第53話:十二月に友人の恋人と
いつも通りの平日。
ぼちぼち受験生としてやる気を出さなきゃいけないと思いつつもゲームが捗ってしょうがない。そんな夜。
「カノジョができた」
開口一番松崎くんが言った。
「え、まじ?」
「うむ」
通話しながらゲームしていたら、他プレイヤーとのマッチング待ち画面で松崎くんが教えてくれた。なんてこったい。祝福すべきなのだろうが、いかんせん、この胸に訪れる一抹の寂しさはなんだろうか。
「同じ学校の人?」
「いや……」
「どこで知り合ったん?」
「エペ」
「……」
うむ。
「そうか」
女子にも人気があるオンラインゲームである。まあ、最近はわりとゲームとかで恋人作るのも普通だしな。たぶん。
「お幸せに」
「ありがとう」
友達に恋人ができるのは喜ばしいことなんだけど、先に行かれて悔しい思いが少しだけある。俺は心が狭い人間だろうか。
「呼んでいい?」
「ん?」
身の振り方を考える俺を無視して松崎くんは聞いてきた。
「誰を……?」
「カノジョ」
正気の沙汰とは思えなかった。
「……お、おう。もちろんだぜ」
友達の友達とオンラインゲームするのも少しだけ抵抗あるのに、ましてやカノジョとだなんて、……できればやりたくない。
松崎くんが招待を送り、画面に「ゆりっぺ」が登場した。
「どぉーもっ! こんばんはぁ、はじめまして、ゆりっぺでぇす」
「はじめまして。よろしくお願いします」
「まーくんからいつもお話聞いてますぅ。かわいいカノジョさんがいるゆーくんさんですよねぇえ?」
「あー、いや、カノジョはいないけど……」
「えっ、そうなんでぇすかぁ」
語尾が間延びした特徴的な話し方だった。正直苦手な人種である。とはいえ会話をしないと気まずいだけなので当たり障りのないトークで乗り切ることにしよう。
「松崎くんとはゲームで知り合ったんですよね?」
「うん。まーくんがゆりっぺのこと守ってくれたんでぇすぅ。かっこよかったぁ!」
「あー、そうなんだ」
一分後には忘れてそうな会話を一時間程度楽しんで、翌日も学校があるので解散になった。やれやれ。つまらなくはなかったが、けして楽しいプレイではなかった。こういう日もある。
解放感に酔いしれながら、寝床を整えていたら、松崎くんから電話がかかって来た。なんだ?
「もしもし」
「さっきはすまんね」
肩でスマホを挟みながらシーツのシワを整える。
「別に構わんよ」
「どうしてもゆりっぺが混ぜろっていうから」
「ラブラブだなぁ」
「それでな、俺、別れたいと思ってるんだ」
「……」
なんだこいつ。
肩からスマホを外し、左手に持ちかえる。
「え、いつから付き合ってんの?」
「先週」
「はやくね?」
これが最近のスタンダードか?
近頃の若者の好いた腫れたが微塵もわからねぇ。
「えーと、なんで?」
「束縛が激しいんだよ」
「そうなの? 話した感じけっこう普通だったけど」
「外面はいいんだよ。付き合ってみるとすげぇー重いんだ。一日中ラインが激しくてさ。おはようからおやすみまで、ずぅっーとヤリトリすんの。正直身が持たねぇよ!」
「普通だろ」
「は?」
なんとも、贅沢な悩みだ。
「付き合ってもないのに、おはようから次の日のおはようまでラインしてくるやつもいるんだぞ」
「二十四時間じゃねぇか!」
「電話もかけてくるし。ライン電話ライン電話ライン電話の波状攻撃が来てから文句言いなよ」
「……いや、それは、銀ちゃんが特殊なだけだろ……」
名前言ってないのに誰のことかわかったらしい。さすが松崎くんだ。
「くそ、顔が可愛ければなんでも許せると思ったのに」
舌打ち混じりに松崎くんは吐き捨てた。わりと最低な発言だが、「へぇ、ゆりっぺ可愛いんだ」男子学生なんてそんなもんである。
「ああ、写真見るか?」
ラインに画像が送られてきた。加工され過ぎててよくわからなかった。
教室でピースする女の子の写真だったが、目が大きく、肌も異様に白いので、もはや二次元キャラだ。
「修正しすぎて後ろの男子が寄生獣みたいになってるじゃん」
「この顔立ちは絶対美人!」
だからそれがわかんないんだって。
ん? つうか、今の言い方的に……、
「あのさ、ひょっとしてまだ会ったことないの?」
「まあ、先週ゲーム内で知り合ったばかりだ」
先週ゲーム内で会って、一度もリアルで会ったことないけど、先週から付き合っている……?
