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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
最終章:金守銀千代は砕けない
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閑話4:ヤンデレメンヘラかまってちゃん―その血の記憶 中


 正直、このポール・マッカートニーという男を、俺は一切信用していない。

 名前も絶対偽名だし、なによりも、以前、しょうもないドッキリにはめるために、俺の不安感を無駄に煽ったからだ。

 だが、先程の話、

 くれ、なんたら、病については少し面白かった。


 もし、銀千代がまともになってくれるなら、それに越したことはない。

 助手席に座り、シートベルトを閉めるのに、それ以上理由はいらなかった。


「どこに向かってるんですか?」


 車窓にどんどん緑が増えてくる。

 さすが地方都市。しばらく進めば、景色はすぐにド田舎に変わる。

 

「ギンティヨの母親、金守ヤティヨ、旧姓銀野ヤティヨの故郷だよ」


「……」


 銀千代のお母さん、そんな名前だったんだな、って一瞬思ったが、ポールの独特なイントネーションのせいで、変な感じになってるだけと気がついた。


「なんでおばさんの故郷に?」


「サンプルはできるだけ多い方がいい」


 先程と同じ事を言い、ポールはハンドルを回した。


 しばらく行くと、田園風景がひろがった。

 稲穂が秋の日差しを浴びてキラキラと輝いている。収穫時期はまもなくだ。稲架掛けが行われている田んぼもある。

 ふむ、あの田んぼの植え具合ははやや密植だな。なかなか良いお米が育っている。

 俺の田んぼも見習わなくては(ゲームの話)。


「銀野家の女性は、みな、嫉妬深くて有名だそうだよ。昭和の始めごろ、銀野の血縁の女性が、愛人の男根を切り取って殺害したこともあるとか」


「……」


 コンビニで買ったコーラを飲む。

 温くなって、炭酸も抜けかけているので、あまり美味しくない。

 気分が悪くなってきた。車酔いだろうか。とりあえず遠くを見る。看板の地名は全く見知らぬものになっていた。


「……どれくらいでつきますか?」


「そーさねー。もうすぐだと思うけど。ぼちぼち鬼里に入る。ヤティヨの育った町だよ」


「おにざと?」


「おっと、旧名だった。いまは綺羅星ニュータウンだった」


「名前変わりすぎじゃないですか?」


「縁起の悪い地名だと人が集まらないからね。平成の大合併の時に未来感あふれる名前に変えるのはよくあることなんだ。だけど、地名というのは意味もなくつけられていたものじゃない。鬼里っていう名前にもちゃんと意味があったんだよ」


「……」


 なんでこいつ外国人なのに平成の大合併のこと知ってんだよ。


「昔、この辺りには鬼が出た、と噂されている」


 ナビ画面に「綺羅星ニュータウン」と表記が浮かんだ。


「鬼?」


「紅葉伝説というのは知ってるかい? 長野県の戸隠山に伝わる伝説で、妖術を使い、山賊を集め、朝廷の転覆をはかった鬼女紅葉を平維茂が退治したという話」


 そんな話知るわけない。日本人の俺より日本の昔話に詳しい外国人だ。


「だけど、鬼女紅葉の暮らしていた村では彼女はすごく慕われていたらしい。鬼などいないという意味で彼女のいた土地は鬼無里(きなさ)という地名があてがわれるほどに」


「はぁ」


「これと同じような伝説がこの辺りにも伝わっているんだ。身内には優しく、外敵には容赦なかった鬼が住んでいた、としてね」


「へぇ。地元なのに知りませんでした」


 といってももう三十分近く走り続けている。フロントガラスは見慣れぬ景色だ。


「そして、銀野家はその鬼の子孫だと伝えられている」


「……」


 銀野は、銀千代の母親の旧姓。たしか金音の名字が銀野だったはずだ。

 え、つまり、銀千代は鬼の末裔?


