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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
最終章:金守銀千代は砕けない
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第37話:九月に君が死ぬ前に 中


 涼しい館内から出ると、むせかえるような熱気に包まれた。今日も夏日だ。アスファルトの照り返しに思わず顔をしかめる。

 なんだが嫌な予感がする。

 部長さんのせいだ。

 なんか仕込まれている気がする。

 銀千代。

 あいつ、どこだ?


 スマホをポケットから取り出して、銀千代にメッセージを送ろうとした瞬間、


「あぶない」


 ぐいっと袖を引かれた。


「わっ!」


「歩きスマホ、事故のもと!」


 目の前をトラックが走り抜けた。誰かに引き留めてもらわなければ、俺はひかれていた。


「あ、ありが……」


 顔をあげると、金髪の外人が立っていた。


「ありがとうございます」


 スマホの操作に夢中になって、道路に飛び出す寸前だったらしい。このまま歩いていたら、ひかれていた。


「いいってこと。おっ、あんた、みたことある、あー、ゆーくんだ!」


「……」


 誰だこの人。

 金髪のイケメン外国人だ。そんな知り合い俺にはいないはずだが、さっきの部長さんの例もある、とりあえず話を合わせとくか。


「お、おー、ひ、久しぶりー?」


「初対面だよ」


「は、はじめまして」


 ちきしょう。

 ならなんで俺の名前を知っていやがる。……いや、あだ名だけど。

 疑問を見透かしたように青年はにたりと笑った。


「ギンティヨから聞いてたよ。ゆーくん」


「ギンティヨ?」


「ギンティヨ、キャナモリ」


「銀千代の知り合い?」


「イエス。僕の名前はポール・マッカートニー」


 百パーセント偽名だな。なんだ、デスノートの対策でもしてんのか?


「ギンティヨの共同研究者だよ。あんたに会えてよかったよ」


「そう、ですか」


 青年がニコニコと続ける。


「ん?」


 子供のような華やかな笑顔に見覚えがあった。

 そうだ、この人、


「さっきマスコミの人からカメラ奪ってた人だ」


「あー、あれ、きみだったのか。困ってそうだから、思わず手が出ちゃって、ごめんなさいねー。パパラッチ、嫌いなんだよねー」


「ああ、いえ、お陰で助かりました。」


「ここで会えたのもなにかの縁、ゆーくん、ギンティヨどこにいるか教えて?」


「え? あなたが銀千代の留学時代の友人なんでしょ? てっきり一緒にいるもんだと思ってたんですが」


「うーん、朝、空港にギンティヨが来なかったから、わざわざナリィタからここに来たんだよ。ギンティヨはどこにいる? ゆーくんならわかるよね?」


「わかりません」


「なんで? フィアンセなんでしょ? 放置、よくないよ」


「付き合ってもないです。銀千代なら今朝あなたを迎えにいくって言って、成田には向かったみたいですけど」


「おー、そうか、これはなにか事件の匂いがするね。間違いないよ。ギンティヨがゆーくんを放置するとき、これすなわち事件あるとき、間違いないよ」


「あーまぁ」


 否定はできない。

 信号が青に変わった。

「それじゃあ」と会釈をして、歩きだしたら外人もついてきた。

 横並びになって親しげに声をかけてくる。コミ力Sランクか。


「ギンティヨに連絡はとれないの?」


「あ、丁度とろうとしてたところです」


 持ちっぱなしにしていたスマホからラインを呼び出して、銀千代に電話をかけたが出ることがなかった。珍しい。


「忙しいみたいです」


「むむむ、謎だね。なんでだろうね。これはきっと事件だね」


 さっきからそればっかだな、この人。


「僕を迎えに来なかったのも、なにか事件があったからだよ。これは突き止める必要がありそうだね」


「まあ、自由にさせとけばいいんじゃないですか?」


「冷たい男だね、アイスハート。もっと恋に情熱をもやしたほうがいいよ」


「だから付き合ってもないんで……」


 俺の言葉に眉間にシワをよせながら、ポールは深く首をかしげた。


「ゆーくんはギンティヨに興味ないの?」


「そうですね、……あくまで友だちですし」


 首をふるふる振って彼は続けた。


「一年前にゆーくんに出した手紙、読んでくれた?」


「手紙?」


「おー、読んでくれてないね。悲しいよ。四年前にギンティヨとカリフォルニア科学技術大学で一緒にスタディしたポール・マッカートニーとは僕のことだよ。手紙にはね、ギンティヨほどの頭脳が世界に羽ばたかないのはモッタイナイって書いたんだよ」