わからねぇ、若者のスタンダードが俺にはさっぱりわからねぇ。
「ゆりっぺ、元カレと別れたばっかだったから、攻略難易度Fランクみたいな感じだったんだ」
わりと最低な発言だが、男子学生なんてそんなもんである。きっと。
「ま、まあ、付き合ったんだったらちゃんと愛してやれよ。ラインとかもきちんと返信してさ」
「いや、別れたい理由はそれだけじゃねぇんだよ! ゆりっぺすげぇ電話魔でさ。土曜なんて夜中の二時まで電話してくんだよ!」
「だから付き合ってんだったらそれぐらい普通だって。むしろ次の日の休みを考慮してくれるだけマシじゃねぇか」
「え、いや……え?」
少し無言になり、
「普通なのか?」
と聞いてきたので「普通だよ」と返事をする。
「いやいやいや、異常だって!」
松崎くんは、慌てたような口調で続けた。
「そうだ、昨日なんてさ、寝落ち通話とか言って回線繋ぎっぱで寝させられたんだぜ? 寝るなら通話切ればよくね? なんで繋ぎっぱなしにする意味があるの!?」
コールがうるさいから、電話を繋ぎっぱにして放置してたら、「心配になってきちゃった」とか言って、ベッドサイドに立たれたことがある俺からしてみたら、
「全然かわいいもんじゃん」
「か、かわいいのか? ……そう言われるとかまってちゃんってのも悪くないような気がしてきたけど……」
「じゃあもう別れる理由無いじゃん」
松崎くんは少しだけ無言になってから続けた。
「いやさ、実は、ゆりっぺメンヘラっぽくて、手首切った傷の写真とか送ってくんだよ」
「あー、それは嫌だな」
「だろ? ドンビキだよ! ちょっと返事をしなかっただけで、リスカだぜ? きついよ!」
「まあ、でも女の子はそういうのわりとあると思うよ」
「え!? そうなの?」
「うん。どうでもいいけど、中一の調理実習の時、銀千代が手のひらを切っちゃったこと覚えてる?」
「あー、あったな。深くはなかったらしいけど、けっこう血が出てたよな」
「あれ、たぶん、わざとだぜ」
「えっ、そうなの?」
「うん。あの時俺桜井さんと同じ班で、気を引くためにやったんだと思う」
「いや、そんな、まさか、か、考えすぎだろ! だって、手を切ると痛いぜ!?」
なにを当たり前のことを……。
「俺もそう思ったんだけど、その日から毎日怪我の治癒具合を写真つきで報告してきたからな。傷のお陰で恋愛線が伸びたとかなんとか、言ってたけど」
「なんで……?」
「知らん。けど、女子は好きな人の気を引くためなら怪我も厭わないもんなんだって」
「そ、そういうもんなのか」
「怪我しないように見守ってやれよ」
なんにせよ誰かが傷付いてるのを見るのは心が痛むので、松崎くんの気持ちはよくわかる。だから俺は銀千代に自傷行為は止めるように口酸っぱく言ってきたのだ。
「いや、無理だって! だって、俺が授業中とかにライン返せなかっただけで、病むんだぜ!」
「ライン返せばいいじゃん」
「え?」
「うん、とか、そうなんだ、とかてきとーな返事を返すだけで、向こうは安心するんだから」
「そんなん出来るわけないだろ」
「できるよ」
「え?」
「銀千代が隣のクラスだったとき、ライン無視してると空き時間にこっちのクラスに来るから仕方なく返信してたけど、わりと行けるもんだよ」
「そ、そうなのか」
「うん。コツは返事をパターン化すること。俺は「そうか」「ふーん」「なるほど」と汎用的に使える猫のスタンプで誤魔化したぞ。スタンプだけなら考える必要ないし、先生が黒板向いてる時に送れるから楽だぞ」
「え、でも、テスト期間中とかは無理くないか?」
「あー、それは無理だね。お陰で毎時間銀千代が来たよ」
「送らなきゃ手首切られるんだぜ!?」
「それはもう切らしとけよ」
「!?」
「やれるだけやったんだから、しょうがないって」
「……な、なるほど?」
語尾が若干クエスチョン入ってるけど、実際どうしようもないんだから仕方ない。
