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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
最終章:金守銀千代は砕けない
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閑話4:ヤンデレメンヘラかまってちゃん―その血の記憶 前


 放課後、暇だったので、立ち読みしてから帰ることにした。


 いつもなら直帰するところだが、銀千代が東京に仕事に行っているので、久々に羽を伸ばせるのだ。

 やはり一人はいい。プライベートの時間は何よりも尊い。


 コンビニでジャンプをパラ読みしてから、コーラを買って、外に出る。

 爽やかな秋晴れ。澄んだ空は高く、柔らかな陽光が優しく肌をつついた。街路樹は色づき始め、銀杏の葉が地面に散っている。

 ヤマト仲間になんねーかなぁ、と思いながら、歩いていると、


「おー、ゆーくん、アロハー!」


 金髪の外人に声かけられた。


「今日はギンティヨといっしょじゃないの?」


 ポールだ。

 銀千代のかつての共同研究者。柔和な笑みを浮かべ、喫煙スペースでタバコをふかしている。


「いま東京に行ってますよ」


 喫煙者だったんだ。

 灰皿に灰を落としながら、ポールは軽く首をひねった。


「トキョ? なんで?」


「ライブの練習みたいですね。あと写真撮影って言ってました」


 校門前での別れ際、タクシーに乗る前に、今日これからの予定を(聞いてもないのに)教えてくれた。

 そうじゃなくても、10分おきに、近況を知らせるメールが届くので困りものだ。


「ライブ? 撮影?」


 深く首をひねるポール。どうやら銀千代がアイドル活動をしていることを知らないらしい。

 教えてあげたら「まあ、たしかに彼女はプリティだからね」と納得したように深く頷いた。

「調べてみよう」右手でタバコを持ちながら、左手でスマホを操作し、YouTubeで芋洗坂のライブ映像を見始めた。

 もう帰っていいかな、と会釈して去ろうとしたら、「ゆーくん、ゆーくん」と呼び止められた。


「なんですか?」


「どの子が好み?」


「はあ?」


 スマホを掲げられる。芋洗坂の公式ホームページのメンバー紹介画面だった。当然銀千代もいる。


「いっせーのせっで、好みの子を指差そうよ」


「いやです」


 なんで大して親しくもないやつと卒アルあるあるをやらなきゃいけないんだ。


「えー、なんでだい。ゆーくんの推しの子教え、熱っ!」


 持っていたタバコの火種が指先に当たったらしい。天罰だ。

「オーマイガっ! このあいだ値上げしたから、貴重なのに! 痛てて……」


 ぶつぶつと文句を言いながら、吸い殻を灰皿に捨てる。こいつ、ほんとは日本人じゃないのか? と俺は疑い始めていた。


「それにしても銀千代は今いないんだね。それなら、ある意味チャンスかもしれないね」


 ケースから二本目のタバコを取り出し口にくわえた。ライターがシュボと小気味良い音をたてて、先っぽに火をつける。深く煙を吸って、ゆっくりと吐き出した。


「なにがですか?」


「僕が日本に来たのは新薬に関してギンティヨの意見が聞きたかったのと、もうひとつ、遺伝子についての調査を行いたかったからなんだよ」


「遺伝子?」


 俺を珍妙なドッキリに引っかけるためじゃなかったのか。

 なんにせよ、先日のことを思い返すと、この人を信用するのは危険なような気がする。話し半分で聞いておこう。


「僕らの新薬は「認知症」に対して、改善のアプローチを行っている、と前に説明した通りだがね。

 認知症で一番多い症例が、脳内に異常なたんぱく質が沈着することで発生する「アルツハイマー型」と呼ばれるものなんだ。

 最新研究では、コレを引き起こしやすい特定の遺伝子変異があることがわかっている。その一つがアポリポタンパクE(APOE)という遺伝子で……」


 やばい。まじでなに言ってんのかわからない。

 こういうときは素知らぬ顔を保ちつつ、脳内で別のことを考えるに限る。


「簡単にいってしまうとこの遺伝子を持っていると「アルツハイマー型」の認知症を発症しやすいんだ。

 施設にいけば、採血だけで、APOE遺伝子の有無を検査することもできるよ。つまりアルツハイマー病を発症しやすい体質かどうかを調べることができるんだ。

 もっとも、検査結果が陽性だったからといって、必ず発症するわけではないし、なかったからといって、発症しないわけでもない。病の原因というのは常に複合的だからね。あくまでもリスクを調べる方法の一つだよ」


 難しい話だ。正直理解できない。それに、そこまで興味がある分野ではなかったので、俺は脳内でワンピースの正体がなんなのか、考察を深めることにした。イム様とは、Dの意思とは!?