「だからちょっと銀野の血を引く人たちの遺伝子を調べに来たって訳だよ」


 雑な鬼滅だ。

 シートベルト外して、そのまま車外に飛び出そうかと考えた瞬間、


「!?」


 急ブレーキが踏まれた。


「うおっ、あぶなっ、え!?」


 車体が傾いで、前のめりになる。シートベルトが胸を締め付けた。


「……!」


 人影の無い、ドがつくほどのいなか道だ。急に飛び出してくるなんて、故意以外にありえない。

 道の真ん中に麦わら帽子を被ったおじさんが立っていた。


「びっくらこいたぁ」


 のんきな口調でポールは呟いた。

 おっさんは何もせずじっと立っている。

 退く気配はない。

 数十秒待っても、マネキン人形のようにおっさんは動かなかったので、しびれを切らしたポールは窓を開け、

「すみませぇん、よってください」と声をかけた。


「……あんたら、この上に行こうとしちょるんか?」


 道は少しずつ坂になり、山道へと続いていた。


「イエス。その通りでございます」


「悪いこたぁ言わねぇ、帰ぇりな」


「……ウワッツ? なんでですか?」


「……あの山のテッペンにゃあ、鬼の一族が住んじょる」


 おっさんはそういうと、脇道によって、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。

 ただならぬ雰囲気だった。

 いやな予感がする。


「……いまのなんだろうね?」


 ポールが首を捻りながら窓を閉めた。


「んじゃ、気を取り直してレッツらゴー!」


「ちょっとまてって!!」


 気にした風もなくアクセルを踏もうとしたのでたまらず呼び止める。


「ん?」


「いまのこわい話にありがちな危機を知らせる村人ってやつだよ!」


「なにそれ?」


 なんで日本文化に無駄に詳しいくせにこれは知らねーんだよ。


「ホラー映画のフラグみたいなもんで、ああいう意味深な忠告を無視したバカな若者が殺人鬼に惨殺されたりするんだよ」


「へー、そーなんだ」


 と頷いて、車は滑るように前進し始めた。


「いや、止めろよ! ちょっと止まって、作戦考えようって」


「僕はバカじゃないから、大丈夫だよ」


 白い歯を見せて、微笑まれる。


「いや、そういうことじゃなくて」


 だめだ、こいつ。無駄に自信過剰だ。

 俺の声を無視して、車はのんびりと走り続けた。


 蛇行する山道を行くこと数分、


 ポンと弾むような音がして、

「目的地に到着しました。ルート案内を停止します」とカーナビが停止した。


「ついたー」


 ポールは車を道端によせ、ギアをパーキングにいれエンジンを切った。

 路駐だが、緑のおじさんは来そうにないので、駐禁を心配する必要は無さそうである。

 ドアを開けて車外に出る。

 土の湿った匂いが鼻孔を抜ける。鳥のさえずりが聞こえてきていた。山の中だ。太陽光は枝葉に遮られ、薄暗い。

 目の前には木製の巨大な門があった。

 お屋敷である。表札には「銀野」と書かれていた。

 銀千代の母方の実家はお金持ちらしい。


「これからどうするんですか?」


「アポはとってあるから、レッツアンドゴー」


 異様な雰囲気に臆することなくポールは門の横につけられていたインターホンを押した。カメラがついているらしく、すぐ「はい」と返事があった。


「どーもー。カリフォルニア科学技術大学のポール・マッカートニーですー。調査を行ってますー。お話よろしいですかぁ?」


「……少しお待ち下さい」


 プツリと通話が切られて、数十秒後、門がゆっくりと開き始めた。見た目は古い和風の門だが、最新設備が備わっているみたいだ。

