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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
おまけ1:金守銀千代の旋風
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第46話:十一月に凄惨な精算を


 憂鬱な朝。

 空気は冷たく澄んでいて、一日のうち最も死にたくなる時間帯。

 大あくびをしながら、自宅のドアを開け、数歩歩いたところで、坊主頭の連中に囲まれた。


「……」


 なんだこの状況。

 四人いて、全員黒いスーツを着ている。


「おはようございます!」


 坊主頭の一人が叫ぶと同時に、全員が声を揃えて朝の挨拶をドでかい声でぶつけてきた。

「……おはようございます」

 小さく返事し、横によけてその場を去ろうとしたら、回り込まれてしまった。なんだなんだ、雪代縁の前座か?


「先日はぁ」


 男たちは、大きく息を吸い込むと、何かの発作のように大きく飛び上がり、


「ご迷惑をおかけしぃ、大変申し訳ございませんでしたぁっ!!」


 着地と同時に土下座された。


「は?」


 叫ぶように放たれた謝罪の言葉は、俺の鼓膜を容赦なく震わせ、通勤途中のサラリーマンがギョッとした顔でこちらを振り返った。「気の毒に……」と哀れむような視線を俺に送ったサラリーマンはその数秒後には何事もなかったようにラッシュアワーの駅に向かって行った。


「え、え? なに、え、こ、怖いんですけど!」


 理解不能理解不能理解不能。

 走って逃げだそうとしたら手首を何者かに掴まれた。銀千代だった。


「おはよう、ゆーくん」


「お、おはよう」


 こんな状況だと知り合いが近くにいるだけでなんとなく心の助けになる。


「おい、銀千代、近寄るなよ。なんだかヤバイぞ、この人たち……」


 小さく彼女の耳元でささやき逃げるように促したら、首を横に振られた。


「大丈夫だからゆーくん話聞いてあげて?」


「は?」


「番号!!」


 銀千代が号令をかけると同時に四人は立ち上がって、

「1!」「2!」「3!」「4!」

 と叫んだ。

 お前の仕込みかよ、ちくしょう。


「お、おい、これどういう状況だよ」


「代表、前へ!」


 俺を無視して、謎のやりとりが始まる。

「はいぃ!」

 銀千代の声で一番背の高い坊主頭が一歩前に出た。


「ぼくたち!」


 別の一人が前に出る。


「私たちは!」


 全員で、


「本日、出頭しますッ!!!」


 ……すれば?


「……?」


 なんだぁ、コレェ?

 卒業式かぁー?


 混乱の極地に至った俺は助けを求めるように銀千代を見た。うんうんと首降り人形のように頷いているだけで助けてくれそうになかった。やはり俺の味方は俺しかいないらしい。

 考えろ。

 状況が飲み込めない。

 この坊主の男たちはなに言っているのだろう。

 出頭?

 自主するってことか? 不審者なのは確かだけど、なんの罪に該当するのだろうか?

 どういう……あ!

 閃いた瞬間、代表と呼ばれていた男の口から回答が明かされた。


「先日ぅ、十月末日の夕暮れ時ぃ、ぼくたちぃ」


「私たちはぁ」


「ゆーくんさんに暴行行為を働き、多大なご迷惑をお掛け致しましたぁ!!」


 夕暮れの赤色がフラッシュバックする。

 あいつらか、こいつら!!?

 ふつふつと怒りが沸いてきた。

 こいつらのせいで俺は右手を折って、諸々ひどい目にあっているのだ(現在進行形)。


「心から謝罪申し上げると共にぃ、本日はぁ、反省しに参りましたぁ!」


 よくもノコノコ俺の前に顔出せたもんだなぁ!

