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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
最終章:金守銀千代は砕けない
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第36話:八月の夜 前


「夏と言えば花火だよね」


 夜。

 本来ならば熱帯夜なのだろうが、吹き抜ける潮風は冷たく、心地よかった。

 ほんとは宿にこもってゲームしたかったが、銀千代がねだるので仕方なく夜中に浜辺にやって来たのだ。

 せっかく遠くに来ているのだから、そういうのも悪くない。

 真っ暗な夜空に散りばめたような星が浮かんでいた。


「ほら、ゆーくん、こっち来て。これ持って」


 銀千代が手招きするので、隣に立つ。

 チャッカマンのオレンジ色の火が手持ち花火の先に触れると同時に、シュゴーと色とりどりの火花が飛び出した。


「おおー。綺麗だな」


 火薬の匂いと潮の香りが混じる。銀千代が隣で愉快そうに笑い声をあげる。


「空中にハート描いて。その状態で」


「……なんの意味が? つうか、金音呼んでこいよ。一人じゃかわいそうだろ」


「いいから、ハート! ちがう、もっと高い位置で!」


 宿でご飯を食べて浜辺集合のはすだったのに、途中でトイレに行くと言った金音が、まだ来ていなかった。

 ちょっと待ってから花火しようと言ったのだが、銀千代はどうしても待ちきれないらしく、クリスマスプレゼントの包装を破る子どもが如く花火を開封していた。


「あいつの分、残しとけよ」


「うん、大丈夫。とりあえずこの一本は銀千代とゆーくんだけの時間なの」


 なんだってんだ。

 しょうがなしに空中にハートを描くように花火を振り回す。


 銀千代は横でにやにや笑っているだけである。

「お前、花火しないの?」

 と聞いても、

「ゆーくんの花火が綺麗だから見てるの」

 とうっとりとした瞳で謎の答えを呟くだけだ。


 持っていた花火が消える。火薬の匂いが夜空に散った。二本目に行こうとしたら、「動かないで!」と命令された。なんだ? 花火奉行か?

 無視して二本目に行こうとした時、

 金音が「オーケーでーす」と叫びながら、海から出てきた。髪にワカメがついている。新手の妖怪みたいだった。


「お前、ずっとそこにいたのかよ」


「十五分前からスタンバイしてました」


「なんのために……」


 海水で服がびちゃびちゃだ。

 暗くてよくわからないが、たぶんシャツが濡れて透けている。急いで二本目に着火しようとしたが、すぐに金音は移動して、浜辺の石段に腰を下ろし、首から下げていたカメラをいじり始めた。

「花火、やんないのか?」

 なんだかんだで楽しくなってきた。


「あとでやります。私には使命があるのです」


「どうだった?」


 パタパタと銀千代が金音に駆け寄る。

 よくわからんが蚊帳の外だ。それでけっこうである。


 一人で線香花火を楽しむ。

 なんとも言えぬ物悲しさが堪らない。


 金音と銀千代は浜辺の階段に座り込んでなにやらカメラチェックに精を出していた。

 仲のいい姉妹みたいだ、こうしてみるとほほえましいな、とぼんやり眺めていたら「ゆーくん様、どうぞ写真をご覧になってください」と金音が手招きした。

 ボトンと線香花火の玉が砂浜に落ちた。暗くなった夜の海に白煙が溶けていく。


 金音の持ってきたデジタルカメラの画面を覗きこむ。一本目の花火のときに写真を撮っていたらしい。

 火花で作られたハートの中心に俺と銀千代が立つ写真が出来上がっていた。


「シャッターの降りるスピードを遅くすることで、光で文字を作れるんです」


 そういう手法があることは知っていたが、まさか撮られていたとは。

「消せよ」と喉まででかかったが、なんだかんだで良く撮れていたので、グッと言葉を飲み込んだ。なにより金音が海に浸かりながら撮った写真だ。


「今年のピューリッツァー賞はいただきですね」


 とまではいかないものの、いい写真なのは確かだった。


「本当にいい写真……。銀千代が死んだら、これを遺影にして」


 俺も死んだみたいになるから却下だ。


 それから残った花火を一気に片付けた。

 素直に言うと、楽しかった。

 絵日記の宿題は出ていないが、もしあったら間違いなく綴っていたことだろう。



「お風呂入ろーぅ。髪が煙臭いよー」


「私も体が海水でベタベタです」


 夜道を三人で歩く。

 ここからが本当の試練と言っても過言ではない。

 念のため調べたが、女湯と男湯は別の場所にある。

 混浴なわけない。当たり前だ。


 宿に戻り、部屋で着替えの準備をし、大浴場の前で別れる、その前に、


「わかってると思うが、男湯には入ってくるなよ」


 念のため、釘を指しておいた。


「? なんでそんな当たり前のことをいうの? 厚生労働省の「公衆浴場における衛生等管理要領」では「おおむね10歳以上の男女を混浴させないこと」とされてるから、男湯に入るなんてことするわけないよ 」