 風が通り抜ける。

 門の向こう側にセーラー服の若い女性が肩で息をしながら、立っていた。出迎えのために、わざわざ走って来てくれたらしい。慇懃に頭をさげている。


「ようこそおいでくださいました。ばあ様より客間に通すように言われています。案内します」


 顔をあげた。


「あ」


 向こうと声が揃った。


「ん? どしたの?」


「いや」


 金音だった。

 そりゃそうか。こいつの実家というわけか。


「なんでゆーくん様がいっらっしゃるんですか?」


 当然の疑問である。金音はじとっとした目付きで俺を睨み付けてきた。

 自分でもなんでいるのかよくわからなかった。


「ちょっとした手伝いで」


「ふぅーん。ポールさんとお知り合いだったんですね」


 と微妙に納得していないよう様子のまま、金音は俺たちについてくるように言った。

 玉砂利がしかれた庭を進む。所々に松が植えられている。管理された日本庭園という感じだ。赤とんぼが何匹も飛び回っていた。


「銀千代ちゃんは東京に行っていると把握してますが、近くに来てるんですか?」


 なんで把握してんだよ。


「いないよ。芋洗のライブ練習で今日は不在だ」


「ゆーくん様だけで結婚の挨拶ですか?」


「んなわけねーだろ。俺はポールさんの手伝いで来ただけだから」


 金音の軽口にため息混じりに返事をする。


「手伝いって……、銀千代ちゃんならまだしもゆーくん様は戦力になるんですか?」


「バカにすんな。俺にはゲームで鍛えた反射神経と洞察眼が備わってるからな」


 と、とりあえず反論してみるが、根拠はゼロに等しかった。


「そうなんですか。ところでポールさんはなんの研究を行っているんですか?」


 母屋についた。玄関の扉を開けながら、金音は振り向きながらポールを見つめた。


「ポールさんはたしか昔、銀千代ちゃんと同じラボにいましたよね。どれくらい仲良かったんですか? 今でも仲良いんですか? 今日は何しに来たんですか?」


「……」


 ポールはしばらく無言で向き合っていたが、


「お邪魔します」


 とお辞儀をしてから敷居を跨ぎ、


「ギンティヨとは彼女が留学していた時に知り合って一緒に脳科学の勉強をしたんだよ。日本に帰国してからは一年に一回年賀状のやり取りをするぐらいだよ」


 こいつ無駄に日本文化に精通しているな。


「……そうですか……。ようこそいらっしゃいました、銀野家へ。歓迎します」


 上がり框に立った金音は再び恭しく頭をさげた。 


 靴を脱いでスリッパに履き替える。

 長い廊下が延びていた。とてつもなく広い家だ。「掃除が大変そうだな」と感想をもらすと「週三回、ヘルパーさんが来るから」と返された。

 金音の背中についていく。彼女がいなければ迷ってしまうだろう。

 何回か廊下を曲がり、しばらく進むと、客間についた。


「ばあ様を呼んできます。ごゆっくりなさってください」


 暫し待つように言われた。少し固いが座り心地のいいソファだった。


「ふぅ」


 ポールと二人きりなる。大きく息をついて、首を回す。

 小市民には落ち着かない雰囲気だ。

 金音が雑談程度に教えてくれたが、俺が想像しているよりもずっと銀野家はお金持ちらしい。

 銀千代の母親はとっくに家を出ているが、家を継いだ弟(金音の父親)がやり手らしく、事業をどんどん拡大し、いまはマレーシアで地図に残る仕事をしているらしい。長期不在の家長に代わり、家のほとんどがばあ様こと銀千代と金音の祖母が取り仕切っている、とのこと。


