第43話:十一月に彼女は生まれ変わる
注:ここから先はおまけです!
お話は前回で終わっています!
マンネリと罵倒するのはやめてください!
「こんにちは。銀千代改めゆーくんの右手です」
「え、えー」
教室に戻った銀千代は手を叩いて喜ぶ花ケ崎さんにぺこりとお辞儀をして続けた。
「気軽にミギーってよんでね」
きらりと瞳を輝かせて微笑む。
「よ、よくわからないけど、えーと、いつもの感じがするし、銀ちゃん、もしかして思い出したの?」
花ケ崎さんが戸惑ったように訊ねると、とん、と自身の右胸を親指で示し銀千代は微笑んだ。
「ゆーくんのことを忘れるわけないよ。銀千代、記憶力すごくいいんだから。前世の記憶もあるんだよ。前世ももちろんゆーくんとは運命で繋がれた恋人ど」
ムーの読書投稿欄みたいな妄言をはきだす銀千代。何を言っているのかよくわかっていないらしい花ケ崎さんは曖昧に頷きながら涙ながらに「うんうん」と頷いた。ボケたおばあちゃんの妄言をきく孫のような穏やかな光景だった。
「ともかくよかったよ、でもどうやって思い出したの?」
「んふふ。それは二人だけのナイショ。でもヒントを与えるなら「カラダは覚えてる」って、……感じかな」
なに訳のわからないこといってんだ、こいつ。「記憶喪失」とか、やっぱり嘘だったんじゃないか。
「そうなんだ! 自転車とか泳ぎ方とか一度覚えたら忘れない的な? あれ、つか、そんで右手ってどういうことなの?」
「銀千代のせいでゆーくんが右手使えなくなったことは事実だから、ゆーくんの右手の代わりに銀千代が右手になるの」
さっきからこの調子なので俺は無視してスマホでソシャゲしている。花ケ崎さんに「相手しない方がいいよ」と忠告したのだけど、元に戻ったことが嬉しいのか、彼女はずっと話しかけている。
「そうなんだ。たしかにトワさん右手使えなくて大変そうだもんね」
「うん。これより銀千代はゆーくんと共にあり、ゆーくんの運命は銀千代と共にある。契約はここに完了したの」
むふっーと鼻息荒く宣言される。そんな契約を結んだ覚えはない。
「いつも通りの銀ちゃんで安心したよ」
ほんとにそうか?
花ケ崎さんが若干引きながら愛想笑いを浮かべた。
「でも右手になるって具体的になにするの?」
「ゆーくんの右手がやってた仕事をするんだよ。あーんしたり、代わりにノート取ったり、あとは……ゆーくんのゆーくんの……ふふっ、文字通り右手が恋人ってこと。んふふ」
「?」
意外と純情な花ケ崎さんは首をかしげた。
「えっと、ともかくめでたしめでたし、だね! トワさんすごい落ち込んでて見てられなかったから、アタシもほんと嬉しいよ!」
「その節はご心配おかけしました」
ぺこりとお辞儀して銀千代は顔をあげた。
「花ケ崎さんにはお世話になったみたいだね。ありがとう。それじゃあ二メートルに入ってるから、あっちいって」
「ふふっ」
嬉しそうに花ケ崎さんは「はぁい」と返事をして去っていった。あんなに心配してくれて友人に対してひどい仕打ちだ。いつも通りと言えばいつも通りだが。
「さてっと」
銀千代が振り返り、俺の横に机を引きずって持ってきた。
「今日もよろしくね」
と微笑んで、席に座る。
「いや、お前の席ここじゃねぇだろ」
思わず突っ込んだら、
「銀千代の席は常にゆーくんの隣だよ」
とキョトンとした瞳で返された。
「いや、ちげぇよ。俺の隣、土見さんだから」
土見さんは呆然として、こちらを見ていた。
「席代わったよ」
ちらりとそちらを向いて銀千代が声をかけた。過去形かい。
「え、いや、え?」
土見さんは戸惑っている。友達と雑談してたら、席を奪われたのだから当然である。
「雑司ヶ谷くんの隣だからいいよね。土見さん、雑司ヶ谷くんが好きって言ってたし」
「ちょっ、ちょっと金守さん!」
デリケートな問題をナチュラルにばらした銀千代はいたって当たり前のように俺の隣に腰を押し付けた。
「よしっ」
よし、じゃねぇよ。
「あんまりこういうこと言いたくないけどさ」
「みんなが見てるもんね。でも大丈夫、ゆーくんが銀千代のことが好きってこと、ちゃんと、わかってるから」
「違う」ため息ついて続ける。
「お前、俺のこと忘れてた方がかわいかったぞ」
「!?」
銀千代は目を見開いた。
「なんていうか、媚びたところがなくて、よかった」
「引くことを覚えろカスってこと?」
「いや、そこまでは言ってないけど……、ちょうどいい距離の取り方、というか。なんにせよ、適度だったな」
「引くことを覚えた銀千代はまさに究極生命体って感じだけど、個人的に楽しくないから、あの状態になるのは難しいかな……」
「どういうことだよ」
「女の子は常に「今」が一番かわいいんだよ。昨日の銀千代に今日の銀千代が負けるわけないから」
「いや、ほら、性格的にね……もうちょっと慎みがあるほうが……」
