第44話:十一月が来たりて秋を語る
「むかしむかし、あるところにゆーくんと銀千代がいました。二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」
「……」
「どうかな?」
「糞すぎる」
深夜のバラエティー番組の企画でオリジナル紙芝居を作成することになったらしい。できたものを幼稚園で読み聞かせするとかなんとか。
日曜日、家でぼうとしていたら銀千代が現れて「何本か作ったからどれがいいか評価して」と頭を下げてきた。
やることもなく暇だったので、付き合ってやっているのだが、さっきからこの調子で話はまったく前に進まない。
時間を無駄にしている感じがする。
「ええ、どこがダメだった?」
「ぜんぶ」
「えー、けっこういい作品だとおもったのになぁ」
脳ミソ腐ってんのか?
持ってきたスケッチブックをペラペラと捲り、唇を尖らせて銀千代は呟いた。
「あ、じゃあ、これはどうかな」
「ちゃんとしたの出せよ」
「タイトル、ゆー太郎」
「……ちゃんとしたの出せよ」
「むかしむかしあるところに、かっこよくて、頭がよくて、ぶっきらぼうだけど、たまにみせる優しさが愛しくてたまらない、誰からも好かれているゆーくんがいました」
俺がいたのかぁ……。
「彼は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人です。それが一番人間にとって大事なことです。ゆーくんなら間違いなく銀千代を幸せにしてくれます」
どこかで聞いた台詞だな、って思ったら、のび太の結婚前夜だった。
「めでたしめでたし」
「終わりかよ」
おめでたいのはお前の頭だよ。
「あのさ、真面目にやんねぇんなら帰ってくんない?」
「銀千代は真面目だよ」
純粋な瞳を向けられる。
くそ、右手が使えたらゲームして時間潰すのに!
「幼稚園でそれ朗読できるのかって話だろ」
「できるよ」
愚問だったな。
「朗読のあと結婚行進曲を銀千代の伴奏で歌うんだ」
「あれに歌ねぇだろ。ともかくちゃんとした話を作れよ」
「えへへー、そう言われると思いまして、次の話ちょっと自信あるんだ」
「タイトルは?」
「ゆー太郎」
「さっきと同じじゃん」
「さっきのゆー太郎とは別のゆー太郎だよ。幸せのカタチは人それぞれだから」
「まあいいや、それでどんな話なんだ?」
「むかしむかしあるところにかっこよくて、頭がよくて、ぶっきらぼうだけど、たまにみせる優しさが切なくてたまらない、誰からも好かれているゆーくんがいました」
もう突っ込むの面倒なので黙る。
「ある日、ゆーくんが海辺を歩いていると、一匹の亀が子供たちにいじめられていました」
いつのまにかゆー太郎が消滅してゆーくんになっていた。
「「やめるんだ! 生きとし生きるもの、そのすべてが命を燃やし、かけがえのない今を生きているんだ! それを奪う権利は誰にもない!」ゆーくんは子供を叱り、正しい道に導いてあげました「」
「……あぁ、そう」
「亀はお礼にゆーくんを竜宮城につれていきました。竜宮城には、可憐で素敵で可愛くてなまらめんこい乙姫様、本名銀千代がいました。ゆーくんはもう、銀千代に骨抜き。二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」
「……」
「どうかな」
「……どうでもいい」
なんか真剣にきいてるのがバカらしくなってきた。
八割ぐらい浦島太郎だし……、くそ改変食らわしてるせいで、物語としての起伏がなくなってつまんなくなってるし。
お前には、ないのか、オリジナリティが……っ!
「よしっ、じゃあ、とりあえずコレが第一候補ね」
しまった、これ、そのままにしてたらテレビで放映されるの忘れてた。
「あ、ちょっとまて、やっぱなし。今の話つまらないから別のにしろ!」
「えー、ダメかな。んーじゃあ、別のね、えーとタイトルが、ゆー太郎」
ゆー太郎の世界線分岐しすぎだろ。
「むかしむかしあるところに、かっこよくて、頭がよくて、ぶっきらぼうだけど、たまにみせる優しさが心強くてたまらない、誰からも好かれているゆーくんがいました」
この前口上は絶対にカットさせよう。
「正義感が強くて熱血漢のゆーくんは、悪道の限りを尽くす悪鬼が許せなくなり、恋人の銀千代と共に、鬼ヶ島に退治しにいくことにしました」
「桃太郎じゃん」
「違うよ、ゆーくん。オープニングもちゃんと聞いて。んんっ。つよくーなれーるー」
無視した。
無駄にうまい銀千代のアカペラを窓の外の晴れ渡る青空をみてやり過ごす。
こんなにイイ天気なのに俺はなんで家で頭おかしい幼馴染みの妄言を聞かないと行けないのだろう。腕さえ折れていなければ、ハイキングとかデイキャンプとかするのに……、嘘だけど。
