夏休み編 プールに行こう 2
女性陣達よりも先に着替えが終わった加江須は更衣室を出るとそのままプールへと先にやって来て4人の到着を待っていた。
屋内には様々な種類のプールやアトラクションが揃えられており、その中でも一番注目を放っているのはこの大きな屋内の中央部分にある巨大ウォータースライダーであった。今も小さな子供が勢いよく出口から飛び出して水しぶきを上げている。テレビのCMでもあのスライダーはデカデカと映し出されていたはずだ。
入り口付近でしゃがみ込みながら周囲の様子を眺めているとポンポンと後ろから軽く肩を叩かれる。
それに反応して振り返って後ろを向いた加江須。
――そこには自分の恋人たちが魅惑的な姿で並んで立っていた。
「お待たせカエちゃん♪」
片手には浮き輪を持ちながら黄美は満面の笑みを加江須に向けていた。
「お…おおう…」
思わず声を一瞬だが詰まらせてしまった加江須。視界に入って来た彼女たちがあまりにも眩く見えて仕方が無かったのだ。
少しどもった返事の仕方をする加江須の反応に若干の不満げな表情を見せる仁乃。
「何よその薄い反応。せっかくあんたの彼女たちが水着で来たって言うのに」
「悪い…あまりにもみんなが眩しすぎて言葉を失ってしまった」
「あ、あんた付き合い始めてから本当にそう言う恥ずかしいセリフを臆面となく言うわよね…!」
そう言いながら仁乃はふいっと視線を明後日の方向へと向けるが、微かに視界に映っている彼女の顔はとても嬉しそうであった。
「全員すげー似合っているよ」
改めて4人の水着姿を見て純粋な答えを口にする加江須。
――仁乃と愛理はと言うと、上下が別れており仁乃は白と水色の2色を、そして愛理は赤1色だけを基本としたビキニタイプの水着であり、極端に露出が大きいわけでもないのに見ていて少しドキドキしてしまう。活発そうに動ける二人にはこのタイプの水着は確かに中々取り合わせが良く感じる。
――黄美はと言うと、ビキニとは違い上下が繋がっているワンピースタイプの水着。淡いピンクの色合いが似合っており、ワンピースから伸びているヒラヒラとしたスカートが彼女の愛らしさをより一層引き立てている。その水着姿で両手で浮き輪を持っている姿はとても可愛らしい。
――氷蓮はと言うと、上半身は仁乃と愛理の様なビキニタイプの水着だが、下の方はホットパンツタイプの物を着用している。上下でそれぞれ色が違うが全く違和感のない色彩配合をしている。ホットパンツから伸びている引き締まった脚がとても綺麗で逞しい。流石は自分以上にゲダツと戦い続けただけの事はある。
加江須が4人全員に似合っていると言うと恋人たちは少し照れつつも喜んだ。
「いや~少しこそばゆいけど嬉しいなぁ。でも逆に加江須君の水着は少し…」
「そうだよな。ぷっ…骸骨って…」
愛理が加江須の履いている海パンの評価をすると氷蓮が小さく吹き出した。
「骸骨言うな。ドクロだよドクロ。それに俺のは別にいいだろ」
実際にこの海パンは去年に買って来た物でそこまで深く考えず購入した。正直恋人たちの水着と違って自分の水着にはそこまで頓着がなかった。
「さて、じゃあ泳ごうぜ」
皆の水着の批評も終えてプールに向かおうとする加江須であるが、そんな彼の頭部に軽くチョップを入れてやる仁乃。
