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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
最終章:金守銀千代は砕けない
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第42話:Shine On You Crazy Diamond 1


 銀千代が記憶喪失になった。



 出落ちみたい展開だが、事実だ。

 正確には解離性健忘といい、一般的な知識はそのままに、俺のことだけをスッパリ忘れてしまったらしい。


 彼女がこのような状況に至った理由を、「罪悪感」だとポールは分析したが、実際のところどうなのだろうか。

 なんにせよ、物事にはきっかけというものが存在し、

 事件があったのは、十月中旬。


 芋洗坂39のオンラインライブ開催日だった。


 当然センターである銀千代も参加する予定になっており、

 オンライン配信のチケットを貰った俺も、変に意地をはるのもをやめて視聴する予定をたてていた。

 学校帰り、コンビニでつまみを買って帰宅していた時だ。


「お前がゆーくんだな」


 背後から声をかけられた。野太い男の声だった。

 振り返ると、体型も身長もバラバラの目出し帽を被った四人の男が立っていた。

 またかよ。

 と、瞬時に状況を理解した俺は返事をするより先に駆け出したが、すぐに取り押さえられ、羽交い締めにされた。

 辺りに人気はない。日が暮れて、すっかりゴーストタウンである。

 助けを求め、悲鳴をあげても、誰かが来てくれるなんてことはなく、そのまま雑木林の茂みに引きずられた。現実は非情である。

 そこから先はあまり思い出したくもないが、なんていうか、まあ、その、ボコボコにされた。


「二度と銀ちゃんに付きまとうなよ!」


 リーダーっぽい男が俺に吐き捨て、腹部に一発蹴りを入れて、去っていた。

 えー、俺ェ? と思ったが、

 反論の余地は一切くれず、代わりに酸っぱい唾がたくさん出た。

 現代日本にあるまじきリンチである。


 俺はうずくまったまま、スマホを取り出し、警察に通報しようとしたが、壊れているらしく画面がつかなかった。

 チキショウ、と口内で小さく呟く。

 いまが何時かわからない。

「はぁ」

 ため息をついて、目をつむる。カラスの鳴き声が重なりあうように響いていた。

 最悪だ。湿った土と血の味が口内に広がった。

 仕方ないので、立ち上がり、数歩歩いたところで、腕の関節に激痛が走った。

「っ!」

 ミリ単位で動かしても痛ぇ。

 さっき転ばされた時に、受け身を取り損ねたのだ。全身痛いが、右腕は段違いだ。あぁ、嫌な予感がする。


 それからなんとか自宅に帰り、母親に驚かれたあと、付き添ってもらって病院に行った。

 骨折していた。ギプスで固定してもらい、すぐに警察に被害届を出した。諸々の処理を終わらせ、家に帰った時にはライブ疾うに終わっていた。


 散々な目にあった。

 骨折した腕を庇いながら寝るのは、文字通り骨が折れそうだ、とちょっと上手いこと思いながら、

 自室に戻り、電気をつけたら、ベッドの上で銀千代が正座していた。


「うおっ」


 ナチュラルに不法侵入だが、日常風景過ぎて今さら咎める気も起きなかった。ステージ衣装を着ている。ふりふりで可愛らしい服装だった。


「ゆーくん、ライブ観てく、うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 俺と目が合うと同時に絶叫された。


「どぉぉおしたのぉ!?」


 いまは一番耳が痛い。銀千代は弾むように立ち上がり、大粒の涙を流しながら俺に駆け寄った。


「なんで、なんで、なんで、なんで、怪我したの!? どこで!? What happened to you!?」


 驚きすぎて日本語を忘れたらしい。

 まあ、気持ちはわかる。

 いまの俺は、至るところにガーゼを貼られ、腕は包帯で吊り下げられていた。シャワーは浴びたが、ボロボロなのは変わり無い。


「なんでもない。ちょっと疲れてるからゆっくりさせてくれ」


 普段の銀千代からは想像できないほどあたふたと狼狽えながら、首をブンブンと利かん坊のように振った。


「な、なんでもなくないよ! 銀千代がいない間に何があったの!?」


「なんでもないって」


「ゆーくん、二人の間で隠し事はなしっていつも言ってるでしょ!」


 そんな約束していないが、反論するのも面倒くさいので、


「階段でこけたんだよ」


 テキトーに答える。


「ちょっと待ってて。三分でその階段平らにしてくる! どこの!?」


「しなくていい」


「……え、でも、……あれ、なんで、頬に殴られたあと、みたいなの、あるよ……? もしかして。誰かに、やられたの? なんて、なんてことを……。お願い、教えて。誰? 任せて。然るべく報いを与えるから」


