閑話3:本当にあった怖い話
これは本当にあった怖い話です。
高校二年生の五月、
同じクラスの男子と仲良くなりました。名前は仮にUくんとします。
彼にはGちゃんという幼馴染みの女の子がいました。
Gちゃんは彼に好意を抱いているらしく、Uくんが他の女子と談笑していると、嫉妬からか、すぐに間に入るほどでした。
彼女は読者モデルをするぐらい可愛いので、私はもちろん、クラスのみんなも、二人は付き合っているものだと思ったのですが、話を聞いてみると違うそうです。
「なんで付き合わないの?」と訊ねた私に、Uくんは唇を青くさせて教えてくれました。
「あいつはヤバいんだ」
Uくんに執着するGちゃんは、言葉を選ばすストレートに表現するのならば、【異常】でした。
盗撮盗聴は当たり前で、尾行や監禁、不法侵入もお手のものだというのです。
もちろんUくんは何度も先生や友だちに助けを求めたと言っていました。だけど、Gちゃんが外堀を埋めているからか、誰もまともに取り合ってくれなかったそうです。警察に相談したときは、子供の世迷い言と説教されて帰されたそうです。
久しぶりにするまともな会話が嬉しかったのでしょうか、Uくんは嬉々として、Gちゃんの常軌を逸した行動を語ってくれました。
この日Gちゃんは高熱を出して早退していたのです。
放課後、家に帰った私は教えてもらった一つ一つのエピソードをワードに書き起こしました。
はじめは記録として、なにかの助けになればと思っていたのですが、元来文章を綴るのが好きだったので、いつの間にか、Uくん視点の私小説のようなものが出来上がっていました。
それから一週間ほどかけて体裁を整え、完成したものを『小説家になろう』というサイトに投稿しました。
たくさんの作品が溢れるサイトなので、特に人気が出ることもありませんでしたが、それなりに見てもらうことはできて、私は上機嫌になりました。
投稿から一週間ほど経ったある日の夜。私はすっかりその事を忘れて、眠っていました。
真夜中、部屋の窓がバンバンと叩かれる音で目が覚めました。
はじめは風や虫がぶつかっているのだと毛布をかぶりましたが、音は断続的に続いています。
スマホを光らせて見ると深夜一時です。加えて言うなら私の部屋は二階なのでノックできるはずがありません。
布団を被って震えていましたが、音がやむ気配はありません。
私は覚悟を決めてカーテンを開けました。
「こんばんは」
そこに立っていたのはGちゃんでした。
驚異的な身体能力で、壁の数センチのヘリに立っています。Gちゃんはにっこりと微笑むと窓を開けるように言いました。
私は腰が抜けてしまいましたが、彼女に逆らうと恐ろしい目にあうとUくんの言葉を思い出し、這いずるように窓を開けました。
「夜分遅くにごめんね。今日はUくんが夜更かしで寝付きがちょっと悪かったんだ」
なんの関係があるのだろうと一瞬悩みましたが、すぐに答えが出ました。彼女はUくんを見張っているので、彼が寝てからでないと行動を起こせないのです。
「小説読んだよ。モデルはUくんだよね? なかなか良くできてたけど、アレじゃあ、Uくんの魅力の百万分の一も伝えられないよ」
サッシを乗り越えてから、Gちゃんは肩をすくめて言いました。
「今後の展開はどうするつもり?」
「い、一応Uくんに教えてもらったエピソードを書いていこうと、思ってます」
「なるほどね……ふんふん……、正直にいうとヒロインがちょっと病的すぎるかな。これじゃあ、読者の人に引かれちゃうよ。ちなみにモデルとかいるの?」
「G、Gちゃんです」
「え、私? うーん、……えー? こんなことあったかなぁ……んー、あんま覚えてないなぁ」
無自覚ほど恐ろしいものはありません。彼女はきっと今している行動も、なんら悪意を感じていないのでしょう。
ナチュラルボーンサイコパス。
Uくんが使っていた言葉を私は思い出しました。
スマホを取り出してGちゃんは首を捻っています。画面には私が綴った小説が表示されていました。
小学六年生の冬休みにUくんを軽井沢の別荘に監禁したときの事を綴ったものでした。
「この小説なんか違うんだよね……外道すぎるというか……ひかれすぎちゃうというか……」
「うわぁ…」そうですか……。
「そうだ。第二話のエピソードは丸々削ろう。それから残酷で猟奇的な描写もなくして、いまのR18から全年齢にしよう! 全年齢にUくんとのラブラブっぷりをみてもらうんだ」
「で、でも、もう公開しちゃってますよ。コメントだって」
もらったコメントは「主人公がかわいそう」とか「ヒロインヤバすぎ」とかそういうものばかりでした。
「ウェブ小説だからいくらでも編集できるよね?」
「そ、それはそうですけど」
「エログロエピソードは削除して、二人がいちゃいちゃしている話はそのままでいんじゃないかな。例えば2話、3話は『小説家になろう』のプライバシーポリシーに抵触するから削除して」
「は、はぁ……」
「あとこのタイトルもよくないと思うな。『幼なじみがヤンデレ』って。普通すぎるというか。ひねりがないよね」
そういって彼女は私にスマホの画面を突きつけました。
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<R18>18歳未満の方はすぐに移動してください。
この作品には 〔18歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。