「先に準備体操ね。足がつっても知らないわよ」
「はーい…」
◆◆◆
一通りの準備運動を終えた5人は最初は全員で流れるプールに入っていた。
夏の猛暑の中で浸かるプールの水はとても冷たくて心地良い。流れに任せてしばし5人は固まって動いていたがただ流れに沿って動くだけでは退屈になったのか氷蓮は愛理を誘って競泳エリアのプールを指差した。
「おいあっちで競争しようぜ愛理。このエリアじゃ人が多くて思いっきり泳げないしよ」
「オーケー。負けたら後でジュース1本ね!」
そう言うと二人は一旦流水プールから出るとそのまま競泳エリアに移動する。
そんな二人の後ろ姿を見て仁乃は小さく笑う。
「たく氷蓮ったら…一番子供みたいに楽しんでるじゃない」
「いいじゃないか。せっかくだし俺たちも他のプールを見て回ろうぜ」
「じゃあカエちゃん。私とあそこで滑りましょ!」
浮き輪に乗っていた黄美は一旦降りると、加江須の腕を引いてウォータースライダーの方を指差した。その際に柔らかな感触が腕に伝わり少し赤くなっていると仁乃が彼の脇腹を軽くつねる。
「いてっ! なんだよ」
「なーに鼻の下を伸ばしてるんだか」
「そ、そんな拗ねるなよ」
「………ん」
加江須にそう言いつつも仁乃も空いている左腕をさり気なく引いた。4人の中で一番豊満な胸が加江須の腕に押し付けられる。
「お、おいって…そ、そのあの!?」
両腕を左右から恋人に抱き着かれて加江須の顔が一気に真っ赤になる。しかも普通の衣服などではなく水着の様な薄着で体温が一層伝わって来くるので尚更に加江須の心臓は高鳴る。
「ふ、二人とも一旦離れて…ほら、黄美の言う通りスライダーへ行こうぜ!」
少し大きな声を出して無理やり自分の気を逸らそうとする加江須であるが、背後から流水に乗って小さな子供が加江須の背中にぶつかって来た。
「うわっ!!」
「うおっ!?」
バランスを崩してしまいそのまま水の中で足を滑らせる加江須。そうなれば当然の様に彼の両腕にくっついている黄美と仁乃の二人も揃ってバランスを崩してしまう。
「きゃっ!?」
「ちょっ!?」
前に足を滑らせて水中に顔から派手に入水する加江須。それにつられて黄美と仁乃の二人も水中にダイブしそうになるが何とか踏みとどまった。
「だ、大丈夫ですか!? こらケンちゃん!!」
「ごめんなさい…」
「ああ大丈夫ですよ。ちょっとバランスを崩しただけですので」
ぶつかって来た子供の母親と思しき女性が慌てて後ろからバシャバシャと水をかき分けて近づいて来る。
周りを見ずにはしゃいでいた我が子を叱りつけようとする女性に対して仁乃は大丈夫だと伝える。実際に倒れたと言っても水の中だ。怪我をしたわけでもない。
頭を下げる母親に大丈夫だと告げる黄美と仁乃であるが、そんな彼女たちの間から加江須が勢いよく飛び出した。
「ぶはっ、びっくりした!」
「す、すいませんウチの子が本当に…あら…」
水の中から顔を出した加江須に謝罪をする母親であったが、彼女は加江須の両腕の先を見て口元に手を当てて目を丸くする。
「ん…?」
目の前の頬を染める母親の反応に首を傾げる。一体その反応はどういう意味なのだろう。それにしてもさっきから両手が温かいのは何だ……?