「……」

 と怒鳴るのは簡単だが、どうにも様子が変だ。

 大きく息をついて、俺は一旦怒りを鎮めた。


「紅葉もほんのりと色付く今日のよき日にぃ!」


「ぼくたち」


「わたしたちは」


「心から反省を胸に、出頭(はばたき)ます!」


「卒業式風のしゃべり方をやめろ!」


 思わず突っ込んでしまった。


「本気で謝るならちゃんとした対応をしろよ! バカにしてんのか、お前ら!」


「……」


 俺の怒りの声に全員がスンと無表情になった。


「おい、聞いてんのかよ!」


「……」


 困ったように一人が銀千代を見る。

 銀千代は右手を軽く振って「続けて」と声をかけた。お前が親玉か。


「本日は謝罪を意を込めてぇ、お詫びの品をお持ちしましたのでぇ、お納めください!」


「お納めください!」 


「え?」


 一人が一歩前にでる。彼の両手には卒業証書よろしく謎の封筒が乗っていた。

 なんかよくわからないが、貰えるものは病気以外ならなんでも貰おう。


「どうぞ」


 差し出された封筒を受けとる。


「はぁ」


 近くの銀行で貰える封筒だ。封がされていないので中をちらりと見ると、お札が数枚はいっていた。


「え?」


「どうぞ」


「え、あ、はぁ」


 間髪いれず別の一人がまた封筒を差し出してきた。同じようにベロを捲ると、お金がはいっていた。


「どうぞ」


 同じようにお金が。


「どうぞ」


 最後の一人も封筒を差し出してきた。中を見たら遊園地のペアチケットがはいっていた。


「なんでだよ!」


 思わず突っ込んでしまった。


「どういうことだよ!」


「私から五万円です」


「同じく五万円です」


「同じく五万円です」


「ディ◯ニーのペアチケットです。この度は大変……」


 全員で声を合わせて「申し訳ございませんでしたぁっ!!」


「うるせぇ!」


 さっきから繰り返される大声にこの辺りの野鳥は全羽飛び去ってしまった。代わりに野次馬が増えてきている。


「こんなもん受け取れねぇよ! 金で解決できると思うなよ!」


 突き返すが、手を後ろ手に組んで、受け取ってくれなかった。


「まあまあゆーくん彼らも反省してるみたいだし、お詫びの品物は受け取ってあげようよ。刑務所には行ってもらうけど」


 ポンと肩に手を置かれた。さっきからなんだこいつ。


「どういうことだよ、銀千代」


「ん?」


「お前がこいつら連れてきたのか?」


「うん、そうだよ。思ったより時間かかってごめんね」


 にっこりと無垢に微笑む。毒気抜かれる笑みだった。


「いや、……どういう状況なんだ。警察に被害届は出したけど……」


「うん。全然捜査が進んでないみたいだったから、銀千代は銀千代で、個人的に犯人を探してたんだ」


 にぱっーと口角をあげて微笑まれた。


「幸い音声データはあったからね」


 なんであったんだろうね?


「握手会に来てくれてた人の声紋データと照らし合わせて目星はすぐついたんだけど、特定に手間取っちゃって……まぁ、でも一人見つけられたらあとは芋づる式だったよ。ネット掲示板で仲間を募ったみたいで、書き込み見つけてから三日もかからなかったかな」


「それ合法的な手段なのか?」


「……」


 銀千代は笑い顔の仮面をつけたみたいに動かなくなった。ぜったい色々とヤバイ方法使ったな。開示請求がそんな簡単に通るなら日本から匿名掲示板は消滅している。


「ともかく犯人を確定してからは、ゆーくんに謝るように必死に必死に必死に必死にお願いして、ようやく今日叶ったってわけ」


「お願い……?」


 四人を見る。

 襲われたときは目出し帽を被っていたし、元からヤバそうなやつらだったからなんとも言えないけど、全員目が死んでいた。

 よく見るとアザだらけだった。ここ数日で出来たものみたいで、真新しい傷跡が生々しい。なにがあったかのか、想像するのはやめとこう。


「銀千代のせいでゆーくんを傷つけちゃったからね……。だから銀千代、すんごく頑張ったんだよ。えへへえへへへ」


 ゴロゴロと喉を鳴らす猫のように俺に頭を差し出してスリスリしてきた。

 しかし、なぜかな……、ちっとも誉める気がしないのは……。


「えへへへ」


 そのままグリグリ頭を押し付けてくる。無駄にいい匂いなのが腹立ったが、まあ、頑張ってくれたのは確かだ。

 仕方なしに頭を撫でてやった。

「ぬるふふふふっ」と銀千代が気持ち悪い声をあげた、時だった。


「やってられっか!!!」


 一人の坊主頭が鬼の形相で怒鳴った。


「おい、よせ」「やめろ」「オイオイオイ」他の連中が慌てたように声をあげる。本日初めて感情らしきものを見せられた。


「なんで俺がこんなガキのカマセみてぇになんなきゃいけねぇんだよ! くそが!」


 やばい、目がイッちゃってる。冷静に考えたら当たり前だ。こいつらは元々は銀千代のファンでその銀千代と仲良くしている俺を逆恨みして襲ってきたようなキレた連中だ。筋書き通りに進むはずがない。


「お前らもなにビビってんだよ! 元々いきったクソ野郎に制裁するために集まったんだろ! 銀ちゃんがいくら強いって言ったって、四人でかかれば一捻……っ」


 銀千代の飛び膝蹴りが炸裂した。


「ふぐへっ!」


 北斗の拳の雑魚みたいな声をあげて男は吹き飛んだ。

 仲間を募って逆襲を試みようとしたみたいだか、銀千代が許すはずなかった。


「ねぇ」


「あっ、はい」


 残されて呆然とする他の三人に銀千代は冷たい瞳のまま声をかけた。


「タブーを破ったら即厳罰……こいつに言ってなかったの?」


「い、いや、ちゃんと……」


 レイザーかよ。

 銀千代は鼻で息を吐き、


「もういいよ。あなたたち、早く警察に行って。二度と銀千代達の前に姿をみせないで」


「は、はいっ!」


 坊主四人は嬉しそうに去っていった。

 朝っぱらから濃厚すぎる始まりだった。


「ふぅ」


 銀千代は息をついて、首をコキコキならした。恐ろしい女だ。

 あまりの恐怖に暴行され腕を折った怒りがスッーと引いていく感じがした。気は晴れたが、彼らもひどい目にあったみたいだし、今回は示談とかにしてあげよう、と密かに思った。


「ところでさぁ、ゆーくん、遊園地のペアチケット、もらっちゃったねぇ……」


 銀千代が媚びた瞳で見つめてきた。


「だぁれと行く?」


「……」


 仕込みのくせして。


「病院の費用とか、色々と迷惑かけたから、親にプレゼントする」


「えっ」


 想定外の返答に、ショック受けたみたいに、銀千代は口をあんぐりあけて固まった。

 というか、そろそろ行かないと遅刻しそうなんだが。




 


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