第27話:五月の月は欠けても満ちる
「ゆーくん。
窓開けて。ゲームやめて、ちょっだけ話聞いて欲しいな。大切なお知らせがあるんだよ。
夜分遅くに申し訳ないと思うけど、どうしても今じゃなきゃダメなの。ごめんね。たぶん知らないと思ったから教えてあげようと思って。
今日はスーパーフラワーブラッドムーンだよ。
花が咲き乱れる5月の満月はフラワームーンって呼ばれるの。それにね、月と地球の距離が近いから大きく見えるスーパームーンでもあるし、おまけに皆既月食だからちょっと赤っぽくなるブラッドムーンなんだよ。ちなみにスーパームーンの皆既月食は24年ぶりで、すごく珍しいんだ。
それがなんといまこの夜空で行われているんだよ。ピークは八時すぎだからまだギリギリ間に合うよ。
それでね、こんな遅い時間にゆーくんチの部屋の窓を叩いたのは、天体観測のお誘いをしようと思って。あ、ゆーくんが星に興味がないのは知ってるけど、こういう珍しい経験はきっと好きだと思ってさ。だから、見るだけならすぐだし、一緒だといい思い出になると思ったから声かけてるんだ。角度的にそっちの部屋からじゃ月がよく見えないと思うから、こっちの部屋に来て、月を眺めようよ。まだ夜風は冷たいと思ったから、体冷やさないようにホットココアもいれたんだよ。
今朝は曇ってたから、見れるかどうか心配だったんだけど、晴れてよかったね。
銀千代ね、今日この日のために天体望遠鏡用意したんだ。三万円したけど、良いものを買ったって自負してる。これで対象物みるとほんとうに大きく見えるんだ。毛穴までくっきり見ることがで……、もちろん星の話だよ。
そういえば、夏目漱石はアイラブユーを月がきれいですねって訳したらしいけど、今日はほんとうに、うぇへへ、月が綺麗だね。………えへっ。
も、もちろん他意はないよ。ゆーくんのこと好きなのはいつも通りだし、むしろ月よりゆーくんの方が綺麗だし、銀千代のこの思いは言葉にすることはできないと思うんだ。だって言葉にしたら文字数だけで月まで届いちゃうから。好きだよゆーくん、愛してる。今日もかっこいいし、何もかもが好き。一緒のお墓に入ろうね。
ねぇ、ゆーくん、ピコピコまだするの? ピコピコはいつでもできるけど、月食は今だけだよ。銀千代と一緒に夜空を見上げて天体観測できるのは今だけなんだよ。いっしょに見えないものを見ようと望遠鏡を覗きこもうよ。時間は有効に使った方がいいと思うな。こっち来て、ねっ、いっしょに空見よ。ゆーくん、ねぇ、ってば、聞こえてる? もしかして、窓ガラス二重の防音のやつとかに変えちゃった? あれ、普通のやつだ、なんでだろう、銀千代の声、聞こえてな……はっ、もしかして、ゆーくん、耳の調子悪いの? 聴力に異常が起こったのかな。大変だ。病院行かなくちゃ! 今の時間だと夜間外来になるのかなごめんねゆーくん銀千代が医師免許もってれば今すぐなんとかできたのに、至らない……嫁で……ごめんなさい。ふ、ふぐっ、う、うぇん、……っう、あ、ごめん、泣いても始まらないよね。うん、いま救急車呼ぶから、ちょっとまっ」
「うるせぇー!!!!!」
自分の部屋でゲームしていたら、隣の家の銀千代が俺の部屋の窓ガラスがガンガン叩きながら、ぶつぶつとえげつない独り言の雨を浴びせて来たせいで、集中できず敵プレーヤーに殺されてしまった。ロビーに戻ってマッチング待ちになったので、隣人に苦情を言うために窓を開けたら、
「よかった! 耳が遠いゆーくんは居なかったんだね!」
と涙ながらに微笑まれた。なんだこいつ。
「それでね、ゆーくん、今日はスーパーフラワーブラッドムーンなんだよ。花が咲き乱れる五月の月をフラワームーンと言って」
「いや、その説明さっき聞いたからしなくていい。つうかなんだそのスーパーサイヤ人みたいな名前」
「銀千代がつけたんじゃないよ天体学者がつけたよ。ねぇ、ゆーくん、ほら、ホットココア。ねっ、いっしょに見よ」
「いま忙しいんだよ。てか、ゲームしてるときに話しかけるなって何回も言ってるし、夜に許可なく部屋に来たら絶交って前言ったよな」
「ゆーくんの部屋に行ってないからセーフだよ」
「屁理屈こねやがって。ともかく、つぎから窓ガラス叩くのもアウトだからな。今忙しいからまたあとでな」
「えー、そんなぁ。早くしないと終わっちゃうよ……」
唇を尖らせる銀千代を無視してサッシに手をかける。
ふと気になって夜空を見上げた。
屋根と屋根の間に、いつもより大きな月が浮かんでいた。ほんのり赤く染まっていて、中二病なら右目が疼く美しさだ。
「たしかに今日は月が綺麗だな」
「!」
窓を閉めようとしたら、
「ゆーくん! 銀千代も好きだよ!」
と銀千代が叫びながら、俺に抱きついて、勢いそのまま飛び込んできた。
「うおぅ!」
「ゆーくんからのシャイなプロポーズ、ちゃんと受け取ったよ!」
「ち、ちがう、そんな詩的な表現は一切使ってない、ただ感想述べただけだ!」
床に転がる。足がプレステの電源にあたって、オフになってしまった。銀千代の誤解を解くのに一時間以上かかり、ようやく納得してもらえたときには、皆既月食はとっくに終わっていた。