そう思いながら加江須は自身の両手を確認して見る。
「カエちゃんったら…もう…」
「こ、このスケベぇめぇ…」
勢いよく水中から飛び出してきた弾みで彼の両手は自分の左右に居た恋人の胸を鷲掴みにしていた。
今の状況を数瞬遅れて理解した加江須はバッと腕を後ろにひっこめるがもう手遅れだ。
「ママ、あのお兄ちゃんこのおねえちゃんたちの…」
「こらっ! す、すいません」
子供の口を手で塞いでそのまま3人よりも先の方へと流れに沿って歩いて行く親子。
その場に残った3人はしばし無言であったが、その空気を払拭しようと少し大きな声を出した加江須はウォータースライダーの区域を指差した。
「よしッ! じゃあ3人であそこに向かうか!!」
そう言って流れるプールから出ようとする加江須であったが、そんな彼の腕をガシッと仁乃は掴んで彼を引き留める。
「そんなテンション上げてもさっきの事は無かった事にならないわよ」
にこっとしながら加江須の顔を見る仁乃。
とても綺麗な笑顔のはずだが、逆にその顔は加江須の恐怖心を倍増させる。
「公共の場で何をしてんのよこのどすけべぇ!!!」
「ぶわっ!?」
掴んでいた加江須の腕を勢いよく引いてそのまま華麗な一本背負いをその場で実演する仁乃。
先程の転倒時よりも数倍の着水音と水しぶきが3人の元で発生するのであった。
◆◆◆
「あれは……」
加江須が仁乃に一本背負いを華麗に決められていたその現場を遠巻きに1人の少女が眺めていた。
白髪の長髪に黒を基調としたビキニタイプの水着、顔にはサングラスが掛けられておりプール上がりなのか体は水滴で濡れている。
サマーベッドの上で横になりながらドリンクを優雅に飲んでいるその絵はとても魅惑的でまだ未成年とは思えなかった。
「こんな場所でも遭うとは…」
ストローから口を離してドリンクをテーブルの上に置く少女。
「できれば今日はまったりと過ごしたかったのですが…」
視線の先では未だに見知った少年がツインテールの少女に折檻を受けており、その様子を眺めている白髪の転生戦士、武桐白は長い嘆息を吐いた。せっかくの心身を癒そうと訪れた場所に自分と同じ転生戦士が居れば嫌でも気になってしまう。
「まあ、夏ならばこういう場所に居てもおかしくはありませんが。彼等だって私と同じ学生なんですし……」
とりあえずは極力こちらから接触はしない様に努めればいい。
そう思いつつ彼女はサングラスを掛けるとそのままドリンクに再び口を付けるのであった。
◆◆◆
加江須が仁乃にお仕置きを受けている頃、氷蓮と愛理の二人は競泳エリアへと移動をしていた。
「よし、じゃあここで競争な。負けたらジュースだぞ」
「分かってるって」
軽い賭けをすると二人は揃ってプールの中へ入ろうとする。だがそこに背後から見知らぬ男が二人に話しかけて来た。
「キミたちもここで泳ぐの? じゃあオレと一緒に競泳でもしない」
声に反応して振り返るとそこには金髪にピアスといかにもガラと頭の悪そうな男が立っていた。
「なんだよお前? 馴れ馴れしいな」
氷蓮がめんどくさそうに相手をすると、声を掛けてくれて脈ありと思ったのか男はグイグイと二人に絡んで来た。
「おお強気だねぇ。どうだいキミ、オレと一緒に泳ごうぜ。こう見えても元水泳なんだぜオレ。その後に食事とかもついでにどーよ?」
典型的なナンパ男に愛理は嫌悪感を隠さず顔に出す。
それに対して氷蓮は呆れた様子で男を見ており、小さくため息を吐いて言ってやった。
「じゃあ俺と勝負しようぜ。俺に勝てたらお前の誘いに乗ってやるよ」
「おほイイね! よしじゃあ勝負と行こうか!!」
デートにこぎつけられると思って上機嫌になる男。そんな彼に対して相変わらず氷の様に冷めている氷蓮。
二人がプールの中に入水すると愛理が氷蓮に言った。
「完膚なきまでに負かして恥かかせてやれ♪」
「おーよ」
親指を立てて任せろとジェスチャーする氷蓮。
「じゃあ始めようかお嬢ちゃん。勝ったら約束守れよ」
「はいはい、じゃあ始めようぜ」
そう言って未だに棒立ちのままの氷蓮。
プールの外に居る愛理がスタートを高らかに切った。
「じゃあ行くよ。よーいドンッ!!」
――スタートの合図直後、男の横に居た少女が凄まじい速度で水の中を進んでいく。
「なっ、速!?」
自分が水に潜る頃には既に氷蓮はプールの3分の1は進んでおり、急いで後を追いかけるが男が3分の1まで辿り着くころにはもう氷蓮はゴールを決めていた。
あまりにも絶望的な大差で負けて呆然とする男に対して氷蓮は舌を出した。
「俺たちをナンパなんざ百年はえーよブ男。俺の彼氏様なら俺よりももっと早くゴールしてるぜ」
笑ってしまう程の圧倒的敗北に男は何も言えず、そのままプールの中に沈んでいくのだった。
「勝者、ひょうれーん!」
ダメ押しとばかりに愛理の勝利者を告げる声が高らかに響き渡るのであった。