「つかちゃんと話し合ってそういうのヤめるように言うのが一番だろ」
「言ってるよ! 言ってるけどやめてくんねーんだよ! こないだなんてODしたって言ってくんだよ!」
「オーディー? ……波紋疾走?」
「オーバードーズだよ!」
「ああ、クスリ飲み過ぎるやつか」
市販薬や風邪薬を大量に飲むことによって一種の酩酊感を得ることができるらしい。過剰摂取しすぎると死んでしまうこともあるが、最近の薬にはそういう成分は入ってないとも聞くし、実際のところどうなのだろう。
「俺のせいで死なれると寝覚め悪いし、どうしたらいいのか、夜不安で眠れなくなるんだよ!」
「うーん、それはたしかに難しいな」
とてもじゃないがアドバイスできるような立場ではない。そんな精神的に病んでる人、俺の知り合いにはいないから。
「なんにせよ、大事なのは共依存にならないようにすることだと思うぜ。松崎くんまで負のオーラにやられたらストッパー無くなるからな」
「あぁ、ありがとう。たしかにその通りだよな。ごめんな。急に変な相談して……」
愚痴が落ち着いたらしく、松崎くんはいつもの冷めた感じでため息をついた。
「今日は悪かったな。突然ゆりっぺを招待して……びっくりしたよな?」
「まあ、松崎くんにカノジョができたってのは驚いたな」
「どうしてもメンバーに入れろってしつこかったんだよ……。嫉妬心というか。俺が何してるか常に把握しときたいんだって」
「まあ、それだけ愛されてるってことじゃん。羨ましい限りだな。なんにせよ、共依存にならないように想ってあげなよ」
「あ、ああ、 ありがとう。すまんな遅い時間に」
「いや別にいいよ。もう寝るだけだし」
「てか、さっきから俺とばっか話してるけど、銀ちゃんから連絡とかこないの?」
「ん? 来ないよ」
「へぇ。なんだ、銀ちゃんもメンヘラかと思ってたけど、そんなことないんだな」
「いや、だって、目の前にいるし」
「え?」
松崎くんの声が固まった。なんだ? 電波状況悪くなったのか?
「え? いま、目の前にいんの? 銀ちゃんが? ど、どゆこと」
「今というか、ずっといたけど……」
今さらなにを言ってるんだ。
「え、いつから!?」
「ゲーム始めた時ぐらいからかな。普通に部屋に入ってきて、ずっとベッドに座ってる」
「はぁー?」
「どしたの?」
「えっ、付き合ってんの!?」
「付き合ってねぇって何回も言ってんじゃん」
「いやだってこの時間に自分の部屋に異性がいるんでしょ!?」
「あー、そうか、はたから見たらそんな感じに写るよなぁ」
「恋人じゃねぇか!」
松崎くんの漏れ聞こえた声を聞いて、銀千代はぽっと頬を赤らめた。
「違うって。帰れって何回も言っても聞かないから、仕方ないだろ。勝手に部屋に入ってくんだよ。猫みたいに」
「え、でも、ちっとも声しないじゃん」
「ゲームとか通話してる時は黙るって最近ようやく覚えてくれたんだ。凄いだろ」
ここまで長い道のりだったのだ。
「……だよっ」
「え?」
「お前らとっく共依存だよっ!」
ぷつん。
と通話が切られた。
「えー……」
暗くなったスマホの画面を眺める。
共依存……?
俺と、
「ゆーくん、お話終わった?」
ニコニコと銀千代が微笑みかけてくる。
こいつが……?
「……」
認めたくないし、認めるわけには行かなかった。
「銀千代」
「なぁに?」
「もう遅いから早く家に帰れ」
「えー、夜はこれから……」
アヒル口で文句を言う銀千代を帰らせ、俺はベッドに寝っ転がった。
嘘だろ。俺はまともなはずだぞ……?
どうでもいいが、松崎くんは三日後にゆりっぺに浮気され別れた。
ツイッターで「もっと真剣に向き合えればよかった……」とか「失ってはじめてわかるこの気持ち」だの、しょうもないポエムを垂れ流して、しばらく病んでたが、エルデンリングが発売したらすぐに治った。