「ここ禁煙かな」


 キョロキョロしながらポールが呟いた。机の上に灰皿はない。脳がヤニにやられているらしい。


「それで、ここにいる人たちに献血のお願いでもするんですか?」


「ギンティヨは母型の血が色濃く出ているようだからできればお願いしたいけど……」


「……けど?」


「アポとる時に、協力してもいいけど、銀野家の悩みを解決するように依頼されたんだよね」


「悩み?」


「詳細は今日聞く予定なんだ。まあ僕なら解決できるだろうから、快諾しちゃったけど」


 どっからその自信は来ているんだろうか。そもそも俺はなんでこいつといっしょにいるんだろう。家に帰って、期末の勉強すればよかった。


「ところで、ゆーくん、さっきの女の子、銀千代とそっくりだったね。クローンかな」


「金音ですか? いとこみたいですよ」


「……なるほどなるほど」


 ポールがふむふむと鼻をならしながら頷いていた時だった。室内の扉がノックされ、金音が薄橙色の着物を着た老婆をつれて戻ってきた。


「これはこれは遠いところわざわざお越しいただいてありがとうございます……」


 おばあさんは立ち上がろうとした俺たちを手で静止し、にこやかにお辞儀をした。


「こちらこそお時間お作りいただいて感謝しています」


「ワタクシは当主代理の銀野(ぎんの)希千代(まれちよ)と申します」


 こちらも頭を下げる。

 希千代さんは俺たちの正面に座った。金音は一礼し、扉を閉めて去っていった。

 かなりの高齢らしいが、背筋は伸び、驚くほど若々しかった。

 ポールは軽く自己紹介をしてから、「さて」と話を切り出した。


「早速ですが、お電話で仰っていたお悩みというのは?」


「はい。ポールさんのご高名はかねがね承っております。お知恵を拝借したく、お願い申し上げた次第でございます」


 希千代さんは少しだけ、言いよどむように、言葉尻を濁らせてから、手に持っていたモノを机の上に置いた。


「……これは?」


 薄い青色のガラスのコップだった。


「こちらは我が一族に伝わる家宝、ギヤマンの鐘、というものでございます」


「ギヤマン……ガラスのことですね。これは江戸切子」


「左様でございます。さすがポールさん、お詳しいのですね。高価なものではございませんが、古くから当家に伝わっています」


 ただの青いガラスのコップにしか見えない。というかコップだ。高そうではあるが、珍しいものには思えなかった。


「このギヤマンの鐘には、いわくがあるのです」


 ギヤマンの鐘は西日を浴びてテーブルに青い影を伸ばしていた。


「麓の村では、銀野の女は、気性が荒く、非常に嫉妬深いと言われております。銀野は古くからこの辺りの地主でありますから、家系に対してのヤッカミだと先代はよく漏らしておりました。ですが、一概にそう断ずることができない理由があると、私は考えております」


「理由ですか」


「はい。銀野家に伝わる伝説です。その昔、旅の僧侶に一目惚れした一族の女が、駆け落ちの約束を破られたことで、怒り狂い、ついには火をふく大蛇に変貌したのだそうです。逃げる僧侶を追いかけ回し、彼が逃げ込んだ寺の鐘ごと焼き殺したところでこのお話は幕を閉じます」


 なんかどっかで聞いたことある話だ。


「それ以来、銀野の血縁に、気が触れるものが出ました。私のひい祖母さまが陰陽師に相談してみたところ、僧侶の逃げ込んだ「鐘」を模したものをつくり、祭壇に飾りなさいという予言されたそうです。その通りにしたところ、気が触れるものはなくなりました」


「なるほど。だからギヤマンの鐘」


 やはりどうみても俺にはガラスのコップにしか見えない。


「ところが、最近、鐘にヒビが入り始めたのです」


 希千代さんがコップの縁のところを指差した。じっと見てみると、確かに細かいヒビが二本走っている。


「知り合いの占い師にどうしたらよいか尋ねてみたところ、長い年月を経て、ギヤマンの鐘にはもはや呪い避けの効力などなく、逆に溢れ出た「思い」が「呪い」となり、気が触れているものが一族におると言われました。鐘は即刻壊し、供養すべきと」


 希千代さんは静かにうつむいた。


「長い年月を経て、呪いはとうに浄化されている。原因があるとすれば「ギヤマンの鐘」にあると。これを粉々に砕き、供養さえすれば、一族は正常化されると、彼女は言うのです。非常に信頼における方なのは確かなのですが、母と祖母が守ってきた家宝ともいうべき品物を、私の代で壊すのは、どうしても気が咎めます。そこで、ポールさんのような高い科学知識を持った方にご相談したいのです。私は、この鐘をどのようにすべきなのでしょうか?」


「……」


 俺たちが知るわけがなかった。

 自分達で判断してほしい。


「失礼します」


 三回のノックのち、金音が盆にお茶をのせて戻ってきた。

 気まずい雰囲気が一時的に弛む。

 机の上に置かれた湯飲みから、湯気がふわりと上がっている。


「んー、そーですね」


 ポールは困ったように後頭部を掻いた。


「僕の専門は脳なので、民族学的なことはさっぱりわかりませんが、科学的に言わせてもらうと、「呪い」なんてものはこの世には存在しませんよ。ファンタジーやメルヘンじゃないんですから」


