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空きビルでの戦闘 囚われの恋人たち


 「お前たちと共闘だと…ふざけているのか…?」


 どこか相手を小馬鹿にしている様な笑みを浮かべているディザイアと名乗るゲダツに改めて威圧する加江須。その圧力は直接叩きつけられている訳でもないにもかかわらず、余波だけでヨウリと余羽の二人を内心で震え上がらせたが、当の本人のディザイアは相変わらず顔色を一切変えずに笑みを浮かべていた。


 「そう怖い顔をしないでちょうだい。さっきも言ったけど私はあくまであなたたちに力を貸しに来たのよ。共闘と言ったでしょう」


 「……俺たちが信じると思うか。いきなり現れた素性の分からない相手を。ましてやゲダツの言う事なんて……」


 「確かに転生戦士のあなたからすれば至極まっとうな意見。でも考えてもみなさい。ただあなたを挑発する為だけに二人もの転生戦士の前にゲダツの私が姿を現すと思うのかしら? ましてや恋人の身を案じてあからさまに焦りを見せているあなたに……」


 「ぐっ……」


 ディザイアの事は信用ならないと言うのが正直な意見ではあるが、彼女の口ぶりから氷蓮の行方を知っていそうだとも思える。もしもヤツが犯人ならばわざわざ自分の前に現れてそんな事を言うだろうか?

 頭の中で目の前の二人、特にゲダツであるディザイアを信じるべきか否かと悩んでいると距離を取っていた余羽がいつの間にか自分の隣へと戻って来ており加江須の服を引っ張っていた。


 「ね、ねえ久利君。とりあえず話を聞いてみない?」

 

 「だ、だけどよ…」


 「あの人…えっと…ディザイアさんも私たちが転生戦士と知っていながらも近づいてきた。ただ単純に私たちを殺そうと思っているならもっと上手い方法もあると思うの。ましてや私なんて久利君と別れて一人になった時ならあっさりと殺せると思うし…」


 余羽がそう言うと加江須もこれ以上は何も言えなくなってしまう。確かに彼女の言う通りもしも相手が他のゲダツの様に一般人や自分を襲う気ならば堂々と目の前に姿を現すとも思えない。


 「分かった…取り合えず話を聞かせてくれ」


 そう言うと加江須は少し冷静さを取り戻し、たぎらせていた怒りの炎を鎮火し神力を抑える。

 ディザイアの方も加江須が戦闘態勢を解いた事を確認するとようやく話を聞いてもらえると安堵の息を漏らした。そんな彼女の隣ではヨウリが彼女以上に安心して額の汗を拭っている仕草を見せる。


 「たくっ…ヒヤヒヤさせやがって…」


 そう言いながらヨウリはディザイアの事を軽く睨みつける。もう少しで目の前の化け物から攻撃される寸前だっただろうと非難の眼を向けるが、そんな彼に対してディザイアはペロっと舌を出して笑う。

 そんな仕草に思わずイラッとしたが何とか堪え、彼は目の前で訝しんでいる二人の転生戦士に事情を話し始めた。本来ならディザイアの口から説明してほしい所ではあるがこの女のこと、あの二人、特に加江須の事を無駄に苛立たせかねない。そんな展開はヨウリとしても御免被るので自分が話を進めた方が賢明な判断だろう。


 「まず久利加江須…でいいよな。あんたが今気にしている氷蓮って女と仁乃って女の二人はあるゲダツに囚われているんだよ」


 「なっ!? 氷蓮だけでなく仁乃もだと!! いやそれよりも囚われているってどういう訳だよ!!」


 ヨウリの口から出て来た言葉は加江須の予想を遥かに上回る最悪のものであった。しかも氷蓮だけでなく仁乃にまで被害が及んでいると聞き二人も恋人が一度に危険な状態であると知り居ても立っても居られずこの場に居るヨウリに噛み付いた。