 だから教えたくないんだよ。

 彼女の瞳はどこまでも深く黒く沈んでいく。

 肌がひりついた。


「うるせぇな。なんでもないって言ってんだろ」


「やだやだやだよ、ゆーくん、だって……そんないっぱい怪我して……あぁ、擦り傷、血が、ゆーくんの細胞が……ああ、そ、そうだ……っ!」


 銀千代はフグフグと泣きながら、なぜかポケットからスマホを取りだし、ワイヤレスイヤホンを耳につけてから、暫し無言になった。この間、五秒。


「何してるの?」


「……ちょっと待ってて……」


「……?」


 真剣な表情だ。情緒不安定にも程がある。とりあえず保険証をタンスにしまっていたら、しばらくして銀千代は目を見開いた。


「あ、ああ! ああああ! あああああああああああああああ! なんてこと!」


 イヤホンとスマホをぶん投げて、銀千代は膝から崩れ落ちた。


「ゆーくん、銀千代のファンの人に襲われたの……!?」


「……」


 いまは何より目の前の女がそれを知った手段のほうが怖かった。


「そんなそんな……ああ、ごめんなさいごめんなさい。銀千代のせいだね。銀千代がバカなことしてきたから、嗚呼、ごめんなさいごめんなさい……」


 ぶつぶつ呟きながら、銀千代はどんどんうなだれていき、最終的に土下座みたいなスタイルになった。


「いや、別にお前は悪くないだろ。それよりどこに盗聴機を仕掛けてるのか教え」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「いや、しつけーよ」


 右手を動かすと痛いので、左手で肩をつかむ。


「もう帰れって。お前もライブで疲れてるだろ」


「ごめ?」


 新しいポケモンの鳴き声みたいな返事をされた。


「帰れって言ったんだ.うるさいし何時だと思ってんだよ」


 ともかく寝たかった。全身痛いし、暑いし、イライラしてしょうがないのだ。


 銀千代は動かない。ひたすら壊れたテープみたいに「ごめんなさい」を連呼しているので、さすがに我慢の限界だった。


「だぁかぁらぁ、帰れっ! 邪魔なんだよ!」


 思わず怒鳴り付けたら、ピタリと銀千代の呪詛のような謝罪が終わった。


「早く出てけって」


「……っ」


 ぶつん、電気が切れたみたいに、銀千代は小さく呻いた。


「……」


 びくりともしなくなった。


「銀千代?」


 へんじがない。


「おい」


 左手でおもいっきり突き上げると、銀千代はそのままごろんと仰向けに転がった。白目を向いて失神していた。


「は?」


 死んだカナブンのようだった。

 ピクリとも動かないが、呼吸はしているので、生きているのはわかる。


「はぁ」


 大きくため息をついて、俺はリビングにいる母さんに助けを求めた。


 銀千代を母さんに預けて、ようやく俺はベッドに潜り込むことができた。

 痛くて寝付きは悪かったが、なんとか眠ることができた。疲れきっているからか、夢を見ることはなかった。

 朝起きたら、傷も痛みもなくなってないかなぁと淡い期待を抱いたが無理だった。めっちゃ痛かった。


 怪我の経過観察のため、病院にいく。学校には連絡し、一日休むことにした。体が、心が、休息を求めていた。

 それはそうと骨折のせいでゲームができないのが辛い。のんびりしている最中、銀千代は一度も家に来なかった。ようやく人の話をまともに聞くようになったらしい。珍しいこともあるもんだな、と思っていたら、夕食の時に、母さんが神妙な顔つきで教えてくれた。


「銀千代ちゃん、あんたのこと忘れてしまったみたい」


 その時は冗談だと思って「はいはい」と軽く笑って流したが、

 翌日の朝、教室について、


「おはよう、……ございます」


 隣の席の銀千代が俺にペコリとお辞儀をしてきたので、母さんの話が冗談では無かったことを知った。

 丁寧で他人行儀な、そんな朝の挨拶だった。まるで誰かを見送るみたいな、そんな瞳をしていた。



あと数話で一旦締めたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 銀千代の愛が伝わるエピソードでした。 ゆーくんへの罪悪くんだけで記憶障害をおこすなんて、銀千代の誠実さがわかりますね。 銀千代、可哀想。ゆーくんの愛の力で銀千代を直して上げて欲しい。 […
[一言] え? え? え?
[良い点] 想定外の展開 めちゃくちゃ面白いです [一言] つ、続きが...ぜ、ぜひともよろしくお願いします...!
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