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プールに行こう スライダーでのハプニング 2


 スライダーの頂上を目指して階段を登ると真下から見た通りに次は黄美が滑り口で加江須の事を待ちわびており、加江須の姿が確認できると嬉しそうに手を振って手招きして来た。


 「カーエーちゃん! はやくはやく!」

 

 「おお、それにしても…」


 加江須が手招きをしている黄美の元まで歩いて行きながらも端の方で騒いでいる二人の少女に目が行く。 

 何やら仁乃と氷蓮の二人が激しく言い争っているようだ。


 「あんた今後だししたでしょ! もう一回よ!」

 

 「くだらねぇ言いがかりつけてんじゃねぇよ! オメーの負けだ!」


 どうやら3番目に自分と滑る順番を決めるじゃんけんで氷蓮が後だしをしたと仁乃が言っているようだ。普通であれば仁乃としても氷蓮としてもこの程度の事で言い争ったりしないのだろうが、相性の悪い二人であれば考えられる。とは言えここで自分が口を挟めば間違いなく拗れるのであえて放置しておき黄美の元まで急ぐ加江須。


 「2番目は私ねカエちゃん♪」

 

 「おお、それにしてもあの二人…随分ともめてるな」


 「本気で喧嘩してるわけじゃないよ。私にはじゃれ合っている様にも見えるけど」


 黄美はそう言って苦笑しながらガミガミと言い合っている二人を見つめた後、加江須と共にスライダーのコースの上に座った。

 次の滑る準備ができ係員が覇気のないやる気の失せた声でスタートを促す。


 「じゃあスタートしてください。さっさと…」


 随分と態度が悪くもなっているが何となくその理由を察している加江須はあえて大人しく従う事とする。黄美に至っては加江須と一緒に滑る事に目が言っており係員の態度など微塵も気にもしていない。


 「じぁあ今度は私が後ろになるからカエちゃんは前に行ってくれる?」 


 「よし、じゃあ俺が前な…よいしょ」


 先程の下降中のアクシデントが脳裏をよぎり前に行った方がいいと思い加江須が先頭に座る。その後に黄美も彼の背後に座ると加江須の背中にべたっと引っ付いた。


 「(カエちゃんの背中…いつの間にこんなに大きく…)」


 幼い頃、まだ素直な頃にはよく彼の背中に貼り付いて遊んでいた事やおんぶをしてもらった事もあった。その頃と比べて今の彼の背中はとても大きくなっておりその背に黄美は頬を当てる。


 「(とても大きくて頼りになる背中…今は私の物…)」


 「黄美、ちょっと引っ付きすぎじゃないか…?」


 もちろん安全面を考えれば係員の言う通りにきちんと掴まっていなければならないが、背中越しに感じるこの感触、恐らく頬までくっ付けていると思われる。

 しかし加江須の言葉が聴こえぬほどに黄美は彼の背中に惹かれて更に体を密接させる。


 「(柔らか!? 前に座ってもヤバい!!)」


 黄美が必要以上にくっ付いてきた為に彼女の胸が背中に強く押し付けられ加江須が内心で慌てる。

 一旦少し離れるように促そうとする加江須であるが、目の前でいちゃいちゃとする二人に我慢できなくなったのか係員は二人の肩を掴むとそのままスライダーを滑らせようとする。


 「はいはいスタートしてください」


 雑な見送りと共に二人の肩を押し出して強引にスタートをさせる係員。

 いきなり送り出され流石に苦情を言おうとする加江須であるが、彼が係員に顔を向ける頃にはもう二人の体はかなりの距離まで滑っていた。


 「しっかり掴まれよ黄美!」


 「うん、離さないから!」


 そう言うとさらにぎゅーっと彼の背中に貼り付く黄美。離さないの意味が少し違う気もするが…。


 ますます体を密着させられ加江須は内心で焦りながら自分の発言を後悔した。


 「(バカか俺は!? 余計に黄美の胸が…!)」


 しかし勢いよく滑っている途中で離れろとも言えずにそのまま通常以上に密着したまま滑り落ちて行く二人。その時、彼の水着に一粒の赤い液体が落ちたのだが加江須は気付かなかった。

 そのまま下のプールへ無事に着水するとプールで泳いで待っていた愛理が近寄って来た。


 「お疲れお二人とも。どう黄美、けっこースピード出てたでしょ」

 

