第34話:七月の神はサイコロをふらない 後
強制されるとやる気なくなるのがテレビゲームというものである。
練習……なんてするはずもない。
油断をしているのではなく、ONE PIECEがWebで90巻まで無料公開されていたので、しかたないのだ。
「ゆーくん、しよっか」
「ゲームをな。言い方考えろ」
お昼過ぎ、珍しくドアから入ってきた銀千代は、ゴロゴロしながら漫画読んでいる俺に声をかけてきた。
「負けたら、海だからね」
「……負けたらな」
仕方ない。体を起き上がらせて、ゲーム機の電源をいれる。
銀千代は何故だか制服を着ていた。半袖のシャツにスカートだ。
「つか、なんで制服着てんの?」
「足りない出席日数を補修で補ってるんだ。悔しいだろうがしかたないんだ」
「ふぅん。大変だな」
起動し終わるまえに、銀千代と横並びに座る。
「で、なにやる?」
「これで対戦を希望したいな……」
わざわざソフトを買ってきたらしい。案の定この間の生配信でやっていたレトロゲームだった。中古ショップめぐりでもしたのだろうか。
「ああ、いいぜ」
「魂を賭けようッ!」
「そこまでは求めてない」
ソフトを本体に差し込む。初期のプレステのロゴマークが画面に浮かび上がる。
起動し終わるまでに、説明書を開いてキャラの操作方法を学ぶ。昔のゲームの説明書って、やっぱいいよなぁ、いまのゲームは説明書ついてないから少しだけ寂しい、と思っていたら、タイトルロゴが浮かび上がった。
キャラクター選択画面になる。俺はテキトーに人気のキャラを選び、銀千代は主人公的なキャラを選んだ。
「二ポイント先取な。負けても文句言うなよ」
「うん」
「ちょっとは練習してきたのかよ? パンチの打ち方知ってるか?」
「丸ボタンでしょ?」
「……そうだけど」
格闘ゲーム自体やるのが久しぶりだ。こういうゲームはガチ勢が凄すぎて新規参入が難しいのだ。とはいえ、説明書でコマンドは一通り目を通したしレバガチャには負けることはないだろう。まずはオーソドックスに遠距離技で様子を見て、接近と同時に強攻撃を食らわせよう。
レディ、の文字が切り替わり、ファイトと大きく浮かび上がる。
よし、さっそく遠距離コマンドを、と指を動かそうとした瞬間、
「縮地……!?」
銀千代のキャラが一瞬で俺のキャラに近付き、空中に投げ飛ばした。
「は?」
何が起こったのか、理解できなかった。まさか、いや、これは。
「おい、銀千代、ちょっ」
「……」
「ちょっと、まっ」
「……」
「おいっ!」
「なぁに、ゆーくん?」
カチャカチャカチャカチャと銀千代の指が激しく動く。
嘘だろおい、どんなに俺が操作してもそれが反映されることはない。起き抜けの一撃が繰り返される。ずっと銀千代のターンだ。間違いない、
これは、ハメ技!
古いゲームにありがちな永久コンボ……っ!
一度食らったら逃れられない、鬼畜の所業。
「ちょっ、まてよ、お前っ! このゲーム、やりこんでるな!」
「答える必要はないよ、ゆーくん」
KO! パーフェクトゲーム!
と画面に表示される。コントローラを画面に投げそうになった。
「勝負の世界に言葉は不要だからね」
ふふん、と、どや顔された。
「ふざけんなっ!」
そういうのは暗黙の了解で使ってはいけないものとされている、と風の噂で聞いたことがある。
古いゲームはアプデが入ることがないので、バグや永久コンボといった不具合がそのまま製品版になっていることが多いのだ。
「おまえなっ! だめだろ、それは!」
「勝負の世界に慈悲はないんだよ」
「てめぇ……」
はっ。
コントローラを握る銀千代の指、絆創膏貼られていた。まさか、あいつマメができて、それがつぶれても練習し続けたのか。
血が滲む絆創膏には銀千代の努力と不退転の覚悟があった。
こいつはゲームが苦手だ。俺に勝てるはずがない。
正確無比に指を動かし、タイミングをみて技を打ち込む……言うは易し、行うは難し。
何故やつが永久コンボを体得するかに到ったかを考察することに意味はない。到底合理的な道筋ではたどり着けない場所だからだ。おそらくは狂気にすら近い感情に身を委ねたのだ。二日、あるいは三日か。それのみに没頭したのだ。
「……」
「第二ラウンド始まるよ。ゆーくんには悪いけどこのまま決めさせてもらうね」
「ふ、ふふ」
「ゆ、ゆーくん?」
「なんだかやべぇ状況だってのに、俺ぁ、ワクワクしてきたぞ」
気合いを入れ直す。いいだろう。
俺にもプライドってもんがある。ド素人に負けるわけにはいかないのだ。
「来いっ!」
「うにゃあ!」
画面とリンクするように銀千代が叫んだ。永久コンボの一打目を叩き込んでくるが、読みきっていた俺はそれをガード。代わりにしゃがみ弱キックを銀千代の操作キャラの向こう脛に叩き込んだ。
「ふぇ!?」
「りゃあ!」
コマンドを入力する暇なんてない。弱パンチからのしゃがみ強攻撃。
「くっ、えい!」
かわし、後ろに回り込んで弱パンチかける二回。
泥臭くて結構。派手さは一切無い。銀千代の攻撃をさばき、隙を見てカウンターの強攻撃。結局慣れていない素人同士の戦闘では、コマンドを入力するより、通常攻撃で削る方が効率いいのだ。
「くらえ!」
KO! の文字が浮かび上がる。地味だが勝利だ。
「よっしゃあ! おらぁっ!」
「ああ!」
「グッドぉ! なかなか面白いゲームだ!」
パーフェクトとは行かなかったが、2ラウンド目を取ることができた。
「くっ、さすがゆーくん、……でも、勝負はここからだよ」
「それはどうかな? 二戦やって、操作の方は大体覚えたぜ。お前はどうだ?」
「……」
「大方永久コンボの練習しかしてなかったんだろ? だから、それを防いでしまえばもはや俺の勝利は揺るがないわけだ」
「む、むぅ」
「いいか、お前はいま下り坂にいるんだっ!」
勝負の3ラウンド目……!