歌が一段落し、銀千代はスケッチブックを一枚ペラりと捲った。
「鬼ヶ島上陸作戦開始」と書かれていた。ペース早すぎだろ。
「犬猿雉はどこいった?」
「畜生の手を借りるまでもないよ。銀千代とゆーくんの二人で十分。なんでって? 愛の力は無限大だからだよ。あ、でも、将来的にワンちゃん飼いたいな。古い暖炉の家でね。真っ赤なバラと白いパンジーが咲いてて、子犬がいるの。隣にはゆーくん、へへへ、幸せだな」
脱線しすぎだ。
「鬼退治して終わり?」
「うん。ゆーくんに群がってた醜い鬼たちをばったばったと切り伏せて、ハッピーエンド。どうかな」
「なにが面白いの、その話」
「昔話っていうのは教訓があるものなんだよ。この場合の教訓は浮気はよくないよねって話」
「浮気?」
「鬼の名前は桜井華南、花ケ崎夏音、山田美夜、小山日南子、留萌照……」
「……」
「全員死にました。めでたしめでたし」
めでたくねぇよ。
俺とわりと仲良かった女子を全員惨殺して銀千代は微笑んだ。俺は久々にドンびいた。越えちゃいけないラインを考えろ。
「リアルの名前出すのはダメだろ……」
「もちろんテレビではイニシャルトークにするよ。写真にもモザイク加工するし」
「そういう問題じゃない」
「……ゆーくんが浮気しなきゃこんなことにならなかったのにね……」
ぼそりとなんか言われた。
「なんだって?」
「ううん、なんでもないよ」
にっこりと微笑まれた。
ありとあらゆる指摘を無効化する爽やかな笑顔だった。
「子供泣くからこの話はなしにしよう」
かろうじて絞り出した意見に銀千代は「自信あったんだけどなぁ」と不服そうに唇を尖らせた。これ以上なんか言うとぶちギレられそうだったの で「他には?」と訊ねると、
「んー、あとは、そうだなぁ。あっ、銀千代姫はどうかな。凄くいい話なんだよ」
水墨画のような竹の絵をとんと見せられる。
「今は昔、竹取りのゆーくんというものありけり。野山にまじりて竹を取りつつ……」
「つまんなそうだから別のにしとけ」
「いやいや、こっからが面白いんだよぉ。竹の中にいた銀千代にゆーくんがぞっこんラブの一目惚れして、たくさん貢ぎ物して月で結婚式あげるの。まさにハネムーン。二人の幸せはフォーエバー。実はこのお話、リアルを下敷きとしたノンフィクションで」
「やる気ないならこの企画降りたら?」
「やる気はムンムンだよ!」
それを言うなら満々だ。
「銀千代はゆーくんとのラブラブっぷりを令和のキッズたちに知らしめたいだけなんだよ!」
声高々に宣言された。頭を抱えたくなった。
「子供達だって、顔も知らないどうでもいいやつらのノロケ話なんて聞きたくないだろ。もうちょっと真面目に子供のこと考えろよ」
「はっ!?」
銀千代は雷に打たれたようにビクリと体を震わせた。
「た、たしかに!」
大きく頷かれる。強情な銀千代にしては珍しい反応だ。素直になれる心があるなら、まだ救いがあるのかもしれない。
「そうか、そうだよね。これはいわばゆーくんとの赤ちゃんできたときのための前哨戦。ちゃんと子供をあやすことができるかどうか試されてるってことだよね」
救いはなかった。
やっぱこいつなんもわかってねぇ。
俺はひそかに頭を抱えた。
変なスイッチ入っちゃったみたいだし。
「つまりゆーくんとの愛を語らってるだけじゃダメってことだね。戦いは既に次のフェーズに移ったんだ。ありがとう、ゆーくん、大切なことに気づかせてくれて」
「……」
「そうと決まればこうしちゃおれない。今までの話は全部ボツ! 企画立案からやり直さなくちゃ。全世界の人が銀千代のことを良妻賢母と納得してくれるような素敵な話を考えなくちゃ。みんなが幸せになれる、そんな明るい話、銀千代は頑張って作るね!」
拳を握り立ち上がる。
「そうか。応援してる。お前ならできる。頑張れよ」
やる気に満ち溢れているところ悪いが、俺は考えるのがめんどくさくなった。
ああ、ダメだ。最近思考放棄が癖になってきてる。
「ありがとう、ゆーくん待っててね!」
そう言って銀千代は窓を開けて自分の部屋に帰っていった。
初冬の冷たい風が室内に吹き込む。銀千代が居なくなったら出掛けようかな、とか考えてたが寒そうなんでやっぱやめた。青空だけが澄んでいた。
そんな出来事から一ヶ月後、深夜一時に放映された「芋洗バラエティー、にっ転がしやあらへんで!」で行われたオリジナル紙芝居の企画で銀千代はメーテルリンクの「青い鳥」を読み聞かせし、企画をぶっ壊していた。
「幸せはいつもすぐそばにあったのです」
園児全員ポカーン。
「このことから親友かつ恋人のような素敵な関係のことを幼馴染みと呼ぶようになりました。めでたしめでたし」と微笑みながら語りかけるその瞳はカメラ目線で、確実に画面の向こうの俺に向けられていた。
即刻テレビ消して寝た。