「好きな人の隣にいるのに、自分を偽ることなんて不可能だよ。落ち着いてなんていられないもの。自分をごまかしてまでゆーくんを愛することはできないの。だってゆーくんは常に等身大の銀千代が好きだから」
銀千代は鞄から筆記用具を取り出して、机に広げた。
「好きな人が横にいて、心臓が高鳴らないなら、それは偽物」
ハミングしながら、ノートを広げる。
「銀千代の高鳴り、心臓触って確かめてみる?」
胸をわざとらしく机の上に乗せ、にやりと笑う。丁重にお断りした。
「さてと、ゆーくん、右手になんでも命令してね」
頼んでないのにさっきからこの調子だ。
「ノートは鈴木くんの写メさせてもらってるから問題ないよ」
「問題あるよ」
銀千代が広げていたのは俺のノートだった。なんで持ってんだよ。
「鈴木くんのノートは鈴木くんの筆跡。だけど銀千代がノートをとればゆーくんの筆跡になるんだよ。どっちがいいかなんて火を見るよりも明らかだよね」
鈴木くんだ。
「ともかくノート取るのに困ってないからあまり俺に構うな」
「それは無理だよゆーくん。銀千代とゆーくんは最早二人で一つなんだから。離れたくても離れられないの」
「断固拒否する」
「拒否するの拒否するね」
人の話聞けよ、おい。
「こればっかりは譲れないかな。ゆーくんを守護もるために、銀千代は生まれて来たんだから」
「たしかに骨折は不便だけど、べつに誰かの手を煩わせるほどじゃないんだって」
「我慢は体に毒だよ。後で落研から羽織借りてくるから一緒に着ようね」
こいつ俺と二人羽織するつもりかよ。絶対に嫌だ。
「はぁー。楽しみだなぁ、ゆーくんと一緒に熱々おでん食べるの……」
なんでリアクション芸人みたいなことしないといけないんだ。
「ともかく困ってないから手助けは不要だ。はっきり言おう、迷惑だ」
「ううん。助けとかそういうのじゃないの。それが自然なんだよ。自分の体の一部に感謝している人はいないでしょ。銀千代のことはそういうものだと思ってくれればいいから」
銀千代が謎理論を展開させた時、先生が入ってきた。一時間目の古典の始まりである。
「さ、おしゃべりはここまで。勉強に集中っ!」
ぴしっ、と俺の唇に人差し指をくっつけた。俺の右手はそんな動きしない。
それから一日大変だった。
お昼は「あーん」してくるし、「オプションでふーふーつけとくね!」っと冷めたミートボールを突きつけてくるし、元通りのイカれっぷりを発揮してくれた。
「なんだかんだでここ最近平穏だったんだなぁ……」
帰り道、銀千代が鞄を持ってくれた。感謝すべきなのかも知れないが、正直断ってるんだから持たないでほしかった。
「そんで、お前、どこまでついてくるつもり?」
「無論、死ぬまで」
平然と言ってのけた銀千代は、当然のように家に入ってきて「あ、ただいま和子さん」と母さんに挨拶した。そこはせめて「お邪魔します」にしてほしかった。ここはお前の家じゃない。
「あ、銀千代ちゃん、思い出したの?」
それを見てホッとした様子で母さんが声をかけてきた。悲しいことに、誰が見ても元通りらしい。
「はい。ご心配おかけしました。お陰さまで全部思い出しました。私の名前は金守銀千代、16歳、髪の色、黒、瞳の色、ブラウン、職業高校生……兼ゆーくんの右手!」
「え?」
BLEACH風の自己紹介をかまし、銀千代はふんぞり返った。
「右手って……あ、折れてるから介助してくれるってことかしら?」
「はい。やっぱり奥さんとしてそれぐらいは当然かなって思いまして」
「奥さんって……」
「あ、お嫁さんです」
ポリコレに配慮してんじゃない。
さすがに付き合いの長い母さんは慣れてるみたいで、小さく鼻で笑って続けた。
「そう。ま、ウチだったら私がいるから大丈夫よ。みんな心配してたからはやくオウチに帰ってあげなさい」
「でも、ゆーくんのお世話が……」
「いいから。お父さんとお母さんが心配してたんだから、ちゃんと応えてあげなきゃダメよ」
「……わかりました」
銀千代は小さくこくりと頷き、決意を込めた瞳を向けた。
「せめてお風呂は手伝わせてください」
「……」
気まずい沈黙が落ちる。
親の前でなんてこと言うんだ。
母さんがちらりと俺を見てきた。
付き合ってるんだったらお願いするのもありかもね、みたいなそんな瞳だった。誤解である。
「俺、一人で入れるから……」
絞り出すように返事する。
母さんは俺の返事を受けて無言で銀千代に視線をやった。
銀千代は一歩前に踏み出して、叫んだ。
「銀千代はただ右手として、ゆーくんをキレイキレイしてあげたいだけなんです! 右手がダメならせめてスポンジとして置いてください! 全身使ってご奉仕しますから、ここで働かせてください」
「帰れっ!」
右腕、早く治ってくれぇー!
どうでもいいですがジャンルをコメディにしました(元は恋愛)。ホラーにしようかと悩みました。




