第36話:八月の夜 後
「もう寝るぞ」
「……うん」
「おい」
「うん?」
「……おまえ、いま、浴衣脱いでるな。帯をほどく音がしたぞ」
「うん。……こんなスカスカした布切れいりまセーン」
「バカかよ。脱ぐな。それから寝てるときには絶対近寄るなよ。布団も折角二つ用意してもらったんだから、俺の方に入ってくるなよ」
「でも、銀千代、お布団にはいるときはいつも裸族なんだよ……。裸だと世界に少し優しくなれるんだよ」
「嘘つくな。仮にそうだとしても、時と場所を選べ」
「時は今! 場所はここ! 銀千代は服を脱ぎます!」
「そうか。それなら仕方ないな。鈴木くんたちの部屋で寝ることにする」
「待って、待って、ゆーくん! これには事情があるの!」
「……なんだよ?」
「やむにやまれぬ事情がっ!」
「だから、どんな理由だよ」
「……内緒にしてたけど、銀千代、サキュバスに体が乗っ取られて、男の人の精を貰わないと死んじゃう体になっちゃったの」
「そっか」
「……このままだと死んじゃうからゆーくんに手伝ってほしいなぁー……なぁんて」
「おつかれさまでした。おやすみなさい」
「……」
「銀千代?」
「服、着ました」
「まあ、いいだろう。くっつくなよ」
「えへへ、ありがと。これで今日はいい夢見れそうだね」
「もう寝るぞ」
「夢と言えば、銀千代にはでっかい夢があるんだよ」
「そうなんだ。おやすみなさい」
「……どんな夢か聞いてくれないの?」
「どんな夢なの?」
「部活作りたいの」
「つくれば?」
「名前なににしようか迷ってて。ゆーくん大好きクラブとゆーくん愛してるクラブ。どっちがいい?」
「どっちでもいい。どのみち部員数足りなくて発足できないし、できたとしてもすぐに廃部になるからな。寝言が言いたいならまず寝てから言え」
「部長は銀千代」
「一人でやってろ」
「ありがとう。頑張るね」
「まて、今のは許可したわけじゃない」
「ちなみに銀千代とゆーくんの仲を切り裂こうとしてるメンバーがいたらこ……お仕置きするんだけど」
「誰も集まらないって」
「えー、ゆーくん好きな人はたくさんいると思うよ。こんなにかっこいいんだもん」
「そりゃどうも。もういいからさっさと寝ろよ」
「でもねぇ、間違いなく言えるのは銀千代が一番愛してるってこと。だから、この思いを共有する友達はほしいんだよね。あーあ、早く部活つくってゆーくん好きトークで花咲かせたいなぁ」
「いいのか、それ? ライバルじゃないの?」
「恋敵? それはあり得ないよ。世界で一番かわいい女の子がゆーくんのこと好きなんだよ?」
「相変わらず自信過剰だな」
「ゆーくんを愛する前に自分を愛さなくちゃね。自分が嫌いなものを大好きなゆーくんに薦めるなんて、あってはいけないことだから」
「謎理論だな。わかったからいい加減寝るぞ。もう遅いんだから」
「銀千代はねー、ゆーくん好きな人は好きなんだよ。銀千代とゆーくんの仲を割こうとする人は嫌いだけど」
「あっそう。つうか、くそみたいな部活つくらなくても、放課後のサイゼリアとかで駄弁ればいいじゃん」
「部活じゃないと補助金と部費がでないからさ。それで一分の一スケールのゆーくん人形を作ろうと思うんだけど、どうかな。部室に飾るの。AIを仕込んで、会話できるようにするんだぁ」
「はま寿司の受付に並べるつもりか?」
「あとはねー、ゆーくんには週一ミーティングに参加してもらいたの。そのミーティングの時に今週は何をしてほしいか、何を望んでいるかをプレゼンしてほしいんだ」
「欲しいもんあったらバイトするからほっといてくれ」
「お金で買えないものとかも大丈夫だよ。ちなみに銀千代はね、校庭に全校生徒集めてマスゲームさせたいな。ゆーくんと銀千代の幸せを全校生徒で祝ってほしいの」
「独裁者かよ。もうお前の異常性は十分に理解したから、寝させてくれ」
「あとはねぇ、他の部活と交流戦したいの。美術部にはゆーくんの肖像画を。軽音部と吹奏楽部には銀千代が作詞作曲のラブソングを演奏してもらって、漫画研究部にはゆーくんとの恋愛漫画を描いてもらおうかな」
「そんなものやらされる奴等の気持ちになって考えてみろ」
「最高の気分だよね。きっと大喜びだよ」
