第40話:十月の少女は紙面に踊る
「ゆーくん、大変大変!」
ベッドでゴロゴロしながら漫画読んでたら、窓をガラリと開けて銀千代が入ってきた。
「お前はいつも大変だよ」
「文春砲されちゃったぁ」
「なんだって?」
「ほら、これ」手に持ったスマホの画面を見せてきた。
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【人気アイドル金守銀千代(16)が地味系男子とおうちデート!】
芋洗坂39の不動のセンター、金守銀千代(16)が同じクラスの地味系男子Uと交際していることがわかった。
オンライン取材班が仲睦まじく歩く姿や自宅デートの撮影に成功、金守はUの実家の合鍵も持っており、二人はすでに同棲を通り越した親公認の仲だという。
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「……」
一旦顔をあげる。
「ちょっと待って。お前、うちの合鍵持ってんの?」
「うん! なにかあったときすぐ入れるように!」
朗らかな笑顔で頷かれる。
「なにか起こしそうなやつが言うな。いますぐ捨てとけよ、それ」
「捨てるなんてとんでもない! もしヤバイ人に拾われたら大変だよ!」
「いま持ってるやつが一番ヤバイやつなんだよ!」
「……?」
こてん、と首をかしげられた。くぅ、通じんか。
「それになんだよ交際って! この記事まるっきり間違ってんじゃん! ふざけんなよ」
「本当だよね! 交際なんて小学生ぐらいで終わらせたのにね。メディアっていつもそうだよ。誤った情報を我が物顔で発信するから好きになれないな」
「ちょっと待って。たぶん認識に齟齬がある」
「ん?」
「まず俺とお前は付き合っていない、オーケー?」
「うん」
「ちなみに聞くが俺とお前の関係はなんだ?」
「奥さんと旦那さん」
「……ちがう」
「え? あ、お嫁さんと旦那さん」
「違う。ポリコレに配慮しろという意味ではない」
「むぅ、じゃあなんて呼んだらいいの?」
「知るか。いいか、大前提として、まずお前と俺は結婚していない」
「まだね!」
「まだ、というかこれからもですが……」
「……?」
また、こてんと首をかしげられた。
「それよりゆーくん、続き読んで! ほんとに深いところまで知られちゃってるみたいなんだよ!」
とりあえず反論は読んでからにしよう。
仕方なしに目を落とす。
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・お相手は幼馴染!?
九月に放映された「エイリアンVSスペースメガシャーク・オブザデッド」では主人公の妹役を熱演。その高い演技力とルックスでたちまち話題になった金守銀千代は、いまや知らぬ人はいないほどのトップアイドルだ。
そんな彼女のハートを射止めたのは同じクラスの男子生徒Uで、なんと金守の幼馴染みだという。
目にかかるほどの長い前髪に一度も染めたことが無さそうな黒髪、身長は170センチほどでけして目立つような容姿ではない。
そんな地味系男子の彼がどうやってトップアイドルと付き合うに至ったのか我々は彼らの学校の生徒たちに取材した。
・きっかけは文化祭
「交際が始まったのは去年の秋ごろ。文化祭の時に、Uくんのほうがコクって、銀ちゃんと付き合い始めたみたいです。はじめはアイドルということもあり、隠していたみたいですけど、二人の愛は深まるばかりで、今では学校公認の仲ですよ」(共通の友人H)
昨年の十月末に行われた文化祭でUが金守に告白、その場のノリで盛り上がり、口づけし合う姿をたくさんの生徒が目撃している。
生徒の中に芋洗ファンは多数いたものの、盛り上げ上手の金守のパフォーマンスと解釈していたため、話が漏れることはなかった。
また、今年の二月に千葉県のショッピングモールで行われたバレンタインのプロモーションイベントでは、金守出演のフラッシュモブのお相手にUを指名しており、なんとも公私混同な仲の深め方をしているようだ。
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「……」
「ゆーくん、どうしたの?」
「いや、え、ちょっとまって」
銀千代の方を見る。
長いまつげに大きな瞳。すっきりと通った鼻筋にぷっくりとした唇と頬。
いや、たしかに美人だけれども。
こいつに、俺、告白したことになってんの?
ええー。
「ゆーくん、大丈夫。たとえ世界が敵に回ったとしても銀千代だけは味方だよ」
拳を握ってじっと俺を見つめる銀千代。
世界を敵にしたのはお前で、俺を巻き込んだのはお前だ。
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・Uはファン離れを懸念
金守ファンの間でUの存在は度々噂になっていた。Uの持ち物と同じものを金守がおそろいで持っていたり、ペアルックで外出したり、ブログの写真などでは男性の体の一部が写りこんでいたからだ。
その度金守の所属事務所は彼の存在を否定し続けたが、二人の愛の深さは庇いきれるものではなかった。
今年の八月、神奈川県のビーチで水を掛け合う姿が目撃されており、取材班はそのことでUに直撃を試みた。
――アイドルオンラインです。暑いなかすみません。金守銀千代さんとお付き合いされているUさんですよね?
U「付き合ってないです。ただの友達です」
――先月、二人で海に行ってる様子をたくさんの方が目撃されてますけど、銀千代さんのことはお好きなんですか?