 一瞬で彼の眼の前まで移動するとそのまま彼の胸元を両手で掴み、そのまま自分の方へと引っ張り詳しい話を聞き出そうとする。


 「囚われていると言ったな!! 何で二人が囚われの身になっているんだ!? いや、それよりもどうしてそんな事が分かる!! 犯人はゲダツだと言っていたがお前の仲間か!! やっぱり俺たちを狙ってやがったな!!」


 「ま、待てって…そんな一遍に訊くなよ。心配しなくてもちゃんと話すから……」


 「いいからさっさと答えろ!! 俺の我慢が限界を突破する前に!!」


 数十秒前までは余羽の説得でこの二人の話を落ち着いて聞こうと考えていた加江須であったが恋人に危機と聞いて冷静さは一瞬でぶっ飛んだ。

 それから数分後に余羽とディザイアの二人に宥められる事でようやく話を再開することが出来たのだった。




 ◆◆◆




 空の色が次第に暗くなり始め街中の建物は次々と室内の明かりを灯す。そんな光景を荒れている空きビルの屋上から一人の青年が眺めていた。


 「もうすぐ日が完全に沈む。こんな夜遅くまで戻ってこないとお前たちの家族はさぞ心配しているだろうなぁ」


 そう言いながら青年は頭にかぶっているフードを剥ぎ取り、嫌らしい笑みを浮かべながら背後で地面に倒れ込んでいる二人の少女を眺めて言った。


 青年の背後では身体の至る所に傷を負いながらロープで縛られている仁乃と氷蓮が寝かされており、氷蓮は悔し気に青年の事を睨んでいた。


 「クソが…こんな所に連れて来て何が目的だ。このクソッたれゲダツが」


 氷蓮がギリリと悔し気に歯を食いしばりながら罵倒を飛ばした。


 「だからよぉ、そのゲダツって呼び方はやめろよな。俺は〝サーバント〟って名前があるんだからよぉ」


 まあ自分で勝手に考えた名前だけど、などと言いつつサーバントと名乗る金髪のゲダツはヘラヘラと笑った。

 彼のその笑みを見て氷蓮はペッと唾を吐いて『カッコつけんな』と言うとサーバントは笑いを途切らせ、そのまま無言で彼女のすぐ傍まで寄って来た。


 「カッコつけてんのはお前だろ。身動きが取れないならせめて言葉で攻撃、いや口撃ってか…そらッ!!」


 「おぐぅッ!?」


 サーバントは右脚のつま先を氷蓮の横っ腹に遠慮なく突き刺した。その強力な衝撃と痛みで苦悶に顔を歪める氷蓮。激痛で呼吸が上手くできず視界がぼやける。


 「ゴホッ…ゴホッ…」


 「あまり図に乗り過ぎんなよ。てめぇらを生かしてんのはいずれこのビルにやって来るであろう転生戦士のエサの為なんだからよ。〝アイツ〟から話に聞いている強大な力を持った炎使いの転生戦士の男がやって来るまでは生かしてやるって言っているんだ。俺に敗北しておきながら未だに喰われず生きている事にもっと嬉し涙で感謝しろよ」


