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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第一章:金守銀千代は恋をする
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第4話:五月と偏執な新緑の風


「ゆーくん、聞いて。最近ね。銀千代、ストーカーされてるみたいなの」


「どの口が言ってんだよ」


 俺のストーカーが神妙な面持ちのまま続けた。

 ちなみに今は登校中。待ち合わせしたわけでもないのに、玄関扉の前に立っていた銀千代は「おはよう!」と声をかけてきて、いたって普通に俺の横を歩き始めた。

 登校時間を毎日微妙にずらしてるのに、こいつは必ず家の前にいる。呪いかな?


「なんかね、夜一人で歩いていると後ろから足音聞こえてくるし、無言電話かかってくるし、郵便ポストにね、便箋が入ってて、なかに髪の毛入ってたんだ」


「俺もそれされたことあるよ。ちなみに犯人はお前だよ」


「すごく怖いから、手繋いでくれない?」


「俺から言える言葉は人のフリみて我がフリ治せ!」


 握られかけた手を振りほどいて叫ぶ。どうせかまってほしくて嘘ついているだけなのだ。

 俺の叫びを無視して、銀千代はため息を一つついた。


「やっぱりテレビとか出るべきじゃなかったかな……盗聴機が仕込まれたぬいぐるみとか送られてくるんだよ」


「それもらったときどう思った?」


 つらかったよね? と暗に含めて俺はなるたけ優しい口調で尋ねた。なぜなら俺ももらったことがあるからだ。


「安物使ってるなぁ、って」


「頼むから日頃の自分の行いを悔い改めてくれ!」


 叫びを受けて少女は神妙に頷いた。


「うん。銀千代もそう思ってね。もうやめようと思ったの」


 え、まじ? ついにストーカー卒業してくれるの?


「変な人に好かれるぐらいなら芸能活動を」


「そっちかー」


「元々ゆーくんの為に始めた読モだから、ゆーくんに好かれないで変な人に好かれるなら意味ないし、事務所の人にSNS無理矢理やらされるのも嫌だし」


「え、お前なんかやってたの?」


 銀千代はプログラミングなどは得意だが、ゲームをピコピコと言うぐらい世俗的な物は苦手だった。たぶん人の心がわからないからだと思う。


「うん、やってるよ。ほら、これ」


 鞄からスマホを取り出し、画面を見せてくれた。


『アイラブユー』


 ピンクの文字で書かれたタイトル。


「へぇ、なんかわりと普通だな」


「ほんとは『ゆーくんとのラブラブ日記』ってタイトルにしようとしたんだけど事務所の人に無理矢理変えさせられたの」


「うそだろ」


 ユー、って俺のことかよ。こえぇよ。


「なんかすごい荒れるんだ……。コメント欄に匂わせ匂わせって書かれるんだけど、この人たちなに言ってるの?」


 ちらりと寄せられたコメントを見てみる。

 めっちゃかわいい!

 おっぱいおっきい!

 というアホみたいなコメントに混じって、

 この間、変な男に抱きついてんの見た。

 とか、

 いっしょに歩いてた男、めっちゃブサイク、とか、

 おそらく俺をバカにするコメントがたくさんついていた。

 なんで俺が傷つかなくちゃいけないんだ。


「匂わせってなに言ってるのかな……」


「……」


「ひょっとして最近のインターネッツは匂いも届くようになったの?」


 スンスンと鼻をならして自分の匂いを嗅ぐ銀千代。悔しいがシャンプーの良い匂いが漂っている。

 鼻腔に意識が持ってかれそうになったので、首をブンブンとふり、銀千代の書いた文章に目を落とす。


 今日は朝から唐揚げ定食!

 お昼は学食のかき揚げ丼!

 帰りにラーメン食べました!


