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番外編 愛野黄美の苦悩 1

番外編第2弾です! 前回は仁乃がお幼馴染だったら…と言う平和な話でしたが今回は主人公が死んだその後の黄美を書いてみました。何気に連載も100を突破しました。この後も引き続きこの作品をよろしくお願いします。


 とある世界線で久利加江須は事故死した後に女神、イザナミの力によって時間を死後より少し巻き戻され転生戦士として現世に蘇った。しかし時間が巻き戻ったのはあくまで久利加江須のみであり、他の者達は巻き戻りなど無くそのまま時間が通常通りに流れている。つまり彼が死んだ世界線では彼は事故死したままであり決して生き返ってはいないのだ。

 並行世界、パラレルワールド、呼び方は複数存在するが要するに久利加江須が死んだままの世界、そして転生戦士として蘇り戦う世界があるという事だ。


 そして今から紹介するのは蘇った加江須が考えもしない世界、つまり彼が死んだ後の〝世界〟である。




 ◆◆◆



 

 真っ暗闇ではないが薄暗い部屋の中、閉め切ったカーテンが朝の光を遮断している。

 その部屋に置かれているベッドの上では金色の髪をした1人の少女が体育座りをしており、折り曲げている自身の膝の中に自分の顔を埋めている。

 

 「………」


 無言のまま少女は顔をうずめたままピクリとも動こうとしない。まるで人形の様に……。

 

 人など居ない空き部屋ではないかと思う程の静寂に包まれた部屋の中、そこへ扉をコンコンと軽くノックする音が響いてきた。


 「黄美…起きている?」


 扉の向こうから声を掛けて来たのはこの少女の母親であった。この部屋の中に入る少女は今から2週間ほど前から自分の部屋に引きこもっているのだ。

 学校にも行かず、部屋からもほとんど出てこない。


 「黄美…もう少し部屋から出て来てくれないかしら? あなたの友達の紬ちゃんも心配して昨日も来てくれたんだから…ね…?」


 扉越しに娘に話しかける母親に対して彼女は相も変わらず無言を貫き続けていた。それは決して母からの心配を無視しているわけではない。そもそも今のこの少女には母の言葉が全く届いていないのだ。


 ――自分が誰よりも愛していた幼馴染が消えたショックが大きすぎて……。


 「朝ごはん…部屋の前に置いておくわね」


 そう言うと食器を置く音が廊下に響き、その後に部屋から遠ざかって行く足音が聴こえた。


 「………」


 母親の足音が聴こえなくなってから数分も遅れた後、ようやく少女は膝に埋めていた頭を起こして顔を露わにした。


 「……あ~…」


 特に何の意味も含まれてはいない自然と口から零れた無意味な言葉を吐き出した後、まるで幽鬼の様にのそのそと歩きながら少女、愛野黄美は扉を開いて食器を取ると部屋の中へと持っていきすぐに部屋の扉を閉めたのであった。


 「……ごはん」


 朝食のご飯を彼女は一緒に用意された箸を持たず、そのまま素手で掴むと口の中に無理やりと言った感じで詰め込んだ。ボロボロと米は床に零れ、口の周りにも米粒が付く。しかしそんな事を気にせず彼女は焼き魚も素手で掴んで齧る。


 「……うえっ」


 食べると言うよりも無理やり詰め込むと言った感じで食べ物を口に入れていた為にむせ返ってしまい、口から零れた魚の身が床に散らばる。

 そのバラバラになった魚の切り身を死んだ目で見つめ続ける黄美。


 「………」


 そのまま彼女は床に散っている魚の切り身を眺めつつ固まっていた。




 ◆◆◆




 新在間学園のあるクラスでは1人の少女が同じクラスの空席を眺め続けていた。

 そこには本来であれば自分の親友が座って居るはずだ。しかし2週間前からあそこの席はずっと空席のままだった。


 「(今日も…やっぱり来ないかな? はぁ…)」


 クラス内に設置されている時計を見ればもう間もなく朝のホームルームが始まる時間だ。生徒達は既に教室内に居なければいけない時間帯だ。

 時計から再び空席に視線を戻し無人の席を眺めながら紬愛理は悲し気な瞳をその空席に向け続けた。


 彼女の親友である愛野黄美、彼女はもう2週間も自宅に引きこもり続けていた。その理由はこの学園の校門前で亡くなった1人の男子生徒が原因であった。

 今より一ヶ月以上前にこの新在間学園で1人の男子生徒が事故死した。その少年は自分の親友である黄美の幼馴染であったのだ。

 

 「(ショックだったよね。当たり前の事だけどさ…)」


 事故当日の事は自分もよく憶えている。

 下校しようと学校を出て外に出ると校門前に人だかりが出来ていた。最初は好奇心からその生徒の人だかりの中へと入って行ったが視界に入った光景に思わず息をのんだ。

 人だかりをかき分けて最前列に出るとそこには自分の親友が血濡れの少年を抱えて泣きじゃくっていたのだ。


 いつも強気なイメージを纏っていた自分の親友であったが、かつてない程の悲しみを全身から漂わせながら血濡れの少年を抱きしめていた親友の姿を前にして愛理は何も出来ずに棒立ちする事しか出来なかった。


 その翌日から黄美はまるで死人の様な顔をしており生気を感じられなかった。自分やクラスの皆も彼女を懸命に励ましたがとうとう今は学校にすら来なくなってしまった。昨日も彼女の自宅まで様子を見に来たのだがどれだけ扉の前で名前を呼んでも返事すら返っては来なかった。


