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俺はお前に告白なんかするんじゃなかった


 ありふれた学校、そこでは一人の少年学生が長年抱き続けていた想いを一人の少女にぶつけていた。


 「お前が好きだ! だから…だから俺と付き合ってくれ!!!」


 人気のなくなったとある高校の教室、そこで一人の少年はずっと胸にしまい込んでいた思いの丈を目の前にの少女へとぶつけていた。


 少年の名前は久利加江須(くりかえす)。彼は今日、小学生のころからの幼馴染である目の前の少女、愛野黄美(あいのよみ)にずっと恋心を抱いていた。そして高校二年生となってようやく自分の思いを告げたのだ。


 「黄美…返事を…聞かせてくれないか?」


 下げていた頭を上げ、自分の思いに対する回答を求める加江須。

 しばし無言を貫いていた黄美であったが、彼女は自身の美しい金色の長髪をかき上げ、ようやく口をそっと開き始める。


 「…ねえ久利」


 「あ…ああ、何だ?」


 幼馴染がゆっくりと自分の名前を呼んだ。

 それに対し加江須はゴクリと唾を呑んで返事を待つ。


 一世一代の彼の――加江須の告白に対して黄美はしばし間を開けた後、こう返事を返した。


 「あのね――いきなり告白とか何を考えてるの?」

 

 「……え……え?」


 予想外の言葉を黄美は侮蔑の籠った瞳で自分を見つめながらそう吐き捨てた。

 その言葉は加江須の心を凍り付かせ、思わず彼は間抜けに口を開け続けてしまう。そんな彼のショックなど知らず、黄美はさらに彼の心を抉っていく。


 「人気のない教室に呼んで愛の告白? 気持ちが悪くて仕方がないわ。三流小説のよみすぎなんじゃないの?」


 「き…気持ち悪い?」


 「そうよ。漫画じゃあるまいし現実のこんなシュチュエーションで告白なんてしてくる奴が居るなんて驚いたわ。成功率でも上がると思った?」


 黄美は心底嫌気のさしたと言った感じの表情で加江須の心を切り裂いていく。

 

 「大体さ、私とアンタは確かに幼馴染だけどその事実すら私にとっては吐き気がするのよ!」


 今まで冷静な口調であった黄美であったが、話していくうちに感情が昂っていき語句が強くなっていく。

 

 「私は学園でも成績優秀、容姿端麗と言われている優秀な生徒! クラスメイトも教師も私の事をそう見てくれているわ! それに対してアンタは至って平々凡々のただの生徒! そんなアンタが私に告白なんて百年、いや千年早いのよ!!」


 「………」


 「アンタみたいな取り柄のない愚図が幼馴染なんて私の人生の汚点でしかないのよ!! 少しは弁えなさい!!」


 もうここまでが限界であった。これ以上は彼女の暴言を聞いていれば生きている気力すら砕かれてしまう。

 加江須は何一つ言い返すこともせず、勢いよく教室から出て行った。


 「ちょ、どこに行くのよ!?」


 出て行った教室からは黄美の声が何やら聞こえてくるが加江須の足は止まらない。

 放課後の学園ではあるが、部活動などで生徒は当然まだ残っており、廊下では一目散に走る加江須と何人かの生徒はすれ違い、そして奇異な目で見られた。

 だが、そんな視線など今の彼には気にもならない。


 ――こんな…こんな結末なんていくらなんでもあんまりではないかっ!!!


 彼は心中で血を吐くほどの思いで叫びながら走る、走る、走る! 校内上履きを履いたまま、全速力で学園の校門付近まで一気に走り続ける。


 長年抱いていた想いが通じなかった。その事実は悲しくはあるがまだ良かった。自分が一方的に片思いをしていただけで彼女は自分をただの幼馴染としてしか見ていなかった。だから告白が成就しなかった事はまだ悲しくはあるが受け入れられる。


 ――でも、あそこまで俺の存在を否定する必要はないだろうッ!!!


 彼女は自分の想いを受け入れなかっただけでない、これまでの自分との思い出もすべて踏みにじった。グリグリと虫でも踏みつぶすかのように…。

 かつて仲良く一緒に遊んだ事実も、自分の家に泊まりに来た事実も、一緒に海に行った事も、幼いながら二人で冒険心を持って遠い町まで遊びに行った事も…全部……全部否定して踏みにじった!!!


