閑話6:トラックに轢かれて異世界転移 ~チートスキルで無双しようと思ったら一緒についてきたヤンデレ幼馴染みの方が最強だった件~ という夢を見た話 後
「は!?」
目覚めると、自宅のベッドの上だった。
汗びっしょりだ。
「いまのは……」
鼓膜にへばりついた血の滴る水音。
あまりにもリアルだったが、現状を鑑みるに、どうやら夢だった、らしい。当たり前だ。あんな荒唐無稽な展開、現実であってたまるか。
「なんだか長い夢を……いや、わりと短かったな」
額の汗をぬぐう。
異世界転移とか、我ながら中二病全開で痛々しい夢だった。
「……」
でも、ちょっと楽しかった。
枕元のスマホを光らせて見ると、十分に二度寝できる時間帯だった。
「寝直そう」
としわくちゃのシーツを軽く整え、毛布を被ったら、コンコンコンと窓をノックされた。
「……」
銀千代のモーニングコールだ。放置してたら家に入ってくる。仕方なしに起き上がり、カーテンを開けると向かいの部屋の銀千代が、朝日を浴びながら立っていた。日の光が眩しくて思わず顔をしかめる。
「おはよう!」
小鳥のさえずりと柔らかな陽光。肌寒い一月の朝。
爽やかな朝の挨拶を無下にするのも憚られるので、取りあえず返事をすると、彼女は部屋の中央に置かれたリクライニングソファを指差して続けた。
「ゆーくん、ついに完成したよ」
「なにが?」
「これ!」
勢いよく謎のコードがついたヘルメットを両手で掲げた。コードの先はリクライニングソファーに繋がっている。
「フルダイブ型のMMORPG!」
「……」
人造人間サイコショッカーが頭につけてるやつにしか見えなかった。もしくはバーチャルボーイだ。本物見たことないけど。
「ピコピコ好きのゆーくんのためにカリフォルニア大の仲間といっしょに開発してたの!」
「ほう」
今朝の悪夢はこれが原因かな。
「どういう理論なんだ」
「うん。このマッサージチェアにVRゴーグルを接続すると、映像をリアルタイムに反映させた微弱な電気刺激を、触感として肌に与えることができるんだ」
銀千代は嬉しそうにリクライニングソファーを指差した。
オキュラスクエスト2的なやつだろうか。なんだかんだで興味がわく。
「映像と密接にリンクした刺激を受けることによって仮想空間は存在するものとして脳を錯覚させるの。人間の情報源のほとんどが視界からだから、これだけでかなりの没入感が生まれるんだ」
「まじかよ。すげぇな」
「装着のときはヘルメットと頭部の間に濡れたスポンジを挟まなきゃいけないのが、改善点の一つだけど……」
濡らすの忘れたら大変なことになりそうだな。
「あとこれ」
ソファの下の部分の取手を引っ張ると、引き出しになっていて、中にたくさんの小瓶が入っていた。コルクで蓋がされており細く長いチューブが繋がっていた。
「アロマだよ。二十数種類のハーブを調合することによって、無限に近い香りを、シーンに合わせて漂わせることに成功したんだ。嗅覚は情動などを司る大脳辺縁系に直接つながっているから、記憶と関連づけされることによって、体験にリアリティを与えることができるってわけ」
「どういうこと?」
「たとえば雨を打つコンクリートの香りに郷愁が甦る、みたいな感じ。仮想のデジタル映像に記憶が重なることでより現実感を増すことができるんだ」
なるほど。わりとすごい工夫だ。感心する俺に銀千代はカプセル状の薬を差し出した。
「最後にこれ!」
赤と黄色のカプセル。
「これを服用することによって、意識を一時的に飛ばし、深い酩酊状態にすることができるの。効果時間は五時間と短いけど、催眠状態になることによって深い体験を味わうことができるんだ。本番の前に薬物耐性をつける必要があるから、昨日のお夕飯に少量混ぜておいたんだけど、特に体調に変化はな」
窓を閉める。
悪夢の原因がわかって、安心した。そう思おう。
布団に潜り込み深く目を瞑る。すぐに寝れた。
優しい夢を見たような気がするが目が覚めたときには忘れていた。