 「愛理…うん、まぁね」


 「??」


 何だか歯切れの悪い返事に首を傾げる愛理。

 彼女の言う通り確かにかなりの速度は出ていたと思うが、流れる景色やスピードよりも幼馴染の大きく温かい背中に夢中になっていた黄美はスライダーのスリルなど微塵も感じていなかった。

 そして黄美と同様にプールに沈んでいた加江須も浮上してきてプールから体を出す。


 「ぷうっ…じゃあまだ仁乃と氷蓮の二人が待っているから俺は行くよ」


 そう言いながらまた階段の方まで泳いでいこうとするが、そこへ愛理と黄美の二人が慌て気味に左右から彼の肩を掴んで引き留めて来た。


 「カ、カエちゃんちょっと待って!?」


 「加江須君、顔、鼻の下!?」


 「え…何が?」


 二人の言っている意味がよく分からず鼻の下を軽く指でなぞってみると、指に何やら赤い液体が付着していた。


 「ええっ、鼻血!?」


 まさかの鼻血による出血に思わず声に出して驚いてしまう加江須。

 どうやら黄美の過剰な密着のせいでいつの間にか鼻から羞恥心を表す液体が零れ落ちていたようだ。

 

 すぐに自らの鼻を押さえてプールから上がる加江須。


 「悪い黄美、愛理! 上に居る二人に少し待っているように言伝を頼む。一旦鼻血を拭いて来るから」


 流石に公共の場であるプールで鼻血を流しながら泳ぐ訳にもいかないので一旦プール場からはける加江須。二人は彼の言う通りスライダーの上部で待っている仁乃と氷蓮に加江須の身に起きたハプニングを伝えに向かうのであった。




 ◆◆◆




 「あー…まさか鼻血を出すとは。なんともベタな…」


 鼻にティッシュを詰めながら休憩所の席の上で加江須はぼやいていた。

 先程自分の精神は小心と思っていたが、胸を押し付けられただけでここまで分かりやすく反応するとは我ながら呆れた。

 

 「よし…止まったな」


 鼻のティッシュを取ってもう血が出ていない事を確認すると休憩所を出てプールへ戻ろうとする加江須。


 「ん…?」


 ふと去り際に休憩所の隅の方を見てみると何やら奇妙な男が席に座って不気味に笑っていた。

 少し小太りで何やら自分の手に持っているコップの中の水を血眼で眺めているのだ。よく見ると口元もブツブツと小さく動いている。


 「(変なのが居るな…)」


 なんとも不気味な男の存在に少し顔をしかめながら休憩所を出て行く加江須。

 休憩所に残ったのはその小太りの男だけとなり、彼は相も変わらずコップの中の水を眺め続けている。

 

 ――その時、男のコップの中に水がまるで生き物の様に蠢いていた。




 ◆◆◆




 鼻血が止まった加江須は再びプール場へと戻って来てすぐにスライダーに続く階段を登っており、スライダーの入り口まで辿り着くと4人の恋人たちが待っていた。


 「もう遅ーい! いつまで待たせてるのよ!」


 腰に両手を当てて加江須に文句を言うのは未だにペア滑りを行っていない仁乃であった。その隣では氷蓮が少し呆れた様な顔をして立っていた。


 「二人から話は聞いたよ。まさか鼻血出すなんてな…」


 何故鼻血を出したのかはおおよそ想像がついている氷蓮に対して少し恥ずかしくなる加江須。呆れられるのも確かに無理はないだろう。

 加江須に近づいてきた氷蓮が心配そうに訊いてきた。


 「本当にもう鼻血は止まったのか? また俺やあの乳お化けと滑って鼻血ぶーっとかならねぇよな? 特に…むこうの乳お化け相手にはよ…」


 氷蓮が仁乃の方に視線を向けると何やら悪口を言われていると察した仁乃が二人に近づいて来る。


 「ちょっとなんか私に対して変な事言ってるじゃないの?」


 「なんも言ってねーよ乳お化け」


 「言ってるじゃないの!!」


 うがっーと氷蓮に噛み付く仁乃だが、すぐに意識を切り替えて加江須の腕を掴むと一緒に滑ろうとする。


 「まあいいわ。それじゃあ次は私と滑るわよ」


 「おい待てよ! 次は俺の番だろうが!」


 「あんたは後だししたでしょ。だから反則負けであんたは4番目」


 「ざっけんなコラッ!」


 「おいおい、まだ順番決まっていなかったのかよ」


 一度休憩所に行ってからここまで来るのにそれなりに時間が経過していたにも関わらず未だに順番が決まっていなかった事に少し唖然とする加江須。

 

