空きビルでの戦闘 現れるゲダツと人間の異色コンビ
外の景色はオレンジへと変色し始めて日が暮れて来た。こんな時間帯でも夏休み中とあって外出している少年少女の数はそれなりに多く居る。だがそれでも外を出歩く人間の数は昼間と比べれば随分と減少し始めていた。大方の人間達が自分の帰るべき自宅へと戻っているのだろう。
「今日はもう戻るか…」
転生戦士として自分の身近なエリアのパトロールを加江須は夏休み中にも度々と行っていた。流石に彼も折角の学生としての夏の長期の休みを転生戦士としてだけでなく一学生として過ごしたい欲求はあるので毎日欠かさず見回りしている訳ではないのだが。ましてや恋人ができこの夏はなおのことだ。
今日は特に予定もなかったと言う事もあって時間があるので少し自分の住んでいる焼失市内を長時間見て回っていたがゲダツの気配は感じなかった。
「ん…あれは…」
もう太陽が地平線の下へと沈んでいく中、自宅の前まで戻って来た加江須であったが自身の家の入り口付近で見知った顔を見かける。
相手の方も加江須の存在に気付いて手を上げてブンブンと振って来た。
「おーい久利くーん!」
「花沢さんじゃないか。どうした、こんな時間にわざわざ?」
加江須の家の玄関前で待っていたのは自分と同じ転生戦士である花沢余羽であった。
「いやーごめんね急に押しかけてしまって。ちょっと氷蓮の行方を知らないかなって」
「氷蓮の行方? アイツそっちに帰っていないのか?」
「うん…ちょっと不安になって来てさ…」
氷蓮は現在目の前に居る余羽のマンションで同居して居る身だ。最近はいつもならば彼女はこの時間帯にはマンションに戻っており、もし戻って居なくても余羽に連絡は残しておくのだ。しかし今回はもうすぐ日が沈んで空が暗くなろうと言うにもかかわらず彼女からの連絡が来ていないとの事らしい。
わざわざ直接家に来ずとも電話でも寄こせばいいと思ったが、よくよく考えれば自分は余羽と連絡先の交換をしていない事を思い出した。
「氷蓮から聞いたんだけど狂華?って女のイカれた転生戦士がこの町に居るんでしょ。もしかしてソイツにやられたんじゃないかと心配で…」
どうやら狂華の情報は氷蓮を通して彼女にも伝達されていたようだ。しかしあの狂華は他の転生戦士よりもまずは自分を殺すと公言していた。そう考えるとあの女が絡んでいるとも思えなかった。とは言え相手はどこかタガの外れた戦闘狂だ。そんな女の言葉を完全に信じ切る事も出来ないが。
「確かに狂華の事も気がかりではあるがゲダツにやられた…なんて事も……」
そこまで口にした瞬間、加江須の背中に冷たいものが走った。
「(いや氷蓮がそう簡単にやられる訳が…で、でも……)」
声に出して氷蓮がやられた、そう言った直後に加江須の顔色が徐々に青ざめ始める。
自分はあくまで可能性を口にしただけのつもりであった。しかしそれが正解であったと考えると不安と恐怖から圧迫感に襲われる。
不安に胸を押しつぶされそうになっている加江須の隣では余羽も少し焦りを表情に見せていた。恐らくは彼女の方も加江須と同じイメージを頭の中で連想してしまったのだろう。
「で、でも氷蓮は私なんかとは比べ物にならない程に強いし大丈夫でしょ?」
自分たちが悪い方向に考えすぎだと余羽は自身の心に言い聞かせるが、嫌な予感が完全に拭いきれていないのか無意識に彼女は大きな声でそう言っていた。
その後二人はその場で黙り込んでしまう。ここで何を言い合っても答えなど出る訳などないのだ。しかしだからと言ってこのまま家に戻る気にもなれず加江須はもうすぐ夜になる事も構わずに少し周辺を見回ろうと思っていると――
「あらあら、随分と切羽詰まった表情をしているわね」
不安を抱えて神妙な顔をしている二人に向けて前方から女性の声が聴こえて来た。
「……誰?」
見知らぬ女性から声を掛けられ余羽は不思議そうな顔をして自分たちの前に現れた女性の事をマジマジと観察した。
自分たちに話しかけて来た相手は菫色の長い髪をした女性であった。とても美しい容姿の女性であり街を歩けば異性だけでなく同性も振り返る程の美貌だったが、一つだけ不自然な点が女性にはあったのだ。それは雨が降っている訳でもなければ、強い日差しに照らされている訳でもないのに傘を差している事だ。
あの傘は何のために持ち歩いているのかを疑問に思っている余羽の隣では加江須はどこか渋面の様な表情をしていた。
そんな二人のそれぞれのリアクションを観察した後に女性は更に口を開いて言葉を紡いだ。
「転生戦士のお二人さん、良ければ力を貸しましょうか?」
「…え!? な、何で私たちの正体を…ハッ!!」
自分たちの正体を見抜かれた余羽は反射的に素直な心の声を漏らしてしまう。その直後にしまったと言った顔で両手で自分の口を塞ぐ。
あからさまな戸惑いの態度を見せる余羽とは裏腹に加江須は至って冷静な顔をしていた。それは彼が目の前の女性の正体におおよその察しがついていたからだ。
