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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
最終章:金守銀千代は砕けない
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第37話:九月に君が死ぬ前に 前


 宿題は夏休み中にやらなければならない、というわけではない。


 小学校の時と違い、各教科の先生と会うまでがリミットだ。

 それを踏まえて考えれば、まだまだ時間には余裕がある、わけではあるが、

 流石に手付かずは不味い。


「はぁ……」


 家では集中出来ないから、駅前の市立図書館に行くことにした。

 九月四日。

 夏を惜しむようにアブラゼミが鳴いている。殺人的直射日光に、殺されないようできるだけ日陰を探して歩く。

 暑い。ただひたすらに。

 頬を伝う汗は拭って、ため息をつく。


 駅前は混んでいた。なにもない地方都市のはずなのに、週末の人手は無駄に多い。加えて、老朽化が進む我らが町の補強工事は急務で、土曜日だと言うのに至るところで、釘を打ち付けるような音が響いていた。気が滅入る土曜日だ。

 ロータリーを通り、登りのエスカレーターに乗った瞬間、

「すみません」

 と声をかけられた。


「はい?」

 二人組の男性が後ろのステップに立っていた。片方がカメラを回している。道を尋ねてくるような雰囲気ではない。ほとばしる嫌な予感。


「週間アイドルセブンの岩木ともうします。金守銀千代さんの幼馴染みの方ですよね」


 メガネをかけた、いかにも記者っぽい風体の男がマイクを突きつけて訊いてきた。


「はぁ……」


 曖昧な返事をして逃げようかとも思ったが、カメラを回されているので下手な動きはできない。いや、やましいことは何も無いのだけれど。


「三週間ほど前に二人で海に行ったというのは本当ですか? 多数の目撃者がおられるようなんですが、お二人はお付き合いされてるんでしょうか?」


「いや、付き合ってないです。ほんとうにただの友達です」


「私どもの取材によりますと、バレンタインデーにフラッシュモブで告白されたそうですが本当ですか?」


「あれは、あの、そういうプロモーションで、お、僕は無理矢理頼まれて参加しただけで」


「銀千代さんのことはお好きなんでしょうか?」


「すみません、自分、急いでるんで」


「歩きながらでいいんでお話を聞かせてください」


 銀千代が芸能人になって、ファンや取材の人に付きまとわれることは何度かあった。その度に銀千代がなんとかしてきたが、本日彼女は留学時代の友人に会うとかで、不在にしていた。よりにもよって、今日の連中はいつもよりしつこそうだ。

 困ったな、と思いつつ、エスカレーターを歩こうと一歩踏み出したところ、


「ちぇすとぉっ!」


 マスコミの人の手からカメラが無くなっていた。反対側の下りエスカレーターに乗っていた金髪の男性の手に移ったカメラのレンズがキラリと光った。


「は?」


 歩きながら振り返る。犯人は彫りが深い外国人のイケメンだった。そいつが奇声を上げて、カメラを奪い取ったのだ。


「ちょっとアンタ、なにすんだ」


「こんなものがあるから争いが起こるんのだ。神はいつでも私たちを見ておられる!」


「おい、やめろ!」


 謎の外人は走って逃げていった。なんだあれ。

 外人を追いかけて、「なぁっ、おい、待てっ!」マスコミの人たちがエスカレーターを逆走するが、人が多くて上手くいかないみたいだった。なんだかよくわからないが、助かった。

 背後の騒動を無視し、俺は小走りで図書館を目指した。



 ついた。

 ついたからには覚悟を決める。

 宿題を終わらせるまで、俺は外に出ない。

 そう気合いをいれる。


 自動ドアを二枚潜ると、クーラーの冷気に包まれた。図書館の近くにカフェが併設されているので、コーヒーのいい香りが漂っている。

 自習スペースに陣取り、腰を落ち着け、ワークと筆箱を取り出す。

 さあ、やるか!

