第52話:十二月の放課後ランデブー
雲一つない冬空。
放課後の帰宅時間帯はすっかり夕方で、空の色は仄かにオレンジ色に染まり始めている。
「ゆーくん、冬物のコート買いにいこうよ」
「行かない」
学校からの帰り道、銀千代が腕に絡み付きながら言ってきた。
「じゃあ、銀千代のコートに入る?」
「入らない」
露出狂の変態みたいにコートの裾をバタバタさせてきた。制服の上から紺色のロングコートを羽織っており、ずいぶんとおしゃれな格好である。
「これからの季節はつらいよ。寒冷地仕様にしないと。ゆーくんが風邪引いちゃうと、……銀千代は悲しいし」
俺はというとブレザーとマフラーだけなので防御力は低いが、装備重要は少なめなので、軽ロリで敵の攻撃を回避することが出来るのだ。
「放課後ショッピングデートしようよ。おごるよ」
「奢られたくないから、行かない」
「ゆーくんに似合うコーデを考えたんだ」
「まじでほうっておいてくれ」
「ゆーくんは身長は平均だけど、やせ形で足が細いからピッチリしたパンツが似合うと思うんだよね」
ただのファッションチェックじゃねぇか。
ため息は白く染まってすぐに空気に溶けた。
「考えるのはお前の自由だが、俺は行かないぞ。服はおかんに任せてるんだ」
「和子さんから、ゆーくんはファッションセンスないから銀千代ちゃんプロデュースしてって、頼まれたの」
先手を打たれていた。俺の母親を親友みたいに言うのをやめろ。
マフラーを上げて、寒気を誤魔化す。乾燥した空気に肌がかさついた。
「別にファッションなんててきとーでいいだろ。一日のほとんどを制服で過ごすんだから」
「銀千代もそう思うけど。ゆーくんかっこいいし、髪型とかも今風にしたらモテると思うんだよね。たまには変えてみようよ」
「……」
ちょっと心が揺らぐ。俺も男子高校性。モテという言葉に弱い存在だ。
「もちろん銀千代はいまのままのゆーくんで十分だけどね」
「ならいいじゃんか」
「だけど、いろんなゆーくんに出会いたい銀千代がいるのも確かなんだ。えへへ、そうと決まったら早速渋谷に行こう」
決まってない。
「バカかお前は。行くわけねぇだろ」
「えー」
銀千代は不満を表すように地面の落ち葉を蹴飛ばした。色とりどりの木の葉が宙を舞う。
渋谷とか、少なめに見積もっても行くのに一時間はかかる。放課後気軽に行ける距離じゃない。
「じゃあ、モールは?」
電車で十五分のところにある巨大ショッピングモールのことである。映画館も入っており、富、名声、力、この世の全てがそこにあると言われている。
「ああ、まあ、モールなら」
「決定! へいタクシー!」
「はっ!」
タイミングよく車道を走っていたタクシーがハザードをたいて停車する。
「さぁ、乗った乗った!」
断られるような雰囲気ではなかった。
流れるような展開の早さだ。さては銀千代、この流れを何度もシミュレーションしてたな。
タクシー代は銀千代が払おうとしたが、借りは作りたくなかったのでどうにか半額だした。お財布には手痛いダメージだった。コート買う金は無くなった。
「じゃあ、さっそく行こっか!」
タクシーを降りて、早々、銀千代は手のひらを合わせてにこやかに言った。エントランス広場には巨大なツリーがあり、青々とした葉を雄大に空に伸ばしている。寒いのですぐに館内に入ると、暖房とクリスマスソングが優しく出迎えてくれた。施設内は騒がしく、親子連れや若いカップルなどで賑やっていた。
「ああ……」
まあ、ここまで来たら仕方がない。
せっかく服を買ってくれるというのだから、お言葉に甘えて、
「さっそくユザワヤに行こう」
「……?」
銀千代についていく。シマムラの仲間かと思ったら布屋さんについた。布屋?