「……やっぱりゲダツみたいだな。お前……」
「流石ね…これだけ近くで見れば流石に見分けが付けられるみたいね」
「え、ゲダツって誰が!? 何の話!!」
加江須と目の前の傘を持つ女性は互いの正体を既に見破っており会話が成立しているのだが、そんな二人とは違い未だに事情が呑み込めていない余羽だけが二人の顔を交互に見て独り騒ぐ。
自分だけ今の状況を呑み込めていない余羽は置いておいて加江須と女性は互いに視線を外さず互いに見つめ合い続ける。
「お前が氷蓮を攫いでもしたのか…あ…?」
まるで猛禽類を連想させる様な鋭い眼で加江須は女性の事を見つめる、否、睨みつける。その瞳の中にはどす黒い敵意がメラメラと燃え盛っていた。その瞳の炎は彼の精神だけでなく肉体の外にまで漏れ出て彼の両拳からは紅蓮の炎が灯される。その熱気に彼の隣で未だにオタオタしている余羽は凄まじい勢いで彼から距離を取った。
「(や、やばい…今の彼の近くに居たら巻き込まれかねない)」
以前に体育祭で圧倒的な力でゲダツを血祭りにあげた場面が完全にトラウマになっており、彼が怒りを見せた瞬間にすぐさま巻き込まれぬ様にと彼女の本能は避難を選択した。だが実際に敵意を向けられている傘の女性は未だに口元から笑みが抜けてはいなかった。その余裕とも思える態度から馬鹿にでもされているのかと思った加江須は拳だけでなく全身が炎で包まれる。
今にも激突が始まりそうな暗雲低迷なこの状況に余羽は遠巻きに傍観している立場でありながら膝が笑い始める。加江須の放つ熱気で周辺の温度は上昇している筈だが彼女の背筋は彼の怒りから真逆に冷たくなっていく。
しばしの静寂が続いた中でじれったくなったのか加江須は1歩足を踏み出した。すると加江須が動きを見せた直後、傘の女性は手のひらを彼に向けて静止を促し始めた。
「少し落ち着きなさいよ。断っておくけどあなたの恋人を攫ったのは私ではないわ。むしろ私はあなたに情報を持ってきた立場よ」
「信用できるとでも思っているのか? あそこの物陰に人を忍ばせて置いてよく言うぜ。お前の仲間が待機しているんだろ?」
加江須はそう言いながら傘の女性よりもさらに後方の家の塀である物陰を指差した。
「あら気付いていたの。でも別に潜ませていたつもりはないんだけど……出て来てくれるかしら?」
加江須の指を差した方向に合わせて彼女は後ろを振り返り、あらかじめ待機させておいた自分の〝奴隷〟に出て来る様に促した。
女性の呼びかけから数秒後、塀の陰から一人の青年が出て来た。
「何で俺が隠れてることが分かったんだよ。化け物が……」
悪態を吐きながら姿を現した青年の姿を見て加江須は思わず息を吞んだ。それは姿を現した青年は彼にとっては初対面の人物ではなかったからだ。だが決して親しい中や顔見知りと言う程の間柄ではない。
「お前…あの時に廃校に居た…」
「ああ、その節はどーも。お前のお陰であの時は助かったよ…」
かつて加江須、仁乃、氷蓮の三人はとある廃れた廃校へと侵入した事があった。その理由はその廃校に潜伏してるであろうゲダツの討伐の為だ。しかしその廃校には半グレの様な集団が加江須たちがやって来る前にたむろっていた。その結果当然の様に廃校内に潜んでいたゲダツに食い殺されていった。しかしその中で1人の青年だけは重傷を負いながらも生き延びることが出来たのだが加江須たちが戦闘の最中に行方が不明となった。その青年がどこへ姿をくらましたのか心の底では気になっていたのだが……。
「…何でアンタがゲダツと一緒に居るんだよ?」
物陰から出て来たこの男こそがあの時に行方をくらませた青年であった。ゲダツに瀕死まで追い込まれた過去がありながら何故他のゲダツと共に居るのか疑問が尽きなかった。
目の前の二人がどのような関係かを聞き出そうとする加江須であったが、彼よりも先に傘を持つゲダツが青年について話し始めた。
「彼は私の言うなれば付き人みたいなものだと思ってちょうだい。心配しなくても彼を食べようなんて考えていないわ」
「……まぁ、そう言う事だ」
傘のゲダツの言う事に青年は少し不満げな顔をしつつも彼女の言っている事は間違いではないと頷いた。
一体この青年は自分たちの前から姿をくらませた後に何があったのかと疑義の念を抱く加江須。そんな彼の背後では廃校の現場に居合わせなかった余羽が混乱に陥り頭の上で大量のクエスチョンマークを浮かべていた。
そんな混乱している二人に対して傘のゲダツは見た目に似合った余裕の表情を浮かべながら口を開いた。
「とりあえずは自己紹介は済ませておこうかしら。私はゲダツのディザイア。そして彼は人間のヨウリよ。これから共闘する名前だから覚えておいてね」
そう言うとディザイアは愛らしい仕草で混乱している目の前の二人へウインクを送るのであった。




