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変態じゃない、誤解だ!!!


 ゲダツとの戦いから翌日の朝、加江須は自室のベッドから起き上がり大きな欠伸を一つした。

 昨日は家に入った後、食事と入浴を手早く済ませてすぐに布団に入った。だが布団に入ってもすぐに眠る事は出来なかったのだ。瞼を閉じると瞼裏に廃工場での出来事が映し出されてしまうのだ。


 ――命がけの戦闘、そして潰された知人の命。


 布団をかぶり無理やり眠ろうとしても意識は覚醒し続け、睡魔に誘なわれたのは随分と時間を費やして2時間にもなる。その結果早く床に就いたにもかかわらず寝不足気味で起床するハメとなった。


 「……顔でも洗うか」


 とりあえず寝ぼけ気味の顔を洗浄する事から始める事にし、洗面台の方へと足を運んだ。




 ◆◆◆




 家を出て通学路に就く加江須。

 昨日とは違い今日は早く家を出たので屋根を飛び移る事はせずのんびりと登校できる。

 しばらく歩くと同じ制服を着ている生徒がチラホラと確認できた。その中には自分のクラスメイトの姿も1人確認できた。自分と同じく1人で登校しており、手にはスマホが握られ、片方の耳にはイヤホンがはめてある。音楽でも聴いているのだろうか。


 「歩きスマホはよくねーぞっと」


 小声でそう独り言を呟くと加江須はその男子へと近づき挨拶をする。


 「よう、おはよう」


 「ん? ああおはようスーパーマン」


 「そ、その呼び方はやめろよ」


 昨日の試合の活躍のせいか恥ずかしい呼び方をされ苦笑する加江須。この先もこんなあだ名で呼ばれるのはいくらなんでも恥ずかしすぎる。

 クラスメイトとしばし軽い談笑をしながらしばらく歩き続ける加江須であったが、ここで彼は昨日から気になっている〝ある人物〟について話し始める。


 「ところでさ、義正の奴が昨日は騒がしくして悪かったな。アイツにはよく言っておいたから…」


 彼が一方的に怒っていたので自分が謝る必要は全く感じないのだが謝罪を述べておく。彼がこうして謝罪したには理由がある。

 

 今の謝罪の中に織り交ぜた〝あの男〟の名前にどんな反応を示すか確かめておきたかったのだ。


 「……ちょっと待てよ。〝義正〟って誰の事言ってんだよ。他のクラスの生徒か? それとも先輩、後輩?」


 「……本当に知らないのか? 義正一郎だよ」


 再度確認を取る加江須であったが、クラスメイトは本当に誰の事を言っているのか分からないのか首をひねって怪訝な目を向けてくる。

 この反応を見ただけで自分の確認作業は終了した。


 「ああ悪い。そう言えば他のクラスの奴の名前だったわ」


 気にしないでくれと言ってその場から離れて行く加江須。

 あの反応、悪ふざけでも何でもない。本当に一緒のクラスメイトである義正一郎の事を忘れてしまっているのだ。


 ――つまりこの世界には義正一郎など初めから居ない者と決定づけられたのだ。


 「(唯一憶えているのは俺ただ1人だけ。他の奴等は誰もアイツの事を記憶の片隅にすら置いていない、何故ならそんな人物の記憶など俺以外の人間には元々存在しないから…)」

 

 イザナミから聞いていた通り、ゲダツに襲われた者は存在が抹消される事がこれで確認できた。

 

 「誰からの記憶にも残らない。ある意味これはただ死ぬより怖い事だな」


 義正が死んでも世界の誰も騒ぎはしない。何故ならそんな人間は誰も憶えていないのだから。クラスメイトも、バスケ部の連中も、そして――彼の両親すらも……。


 そこまで考えると思わず小さく身震いをしてしまう加江須。

 もし仮に自分がそんな立場に立たされてしまったらと考えると寒気が走る。


 「(この先もゲダツは現れるはずだ。つまりアイツの様に襲われた人間は存在が抹消され、それが続けば町の存続の危険にすらつながる。まったく…こんな気苦労をしながらこの先の人生を生きて行かなきゃならないとはな…)」


 事前にイザナミから転生した際、この境遇は聞かされていて納得もした。だが話を聞いて理解するのと実際に体験して理解するのとでは随分と印象が違うものだ。イザナミから話を聞かされた時はあまり実感がわいていなかった。


 「(気を引き締めて行かないとな。じゃないと俺や俺の家族だって……)」


 今後の自分の役割について真剣に考える加江須出であったが、考え事に集中しすぎて前をしっかりと見ていなかった。

 

 「うおっ」


 「きゃっ!?」


 意識を前に向けていなかった加江須は前を歩いていた生徒とぶつかってしまう。

 ぶつかった衝撃で加江須は少しのけぞった程度だったのだが、相手の少女は前のめりに倒れていく。


 「(やべっ! 助けないと!)」


 ぶつかった相手が顔面から倒れそうになり助けようとする加江須であったが、その少女は加江須が動くよりも先に素早く右手を地面に付き、その腕を軸にして華麗な前方回転を決めて着地を決めた。