「あー」


 去年よくわかんないエアメールが来たことを思い出した。腹立って細切れにしてゴミ箱に捨てたんだけど。


「ゆーくん、ギンティヨがなんの研究してるかわかってる?」


「数学のなんかじゃないんですか?」


 小学生のころ、東大の教授の研究室に通ってた、ような気がする。


「違うよ。彼女の専門は脳工学。天才だよ」


「脳工学?」


「イエス。脳内に存在する神経回路に工学的なアプローチを行う分野のことだよ。そのなかで彼女は人間の意識についての研究をしてたんだよ。彼女の仮説はとてもインタレスティングだよ。聞いたことない?」


「俺の前ではバカなんで……」


 まともに話が通じることの方が珍しい。


「そうなの? なるほど、もしかしたらそれが彼女の研究なのかもね」


「なんでそうなるんですか?」


「これ」


 ポールは懐から小瓶を取り出して、歯を見せて笑った。


「僕とギンティヨの研究成果。試作品できたから持ってきたんだよ。今日は人類史の記念すべき一ページになるかもしれないね」


 小瓶にはジェリービーンズが入っていた。色とりどりで綺麗だ。太陽光を透過して、カラフルな影を地面に落としていた。


「お菓子作り頑張ってたんですか?」


「ノンノンノン。これはね、試作品メディスン4869。えーと、クスリだよ」


「……ドラッグか」


 案の定だ。銀千代、あのクレイジーっぷり、間違いなくなんかやってると思っていたが、芸能界で染まってしまったのだろうか。とりあえず警察に電話しよう。密かに決意を固めた俺の深刻な顔にポールは慌てて、


「おおー、ダメなクスリじゃないよ。合法合法! 今のところは」


 と首をブンブンと振った。一番怪しいやつだ。


「まだ臨床実験終わってなくて、認可が下りてないけど、大丈夫なクスリだよ!」


「なんか、全然大丈夫そうじゃないですかど……なんの病気のクスリなんですか?」


「認知症だよ」


「へぇ。すごいですね。でも銀千代がそんなすごい研究に携わってるなんて知りませんでした」


「ギンティヨは途中で研究をやめたからね。彼女の理論を元に僕が作り上げたんだよ。僕の専門は認知神経科学なんだよ」


「認知症の予防薬になるんですか? それが、本当ならマジで大ニュースですね」


「んー……」


 渋い顔をして、ポールはうつむいた。


「予防、というより特効薬だったんだけど、実はね、副反応があって」


「熱が出るとかですか?」


「重度の認知症ほど、改善効果が認められるんだけど、低いと意識混濁がみられるんだよ。改善案をギンティヨに出してほしくて今日は来たんだ。臨床データを持ってきたからね、彼女ならきっと何とかしてくれるはずだよ」