 と改めて気合いをいれた瞬間、がしゃん、と入り口の方で大きな音がした。見ると、吊り下げられていた看板が経年劣化からか、地面に落下していた。

 破片が床に転がっている。

「あぶなぁ……」

 幸い通行人にぶつかることはなかった。小さな悲鳴こそ上がったが、すぐに近くの職員が来て、平謝りしながら、片付けを始めていた。


 何事もなくてよかった。

 さ、ワークを始めよう。


「……」


 それにしても夏休みも明けたというのに、けっこう混んでいる。子供も多いし、騒がしくて、これじゃあ、まったく、集中ができない。


「……」


 それから一時間ぐらい集中して取り組んでいたが、頭が熱くなってきたので休憩をとることにした。学校の授業だって五十分ごとに十分の休憩が入るから妥当だろう。

 カウンターの柱にかけられた時計を見上げる。

 ついてからまだ三十分しか経って居なかった。

 なるほど、これが相対性理論ってやつか。

 でもまあ、脳がもう休憩モードに入っちゃったし仕方ない。休憩しよう。


 立ち上がり、貸し出しコーナーに向かった。うちの市の図書館には少しだけど、漫画が置いてある。レジェンドクラスの漫画家の作品だけだけど、いつ読んでも面白い。ドラえもんがあったので、手にとって、席に戻ろうと振り返ったところ、


「あ。きみ」


 同い年くらいの女性に声をかけられた。


「……どこかで見たような気が……」


 こちらには覚えがない。まさか、これは逆ナンというやつか。高鳴る心臓、見ればなかなか美人だ。


「思い出した。ゆーくんだ」


 む、あだ名を呼ぶということは親しい間柄だろうか。俺にはまったく覚えがないが、でも、なんとなーく、どこかで会ったことがあるような気がする。


「あー、はい。久しぶり、だね?」


 とりあえずかまかけてみるか。


「敬語使わないのね」


「お久しぶりですね」


「誰かわかってないでしょ?」


「……」


 見破られた。


「はぁ、すみません」


 平謝りを鼻で笑って受け、彼女は続けた。


「まぁ、いいわ。私は占い研究部の元部長の月見里(やまなし)(るな)よ」


 薄すぎる接点だ。わかるわけがなかった。

 それにしても名前ヤバイな、本名か?