「一方で僕の専門の認知神経科学の観点から見て、ギンティヨの脳はとてもインタレスティングだったんだよ。以前、ラボのみんなで脳のCTを撮り合ったことがある。君にも見てほしい。ギンティヨの脳のレントゲン写真だよ」


 地面に直置きされていた鞄から封筒を取り出し、中からA4ぐらいの紙を差し出してきた。


「なにがですか? ……っ?」


 受け取り、写真を眺める。


「ええーーーー!?」


 脳の、シワが、

 人の、いや、鬼の顔にッ!?


 余りにも禍々しい写真に言葉を失ってしまう。


「もちろんシワは本人の人間性に一切関係ない。だけどこの前頭葉は実に」


 いや、まて、

 一瞬信じそうになったが、冷静に考えたら、絶対嘘だ。

 範馬脳じゃねぇか。騙されるか。


「と、いうわけで、僕はギンティヨのこの前頭葉が遺伝かどうかを調べに来たんだよ」


 写真を封筒に戻してから、ポールは煙を吐き出した。紫煙がぶわりと広がる。


「は、はぁ、そうですが」


 曖昧な頷きをして、「それじゃあ、研究がんばってください」とその場を去ろうとしたら「ちょっと、まって」と呼び止められた。


「なんですか?」


「……ギンティヨの脳、いや愛か、あれは少し特殊かもしれないね」


「えっ!?」


 まさか、俺以外に理解者がいるなんて。


「彼女は腹側被蓋野と尾状核の活動が活発なんだよ」


「なんですか、それ」


「えーと、恋愛を司る部位かな」


「あー」


 でしょうね。


「もしかしたら、クレランボー症候群に該当するのかもしれない」


「く、くれ、……なに?」


 また難しい話だろうか。

 俺はヒロアカについて考察を深めることにした。最近まじで面白い。


「フランスの精神科医の名前からつけられたエロトマニアのことだよ。行きすぎた「恋愛妄想」や「被愛妄想」のことで、相手からの拒絶や否定を愛ありきのものと解釈してしまうが故、ストーカーや犯罪行為も、悪意なく行ってしまう」


「銀千代のことだ……」


「ぼくはね、ゆーくん、ギンティヨがもしクレランボー症候群なら、何とかしてあげたいんだよ」


「ほ、ほんとですか!?」


「イエス。彼女は間違いなく優秀な人材だからね。より効率的に脳を動かしてほしいんだ」


「どうすれば治るんですか?」


「明確な治療法は無い。別の対象へ興味を移させるか、対象との強制的な隔離ぐらいしかね」


 絶望だ。あいつが大人しく捕まるとは思えないし、別の人に依存するとも思えなかった。

 あまりにも暗い顔をしていたのか、俺の心配を打ち消すように、ポールは吸いさしのタバコを灰皿に押し付けた。


「大丈夫。僕は認知神経科学者だからね。そっちの方からアプローチしていくつもりだよ」


「どういうことですか?」


「アルツハイマーを引き起こす一つの要因に遺伝子があるというのは先程説明した通りだね。僕はこれと同じように精神病も遺伝子によって引き起こされるんじゃないかと考えている」


「え、そんなことあります? 銀千代の両親は、えっと、普通ですよ」


 まあ、冷静に考えてみると、あの両親も色々とぶっとんでいるが、娘に比べたら全然ましだろう。


「例えば統合失調症は百人に一人の割合で発症すると言われている。ところが、遺伝子情報が同じ一卵性双生児の片方が統合失調症を発症したとすると、もう一方が発症する割合は五十パーセント程度なるんだ。百人に一人という割合で考えれば、かなり高い数値だが、先程も説明した通り、病というのは複合的な要因で発症するものだから、百パーセントになることはない」


「えっと、それなら、銀千代の両親を調べても、さほど意味無いのでは?」


「ちっちっちっ、つまりね、ゆーくん、ぼくはね、要因の「複合的」な部分を調べたいんだよ。原因がわかれば対策がとれるだろ。銀千代に近い遺伝子を持つ人がいたら、その人を調べれば、なにが原因でそういう感じになったのかわかる、というわけさ」


「はあ」


 夏はすっかり終わってしまった。この前の台風は熱をすっかり奪い去り、あとには爽やかな秋風だけが残された。セミの鳴き声はもうしない。代わりに秋の虫の鳴き声が茂みから聞こえてきていた。

 灰皿の近くに立っていたポールはゆっくりと俺の方に近づいて、肩をポンと叩いた。


「調査にはサンプルがたくさん必要なンだよ」


「どういうことですか?」


「乗りなよ」


 ポールはポケットから車のキーを取り出し、ボタンを押した。コンビニの駐車場に停められていた赤い軽自動車のロックがガチャリと解除された。「わ」ナンバーだった。


「ドライブしよう」



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[一言] 銀千代が登場していない……。
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