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戦闘狂は地雷を踏みぬく


 真っ赤な大小の血液による水玉の模様でコーディネートされた殺伐な服を身に纏いながら狂華は加江須を見てにやにやと嫌な笑みを浮かべていた。数時間前に殺害された水井の濃い血液が染み込んでいる衣服を身に纏った姿は狂気に塗れているが何故か目の前の女にはその狂気がとても似合っていた。

 ぺろりと舌なめずりをしながら加江須に話し掛ける狂華。


 「私の事はもうあの白から聞いているんでしょう?」


 「ああ……あのウォーターワールドに居た転生戦士を殺したのはお前なんだろう」


 「……え? ……ああはいはい、あのデブの事を言っているのね」


 加江須の質問に対して狂華は一瞬だけ返答が遅れた。まるで数時間前に自分で殺した人物を忘れていたかのように。いや、実際に狂華は忘れかけていたのだ。自分が数時間前に殺した転生戦士である水井と言う少年の事を。

 戦いを好む彼女にとって大した戦力を持っていなかったあの少年は取るに足らない路傍の石と変わらなかったのだ。


 「正直あのデブに関しては期待外れもいいところよ。液体を操れる能力を持っていたみたいだけど基本的な戦闘力は下の下。多分だけどゲダツと命がけの戦闘を行った事もないんじゃないの?」


 「随分とどうでもよさそうな感じだな。ならどうして殺した? そのまま無視しておけばいいものを…」


 「違うわよ。どうでもいいからこそ殺したのよ」


 そう言うと狂華は〝いつの間にか右手に握られていたナイフ〟を加江須へと突き付ける。


 「(アイツ…何処からナイフを取り出したんだ? アイツがナイフを手の中に握る瞬間が見えなかったぞ…)」


 加江須は表情こそ変化していないが内心では冷や汗をかいていた。

 目の前の狂華は自分にナイフの切っ先を突き付けているがそもそも彼女がナイフを取り出す瞬間が見えなかった。見境なしの戦闘狂と向かい合っているのだ。間違っても彼女の一挙手一投足を見落とす様なヘマはしていない筈だ。自分は間違いなく視線をあの狂華から外してはいない。


 「ふ~ん…観察してるんだぁ…」


 狂華はクルクルと手元のナイフを器用に回しながら加江須の事をニヤニヤと相も変わらず嫌な笑みを浮かべながら見つめる。細めた彼女の瞳からは怪しげな光が漏れている。


 「私が〝どのタイミングでナイフを取り出した〟か解ってないみたいだねぇ~」


 「……」


 小馬鹿にするような口調で狂華はクスクスと笑いながら加江須の心を見透かしてくる。

 その通り、悔しいが加江須は彼女がナイフを握る瞬間が全く見えなかったのだ。加江須とてただ漠然と見ていた訳ではない。彼女の正体を暴いた瞬間から彼は自分の眼球を神力で強化して視力を底上げしているのだ。そんな状態であるにも関わらず彼女がナイフを握る瞬間を見過ごしてしまったのだ。


 「(いや…俺だけじゃない。先程に話を聞いた氷蓮と白もそうだ。あの肥満体の転生戦士と戦っている最中であるにもかかわらず突然その肥満体の転生戦士が殺されたと言っていた。いくら何でもおかしいだろう…)」


 氷蓮と白の二人は人数では有利であったかもしれないが自分たちと同じ転生戦士と戦っている最中であったのだ。その極限の渦中に居ながら自分たちが戦っている転生戦士が死ぬ瞬間を見落とすなんてあるだろうか? 感覚の研ぎ澄まされている中で見落とすなんて間抜けを二人揃って本当に晒すだろうか?


 「(まさか…まさかアイツの能力って……)」


 実は加江須は白から話を聞いていた時に薄々とではあるが彼女の能力について1つの可能性に気付いていた。しかしもしも自分の考えている通りの能力を身に着けているとすればかなり厄介だ。いや、無敵とすら言えるかもしれない。だが自分の想像通りの能力を彼女が持っているとすれば納得も出来るのだ。たった今見せた彼女がナイフをいつの間にか握っていた事を含めて。


 「あらさっきから静かね。何を考えているのかしら?」


 「……お前の能力についてだよ」


 加江須がそう言うと狂華の肩が一瞬だけだがピクッと上下に震えた。

 

 「へぇ…もしかしてだけど私の能力を見抜いたのかしら?」


 「白から聞いていた話ではお前の所持する能力は恐らく3つ。仁乃の姿に化けていた様な変身能力、触れた物を起爆させる爆破能力、そして――第三の能力は〝時間を停止〟させる能力なんじゃないか?」


 加江須が3つ目の能力を確かめるように尋ねると狂華の口元には禍々しい弧が描かれた。

 

 「へぇ気付いたんだぁ。やっぱりあなた……凄いそそるわ♡」


 


 ◆◆◆




 加江須達と別れた白は一人となった後そのまま家に戻らず近くのコンビニでコーヒーを1本買って空を眺めていた。

 

 「……はぁ」


 無糖の苦味で喉を潤しながら彼女は狂華の事を考え続けていた。

 彼女がこの焼失市内に潜んでいる事はもう明白である。しかも新たな能力を兼ね備えてしまった状態の彼女がだ。


 「(またゲダツ以外にも神経を張り巡らさなければいけない事になるとは……)」


 無意識のうちに彼女は自分の飲み終わっている空の缶をカシュッと握力で握りつぶしていた。まだ缶の内部に微かに残っていた少量のコーヒーが飲み口からポタポタと数滴零れ落ち地面に黒い斑点を沁み込ませる。


