダツが二人いるのであれば協力してでも片付けて起きたいのよ」
「なるほど…まぁ俺たちにとっては転生戦士は目障りではあるからな。それともう一つ、この女共をより美味く喰う方法ってのを教えてくれよ」
サーベントがどのようにこの二人の転生戦士を調理するのかを尋ねるとディザイアはケラケラと笑いながら舌なめずりをした。
「決まっているじゃなぁい。私が連れて来た男の前でその娘たちをいたぶればいいのよ。肉体的にも精神的にもねぇ。いざとなれば盾にも使えるわ。そうすればその二人も私がこれから連れて来る男もより絶望し、怒り狂い、そして嘆き悲しむわ。その厭悪を心に積もり積もらせたタイミングで喰らえばゲダツとして強くなれるわ」
「それ……いいなぁ……食欲がそそるぜ」
ディザイアの調理方法は実にゲダツとしては魅力的な提案であった。
しかしこの時にサーバントは気付いていなかった。実はこの時、彼はディザイアの持つ能力である欲求を押さえつけられており無意識に彼女の都合の良い筋書きへと誘導させられていたのであった。
食欲がそそる、そう言いながら二人の少女を食そうとしない自分の違和感を感じていれば彼はディザイアの企みを察知できたかもしれないのに……。
「よし…じゃあその男を連れて来てくれないか。そうすればこの女のどちらかをくれてやる」
サーバントの言葉にディザイアは狂気に満ちた笑みのまま頷いた。
だがサーバントは気が付いていない。ゲダツは悪感情の生き物。それ故に自分の目的のために同じゲダツを利用する事もあるという事を……。




