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切り捨てた幼馴染


 加江須がゲダツと遭遇し戦闘場所となった人気の無い廃工場、その敷地内には一人の少女が立っていた。加江須がこの場所を離れてからしばらくたった後、少女はこの場所に足を踏み入れていた。


 少し赤みを帯びた橙色の髪、それを頭部の左右にまとめたツインテールをしており、キッと少し吊り上がっている目つきは何もなくても不機嫌そうに見える。いや、実際のところ今この少女は不機嫌であった。


 「くっそー…多分ここらでゲダツの気配を感じたのに…無駄足だったわ…最悪」


 廃工場の敷地内をブラブラと歩き回りながら少女は不満を口にする。


 「わざわざこんな場所まで来て損したわ」


 先程この場所では加江須がゲダツと戦闘を行っていた。この少女はそのゲダツの気配を感じ取りここまで来たのだが結果は無駄骨。到着してみればもうゲダツの気配はどこにも感じ取れず、そもそもゲダツが居なかった。


 骨折り損であった事をイライラしながらも、先程までゲダツが居たであろうこの廃工場を調べている少女。しばらく周辺を見て回っていたが、そこで敷地の中のとある場所に注目をした。


 「これって……焼け跡? 焦げてるんだけど…」


 少女が気になった場所は敷地内で少し焼けた跡が見受けられる所であった。

 この敷地内はそれなりに雑草も生えており、その中でこの部分だけが雑草の色が茶色く変色しているのだ。その中には黒く焦げている雑草も見られ、しかも更に観察をすると地面が抉られた跡も確認できた。


 手に入った情報をまとめると頭の中で整理していく少女。


 「つまりここにゲダツが居た…でもこの焼け跡や地面の抉れ方からしてゲダツだけじゃない。ゲダツの他にも誰かが居て、そして戦っていた」


 そこまで思考が行くと自ずと答えが導き出される。


 ――自分以外の〝転生戦士〟がこの場所でゲダツと戦っていた。


 「ん~……やっぱりそう考えるべきよねぇ~…」


 腕を組みながら目をつむり唸る少女。

 もう一度チラリと焼け跡の残った付近を見つめる。


 「炎の能力者? でもゲダツの攻撃なのかも…ん~…」


 しばらく唸り続けて考えを巡らせる少女であったが答えは出ず、やがて彼女は自分のツインテールの毛先をいじりながら考える事を放棄する。


 「これ以上考えてもしょうがないか。誰も居ないんだから話を聞くことも出来ないし、結局は憶測どまりだもんね」


 自分でそう言って仕方なく納得をするとそのまま廃工場の敷地を出ていく少女。

 足を動かしこの場を離れようとする。その去り際にもう一度廃工場を振り返ってみるがやはり薄気味悪くゲダツ以外にも何か出てきそうだ。


 「私以外にも転生した人間がこの消失市に居るんだったら誰だか知りたいところね。先輩として言ってやりたい事もあるし……」




 ◆◆◆




 廃工場での戦闘を終えた加江須はつい数十分前までの出来事を思い返しながら帰路へついていた。

 自分に嫉妬をして人気の無い廃工場で暴行を振るわれそうになり反撃をした。しかしその途中でこの世に生存しているとは思えない異形な獣が襲ってきてそれを撃退した。しかしその獣にクラスメイトは食い殺された。


 冷静に自分の体験を思い返すと現実味が薄れてくる。しかし決して幻などではないのだ。


 「義正は…これで世界から消えた事になるのか?」


 自分を転生させた神のイザナミはゲダツに襲われた者の存在は世界から消えると言っていた。まるで初めから義正と言う人間などこの世には居なかったかのように……。

 特別仲の良かった訳でもない、むしろくだらぬ嫉妬心で襲い掛かって来た愚か者でしかないアイツが死んだ事自体は余り悲しくはないが、アイツは今この世界でどういう扱いなのかは気になった。皆は義正と言う人間を覚えているのか、それともイザナミの言うよう元々居なかったとして扱われ人々の記憶から消えているか……。


 そこまで思考が行くと思わず自嘲気味に加江須は笑った。


 「クラスメイトが目の前で死んだのに随分な考え方だな…はは、一度俺も死んでいるから人の死に無頓着なのか?」


 自分もこの世界で交通事故に遭い一度死を体験している。そのせいで義正の死に対してそこまでショックを受けていないのだろうか? それとも大した信頼の無い人間が死んでも気にしない実はドライな性格だったのか。


 「何をくだらない事考えているんだ俺は? 命がけの戦いに身を投じる事を覚悟して少し考え方が変わったか?」


 誰に言うでもなく独り言を呟きながら小さく笑う加江須。短い間に色々な出来事を経験して精神的に疲れているのだろうか。こんな尋問自答擬きの事、普段の自分ならしないだろう。


 「…今日はもう帰ろう」


 色々とあったが今はとにかく休みたい気分であった。

 肉体的にはほとんど疲労してはいないのだが精神は少し参っており、すぐに自分の部屋のベッドに飛び込みたい衝動に駆られる。


 そんな事を考えながらいつの間にか自分の家のすぐ近くまで辿り着いていた加江須。


 「着いたな…はぁ…」


 ようやくたどり着いた我が家に思わずほっとする加江須。

 とにかく早く家の中に入ってしまおうと少し小走りで玄関を目指そうとする。


 しかし彼が走ろうとした時、背後から聞きなれた声が聴こえて来た。


 「ちょっとアンタ…」


 振り返るとそこには自分の存在を汚点と罵った幼馴染、黄美が立っていた。

 

 加江須の事を睨むかのように見つめる黄美。彼女の手には学生カバンが握られており、彼女はソレを加江須へと突き出した。


 「これ、アンタの鞄でしょ?」


 黄美が突き出したのは彼女自身ではなく加江須の学生カバンであった。

 