 「はぁ……」


 力任せに握りつぶして歪んだ缶をコンビニの入り口付近に設置してあるゴミ箱へと無造作に投げると、放られた空き缶は寸分たがわずゴミ箱の中へと吸い込まれていった。既にゴミ箱の中に幾重にも積み重ねられていた缶の残骸と自分が投げ捨てた缶がぶつかり合って小気味よい金属音が鼓膜を震わせた。


 「どうすべきですかねぇ……」


 加江須たちと解散した後も白の心中は不安で覆われ続けていた。

 確かに今の自分たちに出来る事が何もない事は重々承知していたのだが、しかしこのまま何もせず放置しておいていいのだろうか? もしかしたら実際に狂華と顔を合わせた事がない彼等は少し危機感が薄いのではないだろうか? 


 「(……それとも彼なら彼女に勝てるだろうか?)」


 彼女の頭に浮かんだのは自分と同じ転生戦士である加江須の姿であった。転生戦士の中でも彼の力が自分や仁乃と氷蓮よりも遥かに大きなものである事は白も既に理解している。もしかすれば彼が全力を出せばあの狂華をあるいは……。


 「(いや…そんな単純な話じゃない。狂華は未だに全貌の分からぬ第三の能力を身に着けている。その謎を解き明かさなければまともに戦う事もでき……)」


 ――彼女がそこまで考えている最中、凄まじい威圧感が彼女の全身を押しつぶした。


 「うぐっ!? こ、これは…!?」


 思わず周囲を見渡して荒い声を出してしまう白。

 周囲に居た道を歩いている数人の者は突然の彼女の行動を不審そうに眺めているが今はそんな視線などどうでもよかった。それよりもこの凄まじい威圧、いや力の正体の方が重要だ。


 「(これは…ゲダツの類が持つタイプの力じゃない。この力は……神力…なの…?)」


 まるで突然背中に巨大な岩でも乗せられたかのような、真上から巨大な手で地面へと押さえつけられるように降りかかって来た威圧と力。その力の気配の様なものが自分が使う神力と似ている事に気付く。


 「この強大な神力……誰だと言うのですか……?」


 そう言いながら白は強大な神力の発生源と思われる方角に視線を動かした。


 「(……そこまで遠い位置じゃない)」


 少なくとも自分が身体能力を神力で強化すれば2、3分もあれば到着するだろう。

 彼女はコンビニから離れ人目が付かない場所まで移動を終えると神力で脚力を強化し、近くの家の屋根の上へと飛び乗った。


 「(よし…行きますか!)」


 ばぁんッとけたたましい音と共に屋根を蹴ってこの強烈な神力の発生地まで一気に白は屋根の上を駆け抜けて行くのであった。




 ◆◆◆




 ――強烈な神力を目標に白が移動するよりも少し前まで時間は遡る。


 加江須は目の前で不気味に血の衣装を纏っている狂華と対峙しつつ、彼女の時間停止に対してどう対処すべきか頭の中で策を巡らせていた。


 「(アイツが時間を止められる能力を持っている事は分かったがどう対応する? いくら種が解かってもそれに対しての有効な対抗手段を俺は持ち合わせてはいない)」


 ハッキリと言って戦闘能力に関しては加江須は狂華を完全に上回っていた。神力の総量も少なく見積もっても彼女の数倍はあるはずだ。しかしいくら戦闘能力が上回っていても凍った時間の中を動く事は彼には叶わない。

 相手の狂華も自分だけが止まった時間を自在に動けるアドバンテージがあるからこそ今もなお余裕の顔をしているのだろう。


 加江須の体から漏れ出ている神力を含んだ炎を見つめつつ狂華は嗤う。


 「力強い炎ね…そう言うところもそそるわ。それに…私の時間停止の力を知って尚もアナタの眼からは闘志がなえていない。そう言うヤツとの戦いが一番好きなのよ」


 そう言いながら狂華はナイフをクルクルと指先で高速回転させる。

 

 「今のあなたも十分に強そうで魅力的なんだけど……う~んそうねぇ、もし私がアナタの恋人たちを殺せばもっとやる気になってくれるのかしら?」


 それは狂華が何気なし、目の前の存在がより強くなり自分を一層に愉しませてくれる存在になるであろう可能性を口にしただけであった。しかし彼女のこの発言は加江須の中の地雷を一気に踏みぬいた。


 「おい……もしそんな事をしようものならお前――ぶち殺すぞ」


 ――ゾクゥゥゥゥゥゥゥゥ……!!!


 加江須の静かな声が狂華の全身を硬直させた。

 まるで全身に冷気をぶつけられたかの様に身体は震え、まるで全身を強靭な糸で雁字搦めにされたかの様に金縛りにあい、そして汗が吹き出しとまらない。


 「(こ…この殺意……信じられないわ!)」


 凄まじい殺意と圧力に一瞬だが目をつぶってしまった狂華。すぐに瞼を上げて加江須に再び向き直ろうとする狂華であるが――すでに加江須の姿は視界から消えていた。


 「どこに……!?」


 ――次の瞬間、狂華の首が白い尻尾で薙ぎ払われ宙へと千切れて舞った。



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