「へぇ。そうなんですね」


 俺はスマホを取りだし、銀千代にポールと一緒にいることと、返信するようにメッセージを送った。


「これですぐに返事が来ると思います」


「おー、ありがとうございー!」


 ポールが大きく頭を下げた瞬間だった。

 とんとんとんとボールが弾むようなリズミカルな足音がしたかと思うと、

 トンビのように現れた人影が彼の手からジェリービーンズの小瓶を奪って走っていった。


「は!?」


「ゆーくん、ごめん、またあとで!」


 駆け抜けていく人影は銀千代だった。

 こちらを一切振り返ることなく、ガンダッシュで去っていく。


「おおー、ギンティヨ! どこいく!?」


「今日は忙しいからまた明日!」


 あっという間にいなくなった。

 まさに嵐のような女だった。


 呆然と立ち尽くしていると、心底おかしそうにポールが笑いながら俺の肩を叩いた。


「久しぶりでもギンティヨは変わらないねー。猪突猛進。つねに明日を見ている。僕はホテルにいるから、落ち着いたら連絡くれるように言っておいて」


「え、いいの、久しぶりの再会なんじゃないの? つうか、あいつクスリ奪っていきましたけど」


「きっと大丈夫だよ。……あ、そだそだ。一個だけ注意点伝えておいてほしいよ」


「なんですか?」


「さっきの話の続きなんだけど、認知症の患者が飲むとある程度の回復は望めるけど、健康的な人が飲んじゃうとちょっとヤバイんだよ」


 銀千代はなぜポールの手からクスリを奪ったのだろうか。考えると嫌な方向に行きそうになる。


「ヤバイってのは? 死んじゃうってことですか?」


「死ぬより恐ろしいこと」


「……」


 肌が粟立つ。

 無言で動けなくなる俺に、ポールはしたり顔でかがみこむと、地面に転がっていた小石を拾い上げた。アスファルトの欠片だろうか。最近無駄に工事が多いので、地面の至るところに破片が転がっている。そのうちの一つをこれ見よがしに人差し指と親指で挟んだ。


「ところでゆーくん。僕が手を開いたらこの石はどうなると思う?」


「そりゃ、地面に落ちるでしょ?」


「そうだね」


 ポールがパッと手を開くと、小石はそのまま落下し、カツンと軽い音をたてて、地面を転がった。

 何がしたいのだろう。

 混乱する俺を置いてけぼりにポールはまた落ちた小石を広い、先ほどと同じように掲げた。


「じゃあ、なんで地面に落ちるんだと思う?」


「重力があるから」


「そうだね。正解。だけど、別の考え方できないかな」


「別の?」


 万有引力があるから?


「時間が前に進むからだよ」


「時間?」


「そう。時間が前に進まなきゃ、物体は動けないからね。じゃあ、時間というのはなんだと思う?」


「時間は……時間でしょう。秒とか分とか」


「そうだねぇ。時間は常に前に進んでいるとみんな思っている。きみもそうだろ?」


「そりゃあ」


「だけどね、未来というのは必ずしも訪れるものではないんだよ」


 哲学者か?

 この人?


「時間は意識しているから前に進む。ここまではいいかな?」


「寝てるときとか気絶してる時、意識がなくても時間は前に進みますよ」


「寝てても気絶してても、脳は覚醒しているからね。つまり時間の流れを認識している器官が脳には存在しているんだ。体を垂直に保とうとする三半規管が耳の中にあるようにね」


「はあ」


 ちょっと何言ってるのかわからないですね。


「僕らが開発したメディスンはその意識部に作用するみたいなんだ。認知症の症状で、多々見られる記憶障害、過去の事や未来のことを経験したかのように語る患者に特に効果的だね」


「おお、なるほど」


 なんとなくすごい話、と理解した。


「だけどね、健康的な、特に若い脳が、僕らのメディスンを摂取すると、時間感覚が狂う恐れがある」


「え? えーと、記憶障害とかになるってことですか?」


「可能性が高い。なにぶんデータが不足していてね。だけど、僕らのラボのメンバーが一人、クスリを摂取していないのに、汗を流しながら、言ったことがあるんだ」


「なんて?」


「自分はこのクスリを飲んで、明日から戻って来たんだってね」


「……」


 やっぱりあのクスリ、ヤバイクスリじゃん。

 ポールはにやつきながら、手のひら開いた。そのまま落下するはずの小石は影も形もなかった。


「お酒を飲み過ぎてたのかもね」


 くだらない、手品だ。どっかに隠し持っているのだろう。


「あくまで仮説で実証実験は行われてないけど、生物は時間を意識することで未来に進むことができるのだとしたら、僕らのメディスンは時間を意識している脳の機能を狂わせる可能性があるんだ。もっとも通常の脳はそんな反応に耐えられるはずがないんだけどね」


「飲んだらタイムスリップできるってことですか?」


「さてね。そんなバカなと思うけどね。可能性としてはあり得るんだよ。脳はまだまだ未知数だからね」


 エスエフみたいな話だ。

 だとしたら銀千代がパクったジェリービーンズ、死にかけた時に一粒もらってみようかな。


 ポールとはそこで別れた。

 くれぐれもクスリを飲まないようにと口酸っぱく言われたが、頼まれてもそんな怪しいもの口に含むはずがない。


 それにしても、あいつはなぜジェリービーンズをなにも言わずポールの手から強奪したのだうか。理由はわからないが、どうせすぐ会えるのだからその時聞いてみればいい。



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