邂逅する転生戦士
加江須は白から仙洞狂華に関して彼女の知りうる限りの情報を収集した。しかし残念ながら初めて白から聞かされていた以上の詳しい情報は何も得られなかった。だがその中で仙洞狂華に関して新たな追加情報を得ることが出来た。
「……〝旋利津市〟そこがお前がかつて住んでいた場所か」
「ええ、そう言えば引っ越してきたとは言いましたが何処からとはまだあなた方には言っていませんでしたね」
白自身が言っている通り加江須たちは彼女がこの消失市に引っ越して来た事は話に聞いてはいたが元々の在住場所に関しては今まで訊いていなかった。元々興味も無かった事なので当たり前と言えば当たり前だが。
仙洞狂華に対して有効になるであろう情報は特に得られず溜息を吐く仁乃。
「結局有益な情報はないって事ね。分かった事と言えば、彼女は3つもしくはそれ以上の能力を持っている事。出身地は旋利津市である事。異常な戦闘狂である事ぐらいね。しかも変身能力を持っている以上は姿も自在に変えられるわけだから元々の姿も捜索のあてにもならない……」
「手詰まりじゃねぇかよ…チッ…」
仁乃が整理した話を聞いて氷蓮は頭をガリガリと少し乱雑に掻きむしる。
取り立てて役に立ちそうな情報を与えられず白は3人に対して軽く頭を下げる。
「すいませんお役に立てず…彼女と一時は行動を共にしていながらこの体たらくで…」
「ああ、別にあなたを責めている訳じゃないわよ。だから謝らないで」
表情はあまり変化していないが少しばかりしょげ始めている白に対して仁乃が気にしないでくれと慰めの言葉を掛ける。
しかし氷蓮の言う通り現状では加江須たちには打つ手がない事も事実であった。
「残念ながら今は出来る事が何一つとしてないって事だな……」
加江須のその言葉がまさに事実であった。
結局現状では今の自分たちに何もできる事が無いと知ってこの場は解散する事となってしまった。
◆◆◆
4人は一抹の不安を拭いきれずにいたが、だからと言って仙洞を見つけ出す事も出来ないため今日のところは解散する事となり散り散りとなって別れた。
途中までは加江須は氷蓮と仁乃を送り届け、そして今は自宅へと独り向かっている最中であった。
「………」
帰路へとついている加江須であるがその表情はとても険しいものであった。
まるで危険な敵と相対しているかのような険しい顔はただ自分の家に帰ろうとしている少年の顔つきではなかった。
「………誰だ?」
不意に足を止めて自分の背後に居るであろう人物に対して言葉を投げ掛ける加江須。
仁乃と氷蓮と別れた辺りからだ。自分の背後から突如として気味の悪い違和感を敏感に感じとっていた。まるで自分の背中を吐息が触れる程に至近距離から見つめられているかのような視線が独りになってから強く感じられるようになったのだ。
もはや気のせいではなく確実だと思った加江須は人通りの少なく周囲に誰も居ない通路に差し掛かった段階で声を掛ける事にした。このまま薄気味の悪い視線を放置しておくわけにもいかない。
「出てこいよ…」
立ち止まった状態からゆっくりと背後を振り返る加江須。纏わりつく視線の主を確かめてやろうと睨みを利かせて背後を確認すると視線の先のは見知った人物が立っていた。
「仁乃…?」
「そうよ、もう怖い顔してどうしたっていうのよ?」
背中越しに感じられた視線の主は先程別れたはずの仁乃であった。
ずっと自分の背後を付け回していた相手がまさかの自分の恋人であり思わず毒気が抜かれた気分になる加江須。
安心した様な表情になった加江須に仁乃がゆっくりと歩んで近づいて来る。
「どうしたのよ? 何だが一瞬凄い怖い顔をしていたわよあなた?」
「いやずっと嫌な視線を感じていたもんでな。まさかお前だとは思わなかったぞ」
「失礼ねぇ、自分のガールフレンドの事を不審者だとでも思っていたのかしら?」
加江須の言葉に仁乃は腰に手を当てて頬を可愛らしく膨らませる。
尚も彼女は足を動かし加江須との距離を詰めて行く。
「それにしてもお前の方こそどうしたんだよ仁乃? さっき別れたはずなのにどうして俺の事を尾行なんてしていたんだよ?」
「別に尾行のつもりじゃ……ただ加江須が何かに警戒している様な雰囲気だったから…。まさか私の事を警戒していたとは思わなかったけど」
「そうか…」
加江須は一度頷くと小さく息を吐き、そして眼光を鋭く尖らせながら拳を強く握り構え始めた。
まるでこれから戦いでも始まるかと思わせる振る舞いに仁乃は足を止めて加江須に何をしているのかを問う。
「ど、どうしたのよ加江須? 急に構えたりして?」
「……ああ、何しろすぐ近くに敵がいるからな」
「て、敵ですって!? ど、どこに!?」
加江須の発言に仁乃は思わず周囲を見渡して警戒する素振りを見せる。しかし目を光らせてもゲダツの気配も怪しげな気配も感知できない。
しばし周辺を探る仁乃であるがやはり何も感じられない。