クエスチョンマークが浮かぶ。
「なんだここ?」
「生地や洋裁の材料が売ってるお店だよ」
手芸用品専門店らしい。
「だよねぇ……」
コートは売ってない。その材料が売っている。どういうことやねん。
「ゆーくん、何色が好き?」
「……青」
「オッケー!」
なにもオーケーじゃない。
こいつまさか一から手作りするつもりかよ。
「いやいやいやいやいや!」
顎に手を当てて布を選び始める銀千代に思わず突っ込んでしまった。
「買おうよ! 素直に!」
「うん。本当は機織りからやりたいんだけど、さすがにコストがかかりすぎるからね……ちょっと、妥協しちゃった」
「いや、布買うだけでも異常だから!」
「異常?」
銀千代は小さく首をかしげた。
「好きな人へのプレゼントに粗悪品を選ぶ人はいないでしょ」
「普通に完成品が売ってるんだからそっちでいいよ!」
「妥協はしたくないから……。安心して、ゆーくん、コミケには間に合わせるから!」
「コスプレイヤーじゃねぇよ!」
どこに俺のコスプレに需要があるんだよ!
「でもゆーくんコスプレ好きじゃん。銀千代知ってるんだよ。検索履歴にコ」
「見るのは好きでも着るのは違うだろ! つか、お前こういうところでそういうこと言うのやめろ!」
「どういうこと?」
「聞くな!」
なんとか銀千代を黙らせ、腕を引っ張ってお店から離れさせた。
「今日のゆーくんちょっと強引」
きょとんとした様子の銀千代を半ば引きずるようにお店から離れる。
「多目的トイレならまっすぐ行ったところにあるよ」
「そんなとこに用事ないッ!」
「そっか、いまもう名前違うもんね。バリアフリートイレ、だっけ?」
「ちょっと黙れよぉっ……」
「うん、わかったよ。お口チャックチャック!」
もうこいつめんどくさい。当初の目的を速やかに終わらせてさっさと帰ろう。平日とはいえ夕方は混み合っている。人の目も恥ずかしいし、できるだけ滞在時間を短くしよう。
「たしか上の階に安い服屋があったはずだからそこに行こう」
手を引っ張って歩く。
「……」
銀千代は照れたように赤くなってうつむいていた。
こいつにも羞恥心があったんだな、と驚く一方で、これでは普通の恋人ではないか、と気付いて慌てて手を離す。
「え……」
悲しそうに銀千代がこちらを見た。
「はやく服屋行こうぜ」
エスカレーターを指差し、歩きだす。銀千代は立ち止まったままだ。
「オテテつながないの?」
消え入りそうな声で小さく呟く。
「いや、人混みすごいし……」
「……銀千代、迷子になっちゃうよ」
拗ねたように下唇を尖らせて呟いた、
「……」
繋がなきゃ歩いてくれなそうな雰囲気だった。
なんとか服屋さんについた。
「んー……」現役女子高生モデルの銀千代は店内を一望し、それから近くにあったコートの手触りを確かめている。
「及第点、かな」なんとかお眼鏡にかなったらしい。
ため息をつく。
「じゃあ、ちゃっちゃっと選んでくれ」
俺には俺に似合うのがどれかさっぱりわからん。
「任せてゆーくん。銀千代はこう見えてもパーソナルカラー診断を極めたんだ。ゆーくんは色白で細身だから、色合い的にはこういう感じの……」
心を飛ばす。
話が長くなりそうだからだ。
こういうときはなにも考えずにオートで頷くのが銀千代と一緒にいるときのコツだ。
「と、いうわけで、このお店にはゆーくんに似合いそうなお洋服はございません!」
五分ぐらいベラベラ説明してそんなクソみたいなことをほざかれた。
「ふざけんなよッ。なんでもいいよ、もう」
立ちっぱなしで気のせいか足が痛くなってきた。
「ファッションに妥協はないんだよ。どうしてもこのお店で買い物したいの?」
「冷やかしとかそういうのがあんまり好きじゃないんだ、俺」
というかはやく終わらせて帰りたいだけだ。
「うん、わかったよ。ゆーくん、それじゃ、レジにいる店員さんにこのお店で一番上等なコートを出すようにお願いしてみるね」
「……別のお店に行こう」
そんな恥ずかしい問い合わせするぐらいなら、冷やかしのほうが何倍もましだろう。
モールの中に服屋さんはたくさん入っている。一軒だめでも次の一軒があるのだ。すぐに決まるだろうと思っていたが……、
「もうさっきの店にしようやぁ……」
五店舗目でたまらずに文句言った。
「だめ! ゆーくんには常に最高装備でいてほしいから!」
「妥協も大事だろ……」
「そんなんじゃいざって時に戦えないよ!」
こいつは一体何と戦っているんだ?