 「はっ…加江須の事を知っているみたいだな。でも残念だったな。てめぇ程度じゃ俺の彼氏には勝てやしねぇよ…ばーか…」


 つま先でわき腹を突き刺さされた氷蓮は激痛で口元から涎を垂らし、眼の端には涙を溜めているが不敵な笑みを浮かべてべーっと舌を出してやった。

 囚われの身になっているこの状況でも未だに不敵な態度を崩さない氷蓮にサーバントは舌打ちをすると無言で先程以上の威力で彼女の横顔に蹴りを入れてやった。


 「ぶあっ!? ぐ…がぁぁぁ…」


 左頬に蹴りを入れられた氷蓮は痛みの余り目をつぶり、当たり所が悪かったのか大量の鼻血がボタボタと屋上のざらついた地面に落ちた。

 体を縛られているせいで鼻血を拭う事もできずに赤い体液をだくだくと流し続ける氷蓮にサーバントは『死ぬまで強がっていろ』と言うと屋上を後にした。


 サーバントが居なくなった後の屋上では氷蓮が腹部と横顔の痛みをこらえながら隣で同じように自由を奪われている仁乃に声を掛ける。


 「仁乃…おいしっかりしろよ仁乃…」


 彼女の隣で同じように縛られ寝転んでいる仁乃は氷蓮の言葉に返事を返してはくれない。彼女の口から返ってくるものは言葉ではなく力ない呼吸音だけだ。

 

 あのサーバントとの戦闘で仁乃はかなりのダメージを負っていた。そのダメージが未だに完全には抜けきっておらず力なく横たわっている。その姿を見ると氷蓮は先程サーバントに対して振るっていた虚勢を捨て、泣きそうな声で彼女に呼び掛ける。


 「なあ返事をしてくれよ仁乃。いつもみたいに言い返してこいよ乳お化け…なぁ…」


 いつもはいがみ合っている彼女が自分のすぐ隣で弱々しく横たわっている姿を見てると心が張り裂けそうであった。顔を合わせれば口喧嘩ばかりしていたが本心では何度も一緒に戦って来た大切な仲間だと氷蓮は思っていた。そんな仲間がまるで今にも死にそうな表情をすぐ傍で見せていると不安で不安で仕方がない。


 「もう…もう大切人を失いたくないんだよぉ…だから…だからいつもみたいに言い返してこいよぉ…」


 気が付けば氷蓮の瞳からは涙が零れ落ちていた。鼻血が止まったかと思えば今度は瞳から透明な雫が地面を濡らしていく。

 すぐ隣に居るのに何も出来ない自分が情けなくて仕方がなかった。

 

 「加江須…助けて…ぐすっ…」


 夜に吹く夏の夜風に全身を晒されながら静寂の屋上では堪えきれない氷蓮の嗚咽と仁乃の力なき呼吸音だけが発せられ続けていた。




 ◆◆◆




 屋上から下の階へと降りて行くサーバントは3階まで降りるとその階が僅かに明かりで包まれていた。その明かりを辿ると浮浪者が室内で蝋燭に灯をともしていた。

 呑気に座り込んでいる浮浪者の背中に軽く蹴りを入れるサーバント。


 「おい乞食、もしかしたら今夜にも例の男が襲撃に来るかもしれない。こんな所で座り込んでないで早く外の警戒をしろ」


 「で、ですがその久利加江須って男がもし来たら俺じゃ勝ち目なんてありませんぜ。さっきの女たちとの戦いでも兄貴の足を引っ張りやしたし…その男はあの二人より強いんでしょ?」


 サーバントに外を見張るように命令をされる浮浪者であるが、一般人相手ならばともかく転生戦士の相手はやはり荷が重いと告げる。

 自信なさげな顔をする浮浪者にサーバントは心配するなと告げる。


 「俺だってお前が勝てるなんて期待はしてない。ただお前は夜目がきく。建物に誰か近づいたら知らせるだけでいい。後はさっきの戦闘みたいに後方支援だけしてりゃいい」


 「そ、そうですかい。そう言う事なら…」


 自分が最前で戦わなくてもいいと知った浮浪者はへコへコと頷きながら空きビルの1階まで降りて行く。

 階段の下を降りて行き姿が見えなくなってからサーバントは小さく舌打ちをした。


 「たくっ…あんな使えねぇヤツしか未だに部下を持てねぇとはな。まあ…〝半ゲダツ〟に成れるヤツは限られているからな」


 そう言うとサーバントは地面に散らばっている崩れたビルの破片を握るとソレを握りしめて粉々にする。 


 「早く来いよ久利加江須。お前の目の前であの二人の女は殺してやる」


 そう言うサーバントの貌は悪感情の塊であるゲダツらしいとも言える醜悪なものであった。



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