第34話:七月の神はサイコロをふらない 中
気づけば、日暮れがずいぶん延びた。
日が沈んでから、銀千代はゲーム実況部の仕事があると言ってタクシーに乗って、東京へと向かっていった。港区にある芸能事務所の一室で配信しているらしい。
熱帯夜。
アブラゼミだけが鳴いている。
夏休みの宿題を早めに終わらせようと机に向かったが、五分で飽きた。
「……」
今日は気分が乗らないので明日にしよう。大丈夫、計算では毎日二ページずつ進めていけば、余裕をもって終わらせることができるはずだから。
それより敵情視察は大切だ。
Wi-Fiをオンにして、スマホで芋洗チャンネルを検索する。
『はいどうもー!』
ご飯を食べて、お風呂はいって、ベッドに腹這いになりながらYouTubeを開く。配信予定時刻の七時になると同時に、接続待ちの画面がパッと変わり、いつか公開討論のときも同じような白い部屋に切り替わった。
長机にはプレステのコントローラーが置かれており、女の子が二人、椅子に座っていた。
銀千代と、……誰だっけ。
いつか花見にいた人だ。人懐っこそうな笑顔でひらひらと手を振っていた。
『ゲーム実況部、第二回目の放送ですー! 本日も西東一子ことワンコとっ! 』
『金守銀千代です。十六歳です。なんでもします』
『のふたりでやっていきたいと思いますぅ! どうぞよろしくおねがいしますー!』
コメント欄が表示されているが、わりと好評らしく、暖かい言葉が並んでいる。
パチパチパチと拍手をしてからワンコはぐいっと身を乗り出した。
『はい、というわけで昨日に引き続き、本日もこちらをやっていきたいと思います! 昨日はたくさんコメントありがとねぇー! Webニュースにも取り上げられて、幸先のいいスタートをきれました!』
お辞儀してからワンコは続けた。
『そんな状況で言うのはちょっとアレかもなんだけど、じっつはー、ワンコは怖いの苦手でして』
『ごめん、ちょっといいかな?』
『ん? 銀ちゃん、どうしたの? 台本、よ、読んでないの? 流れが』
言葉を遮った銀千代はやっくりとうつむくと、
『銀千代、昨日ソレやってわかったの。すごく難しいって』
『あ、うん。そうだね』
『みんな逃げるの早くて、見つからないし、懐中電灯パシパシして銀千代のことバカにしてくるし』
とゲーム機を指差して言い放った。
『え、あ、そうだねぇ。たしかに難しいね。頑張らないとだ。昨日は誰もエンティティに捧げられなかったからねー。今日こそはうまくやって……』
『だから別のやつにしよう』
『……えーと、はい?』
はい?
コメント欄が『はい?』で埋まる。
『もっと簡単なのやろう。銀千代でも勝てそうなやつ』
はい?
『え、えっー、まさかのここに来てのゲーム変更ー!? ここここ、こ、困っちゃうなぁ、どうすればいいんでしょうー?』
チラチラとワンコはカメラ外に視線をやった。どうやらスタッフに助けを求めているらしい。
『銀千代、思ったんだ。やっぱりピコピコも恋も、やるからには勝ちたいって』
『コイ?』
『絶対に負けられない戦いがそこにはあるんだ』
『や、やる気……はある、のかな?』
言っても聞かなそうな雰囲気にワンコは諦めたらしい、やがて『じゃあ、ストアにあるゲームからやりやすそうなの見つけようか』とぐったりとした表情でコントローラを握った。
企画会議でやれよ、と思わずコメントを書き込もうとしたが、意外なことにコメント欄は『このゲームおすすめですよ!』とか『さすが銀ちゃん、型にはまらない』とか『このゲームのすごいところはなんと言っても革新性。従来のFPSだとどうしても玄人向けのイメージが付きまとっていましたが……』と応援コメントで溢れている。
まさかとは思うが銀千代のやつ、俺と対戦するゲームをここで決めようとしているのだろうか。
『銀ちゃんはどんなゲームがしたいの?』
『簡単で銀千代が勝てるやつ』
『オーケー! わんこVS銀ちゃんだね!』
やはりそうか。
いいだろう、お前がゲームを決めると同時に俺もそれをダウンロードして、修行してやる。
『どれがいいんだろ。うーん、よくわかんないし、じゃ、これにしようか。安いし』
ワンコが選んだのはPSアーカイブスにあった格闘ゲームの往年の名作だった。本体のスペックがもったいないくらいのレトロゲームだが、操作性はシンプルでなにより分かりやすい。ゲーム素人の二人にちょうどいいのかもしれない。
『よっしゃあ! いっくよー』
わんこのキャラが構える。
『上上下下左右左右BA!!』
銀千代のキャラがへんな動きをする。プレステにBAなんてボタンはねぇよ。
わりと白熱した対戦をしていたが、30分見て俺は限界だった。
なぜなら二人ともレバガチャだったからだ。コマンド入力という概念を知らないのだろうか。テキトーにボタンをガチャガチャやっているだけの、見てて頭が痛くなってくる。コントローラが壊れそうで心配だ。
たまに出る派手な技でワーキャーいってるだけの微笑ましいチャンネルだった。
格ゲーは専門ではないが、この程度の素人操作であれば、造作もなく叩き潰せるだろう。
だが、俺は油断しない。
三日後が楽しみである。