「……どこに敵が居るっていうのよ? 適当な事を言っているんじゃないの? それともあんたの気のせいとか」
「いや敵ならちゃんといるさ――俺のすぐ目の前にな」
そう言いながら加江須は拳に炎を纏わせ、その燃え盛る手で眼前に居る敵へと指を突き付けた。
「………はぁ?」
加江須に指を差されている仁乃は何を言われているのか理解できずに首を傾げる。
「ちょっと何の冗談よ? どうして私があんたの敵になるのよ。自分の恋人に対して酷い物言いだとは思わないの?」
「何も酷い事とは思わないさ。お前は俺の恋人でも何でもないからな」
「あ…あんた本当にどうしたのよ? わ、私はあんたの恋人でしょ! そ、それなのにそんな言い方をするなんて…他の恋人たちは愛せても私だけはもう愛せないって言うの…ひどい…ぐすっ…ひど過ぎぎるわ……うぅ……」
加江須の容赦のない言葉に仁乃は数歩後ずさりながら唇を震わせて目を手で押さえる。隠された手の下からは透明な雫が零れ落ちる。
自分の最愛の人に『恋人じゃない』などと言われれば彼女のこの反応は当然の物だろう。しかしそんな狼狽える彼女の姿を見ても加江須は全く心は痛まなかった。いやそれどころか彼女の悲し気な振る舞いを見て怒りすら彼は感じていた。
「いい加減にその猿芝居はやめろ。お前……仁乃じゃないだろ?」
「………」
加江須はギロリと目の前で泣きじゃくる仁乃…いや仁乃の姿をした別人に対して明確に威圧感を出す。殺気すら混じっているその圧を受けた仁乃と思しき少女は先程まで嗚咽を漏らしていたにもかかわらず今はもうピタリと止まっていた。
そして目元を隠していた手を下へ下げると薄気味悪い瞳が出て来て加江須の事を見ていた。
「……何で分かったのかしら? 私があの仁乃って娘じゃないって……」
もう隠すつもりが一切なくなった少女は臭い芝居もやめて本来の口調で加江須に話し掛ける。
「私の変身能力は結構精度は高いと思うんだけど…。実際にこれまで他の人間に化けて今日まで過ごしてきたわけだし…」
少女のこの発言は特に裏もない素直な疑問であった。服装から身長や体型、髪の毛の長さやその他の様々な部分もそっくりにコピーしたにも関わらず目の前の少年は何の疑いもなく自分を偽物であるとすぐに見抜いたのだ。迷いのないあの眼は自分を似非であると確信していなければ出来ない。その要因が気になり素直な質問をする少女。
その質問に対して加江須は何の迷う事も無くこう言ってのけた。
「そんなのお前が仁乃じゃないからに決まっているだろ」
「………んん?」
加江須の答えを聞いてもいまいちピンと来ず首を捻る少女。
少女はどうやって自分の変身能力で化けた仮の姿を見破ったのか知りたいのだが、ソレに対しての返答は『仁乃じゃないから』らしい……。
「いやいやいや、そりゃそうでしょ。私はどうやってその本物と偽物の違いを見抜いたのかを訊きたいんですけど?」
「別にどの部分で見破ったなんてない。見た瞬間からお前は仁乃じゃないと理解できただけだ」
「え~……?」
加江須の言葉に少女は仁乃の顔で呆れた様な表情をする。
つまり彼が自分の変身を見破ったのは自分の変身の穴を見つけたとかではなく、ただ直感で偽物である事を見抜いたという事らしい。
自分の変身に欠点がありソレを見抜いたのであれば今後の為の参考にしようとした少女であるが加江須の空理空論としか呼べない判別の仕方に思わず呆れてしまった。しかし当の彼は至って真面目な顔をしているのでツッコミづらい。
呆れかえっている少女に対して加江須は何の恥じらいも無く堂々とこう言ってやる。
「俺が自分の愛する恋人を見分けられない訳ないだろうが。例えお前の外見がどれだけ仁乃に似せても所詮は似非だ。少し会話をするだけで分かってしまうんだよ」
「……はぇ~……愛の力ってやつかしら?」
よくこんな恥ずかしいセリフを堂々と言えるもんだと思わず感心すらしてしまう少女。
「まっ、もうバレたのならこれ以上は〝この姿〟で居続ける必要もないわね」
仁乃のふりをしている少女はそう言うと自らの能力を解除して元の姿へと戻って行く。髪の色や体格だけでなく身に着けている服までドンドンと変化していく様子に加江須は素直に少女の能力に戦慄した。
「着用している服まで自由自在に変えれるってか…便利な能力だな」
「そうねぇ。この能力は色々と利便性があるから気に入っているのよ。我ながらくじ運がいいと思ったわ。最初に手に入れられる能力は完全にくじ運に左右されるからねぇ」
そう言いながら少女の変身は完全に解除され、そこにはもう先程までの仁乃の面影を微塵も感じない自分と年齢の変わらない一人の少女が立っていた。
「お前が仙洞狂華か。話に聞いていた通りイカれている事が一目でわかるな」
「あらひどい。可憐な少女に対してそう言う事を言う?」
そう言っている狂華の服は先程殺害した水井の血の染みがべっとりとへばり付いていた。