「昔から何回も言ってるけど、一回医者に診てもらえって」
「半年に一回通ってるよ」
「え、まじかよ」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「初めて聞いたぞ。そうか、そりゃそうだよな。んで、医者はなんて?」
「ホワイトニングは定期的に行わないと効果が持続できないって」
「歯医者じゃねぇよ。頭の病院に行けって」
「美容院? ゆーくんの好みは黒髪ストレートだったはずだけど、変わったの?」
「精神科に行けって言ってんだよ」
「なんで? 銀千代は心も体も健康だよ」
「そう思えないから精神科の受診をおすすめしてるんだ」
「あ、もしかして恋患いを心配してくれてるのかな。たしかにゆーくんのことを思うと動悸が激しくなって体温上昇して、精神状態が著しく不安定になっちゃうけど」
「お前の精神が安定してるとこ見たことないよ」
「むむ、それはたしかに」
「多少は否定してほしかったな」
「無理だよ。だってゆーくんのことを考えない時間はないもの。ゆーくんだってそうでしょ? 銀千代のこと常に思ってくれてるじゃん。わかるんだよ。そーゆーところ。精神的なつながりっていうのかな。いまはまだプラトニックな関係を望んでるのも十分理解してはいるけど」
「考えないで済むならそうしてぇよ。頼むから俺が望んでる時は黙っててくれ。迷惑だからな」
「うん、大丈夫」
「大丈夫じゃない」
「ゆーくんの迷惑になるようなことは絶対にしないから」
「今だよ」
「え?」
「いまがまさに迷惑の絶頂だよ」
「ええ、なんで。幸せの絶頂と言い間違えたの?」
「時計見ろよ」
「見たよ」
「何時だよ」
「3時15分23秒」
「どう思う?」
「3時15分23……28秒だなぁって思う」
「普通は寝てる時間だろうが!」
「そうなの? これぐらいの時間ならゆーくんもたまに夜更かししてゲームしてるじゃん」
「うるせぇ、今は眠いんだよ、寝させてくれよ!」
「昼間、タクシーでたくさん寝たから眠くないと思ったんだけど」
「……それでも寝たいときあるんだよ。例えば延々と耳元で意味のない話を語りかけてくる幼馴染みがいるときとかな」
「さすがお笑い通。オチがない話じゃないと認めないなんてまるで関西人だね。生まれも育ちも千葉なのに」
「やかましい。頼むからもう寝させてくれ」
「もちろんだよ。ゆーくんの睡眠を妨害するつもりは毛頭ないよ。睡眠不足はいい仕事の敵、美容にもよくないもんね」
「……やっとわかってくれたか。電気を消して三時間、がちの拷問かとおもったぜ」
「それならそうと早く言ってくれればよかったのに」
「何回言っても聞かないから諦めてたんだよ」
「男の子って、いつも背中で語りたがるんだから。愛してるって言葉もちゃんと言ってくれなきゃ伝わらないんだよ。あ、銀千代には伝わってるから安心し」
「寝る!」
「うん、そうだね。それじゃあ、ゆーくん、おやすみなさいしましょ。夢の中でまた会おうね」
「お前が出てくるのは悪夢だから出来れば会いたくないな」
「たしかに光あるところに闇があり、ヒーローがいることによって、悪役が生まれてきてるのかもしれないね。ゆーくんを助ける銀千代が現れるときはゆーくんは漏れなく悪夢を見てるのだとしたら、それはすこし悲し」
「おやすみ」
「いことかもしれないね。だけど、波風たたない人生よりちょっとくらい刺激がある方が張り合いがあ」
「おやすみ!」
「るってもんだよね。感覚遮断の実験ってのがあってさ。全身を真綿でくるんで、耳栓とアイマスクなんかで刺激が少ない状態にすると被験者のほとんどが幻覚をみるようになったそう」
「おやすみなさい!!」
「……ゆーくん、寝ちゃうの?」
「寝る。おやすみなさい!!」
「さみしい……」
「そうか」
「……」
「……」
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
「……」
「……ちゅきぃ」
「……」
「ゆーくん、好きだよぉ……えへへ」
「……」
「ゆーくん……?」
「……」
「ゆーくん」
「……」
「ゆーくん、寝た?」
「寝た」
「起きてるじゃんー!」
「寝ろっ!!!」