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幼なじみがヤンデレ
作者:◯◯
幼なじみがヤンデレ。ただそれだけの話です。
第1話:異常性愛者
第2話:監禁凌辱殺人未遂
第3話:シリアルサイコキラー
第4話:懺悔
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「こんなんじゃ誰も見てくれないよ。並んでる文字が可愛くないもの。そうだ。タイトルは『トップアイドルの可愛すぎる幼馴染みが俺にめちゃくちゃベタ惚れな件』にしよう」
「そ、そのタイトルじゃ、ヤンデレ好きな人向けに書いたのに伝わりません」
「ヤンデレ……? ってなに?」
自覚がないらしい。
「えと、普段は病んでて、特定の人にはデレデレする、タイプのことをヤンデレっていうんです」
「よくわからないけど病んでる人が好きな人なんているのかな。その人の方が病んでるような気がするけど……」
「わ、私もよくわからないですけど、一部のコメントでは『ヒロインいいぞ、もっとやれ』ってのもありましたし」
「ふぅん。どうしてもソレを伝えたいなら、サブタイトルでいんじゃない?」
「さ、サブタイトルですか?」
「うん。『トップアイドルの可愛すぎる幼馴染みが俺にめちゃくちゃベタ惚れな件―彼女は少しだけヤンデレかもしれない―』どうかな?」
「な、長くないですか?」
「Uくんとのラブラブっぷりはこんなちっぽけな文字数じゃ本当は収まらないんだよ」
「わ、わかりました」
私はしぶしぶタイトルを変更することにしました。そうしないと帰ってもらえそうになかったからです。正直眠気が限界でした。朦朧とする意識の中、彼女の言葉に従い指を動かしました。
「変えました」
「うん」
Gちゃんはスマホを操作して変更を確かめていましたが、しばらくして「うーん」と首をかしげて続けました。
「あらすじも変えた方がいいよね」
「……はぁ……でもタイトルでほとんど内容説明してるからよくないですか?」
「いまから言うからちゃんとメモってね」
「わ、わかりました……」
「俺の名前はUくん。なんの変哲もない普通の高校生だ。俺には美人で可愛くてアイドルをやっているGちゃんという幼馴染みがいる。彼女は俺にベタ惚れでところ構わずいちゃつこうとしてくるんだ。俺は全然普通だと思ってたけど、世間一般的に見たら彼女はヤンデレだという。他人にどう思われようと関係ねぇ。常識を疑え!」
「……」
それから彼女は各話のタイトルも変更を要求してきました。私は自分を殺して彼女の言うとおりの文章を打ち込み、編集ボタンをタップしました。
「変えました……」
「ありがとう。ん」
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トップアイドルの可愛すぎる幼馴染みが俺にめちゃくちゃベタ惚れな件―彼女は少しだけヤンデレかもしれない―
作者:◯◯
俺の名前はゆーくん。なんの変哲もない普通の高校生だ。俺には美人で可愛くてアイドルをやっている銀千代という幼馴染みがいる。彼女は俺にベタ惚れでところ構わずいちゃつこうとしてくるんだ。俺は全然普通だと思ってたけど、世間一般的に見たら彼女はヤンデレだという。他人にどう思われようと関係ねぇ。常識を疑え!
第1話:眠れない夜
第2話:会いたくて会いたくて
第3話:はじめて(はーと)
第4話:ふたりきり
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Gちゃんはスマホの画面を見て、眉間にシワをよせました。
「ちょっと本名出ちゃってるよ! プライバシー考えて!」
「あ、失礼しました」
「ん、よし。これで大丈夫そうだね。ゆーくんと銀千代のラブラブエピソードを全世界に公開していくんだ。うふふふふふふふふふふ、これは面白くなるぞ!」
Gちゃんは嬉しそうにニタニタ笑いました。
私はそこで緊張の糸が切れたのか、気を失ってしまいました。
次の日の朝、目が覚めると、何事もなかったようにベッドに寝ていました。寝汗でパジャマがグショリと濡れています。
どうやら、夢だったようです。
ほっ、と安心して、念のため『なろう』の作者ページにアクセスしたら、一週間前に投稿した『幼なじみがヤンデレ』のタイトルが変わっていました。
「ひ、ひぃ!」
私は悲鳴をあげて、スマホを放り投げました。夢じゃなかったのです。
今すぐ逃げ出したいと思いましたが、Gちゃんに家の場所がばれています。初夏だと言うのに震えが止まりませんでした。私は投げてしまったスマホを拾いなおし、震える指でUくんに電話かけました。
もはやこの現状を打開できるのは彼しかいないと思ったのです。
「なんでそんなんなるまで放っておいたんだ!」
Uくんの声がスピーカーから響きます。
「破ァーッ!」
Uくんの声のあとに電話の向こうで女の子の悲鳴が小さく響きました。おそらく近くにいたGちゃんに説教してくれたのでしょう。しばらくして、
「あとは俺がなんとかしておくから。その小説はいますぐ削除して、二度寝でもして、忘れなさい」
と優しく言ってくれました。
私はアドバイス通りに小説を削除し、二度寝をしました。
Uくんのお陰が、それからGちゃんにつきまとわれることなく、私は今日まで生きています。
もしあの時、Uくんを頼らなかったら、どうなっていたかわかりません。
これが私が経験した怖い話です。
ちょっとやりすぎた感じがあるので、
タイトル等、次の投稿のときに直します。
反省してます。