レディ……、
「……緊張したら暑くなってきたね」
「はっ、すぐに終わらせてやるよ」
ファイトっ!
「おりゃあー!」
「ちょっとタンマ」
ポーズが押された。くっ、昔のゲームはどんな状況だろうとわりとポーズできるのだ。イラつく。
「おい、ふざけんなよ、これからってときに!」
「暑くなったから、服脱ぐ。すこしだけ待っててね」
「……は?」
画面から目を離し、隣にやると、銀千代がシャツの前ボタンを開けているところだった。
「お、おい、お前なにして……!」
慌てて、正面を向く。
「今日も炎天下だったから体が火照っちゃって……」
だから言い方考えろって!
「さっ本番はこれからだよ。それじゃ、ポーズとくね。さん、にー」
「お、おい、嘘だろ、ちょっと」
ぱさりと床にシャツが落ちる音がした。ってことはいま、銀千代は隣で半裸?
「まっ」
ポーズが解かれる、ちらりと横を向く。
目に飛び込んでくる肌の色とブラジャーの水色。
「服きろよっ!」
「ファイトっ!」
銀千代のキャラが俺のキャラに接近し、永久コンボの一打目を叩き込んだ。
終わりの始まりである。
「あっ!」
時、既に遅し。
銀千代の裸に気をとられてしまった。
「ああっ、しくったぁ!」
機械的に技が叩き込まれていく。殴打音と哀れな呻き声がテレビのスピーカーから響く。なすすべない。ミス待ちだ。
「卑怯だぞ銀千代! お前には恥じらいってもんがないのか!」
「なんで? これ、水着だよ。今度持ってくやつ」
「え?」
KO!
地面に叩きつけられた俺のキャラが二三回バウンドしてからピクリと動かなくなった。
そらしていた視線を銀千代の胸部に戻す。「あっ」たしかに生地は撥水性ありそうだ。青色の水着。ビキニ。結構でか、いや、えーと、同級生の谷間はちょっと刺激強い。
「ま、まじまじ見られるとちょっとだけ恥ずかしいかな……」
「……」
2ピー、ウィン!
スピーカーが銀千代の勝利を告げる。
俺にとってみたらブラもビキニもどっちも同じようなもんだ。
「ふ、ふふ、ゆーくん、銀千代の勝ちだね」
ニタリと笑い銀千代はコトンとコントローラを床に置いた。
「はっ!」
しまった。完全に油断していた。というかこれ単純な色仕掛けではないだろうか。
「いや、これは、ノーカ…… 」
「一緒に海に行こぉ。白い雲、青い海、きらきらと輝く水面、波しぶき、若い二人はビーチで……えへへ」
「ぐ、くぅ」
銀千代は立ち上がりこちらに歩を進めた。せまる谷間と白い肌。
「ち、近寄るな、お前」
「ところで水着、どう? ほんとは一緒に選びたかったんだけど、恥ずかしがるかなって思って、好きそうなの選んだの……えへ、似合ってる?」
いまの状況のが恥ずかしい。
「似合ってる、似合ってるから早く服着てくれ!」
「うふっ、ありがと! 下はねぇ、えへへへへ、ビーチでのお楽しみ」
といいつつ銀千代はスカートをペラリとたくしあげた。うぐ。
「にへ!」
ぱさりとスカートが戻る。チラリズムだ。くそが。鎮まりたまえ。色々と。
なんにせよ俺の負けだ。
完全敗北だ。
銀千代にじゃない、ちょっと見たいと思う自分の心に負けたのだ。
おれはただ、海よりも禅寺に行きたいと思った。煩悩を捨て去るのだ。さすればこの女に抗うことも出来るだろう。