少なくとも俺は時間と戦ってる。
「もう帰りたいんだが」
「……んー、そうだね……。じゃあ、さっきのコートにしようか」
さっきがいつのかわからなかったが、ついていったら一軒目で一番最初に手にしていたコートだった。なめてんのか、と思ったが、早めに終わらせたいので、文句を言うのはやめよう。
「んふふ、試着してみて!」
「いや、いいよ。別にこれで」
俺の試着シーンにはなんの需要もない。
「サイズとかキチンと見た方がいいと思うんだ。ファッションって一番重要なのが、身の丈に合っているかどうかだし」
「ふぅーん」一理あるな。
その場で羽織ろうとしたら、銀千代が試着室を指差した。
「姿見できちんと確かめた方がいいよ」
「そうだな」
試着室の前で靴を脱いで、カーテンを開けて、中にはいる。
「はい、ゆーくん」
コートの袖を広げて微笑む銀千代。
「……なんでお前まで一緒に入ってきてるんだよ」
あまりに自然すぎて突っ込むのが遅れたよ。
「一人で着るの大変だと思って……」
「一人で着れるから外出てろ」
「本当は個室で二人きりで密着したかっただけなんだ」
「はやく、外でろ!」
「はぁーい」
不服そうな銀千代を追い出し、鏡で自分の姿を確認する。
「ふむ」
けっこう良さそうだ。なにがいいのかと言われたらよくわかんないけど、ファッションセンスがある銀千代が選んだ一品なのだから間違いないだろう。値段もそこまでじゃないし、これでいいや。
カーテンを開けて、
「銀千代、これにしようぜ」
と、声をかけると、両腕にたくさんのコートを持った銀千代と目があった。
「わっ、さすが、ゆーくん! よく似合ってるよ! それじゃあ、それは購入だね」
「……お、おう」
「次、これ、はい!」
ぐいっと両腕いっぱいのコートを突きつけてくる。
「一番上のやつとって!」
「は?」
「いいやつは全部買っていこう!」
「いやいやいやいや、一着でいいから!」
「銀千代、お金ならあるから、安心して!」
「そこじゃないよ! コートなんて一着で充分なんだよ!」
「でも二着あっても困らないよ!」
「必要ない!!」
そのあと次のコートを突きつけてくる銀千代をなんとか説得し、一番始めに着たものを購入してモールを出た。
なんだかんだで買ってもらってしまった。
素直にお礼は言うが、男としての面目が保てていない気がする。
浅く吐いた白いため息がオリオン座を曇らせた。
「あっ、見て、ゆーくん!」
ショッピングモールの前にある広場はイルミネーションで輝いている。キラキラと、色とりどりの灯りが来るべきクリスマスを待ちわびていた。
「綺麗だねぇ!」
クリスマスツリーの鮮やかな光を瞳に宿らせた銀千代が微笑んだ。冬の寒さが和らいだのはコートのお陰だけではなさそうだった。