 当たり前のことを言わないと理解してくれない生物がここにいるからだ。


「昼間に風呂場で洗いっことかわけのわからんこと言ってたからだよ」


 掘り下げるのヤだったからスルーしたけど。

 銀千代は少しだけきょとんとした表情を浮かべたあと、小さく頷いてから続けた。


「うん、しよ。背中流してあげる」


「男湯入ってくるなって言ってんだろ」


「男湯には入らないよ。というか入る必要ないんだよ」


 銀千代はわざとらしくチャラっと音をたてて、懐からなにかの鍵を取り出した。


「家族風呂」


「……!?」


「借りたんだぁ。露天だよ」


「……家族? なにそれ?」


 ニマァ、と笑い銀千代は続けた。


「大浴場じゃなくて、銀千代とゆーくんの貸し切りってこと。一時間だけだけどね。ほらそこ」


 銀千代が指指した先に、男湯と女湯とは違う別の扉があった。ドアノブには『貸し切り専用』と札がかけられている。

 えっ、この世の中に、そんな摩可不思議(エロ)システムが存在したのかよ。


「うっへへへへへへへへ」


「……」


 下品な笑い声が廊下にこだました。

 風呂にはいってもいないのに顔に熱が上る。

 一瞬、合法ならいいんじゃね?

 と思ってしまった心臓と下半身を落ち着かせる。

 もし、ここで、銀千代と貸し切り露天風呂に入ってしまったら、ほぼ間違いなく、取り返しのつかないことになるだろう。

 でも、まあ、旅の恥はかきすてとも言うし、というか、風呂入るくらいべつに構わなくないか?

 なにを斜に構える必要があるのだろう。

 大体わざわざ貸し切り風呂の鍵を借りてくれたんだぞ。なにも悪いことはないはずだ。

 裸みるぐらいなんだよ。いいじゃん、べつに。銀千代の裸、そりゃみたいよ。男だもの。見るだけだよ。背中流して貰おうよ、なにも悪いことしてないじゃん。誰に言い訳する必要ないし、違法な要素は一切な……、


「あれぇー、銀ちゃん、金ちゃん、トワさん、よっすー。まだお風呂入ってないのー? 21時までだから急いだ方がいいよん」


 女湯の暖簾をくぐって出てきた花ケ崎さんが、廊下でグダグダする俺たちに手を振り去っていた。浴衣着ていた。お風呂上がりの石鹸の香りが鼻孔を擽る。


「……」


 正気に戻った。


 危ないところだった。忘れてたぞ。この宿、学校の友達が複数人来ているんだった。もし万が一貸し切り風呂の扉から出てくるところを誰かに見られたりしたら、不味いことになるだろう。噂が噂を呼び、最悪不純異性交遊で停学もあり得る。


「花ケ崎さんは風呂上がりポニーテールにするんですね」


「あざとい女だね。危険度をワンランク上げておこう」


 銀千代と金音が花ケ崎さんに気を取られた一瞬のスキをついて男湯にダッシュした。


「ああっ」


 あれ以上銀千代を前にしては、欲望に抗えることが出来なさそうだったのだ。


「ちょっ! ゆーくん、ひどいよ! 借りるのに二千円かかってるのに!」


 男湯の暖簾の向こうから銀千代の悲痛な叫び声が響いた。恥ずかしいから黙っていてほしい。


「金音といっしょに入ればいいだろ!」


 暖簾を挟んで叫ぶ。


「うーむ、致し方ありませんね。そうしましょう。銀千代ちゃん」


「意味ない!」


 まあ、たしかに。

 と思いつつ、俺は「またあとでなぁ」とできるだけ気楽そうな声を出して、男湯を堪能することにした。脱衣場の人の視線が俺に集まっていた。最高に恥ずかしかった。

 湯心地は最高だったが長湯は危険だ。

 一時として油断することは許されない。

 カラスの行水とまではいかないが、すぐに上がって、部屋に戻った。


 水風呂は俺に冷静さを取り戻してくれた。旅行で浮かれ気分だった自分を反省することができた。


 そのあとはまあ、布団が一つしか敷かれてなかったり、銀千代が浴衣をはだけさせて、誘惑してきたりしたが、すべて想定の範囲内だ。

 銀千代がなにか仕掛けてくる前に俺は早々に寝ることにした。

 うつぶせである。

 仰向けで寝てはいけない。

 朝起きたときのことを想像してほしい。

 うつぶせ状態で毛布にくるまるれば、これこそが完全防御形態である。


 解決だ。

 安眠間違いなし。


 そんな風に思っていたことが、俺にもありました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ありがとうございます。 本当にありがとうございます。 [気になる点] 三人で花火もいいんだけど、いいんだけども。 打ち上げのおっきい花火。。 無理かぁ。 どこも中止になったし。 …
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