 「うっ…あっ…」

 

 情けのない途切れ途切れの嗚咽が零れ落ちる。

 情けのない声を漏らしながら校門を走り抜ける加江須であるが、校門を出ると同時に目の前の道路へと飛び出した。


 ――その時、とてつもない衝撃が全身へと走り、自分の体が宙へと浮かび吹き飛んだ。


 「あ…え…?」


 何が起きたか分からず空中に放り出され、そして遅れて全身に激しい痛みが発生する。まるで鋭利な刃物で全身を突き刺される感覚? それとも重量のある鈍器で全身を殴られる感覚? どの例えが正しいかは定かではないが、少なくとも今まで生きていた人生で経験もした事が無い痛みであることは確かであった。


 空中に浮いていた加江須の肉体はアスファルトだがコンクリートだかどちらか判らない硬い地面へと叩きつけられた。

 地面に激突した際、自分の身体から何かがへし折れる嫌な音が響いてきた。それだけではない。口からは鉄臭い赤い液体がごぼごぼと零れている。


 未だ自体の惨状を理解できていない加江須は体を起こそうとするがピクリとも動いてはくれない。何とか視線だけは移動させる事ができるので周囲を確認する。

 

 「あ…れ…?」


 目線を右に動かすと自分の腕が見えた。しかしその腕は奇妙な方向へとねじ曲がっている。さらに左腕、というより視界に入っている自分の肉体の至る所が赤いシミに染まっている。そして今度は左に視線を向けると同じく赤色に塗れた自分の体、そして少し後方には白い車が停車しているのが見えた。


 「ああ…そういうことかぁ……ごぼっ…」


 咳と同時に血を吐き出しながら何が起きたのかが理解できた。

 

 フロントガラスが割れ、ボンネットのへこんだ車。その中には呆然とハンドルを握ったまま放心している中年の男性。そして血みどろになり道路に横たわる自分。

 

 ああそうか。自分はあの車にはねられてしまったという事か……。

 

 交通事故にあい瀕死の状態にもかかわらず、彼は不思議と冷静に今の状況を判断していた。いや、冷静というのは少し語弊があるのかもしれない。

 先程まで感じていた全身の痛みが今はもう消えており、そして全身の熱がどんどんと失われて寒くなってきている。恐らく、いやもう間違いなく自分に死が迫ってきているのだろう。


 ――死ぬって…こういう感じなのか…。とても寒い。でも…あまり苦しくはないんだなぁ……。


 漠然とそんな事を考えていると、校門の方から悲鳴が聞こえてきた。どうやら聴覚の方はまだ生きているようだった。

 視線を動かすと大勢の生徒が集まり自分を指さし騒ぎ立てている。皆が一様に死に体の自分を見て青ざめている。しかしすぐにその喧しい野次馬の悲鳴も聴こえなくなってくる。恐らく聴覚も死んでしまったのだろう。いよいよお迎えが近いみたいだ。


 ――ああ…多分あと数秒も経てば死ぬんだろうな。……父さん…母さん…ごめんなさい。


 交通事故で身勝手にもうすぐ死んでいく加江須は無意識のうちに『ごめんなさい』と両親に謝っていた。優しい両親の事だ、自分の死を知ればきっと悲しみに暮れる事だろう。そう考えると彼の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 いよいよ死の数秒前なのか、ついに眼も霞んでいた。周囲の景色もかすれ、何も見えない。


 ――その時、自分の手が誰かに掴まれる感触を感じた。


 「誰…だ…?」


 もう目もほとんど見えないが自分の手を掴んでいる人物が誰なのか最後に瞳に収めようとする加江須。きっと自分を心配して懸命に自分に呼び掛けているのだろう。せめて最後にその人にお礼を言ってから死んでいこう。