 するとここで愛理がいつまでも言い合いを治めようとしない二人にある提案をする。


 「じゃあ3人で滑ればいいんじゃない? 氷蓮が前で仁乃さんが後ろ、でもって加江須君が真ん中と言った感じで」


 「え、ちょっと待てそれは…」


 愛理の提案に待ったをかけたのは加江須であった。チラリと仁乃と氷蓮の二人に目を向けると改めてとても魅力的な彼女たちだ。そんな二人に前後から挟まれた状態で滑ろうものならまた鼻血ものかもしれない。

 そう思いその提案を否定しようとする加江須であったが、ここで今まで騒がしかった二人が急に静かになった事に気付き視線をソチラに向ける。


 「ま、まあそれなら…」


 「俺も…まぁ…」


 「ええ!?」


 てっきり断りを入れると思っていた加江須の考えとは裏腹に存外乗り気な二人に驚く加江須。

 そこへ嫉妬に満ちた係員が投げやり気味に加江須たち3人を誘導し始める。

 

 「じゃあ3人で滑っていいですよ。はいはいどーぞ」


 「いや俺の立場になってくれよ! 水着の女性の前後に入るってのは流石に……」


 「うるせえぇぇぇぇ! どれだけ自慢すりゃ気が済むんだぁぁぁぁ!!」


 ついに限界を超えた係員が腹の底から抑え込んでいた嫉妬の心をぶちまける。

 

 「こっちは毎年寂しい夏を送り続けていて今年こそはと思っていたのにまたふられて…そんな傷心の男の心を抉るようにラブコメ漫画のハーレム男みたいなポジションを見せつけてよぉ!! 羨ましいだろうがぁぁぁぁぁ!!!」


 とめどなく溢れる独り身の男の悲しい咆哮に5人は全員が呆気にとられて何も言えないでいた。明らかに係員としてお客に取っていい態度ではないがソレを指摘する事すら出来ないほどに目の前の男が哀れで口を挟めないでいた。


 「オラッ! さっさと滑って俺にこれ以上の精神的苦痛と羨望を植え付けないでくれぇぇぇぇ!!」


 「「「…はい」」」


 流石に何も言えなくなった加江須たちはそのまま加江須を真ん中にして前に氷蓮、そして背中に仁乃がくっつきそのままスライダーを滑って行った。

 

 「…じゃあ私たちは階段から降りようか」


 「うん、そうね…」


 涙を流して嘆いている男を置いておき階段を下りて行く黄美と愛理。

 最後にチラリと振り返るとスライダーを滑って行った加江須に恨めし気な視線を係員は血の涙と共に送っていた。




 ◆◆◆




 「きゃっ! 結構スピード出るわね!!」


 「ハハッ、こりゃいいぜ!」


 仁乃は加江須の背中にぎゅっとしがみつき、そして目の前の氷蓮はテンションを上げながら背後の加江須に体を倒している。

 

 そして恋人たちのサンドイッチ状態となっている加江須はと言うと――


 「(無心になれ無心になれ無心になれ無心になれ!!)」


 決して邪な考えを絶対に抱かぬよう自分に言い聞かせつつ、早くゴールにたどり着く事を祈っているとここでハプニングが発生した。滑る事に意識を向けていなかった加江須の体がカーブで少しブレてしまい背後の仁乃の胸に後頭部が埋まってしまったのだ。


 「ぶっ!」


 柔らかな双璧に頭を埋め込んでしまい思わず鼻血が少し零れ、さらに仁乃も体制を崩し加江須の体ごと前のめりとなってしまう。

 後ろの方で何やら動いている二人が気になり体を少し後ろに向けると間の悪いことに前に倒れて来た加江須の顔面が振り返った氷蓮の胸にうずくまる形となった。


 「ぶはあッ!?」

 

 ついに我慢の許容量を超えた加江須が勢いよく鼻血を吹き出し、前後の二人が慌てふためく。


 「ちょっ、加江須!? 鼻血鼻血!!」


 「やべぇ!? すげー出てるぞ!!」


 もうスライダーのスリルも楽しみも忘れ加江須の身を案じる二人。

 そのまま3人はゴールのプールへと派手に着水するのであった。


 


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