U「すみません、自分、急いでるんで」
我々の質問を遮り、足早にUはその場をあとにした。
金守がアイドル活動をしているということでファンが離れることを懸念しているようである。
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あーこれ、こないだ図書館向かったときに話しかけてきた人たちだ。こんな紳士的じゃなかったし、捏造報道じゃねぇのか、これ。腹立つな。
まあ、一番腹立つのは、
「銀千代、また俺の私物を揃えたな」
「た、たまたまだよ。ゆーくん」
「たまたまで俺の服装とお前の服装が被ることはねーんだよ!」
今日は外出の予定がなかったので、部屋着は松崎くんからプレゼントされたネタシャツで、「納豆」という文字がプリントされていた。銀千代も同じ服を着ている。
ちなみにスマホも腕時計もなにもかもがお揃いである。
「で、でも、ゆーくん、スマホの操作でわからないときすぐ聞けてある意味便利だな、ってこないだ誉めてくれたじゃん」
「皮肉だよ」
ポジティブに考えることで己の心情を誤魔化しているのだ。わかれよ。
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・本人へ取材! その衝撃の回答!
平日ほぼ毎日金守はUの自宅に泊まっているらしく、その様子はまさに通い妻である。
某日、Uが外出して数分後、時間をズラすように同じ家から出てきた金守に取材班は直撃を行った。
――アイドルオンラインです。金守銀千代さん、こちらのお宅は金守さんのご自宅ではないですよね?
金守「こんにちは。見られちゃったかー。そうだね。……見なかったことにしておいて。ないしょないしょ」(ぺろりと舌を出す)
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「お前、このやろう! また勝手に人ん家に入ったな!?」
「あ、しまった! くぅ、内緒って言ったのに。なんでばらすのかな。この記者の人」
それが仕事だからだ。
「何回言ったらわかるんだよ! 人の! 家に! 勝手に! 入るな!」
「でも、ゆーくん、銀千代はもともと行く所や居場所なんてどこにもなかった女なんだよ……この国の社会からはじき出されて……銀千代の落ち着けるところは……ゆーくんと一緒の時だけなんだよ……」
「アバッキオで誤魔化せると思うなよ!」
つかみかかろうしたら、
「ありがとう。銀千代も大好きだよ!」
抱きつかれた。
「く、くそ」
つきはなそうとするが、離れてくれなかった。
「はーなーれーろー!」
「やっぱりゆーくんの胸が一番落ち着く……」
「くっ」
すりすりと頬擦りされる。
数秒後、何とか引き剥がすことに成功した。
「それで、ゆーくん、記事全部読み終わったの?」
「……あと、もう、少しだ」
なんで、こんなに疲れなきゃいけないんだ。
肩で息をしながら再びスマホの画面を眺める。
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――交際されている方がいると話題になってますが、本当でしょうか?
金守「交際? 付き合ってる人はいないけど」
――同棲されてるんですか?
金守「同棲? なんの話をしてるんですか? 母様と父様といっしょには住んでますけど」
――こちらの男性とお付き合いされているんですよね?(写真を見せる)
金守「あ、Uくんのこと言ってたの。それにしても写りが悪いなぁ。もっといい写真あげるよ。はい」
【その時渡された写真】
(正面からの撮影だが、目線がこちらを向いていないため隠し撮りだとわかる)
――お二人は交際されていないんですか?
金守「交際というか、そういう段階はとっくに通りすぎかな? Uくんと銀千代の関係はそんな安っぽいものじゃないからね」
――友達ということですか?
金守「話聞いてた? 銀千代とUくんはもう家族みたいなもんなんだよ。あ、ごめんなさい」(スマホを見る)
――どうしたんですか?
金守「ああ、なんてそんなに楽しそうに……(長い沈黙)。ゴミ虫が……っ! なんで邪魔するの! だめだよ! ああ……」
――金守さん?
「……それじゃあ、もういかなきゃだから。さようなら」
そう言うと金守は記者に一礼し、走って行ってしまった。
金守の所属事務所に確認したところ「プライベートなことは、本人に任せております」と回答があった。
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「ね!」
と嬉しそうに銀千代が微笑んだ。
なんで嬉しそうなんだよ。
「おまえ、どうすんだよ」
「一般人の皆さんにばれちゃったらしょうがないよね。じゃ、結婚すっか!」
「するわけねぇだろ」
ため息をつく。
面倒なことになった。
おれはただ平穏に暮らしたいだけなのに。
スマホを銀千代に返してから、ベッドの上に放置されていた読みかけの漫画を棚に戻す。
「この記事、どんな感じの反響受けてるの?」
「んー、どうだろうねー。はい」
銀千代がささっと検索し、出てきたページを見せてくれた。
大抵が「いつものメンヘラ営業」とか「かわいいから許す」とか「銀千代なら俺の横で寝てるよ」とかそんなコメントばかりだ。あまり真剣に受け止められていないらしい。そういう話が多過ぎて、ファンは本気に取り合っていないようだ。
一部の過激なファンが銀千代のCDを叩き割ったりしていたが、反応は冷ややかである。
「お前のファンすげぇな」
「なにが?」
「いや、普通自分が推してるアイドルに熱愛が発覚したら、キレるだろ」
「なんで?」
「なんでって……アイドルってそういうもんだろ」
「そうなのかな。銀千代はよくわからないけど、自分の好きな人が幸せならそれが一番の幸せなんじゃないかな」
どの口が、と言いかけたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
銀千代が関与しないところでの俺の幸せは破壊しようとするくせに。
「まあ、大事になってないならそれでいいんだけど……」
好意的なコメント欄を眺めながら呟く。よく分からない連中だ。
「まあ、これに懲りたら、大っぴらに俺に付きまとうのはやめろ」
「うん。ごめんなさい。今度から気を付けるよ」
「本当にわかってんのか?」
「今度からこっそり付きまとうね」
サイコパスかなぁ?