 静かに頷いて希千代さんはお茶を飲むように手で合図した。

 お言葉に甘えて湯飲みを持ち上げる。口内に残っていたコーラの糖分が洗い流され、スッキリした。


「私どももそう考えております。現状、私たちの「家」で気が触れているものは一人もおりませんから」


「……」


 さっきから、ポケットのスマホがひっきりなしにバイブで着信を知らせているが、まあ、なにもいうまい。


「なれど、大切に保管していたギヤマンの鐘にひとりでにヒビが入ったのも事実。凶事の前触れではないかと戦々恐々としておるのです」


「太陽や暖房器具の熱によって、ガラスの一部が膨張し、引っ張られることで、ひび割れが起きることを「熱割れ」といいます。ただの科学現象です」


「……そうなのですね」


「それしても、きれいなガラスですね。職人の技を感じます。処分するのに、気がとがめるのもわかります」


「そうなんですよ。大事にするように祖母から言われていたものですし、どうしても踏ん切りがつかないのです」


「触ってみても良いですか?」


「どうぞ」


 希千代さんの許可を取ってからポールはギヤマンの鐘を手に取り、まじまじと眺めはじめた。


「はぁ、すごい。職人の技術が光ってるよ。ゆーくん、見てごらん、この精密な模様、機械じゃできない繊細な色合い、実に素晴ら、痛って!」


 つるん、とポールの手から、ギヤマンの鐘は滑り落ち、


「あ」


 床に落下し、がしゃんと音をたてて粉々に壊れた。どうやら指先の火傷に触れてしまったらしい。


「……」


 室内に沈黙が落ちる。


 俺はポールから目をそらし、窓の外の夕日を眺めることにした。

 綺麗な空だ。


「……」


 誰もなにも言わない。

 時計の針の音が進む音がした。


「あっ、と」


 ポールが吃りながら口を開いた。


「科学じゃ解き明かせないことも世の中にはまだ多く存在し、それらを「呪い」と称していることがあるのは事実。対処法を見つけるのにあらゆる可能性を探る必要があり、今回このような……」


 言い訳が下手すぎる。

 西日を浴びたガラス片がキラキラと輝いている。


「……誠にごめんなさい」


 結局素直に謝った。


「い、いえ、良かったのです。踏ん切りがつきました。つまるところ、そういう運命だったのでしょう。

 金音、ガラスを片付けて。捨てちゃいけませんよ。供養しないとだから」


「はい」


 金音が小さく頭を下げて、部屋を出ていく。

 希千代さんは薄く笑みを浮かべながら、ポールの方を向き直した。


「ポールさんに相談してよかったです。なんだか、悩みから解放されてすっきりいたしました」


「そ、それならよかった」


 珍しくポールの目が泳いでいる。

 希千代さんの温情を受けていると流石に理解できているのだろう。


「それじゃあ、お約束通りポールさんの研究の協力いたしましょう。私たちはなにをすればよろしいのですか?」


「あ、りがとうございます。いえ、難しいことはありません。健康診断を僕の管轄でやらせてもらえば。そのデータを診療用として利用するだけなんで」


「健康診断、ですか?」


「費用は僕たちの研究チームが払います。無料で人間ドックを受けられると思ってもらえれば、お得かと」


「あらま、良いのかしら」


「臨床データは研究以外には使用しないとお約束しますし、万が一異常があった場合はお知らせしますので」


「それじゃあ、お願いしますね」


 なんだんかんで商談? はうまくまとまったらしい。

 検査の日程などの相談は銀野家内で取りまとめてまた報告するとのことで、この日は解散となった。


 結局俺は来た意味あったのだろうか。

 ポールの痴態が見れたのは実に愉快だったが、今日はほんとうに僻地へドライブしただけで一日が終わりそうだ。



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[一言] き、清姫
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