 そう思い彼は最後の力を振り絞り、自分の手を握ってくれている人物を見ようとした。


 「………!?」


 閉じかけていた瞼を開き口を開きかけた加江須であったが、彼の口からはお礼の言葉は紡がれはしなかった。


 加江須の手を掴んでいたのは黄美だった。そう、少し前まで自分の想いを踏みにじり、無残に砕いた幼馴染が自分の手を握っていたのだ。


 「しっかりして加江須!! 今病院に連絡したからもうすぐ救急車が来るわ!! だから頑張ってッ!!!」


 涙を流しながら自分を激励する黄美。

 その姿を見て数十秒前まで感謝を述べようとしていた彼の心境は一変した。冷たくなる肉体とは正反対に熱い怒りが腹の奥底から湧き上がる。マグマの様なグツグツと煮えたぎる怒りを自分の手を握る彼女へと叩きつける。


 何で…なんで他でもないお前がそんな顔をして俺を見るんだッ!? お前は俺と出会ったことすら汚点だと思っていたんだろう!? 俺が今から死ぬのならもっと嬉しそうな顔をしろ!! お前にそんな顔をされても嬉しくもなければ感謝も感じないんだよ!!! クソックソックソッ!! 死にゆく最後の最後でお前のようなヤツの顔を見て死ぬなんてどんな拷問だ!!! やめろやめろヤメロォォォォォォォォ!!! 俺を悲しそうな目でみるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!


 溶岩のように煮えたぎるその怒りをぶつけようと口を開く加江須であったが、その開かれた口からはもう声を出す力すら残っておらず、間抜けに大口を開ける事しか出来ない加江須。

 彼の手を握っている黄美は彼が自分に何かを伝えたいとでも思ったのか耳を寄せて『なに? どうしたの?』と涙交じりに聞いてくる。


 「(お前なんかに看取られるなんて…最悪だぜ……)」


 声を出せない加江須は口だけを動かし目の前の幼馴染に対して告げた。しかし憎らしい彼女はそのメッセージを理解できずに涙を流しながら耳を近づけ自分の声を聴こうと必死になっている。そんな振る舞いが彼の怒りをさらに大きくさせる。


 だが、そんな彼の怒りの熱とは裏腹に体温は一気に低下をしていき、ついに加江須の視覚も死んだ。

 聴覚も死に、何も見えずなにも聴こえずそしてもう痛みすら感じない。やがて彼は思考する力すら死んでいき………。


 「………」


 微かな鼓動を立てていた心臓、消え入りそうな呼吸すらもしなくなった………。




 ◆◆◆




 血みどろの加江須へ必死に呼びかけていた黄美。懸命に声をかけ、何とか救急車が来るまで持ちこたえてと祈りながら彼の手を握っていた。

 

 ――そんな彼の手から突然熱が消えていった。


 「…加江須? ねえ、ねえ…。うそでしょ!?」


 彼の手を握り続け名前を呼んで返事を求める黄美。

 少し前までは瞬きや口を開いたりなど反応を示していたのだが、いつの間にか彼は何も反応を示ず、まるで人形の様になっていた。


 乾いた眼球から光が消え、まるで人形の様に自分を見つめる加江須を見て黄美は肩から力が抜けた。


 「か…加江須? ねえ、返事してよ? へ、へんじ……」


 血濡れの幼馴染の名前を呼んで返事が返ってくることを期待して、いや祈って待っている。だが、どれだけ待っても彼は何も反応を返さない。


 「あ…ああ…あああああああ……」


 黄泉は震えながら血に塗れた加江須の身体を抱きしめる。歯をガチガチと鳴らしながら声を漏らし、そして現実を整理して受け止めると彼女の漏らしていた声は絶叫へと変わった。


 「うわあああああああああああああっ!? 嘘よぉぉぉぉ!? うそうそうそ!? 起きてよカエちゃあぁぁぁぁぁん!!!」


 涙を流しながら泣き叫ぶ黄美、しかしそんな彼女の心からの叫びはもう命を宿していない抜け殻となった加江須の耳には届いてはいなかった……。


 集まってきた学生達は皆、悲痛に満ちた彼女の声を聴きつつ何もできず、ただ茫然と道路で泣き崩れる彼女を眺めているだけ。

 周囲のむける目線など欠片も気にせず、黄美は大声で涙を流し叫び続けていた。少女の悲しみに暮れた泣き声が凄惨な事故現場からはずっと響き続けていた………。

 

 


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