焼失市の中に潜む狂人
吹き付ける風と共に白の口から出て来た人物の名前を聞いていた彼女以外の転生戦士達は皆が無言のまま硬直していた。その中で唯一未だに口を動かしている白が更に言葉を並べて告げて行く。
「もう一度言います。この血書は我々と同じ転生戦士である仙洞狂華のメッセージです。そう…つまりこの焼失市には戦闘に魅入られた狂人が身を潜めているという事です」
白が一度口を閉じるとしばし重苦しい沈黙が流れるが、その静寂を払拭するかのように次に口を開いたのは加江須であった。
「つまり…お前が以前に話してくれた危ない転生戦士がこの町に潜んでいるという事か? そして今回の殺人もそのイカれている転生戦士――仙洞狂華とやらの仕業だと?」
「ええ、この血書に描かれている数字を額に描いたドクロのマーク。忘れようもありませんよ」
「そうか……」
白の確信を持っている発言を聞き加江須は口元に手を置いて状況を一度整理し始める。
つまり白と氷蓮の目の前で突如死を遂げたあの水井とやらはかつての白の仲間…いや仲間ではなく同じ町に居た転生戦士である仙洞狂華と言う戦闘狂に殺されたと言う事らしい。実際にその仙洞とやらがあの水井とやらを殺害している現場をその場に居合わせた白も氷蓮も見ていたわけではないのだろうが、この白の確信を持った言い方を考えれば当てずっぽうで物を言っているわけではない事が理解できる。
だが…だとすればその仙洞とやらはどのような手段であの水井を仕留めたと言うのだろうか?
「…ねえ、その仙洞ってヤツはどんな能力を持っているの?」
加江須と同じ事を考えていた仁乃が白が確信を持っている犯人であろう仙洞の能力について質問をする。
仁乃の質問に氷蓮もけしかけるように白に少し詰め寄り同じ質問を重ねてする。
「そのイカれ戦闘狂の女はどんな能力を持っているんだよ? あの時に俺とお前の転生戦士2人の目の前でどうやって気付かれず人一人を殺したってんだよ。瞬間移動の能力でも持ってるのかよソイツはよ」
氷蓮が詰め寄りながら質問するがそれに対して白は申し訳なさそうに目線を下へと下げてしまう。そして頼りの無い声で答える。
「……分かりません」
「あ? アイツは変身能力の他にもう1つ能力を持っているって前に言っていたじゃねぇかよお前はよ。それとも能力を2つ持っている事は知っているけど変身能力とは別の方の能力は判明出来てねぇってか?」
「いえ…そう言う訳ではありません」
「煮え切らねぇセリフだな…もったいつけてんのか?」
どうにも歯切れの悪い白のセリフにドンドンと苛立ちが顔の表面に現れ始める氷蓮。
そろそろ大きな声を出しそうだといち早く察知した加江須は一瞬で氷蓮の背後に移動するとそのまま流れるようにペシッと軽く彼女の頭を叩いた。いや、叩く加の様に撫でた。
「落ち着け氷蓮。別に彼女だってふざけている訳じゃないだろう。そう苛立つな」
「う…悪かったよ…」
加江須に窘められてしゅんと小さくなる氷蓮。
「悪かったな白。でも分からないとはどういう意味だ? 今の言い方ではお前はその女の持っている2つの能力を判明出来ているのかいないのか曖昧なんだが……」
「……彼女の持っている能力は変身能力と爆破の能力、自分の姿を別の人物に変える能力と触れた物を爆破出来る能力を持っています」
「…ちゃんとその女の能力を知っているじゃない」
先程は分からないと言っていたがちゃんと仙洞狂華の持つ2つの能力を把握できているので益々首を傾げる仁乃。では何故その仙洞とやらが所持している能力の中身を知っていながらあんな曖昧なふわふわした回答をしたのだろう?
同様の思いは加江須と氷蓮にもあった。わざわざもったいつけるかの様な言い回しをどうして彼女はしたのだろうかと?
「………あん? おい待てよ……」
しかしここで氷蓮は少し違和感を感じた。
先程の水井とやらは白の言い分では間違いなく仙洞とやらの仕業らしいのだが、たった今提示された情報を整理するとその戦闘狂は変身能力と爆破能力の持ち主だそうだ。だがその2つの能力を一体全体どう駆使すれば自分の目の前で気づかれずに人一人を殺害できると言うのだ?