 「(俺の鞄…ああ、あの時置いて行ったのか…)」


 何故この女が自分の鞄を持っているのか疑問に思ったが、あの時義正に強引にクラスを連れ出されて鞄を持っていく事を忘れてしまっていたようだ。

 加江須がそんな事を考えていると、いつまでも鞄を受け取らない加江須に腹が立ったのか黄美が口を開く。


 「ちょっと早く鞄を持ちなさいよ。いつまでもアンタがよく触れている鞄なんて汚くてこれ以上持っていたくないのよ。変な病原菌でも鞄の持ち手に付いているんじゃない?」


 「………」


 「感謝しなさいよ。アンタが教室に鞄を忘れて言ったとかでアンタのクラスメイトが渡してきたの。本当はこんな物に触れたくもないけど頼んできた生徒に申し訳ないから運んでやったわ」


 「…ああそうか。助かった」


 「本当…愚図な幼馴染を持つと苦労するわよ。あー…本当に私のストレスの要因よアンタは。少しは申し訳なく思ってくれる?」


 まるでムシケラでも見るかのような見下した目と発言を容赦なくぶつけてくる黄美。今更ながら転生する前は何故自分はこんな女を好きでい続けていたのだろうか。

 しかし暴言を吐かれているにもかかわらず加江須はどこか冷静さを保つことが出来た。


 ゲダツとの戦いの前までは顔を見ただけでマグマの様な怒りが腹の底から込み上げてきたものだが、命がけで戦う事を自覚した今の加江須は目の前でブツブツ侮辱を口にする少女が心底どうでも良い存在となり果てていた。怒りを抱く気も起きない。この先もゲダツと戦い続ける宿命を背負った以上、何もこちらの事情を知らない幼馴染など構う暇すらなくなった。


 ――もはや黄美は自分にとっては他人、もしくはそれ以下であった。怒りを抱く気になれないほどの……。


 「鞄の件は感謝する」


 短くそう言って鞄を受け取るとそのまま家へと足を運ぶ加江須。

 大して反応を示さない彼の態度に黄美は少し不審に思い、彼女の方から話しかけてきた。


 「随分と聞き分けが良いじゃない。下手に刺激したら迷惑だからへコヘコしているのかしら?」

 

 小馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべながら挑発気味に嫌みをぶつける黄美。

 玄関のドアを握りながら背中に嫌みをぶつけられる加江須。そんな彼はドアを握ったまま顔だけ向けて短くこう言った。


 「正直……お前に構うのも馬鹿馬鹿しくなっただけだ」


 「……え?」


 「俺にとってお前はもう――どうでもいい他人同然だ」


 そう言って加江須はドアを開くと家の中へと姿を消した。




 ◆◆◆




 ドアを閉めて姿を自宅の中へと消した加江須。そんな彼の事を黄美は呆然と見送る事しか出来なかった。


 「何よ…それ…」


 自分の幼馴染が言った言葉が頭から離れなかった。


 「他人同然って…なによ…」


 今までどれだけ冷たい言葉を投げかけても彼は自分を想ってくれた。素直になれずに罵倒を繰り返す様な自分をいつも気遣ってくれた。今回の様に自分の事を他人だと切り捨てるような事を言った事など一度もなかった。


 「…怒らせちゃったかな」


 ただ鞄を渡してあげるだけでいいにも関わらず、我ながら自分は酷い事を言ってしまった。いつもの様に心にも思っていない筈の暴言を恥ずかしさを誤魔化すためにぶつけてしまった。

 そもそも鞄を持って来たのだって自分が進んで持っていくと言い出したのだ。彼のクラスメイトに代わり自分が持って行ってあげると少し強引にこの役を自ら買ったのだ。嫌々などではなく自分の意志で大好きな幼馴染に持っていくと決めたのだ。


 「それなのにまた酷い事言っちゃった。怒るに決まってるよね…」


 加江須に罵声をぶつけていた時とはまるで別人の様にしおらしくなる黄美。

 本当は彼を傷つけた事を謝りたい。そう思って一瞬彼の家のドアに手を伸ばすが、ここで謝ってもかえって怒らせてしまうだろうと思いとどまる。


 「ごめんねカエちゃん…」


 もう家の中に居る彼に聴こえるはずもない謝罪を口にする黄美。それに何の意味もないにも関わらず……。

 とりあえず今日は大人しく帰り、後日謝ろうとその場を後にする事にした。


 しかし彼女はまだ気付いていない。もう加江須にとって彼女は終わった存在であることを。例えここから黄泉の性格が素直になろうがもう加江須は彼女に対して何の感情も関心も持ってはいない。

 しかし、黄美自身はそうは思ってはいなかった。


 「今度話しかけるときはちゃんと素直に……心無い罵声を言わないでカエちゃんに話しかけないと。それに今日の事もちゃんと謝って…それから、それから…」


 もう興味すら持たれていない事に気付いていない黄美は次に会った時のシミュレーションをしながら自宅へ足を運ぶ。

 

 彼女の秘めた恋はもう叶う事はない。その事実を彼女自身はまだ知らない、いや想像すらしていないのだ。彼女にとって久利加江須は優しい幼馴染。昔からひねくれている自分に向き合ってくれた大切な幼馴染であり、どれだけ突き放しても決して離れはしなかった愛おしい少年なのだ。


 だから彼女は間抜けにも信じている。時間が経てば昔の仲の良かった幼馴染な関係に戻れると……。


 しかし彼女は知らない。そんなずっと自分に寄り添ってくれた彼を否定し、そして汚点と罵って自ら望む未来を切り捨てた事に……。

 

 


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