 つまらない食事報告しかされていないが、メニューがどうも男臭い。


「……」


 つうか、これ、昨日の俺のメニューだ。

 投稿された写真を見ると、背景に小さく俺が写っている。なにが恐怖ってカメラ目線のものが一枚もないことだ。


「なんで、お前、俺と同じもの食べてんの?」


 一緒にご飯を食べようとする銀千代にステイを命じて、男友達とお昼を食べるようになったのはつい最近のことだ。


「だって、……いっしょに食べてる気分味わいたかったんだもん」


「だとしても同じものを食べる意味はないだろ」


「同じものを食べてたら体の構成成分、同じになるんじゃないかなって…」


「久々にゾワっとしたわ」


 五月中旬とはいえ、朝方はまだ冷える。体の芯からわき起こる悪寒は銀千代のせいだけではないだろう。そう思いたい。


「それにしてもゆーくん塩分採りすぎたよ。食物繊維採らないとダメだよ」


「急にダメ出しすんのやめろ」


「今度ちゃんと体のこと考えたご飯作ってあげるね。たぶんだけどゆーくんよりゆーくんの体のこと詳しいと思うよ」


 わりと否定できないのが怖い。

 ふふん、と鼻を鳴らし、銀千代は続けた。


「モデルやめたら、ゆーくんのパーソナルトレーナーになろうかなぁ。手始めに医師免許とることにしたよ。ほかにしてほしいことある?」


「まともになってほしい」


「……?」


 一番してほしいことが彼女に通用しないみたいだ。

 銀千代は首をかしげた数秒後、何かに気づいたように振り返った。

 つられて俺も後ろを向く。


「!?」


 男が立っていた。背は高くないが、かなり太っている。呼吸が荒く「フー、フー」と肩を揺らしている。

 髪はベタベタしていて、スウェットを着ていた。布はピチピチで伸びきっている。

 男の手には、包丁が握られていた。


「なっ、な!?」


 言葉を失ってしまう。

 まだ日が昇って明るい時間帯なのに、のっけから不審者だ。恐怖で言葉を失う。包丁の刃が朝日を浴びて、鏡のように輝いていた。


「おはようございます」


 いたって普通に銀千代は男に声をかけた。

 肥満体型で年齢はわかりづらいが、まだ若そうだ。

 銀千代からの挨拶を受けて、男は、俺を指差し、


「ぎぎぎぎ銀千代ちゃん、そそそそその男はははは、誰だぁああ!」


 DJばりに言葉を反響させて叫んだ。

 べつに偏見とはないけど、見た目もなんかアレな感じだし、 正直正面から向き合ってるのは怖い。今すぐ学校に向かって猛ダッシュしたいところだが、銀千代は一切動かなかった。


「ゆーくんだよ。優しくて、銀千代のことが大好きな男の子。普段はクールだけど、ふとしたときに見せる優しさがとってもキュートなんだ」


 五十パーセントくらい間違った、俺の自己紹介を勝手に言って銀千代は微笑んだ。やばい、なんか嫌な予感がする。


「キミも、キミも! うううう裏切るのか! ぼぼぼぼぼぼくを!」


「なに言ってるのかな?」


「ぼぼぼぼぼぼくはキミを愛してるのに、ききききみはぼくを愛してくれないのか!?」


「ごめんなさい。私が愛しているのはゆーくんだけだから」


「うううううう裏切るんだね! 裏切るんだ!」


「? 申し訳ないけど何を言ってるかわからないの」


 それは常々俺が銀千代と話していて感じる言葉だが、不穏な雰囲気になってきたのは確かだ。

 欲をいうなら逃げ出したくて仕方なかったが、さすがに銀千代をおいて逃亡も出来ないので、彼女を庇うように前に出る。


「あなた何ですか? 警察呼びますよ。包丁をしまってください」


 切っ先はまっすぐ俺たちに向けられている。出来れば刺激したくないが、ただの高校生の俺達に逃げ道などはなかった。


「おおおおお前はだまってろおぉ! ここここここの」


 怒鳴られた。


「ゆーくんに対して失礼な口は利かないで。警告だよ。一回しかしないからね。次酷いこと言ったら銀千代、怒るからね」


 ぴしゃりと銀千代が言い放つ。それが不味かった。


「ぎぎぎぎ銀千代ちゃん! やっぱり、そいつがとととと特別なんだ! ひどいひどい! 裏切りだ! ひどい!」


 握られた包丁が威圧感を持って俺達に向けられる。もうなんかやばいとしか言いようがない。


「ああああああ! この淫売がああああ!」


 男が甲高い声で叫びながら突進してきた。


 ああ、まさか、こんなところで!