「爆破の能力にしろ変身にしろ……どうやってあのデブをその女は手に掛けたってんだよ……?」
氷蓮が無意識のうちから零れ出たそのセリフを聞いて加江須と仁乃はようやく白が何故あのような曖昧で不透明な言い方をしたのか理解できた。仙洞狂華の持つ2つの能力の内容を知っていながら『分からない』などと何故口にしたのかを。
「お前の知らない能力をその仙洞って女は手に入れてしまったという事か…」
加江須が白にそう尋ねると彼女は無言で頷いた。
そう、加江須が今口にした通りである。自分は今回の殺人を起こした犯人が仙洞狂華であることは確信している。何よりも当の本人がわざわざ血書を自分の水着に挟み込んでいったのだ。そして彼女の持つ2つの能力もどのような物か自分は既に把握していた。
だが彼女がどのような方法であの水井と言う少年を殺害したのか分からないのだ。
「(変身能力…爆破能力…そのどちらを使っても私とあの氷蓮と言う方の2人から気付かれずに人一人を殺害するなど出来やはしない。つまり彼女は新たに手に入れたという事になる――第3の特殊能力を!!)」
それ以外に考えられないのだ。転生戦士2人の眼前で気付かれずに同じ転生戦士を殺害してしまうなど……。
4人はしばし無言のままでおり、静寂の中で風の音だけが鼓膜に伝えられる。
その風の音がうっとおしくなったのか氷蓮が自らの声を出して場の静寂を打ち破り始める。
「たくっ…どうやらオメーの言っていた殺人鬼とやらがこの焼失市に居る事は理解できたぜ。でもよぉ…だとすれば疑問が残るぜ」
「……どうしてその戦闘狂はわざわざ目の前に居た氷蓮とあなたを見逃したという事ね」
氷蓮のセリフに続いて仁乃は顎に手をやって彼女のセリフを引き継ぎ始める。
「どういう能力の持ち主かは理解できないけどその仙洞狂華ってヤツはあなたたち2人には一切手を出さなかったのよね。みすみす楽々とあなたたちを襲える機会を捨てるなんて……」
どうして仙洞狂華とやらは白と氷蓮の2人に手を付けずにその場を立ち去って行ったのか? その気になれば彼女たちも殺す事が出来たはずにも関わらずに……。
仁乃が不思議そうに眉間に微かなシワを寄せて考えていると白がなぜ彼女が自分たちを襲わなかったのかその理由を告げる。
「私と氷蓮さんを襲わなかった理由は至って単純ですよ。ただもったいなかった…それだけです」
「もったいない? それはどういう意味だ?」
白の言っている意味が良く理解できずに加江須は首を傾げながら彼女にもっと深く理由の意味を問い直す。仁乃と氷蓮からしても彼女の言っている意味の真意を確かめたそうな顔をしている。
そんな3人に対して白は何も不思議そうでない顔をしながら当たり前の様に続ける。
「何度も言っている事ですが彼女は戦いに魅入られた狂人。つまり自らの命を生死の戦いの中に放り出している瞬間に悦びを感じられるのです。だから私と氷蓮さんにはあの時に手を出さなかった。闘争の中で私たちを殺したいがために。逆に何の興味も持っていないあの少年は殺されました」
「……戦いに魅入られているとは聞いてはいたが…その仙洞ってヤツは相当にヤバい奴だな。戦闘狂と言う表現がオーバーでないことがよくわかる」
加江須は天を仰ぎながらふーっと息を吹いた。いや、冷静に思い返せば自分以外の転生戦士を手に掛けたと言う話を聞かされた時から異常性を理解していたつもりでいたのだ。しかし実際に仙洞狂華の狂気を体験せずに話しか聞いていなかった事、そして相手がゲダツなどではなく人間であることから無意識化に考え方が甘かったのかもしれない。
「……そのヤバい転生戦士が私たちのすぐ近くに居る。この町に……」
そう考えると仁乃は無意識に自分の肩を抱いていた。しかもよく見ると無意識に身体が小さくではあるが震えてもいるのだ。
「……仁乃さん」
地面を見つめながら身体を震わせる仁乃の事を不安そうな表情で見つめる白。
仁乃が震えていたのは得体の知れぬ恐ろしさが自分の身近で影を潜めているからだ。恐怖と言うのであればゲダツとの戦いの時も感じている。しかし今回の恐怖は今までとはタイプが違うのだ。見えない恐怖がすぐ近くに息を潜めていると言う事が今までにない冷たいものが仁乃の背中に走り続けているのだ。
「………」
普段はこういう時に彼女の事をからかう氷蓮ですらも今は無言を貫いていた。それは今の彼女も仁乃と同じ心境であったからだ。ゲダツの様な目に見える存在ではない者がこの町に居る。しかも戦闘狂である以上は自分や仁乃、そして加江須の前にもいずれは姿を現すだろう。今回実際にその仙洞とやらと自分は接触したはずなのに姿を見ていない。少し矛盾した者の言い方ではあるが自分はその仙洞とやらの犯行を目撃はしているがその正体を見てはいない。
「(得体の知れねぇ能力者にこれから先も狙われるってのか? 冗談じゃねぇぞ…!)」
下らぬ戦いの欲求に付き合わされる理不尽に対する怒りと仁乃と同じ得体の知れない恐怖から拳を握って震わせる氷蓮。
既に仙洞と相まみえた事のある白は得体の知れない能力を手に入れられた事は少し焦っているが相手の正体が判っているので2人程は恐怖は感じてはいなかった。そして仁乃と氷蓮同様に未だに仙洞狂華と対面した事のない加江須はと言うと――仁乃と氷蓮の肩を掴んでそれぞれ自分の傍まで抱き寄せた。
「心配するな……俺がいる……」
加江須は震える二人を宥めるように優しく落ち着いた声色でそう言って上げた。その言葉に今まで止まらなかった震えが納まる二人。
安心させようと二人の眼を見てゆっくりと頷いた後、加江須は白に顔を向けて言った。
「教えてくれないか白。お前が今知る限りの仙洞狂華と言う人物の情報を」
そう言った加江須の表情は数瞬前まで仁乃と氷蓮に向けていたような穏やかさは消え失せており、今は獲物を必ず仕留めて見せると決心をした狩人の瞳であった。




