第29話:六月の空は青色で
さて、観衆の盛り上がり度で言うと赤と青はどっこいどっこい、場内との一体感にピックアップすると、青チームが若干優位といった感じだったが、
教師陣の投票による評価では、花ケ崎さん率いる緑チームの勝利となった。
理由は単純明快だ。
プログラム十九番は『創作』ダンス。
アイドルグループのダンスを完コピしただけの赤チームは論外で、ライヴになってしまった青チームも評価対象外。
唯一真面目に創作ダンスに取り組んだ緑チームが優勝するのは当然の帰結だった。
ならはじめからそう言っとけよ、と場内の誰もが思ったが、許してあげてほしい。
ダンスが体育祭の得点に入ると決定したのは先日の職員会議でのことで、授業でダンスを取り入れたときはそこまで重要な競技になる予定ではなかったのだから。
このダンスの得点により、総合優勝は緑チーム、二位が青チーム、三位が赤チームとなった。
ジュース券を手にすることは出来なかったが、まあ、仕方ない。
初めての高校での体育祭、思ったより楽しめたのでよしとしよう。
「負けました……」
制服に着替えて帰ろうと歩いていたら、校門のところで沼袋に声をかけられた。
「完全敗北です」
落ち込んでいるらしい。いつになく伏し目がちだ。
「痛み分けだろ。優勝は緑だったし」
それにしても長いまつげだ。
「いえ、観衆は完全に銀千代さんに魅了されていました。それに、もし今回の体育祭が例年通りの時間でやっていたら、他のチームに勝ち目はありませんでした」
「なんで?」
「配られたのが、ボンボンではなくサイリウムだったら……日が落ちた時点で青チームの優勝は決まったようなものです」
「さすがに、そこまで手を回せないだろうし、たられば言っても仕方ないだろ。つか、そういうのは俺じゃなくて銀千代にいえよ」
「銀千代さんが見当たらなくて、先輩の近くかなって思ったんですが……」
「あのなぁ、あいつは俺のスタンドでもペルソナでもねぇからな……」
「あ、いた」
「……いたかぁ……」
後ろを向くと銀千代が花壇の影にいた。チープ・トリック並みに厄介なスタンドだ。
「沼袋が呼んでるからちょっとこっちに来い」
手招きしたら、無言でテトテトと近付いてきた。
「と、ともかく、銀千代さんの演技は群を抜いていました。他者を圧倒し、魅了する。私すらも……やはり、……やはり、すごいです!」
「……」
「貴女ほどの才覚を持った人は、……いません」
沼袋の瞳はいつのまにか潤んでいた。
「銀千代さん、生意気を言ってすみませんでした」
そのまま深く頭を下げた。
「芋洗坂を蔑ろにして、自由奔放に振る舞う貴方が、許せなかった。憧れの金守銀千代というアイドルが、恋する女子という『普通』の存在になってしまうことが、恐ろしくて、許せなかったんです」
「……」
銀千代は興味無さそうに半目で沼袋を見つめている。
「最初は先輩との仲を裂けば、銀千代さんは芋洗坂に戻ってきてくれると思っていました。だけど、それはただ私の『憧れ』を貴女に押し付けているだけだった。公開オーディションの時も、今回の体育祭のことも……」
銀千代はなにも言わない。
「私の身勝手なエゴを押し付けて、拒絶されたら勝手にキレて……お二人には本当にご迷惑をおかけしました」
「わかるよ」
「え?」
「銀千代も同じだから」
黙りこくっていた銀千代はゆっくりと口を開いた、
「自分の理想を相手に押し付けて、上手くいかなかったら泣きじゃくる。……だけど、それが普通の女の子なんだと思う。だからあんまり気にしないで」
お前は気にしろ!
「銀千代さん……」
と思ったが、なんか良い雰囲気なんでなにも言えなかった。
「私は今回のことで真のアイドルとはなにか、ということを深く学びました。だけど、まだまだわからないことだらけです。だから、これからも、近くで学ばせて下さい」
「銀千代たちにちょっかいをかけなければかまわないよ。ただし、ゆーくんを困らせたらダメだからね」
三メートル後方で銀千代が応じる。
体育祭で汗をかいたのを気にしているらしく、今日は離れて歩いている。毎日汗をかいててほしい。
「ごめんなさい。気を付けます」
殊勝に沼袋は続けた
「それで、あの、銀千代さん、負けた方は勝ったほうの言うことをきく、という約束でしたので、どうぞ、望みをおっしゃってください。私で、叶えられることなら、全力を持って応じます」
ちょっと顔が赤くなっている。なんとなくだけど、この人金音と同じような匂いがする。
「命令ね……」
銀千代は少し考えるように唇を尖らせて続けた。
「銀千代、芋洗坂辞めるから、あとよろしくね」
「ええっ!?」
さりげに爆弾発言だ。
「ど、どうしてですか!? 銀千代さんなら、いえ、いまの芋洗の実力なら、アイドル界のトップに立てるのに!」
「興味ない」
「な、なんで!」
「もうアイドル活動で学びたいことは学んだから、芋洗はもういらない」
「そんなっ、芋洗は、銀千代さんあってのものです……、私の話、聞いてました!? そ、それに、辞めてどうするんですか!?」
「普通の女の子に戻るの」
普通の基準が普通じゃない女は朗らかな笑顔で続けた。
「普通に恋をして、愛を知って、結ばれて……、そういうことをやっていきたいんだ。芋洗にはお世話になったから感謝してるけど、気苦労も多かったしね」
「そんな、そんな寂しいこと言わないでください……」
大粒の涙を流して、沼袋は悔しそうに銀千代を見つめた。
「私たちは、ずっと、不動のセンターの銀千代さんを追いかけ来たんです、これから先、なにを目指して行けばいいのか、銀千代さんがいなくなったらわからなくなりますっ!」
困ったことになった。
このまま銀千代が芸能界を引退したら、ほぼ間違いなく俺の自由な時間は無くなるだろう。依存度と異常度は加速度的に増加するはずだ。
今ですら、おはようからおやすみまで送られてくるラインや着信に辟易してるのに、現状の悪化なんて想像できないくらい最悪だ。
なんとしても避けなければならない。
「でももう決めたことだから。ごめんなさい。銀千代は芋洗坂を卒業して、普通の女の子に」
「銀千代」
たまらず声をかける。
「前も言ったけど、やっぱりお前はアイドルやってる時が一番輝いてるよ」
「……!?」
銀千代は少し無言になってから、宣言するように続けた。
「と思ったけど、まだ銀千代は引退しないよ」
「えっ」
「極めてないから。銀千代はようやく登り始めたばかりだからね、この果てしなく遠いアイドル道を……」
「あ、は、え、へっ、と……え?」
ジェットコースター的な銀千代の発言に、沼袋は混乱していたが、
「と、ともかく、よ、よかったです!」
ようやく発言が理解できたらしく、数秒後、沼袋は顔をくしゃくしゃにして、銀千代に駆け寄り、抱きついた。泣き顔もかわいかった。
「ちょっと、離れて! 沼袋さん、汗くさい! 別の女のフェロモンが銀千代に移っ」
「あほくさ」
百合には興味ない。俺のいまの興味はドラクエだ。
「待って、ゆーくん!」
珍しく銀千代が狼狽えていた。
チャンスだ。ダッシュって帰宅しよう。
今日は運動して疲れたし、ゆっくり浸かる湯船はさぞ気持ちいいだろう。