 パニックになりかけた脳みそとは裏腹に、いたって冷静に動く自分の身体に驚いていた。

 銀千代を庇うように両手を広げる。


「くっ」


 両目をギュッとつむり、覚悟を決めたときだった。


「ゆーくん、危ないから下がってて」


 銀千代は涼しい顔で俺より前に出ると、大きく息をはいた。


「あぶない!」


 慌てた俺が彼女の肩を掴むより先に、弾けるように彼女は大きく一歩を踏み込んでいた。


「るぁっ!」


 巨漢が宙に舞っていた。


「え?」


 投げ飛ばされた男も何が起こったのかわからないといった表情のままアスファルトに転がっている。


 銀千代は勢いそのまま男の右手を掴み、地面に組伏せた。


「動かないで。危ないから。体は大切にした方がいいよ」


「なななな、なんだ、きききみは!?」


「銀千代、空手柔道剣道合気道書道算盤合わせて百段あるから」


「すすすすごい」


「ありがとう。おとなしくしてて、あんまり動くと腕の骨折っちゃうから」


 華奢な銀千代によって組伏せられる大柄の男。なんだか違和感があったが、包丁は遠くに転がっていったのでひとまず一安心だ。

 俺はポケットからスマホを取り出して110番した。

 受付の人と会話をしつつ、現状を簡潔に説明する。


「あ、こら暴れないで。あんまり動くと銀千代、遠くへいっちゃうよ」


「!?」


「銀千代とハグ出来るの今日ぐらいだよ。せっかくの機会をふいにしちゃっていいの?」


 なんか愉快なやり取りしているが、俺はともかく警察への連絡に専念だ。


 五分ほどしてして警察が来た。

 パトカーだった。

 その間、男は暴れることなく恍惚とした表情で銀千代に押さえられたままだった。


 若い警察官三人に取り押さえられながらパトカーに連れ込まれていく、その前に、


「ぎぎぎぎぎ銀千代ちゃん、愛してるよぉおおお!」


 と引きずられながら男が叫んだが、


「銀千代が愛してるのはゆーくんだけだよ」


 と反射的にされた返事を受けて、


「やろうぶっころしてやる! こここここっちを向け! この【自主規制】の【自主規制】がぁああああ!」


 忘れないと今後の人生に響きそうな罵詈雑言を吐きながら、男はパトカーの後部座席に押し込まれていた。若い巡査が一礼して、パトカーが警察署に向かって走り出していく。


「なんだったんだ、あの男は……」


 朝っぱらからとんでもない恐怖体験だ。いつもは飄々としている銀千代もさすがにきつかったのだろう。無表情でパトカーを見送っている。


「ま、まあ、学校行こうぜ」


 調書だなんだと警察署に行くよう言われていたが、銀千代の所属している芸能事務所に全部ぶん投げして、気持ちを切り替えることにしたのだ。嫌なことは忘れて退屈な授業にあくびを噛み殺しているほうがましである。


 ポンと少女の華奢な肩に手をやると、震えていた。


「銀千代……」

 さすがに怖かったか……。


「あの男!」


 銀千代が叫ぶ。


「ゆーくんをバカにするなんて、万死にあたいする! 凌遅刑で全身の肉を切り落としたあと、自らの【自主規制】を【自主規制】して、ファラリスの牡牛で生焼けにしたあとアイアンメイデンで串刺して、【自主規制】を【自主規制】してやるんだから」


 怒りで震えていただけらしい。

 男の発言よりも数万倍トラウマになりそうなことを口走る幼馴染。顔が真っ赤でこわい。とりあえず聞かなかったことにして、登校することにした。

 当然ながら、遅刻である。

 べつに狙ってなかったけど、こうして皆勤賞の夢はつゆと消えたのだった。



また続きができたら投稿するかもです。

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