「あー、占い研の……」


 名乗られてもピンとこない。元ってことはいまは違うのだろうか。


「去年の文化祭の時にあなたと銀千代さんの相性を占った」


「あー……」


 なんかあったような気がする。

 やばいな、文化祭のこと、記憶から抹消されてるわ。


「今日は銀千代さん一緒じゃないのね」


「いつも一緒にいるわけじゃないですよ」


「そうなの?」


「……」


 そうなの。


「今朝彼女から着信があったのよね」


「え、銀千代からですか。なんて?」


「間違い電話だって」


 つうか連絡先交換してたんだ。

 おそらく留学先の友だちと通話しようとして間違えたのだろう。


「ところできみはなにしに図書館へ?」


 部長さんは手に持っていた漫画を棚に戻して訊いてきた。セーラームーンだった。


「夏休みの宿題を終わらせに来ました」


「……九月だけど?」


 知ってるよ。


「そういう先輩はなんで図書館に?」


「大学の課題のレポートをね」


 あんた今セーラームーン読んでたやん。


「あと趣味の勉強を」


「趣味?」


「占いよ。いままでタロットだったけど、最近手相もやり始めたの」


 にやりと笑って、部長さんは手のひらをこちらに向けて、顔の横でヒラヒラと振った。


「そうだ、よかったらきみの手を見せてくれない?」


「いいですよ」


 別に信じてる訳じゃないが、ただならなんでもいい。いくらでもサンプルになろう。

 部長さんは俺の左手をそっと包み込むように握り、ゆっくりと撫でた。

 しっとりした感触。


「ふむふむ……ん? えっ!?」


 目を見開いて、部長さんが固まった。


「え、ええっ!? ……え?」


 え、しか言ってない。


「どうしたんですか?」


「え、えー……」


「部長さん?」


「あっ、えっ! あ、ごめんなさい、ちょっと待って」


 部長さんはその場でスマホを操作して俺の左手の手相とスマホの画面を見比べ始めた。


「えっ!?」


「な、なにが?」


「えっ、えー……」


 いい加減日本語しゃべれよ。

 敬語も忘れて突っ込みそうになった瞬間、ようやく部長さんは意を決したように深く息を吐き出して、真っ直ぐに俺を見つめた。


「信じられないんだけど、えーと、この、手相……」


「なんですか?」


「あなた、死ぬわね」


「は?」


「しかも今日」


 クエスチョンマークが浮遊する。


「ちょっと写メっていい?」


 許可取る前に、スマホでパシャアと写真を撮られた。


「すんごい、この手相。やばー」


 宝物をオモチャ箱にしまう子供のように瞳を輝かせてスマホをしまう。


「え、ちょっと、冗談ですよね」


「冗談、だったらよかったのにね」


 肩をすくめて言われた。なんだこのアマ。


「ちょ、ちょっと、ほんと、まじで、俺はどうしたらいいんですか?」


「さあ?」


「え、対処法とかないの? 占い師でしょ?」


「まだ勉強中なもんで」


 ペロリと舌を出された。くそ、腹立つ。


「まあ、強いて言えば、あれじゃない? 銀千代さん」


「は?」


「彼女、かなり幸運の星の下に生まれてたから、あの子が近くにいたらなんとかなるかもね」


「そんな、曖昧な」


「いやぁ、珍しいもの見せてもらったわ。ありがとうね」


 小さくお辞儀をして、「それじゃあ、これからゼミの発表に行かなきゃだから」とにっこり微笑まれる。


「ちょ、え、まじで?」


「またいつか、……生きてたら会いましょう。さようなら」


 不吉な挨拶を言って、手を振って部長さんは去っていた、なんだこのくそアマ。


 茫然自失、ののち、苛立ち。 

 時間が経つにつれムカムカしてきた。


 今日俺が死ぬって?

 そんなバカな話し合ってたまるか。


「は!」


 子供がはしゃぎながら俺の横を走り抜けた。

 びびらせやがって。

 そりゃあ、人間誰しもいつかは死ぬよ、だけどそれがこんなに早く訪れるわけがないだろ。

 それに、幸運の星の下の銀千代ならなんとかしてくれるって?

 なんだそれ、あいつはラッキーマンだとでもいうのか。うそくさい。


 すっかり興もさめてしまった。

 いい感じで宿題進めてたのに、こう気分が害されては、もう無理だ。

 帰宅することにした。なぁに、数学の授業までに終わらせればいいのだ。楽勝楽勝。席に戻って筆記用具を回収しよう。

 椅子に座り、ワークやら筆箱やらを鞄にしまう。

 帰ったらゲームでもしようかな。

 とぼんやり考えながら、準備が整ったので立ち上がり、出口を目指して歩き出す。


「あっ」


 背後で小さな悲鳴が上がった。

 見れば、先ほどから館内で走り回っていた子供が棚の近くに立っていた大学生くらいの男性とぶつかったらしい


 バン!

 と小気味良い音が館内に響いた。

 俺がさっきまで座っていた机に鈍器が如く六法全書が落ちていた。


「ごめんなさーい」


 子供がけらけら笑いながら謝罪する。

「たく、気を付けろ!」

 と文句を言った大学生の手には、たくさん法律関係の資料があった。学校の課題だろうか。


 あのまま座ってたら後頭部に分厚い六法全書が落ちてきていた。


「……」


 だから、なんだよ。

 そんなんで人間死ぬわけないだろう。


「帰ろう」


 俺は図書館を逃げるように後にした。




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