 とっさの状況で見事な動きを見せた少女に驚く加江須。


 「(うおっ、見事な身のこなし。すごい動きするなぁ…)」


 まるでベテラン体操選手の様な動きに関心をしていると、ぶつかった少女は体制を整えた後に振り返ってこちらを見る。


 「ちょっとアンタねぇ、いきなりびっくりするじゃない!!」


 ビシッと指をさしながら睨みつけてくるツインテールの少女。自分と同じ制服を着てはいるが見知らぬ顔から他クラスなのだろう。

 少女は頬を膨らませながら詰め寄ってきて大きな声で騒ぎ立てる。


 「ちゃんと前を見て歩きなさいよ! 私じゃなければあのまま顔面からスライディング決めていたかもしれないんだから」


 「ああごめん。今のは俺が悪かったよ」


 「ふん、当たり前よ。全面的に悪いのはそっちである事が明白なんだからね!!」


 ふんっと鼻息を鳴らしてそっぽを向く少女。腕組をしながらパタパタと足を小刻みにならし続ける。

 

 「(気の強い女だな…)」


 初対面相手にも全く臆さず責める姿に男以上に気の強い女だと思っていると、そっぽを向いていた少女がもう一度振り返り加江須の事をジト目で見つめてくる。


 「ちょっと私の話聞いているの? さっきから黙り込んで……」


 ガミガミと五月蠅く物言いをしていた少女であったが途中で言葉が止まった。そして口が止まった後に今度は顔が徐々に赤みを増していった。

 

 「ちょ、ちょっとアンタどこ見てたのよ!?」


 「え? どこって…?」


 何を言っているのか理解できずに困惑していると少女は噛み付く勢いで顔を近づけて来てこう言った。


 「さっきから反応が薄いと思っていたらアンタ、私の…む、む、胸を見ていたでしょ!?」

 

 「……はあッ!?」


 あまりにも予想外すぎる斜め上の発言に素っ頓狂にも大きな声を出してしまった。

 別に加江須はただ身体能力が高いなーと思っていただけなのだ。確かに腕組をした際に組んだ腕で持ち上がった彼女の胸は中々豊満ではあると思うが……。

 とにかくまずは誤解を解こうと弁解を始める加江須。


 「落ち着けって! 俺は別にそんなやましい事は思っていないって!!」


 「嘘よ! じゃあどうして私の事をじーっと黙って見ていたのよ?」


 「いや…別に身体能力が凄いなぁって…」


 「ししし、身体!? つまりは体! や、やっぱり私の胸を…」


 「だから違うわ! 確かに大きいと思ったが一瞬だ!!」


 「大きいって思っていたんじゃない! 犯行を認めたわねスケベ!!」


 「だから違うって!! 誤解だよ。ご、か、い!!!」


 顔をゆでだこの様に真っ赤にしながら自分の胸を押さえて数歩後ずる少女。まるで変質者の様な扱われ方に必死に誤解を解こうとする加江須。

 朝の通学路でギャーギャーと騒ぐ二人は登校途中の生徒達や歩いている一般人の注目を集め、大勢の人間に見られている事を理解した二人は周囲の目に恥ずかしくなり二人そろって急いで学校を目指して早歩きで登校する。

 

 「ちょっとついてこないでよ変態!!」


 「誰が変態だ! それにお前に付いて行っている訳じゃない。俺だってこの方向で通学しているんだ!!」


 言い合いをしながら二人は集めた注目から逃れるために急いで学園を目指す。しかしその速度は明らかに速く、今度はソレが原因で注目を集めてしまう。


 周囲の人間は早歩きとは思えない凄まじい速度で走り抜けていく二人の姿を見て驚いていた。


 「うおっ速!?」


 「すごい速度で走り去っていたんだけど…」


 「加江須の奴、昨日の試合と言いどうなってんだ? それに一緒に並走しているあの娘って確か…」


 すごい速さで駆け抜けていく二人の男女を見送る周囲の者達。

 

 その中には加江須の幼馴染である少女、黄美の姿も在った。


 「だ、誰なのよアレは…?」


 通学途中に黄美は加江須の姿を確認し話しかけようとしていた。しかし自分が話しかける前にすでに見知らぬ女子生徒と何やら話し込んでいた。


 幼馴染である自分を置いてどこの誰かも分からない女の子と……。


 実際には口論をしていただけで仲良く談笑していた訳ではないのだが、遠くからでは会話の内容は聴こえてはこず、二人の距離が近かった事からまるで仲良くじゃれあってるように見えたのだ。


 「カエちゃんの幼馴染は私なのに…何で…?」


 気が付けば黄美は唇を震わせていた。自分の知らないところで加江須が知らない女の子と仲良さげに話していた。その様子がまるで昨日の彼の発言が本心からの物ではないかと思わせてしまうのだ。


 ――『俺にとってお前はもう――どうでもいい他人同然だ』


 「そ、そんな訳ないよね。カエちゃんはいつも私に優しく接してくれたんだもん…」

 

 黄美は自分の脳裏に反響される昨日の加江須の言葉を頭を左右に振って否定する。

 しかしどれだけ否定しようと今しがた見た光景が今度は脳裏に映し出され、唇だけでなく体全体が小刻みに震えを持ち始める。


 「だ、大丈夫。今日の放課後にでも昨日の事を謝れば許してくれる。カエちゃんは私をまだ見てくれているはず。幼馴染なんだから……」


 必死に自身へとそう言い聞かせながら自分も学校を目指して歩き始める黄美。

 その姿はとても不安定で、少し大きな風でも吹けば今にも倒れそうな程に頼りなかった。


 


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