 「………」


 気が付けば愛理の目元には微かに涙が浮かんでおり、その雫が一筋机の上へと落ちたのであった。




 ◆◆◆




 新在間学園で愛理が黄美の身を心配していた頃、その当の本人はと言うと途中まで食べた朝食を1階の台所まで返却しに来ていた。

 彼女の両親は共働きをしており、ついさっきに母も会社へと仕事に向かい今はこの家には黄美だけしかいなかった。


 「……」


 台所に食べ掛けの朝食を置くとそのまま片付けもせずにまた自分の部屋へと向かおうとするが、ふと鏡に映る今の自分の姿を見て顔をしかめた。


 「……汚い」


 鏡越しに映し出された自分の今の姿を見て正直な感想を述べる黄美。

 彼女の綺麗な金髪の髪はボサボサになっており、今着ているパジャマも着たっきりでよれよれで汚れている。ついさっき食べた米粒もよく見たらパジャマについている。


 「シャワー浴びよう…」


 フラフラと今にも倒れそうな程の頼りない歩き方をしながら浴室へと向かって行く。その途中でパジャマや下着を脱ぎ捨てて廊下に適当に放って行く。

 

 浴室につくとシャワーのノズルを捻って頭から温かなお湯を被る黄美。

 頭に降り注ぎ続ける温水の温かさを感じながら身体を伝って下に流れて行く透明のお湯をぼーっと眺める黄美であったが――次の瞬間、足元の水が真っ赤に変色した。


 「ひっ!?」


 今まで無表情だった黄美の顔色が一変して恐怖に染まる。


 「なんでなんでなんで!?」


 彼女は目をゴシゴシとこすって改めて足元を見ると元の透明なお湯に戻っていた。

 ただの幻であった事を理解できた黄美であったが彼女の顔は以前と青ざめており、そして今しがた見た幻の赤い温水によって彼女は最大のトラウマを掘り起こされる。


 ――お湯の様に温かい血液に塗れた真っ赤な幼馴染の姿を……。


 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!??」


 脳裏の奥底に封じられた記憶を掘り起こされて黄美は頭を抱えて発狂した。

 手元のプラスティック製の桶を掴むとそれを床下に叩きつける。さらに頭をガリガリと掻きむしり、シャンプーの容器を目の前の洗面鏡に叩きつけ、その後に拳をガラスに叩きつける。


 「いやあぁぁぁあああああぁぁぁぁぁああぁあああぁぁぁッ!!!!!!」


 まるで誰かに襲われているかのような悲鳴を上げながら黄美は浴室に備え付けられている物を片っ端から浴室内に投げて叩きつけた。洗面鏡にはひびが入り、プラスティックの桶は壊れる。それでもなお黄美は悲鳴を上げて暴れ続けるのであった。


 「ああああああああああ!?」


 しばし暴れ続けていた彼女はそのままシャワーも止めずに浴室を転がるように出て来た。そのままびしょ濡れの身体を床に打ち付け、頭を抱えて口からは謝罪を零し続けた。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――ごめんなさいカエちゃん……」


 壊れたラジオの様にごめんなさいを連呼し続ける黄美。

 それからしばしの間、彼女は濡れた全裸のまま床に蹲り死んでいった幼馴染に謝罪を繰り返し続けた。




 ◆◆◆




 あの日、自分はずっと大好きであった幼馴染の少年に告白された。その時の自分の気持ちは幸せと言う感情に包まれていた。

 だが幼馴染の告白を心では喜んでいたにも関わらずに自分はあろうことかこう言ってしまった。

 

 ――『アンタみたいな取り柄のない愚図が幼馴染なんて私の人生の汚点でしかないのよ!! 少しは弁えなさい!!』


 本当はとてもとても嬉しかった。だが幼い頃はとても素直であった自分の性格は年齢が経つにつれてドンドンと天邪鬼となってしまった。高校に入る頃には思ってもいない侮辱ばかりが飛び出し続けた。

 素直に『私もあなたが大好き!』その一言だけで自分のもっとも望む未来にたどり着けたにもかかわらずいつも通りの罵詈雑言を浴びせてしまった。


 しかし黄美はこのセリフの後に幼馴染にこう言うつもりだったのだ。


 ――『……まあでも、アンタにこの先に恋人なんてできそうにもないからね。仕方ないからその告白を受けてあげるわよ!! 有難く思いなさい!!!』


 そう言って彼女はその少年とそのまま付き合うつもりだったのだ。勿論このセリフだって一体何様なんだと今にして思えば自分でも嫌気と吐き気がさす。しかしこのセリフを言うよりも先に幼馴染の少年はショックのあまりに教室を飛び出してしまった。


 そして…そのまま彼は学園の外に出て事故に遭った……。

 もしもあの時、無駄な罵声など浴びせずに告白を素直に受け入れていたら……。


 そう、彼は事故死と処理されたが真実は違う。彼を殺したのはこの自分なのだ。


 「う…うわああああああああん!!!」


 未だに全裸で床に蹲っている黄美は床を掻きむしりながら泣きじゃくる。今更どれだけ泣こうが喚こうが、過去の愚行を後悔しようが手遅れなのに……。


 「ごめんなさいカエちゃん!!! ごめんなさい!!! うわああぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!」


 どれだけ謝ってももう許しを貰う事すら許されない。だって久利加江須はもうこの世には居ないのだから……。

 

 これは最愛の幼馴染を傷つけるだけ傷つけて身勝手に苦悩する1人の少女のその後の物語である。




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