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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第二章:金守銀千代はシンデレラに憧れる
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第24話:五月の旅情と継ぎ接ぎごっこ

 ふと、遠くに行こうと思い立った。


 綿密に計画すると銀千代にばれるので、目的地を定めることはしなかった。


 荷物は最小限に、着替えだけを用意する。

 非常時に備えてスマホを持っていくが、電源はオフにして、GPSで探知されないように注意する。

 服や鞄にも電子機器が入れられていないかを念入りにチェックし、安全を確かめてから、大型連休初日の明け方、俺は家を出た。


 ほとんど、衝動だ。


 朝焼けの町並みはいつもと違った風に見え、肺に染み込む夜気は冷たく眠気を覚ましてくれた。


 始発電車に俺以外の乗客はなく、ついに銀千代の視線から解放されたのだと一人小さくガッツポーズをとった。


 どこに行こうか悩んだが、一日目は東京を目指すことにした。

 東京になにがあるのかわからないが、行けばとりあえず成長できる気がしたのだ。


 結論から言うと、最悪だった。


 宿さえも行き当たりばったりにしたのがまずかった。漫画喫茶やカラオケを考えていたのだが、未成年の夜間利用は都の条約で禁止されているらしく、アポなしで泊めてくれるところなどなく、仕方がないので、二十四時間営業のファミレスを探したが、どこも営業自粛していて、俺は初めてまじにコロナを恨んだ。

 そして県をまたいだ旅行をしたことを本気で後悔した。


 駅から少し離れた公園のベンチに横になったが、疲れがとれるはずもない。春とはいえ、夜はまだ冷え、まともに眠ることは出来なかった。都会の明るい夜空に星が瞬くこともなく、ただただ辛く、帰りたかった。


 二日目、始発電車に飛び乗り、車内で軽く睡眠を取りながら、熱海を目指すことにした。


 こんなんで終わるわけにはいかないと心が叫んでいたのだ。

 スマホに頼ることはできないので、駅員さんに尋ねながら、なんとか目的地にたどり着いたのは昼過ぎのことだった。

 やればできるじゃん、俺、と自分自身を誉めつつ、爽やかな五月の風にふかれる。

 ホームに降り立つと海の匂いした。

 駅近くにある案内所でパンフレットをもらい、オススメの温泉を訪ねた。

 オーシャンビューの露天風呂で、最高すぎてストレスと疲れが吹き飛んだ。


 終わりよければすべてよし、だ。


 いろいろと雑な旅だったが、このゴールデンウィークを生涯忘れることはないだろう。




「ただいま」


 帰りは贅沢に新幹線を使ったので、あっという間だった。

 母親の料理が恋しい。

 ここのところカップラーメンで腹を膨らませてばかりだったから。


「あんた、なにしてたの!?」


 帰宅早々、玄関で母さんに怒鳴られた。


「何って……旅?」


 置き手紙を残しておいたはずだ。


「なんで電話でないの! 何回もかけたのよ。心配させないで 」


「スマホつけたら銀千代に捕捉されるから……」


「そうよ! 銀千代ちゃん、入院してたのよ!」


「えっ? 事故ったの?」


「精神病棟!」


「……」


 俺のいない二日間、大変だったらしい。



 ゴールデンウィーク初日、俺の不在を知った銀千代は絶叫し、発狂し、卒倒した。

 目が覚めたとき、すべての人物が『俺』に見えるようになったらしく、この辺りで精神病棟にいれられた。

 いくつかの症状を経て、退院した彼女に一つの問題が起こっていた。


「銀千代ちゃん、部屋にいるから……」

 という母親の言葉にしたがい、旅行鞄を置きに部屋に戻ると、ベッドに腰かけた銀千代が一心不乱に自分の胸を揉みしだいていた。


「……」


 たしかにやばそうだ。


「なにしてんの、お前……」


 シュールすぎる謎の光景に、開いた口が塞がらない俺を見つめて、銀千代が叫んだ。


「俺がもう一人っ!?」


「は?」


 意味がわからなすぎて、混乱したが、母さんによると、


 俺がいないという事実に耐えられなくなった銀千代の脳は『俺』という人格を自分のなかに生み出し、自分自身が『ゆーくん』だと思い込むようになったのだという。


「こわぁー……」


 ナチュラルに部屋に銀千代がいるという恐怖すら吹き飛ぶホラー展開だ。


「そんなこと言われても、ゆーくんになっちゃったんだからしかたないじゃん」


「……」


 俺の一人称『ゆーくん』じゃねぇよ。


「それでなに? 俺の部屋で俺と同じように過ごしてたらそのうち戻るって医者に言われたの?」


「うん」


 こくん、と可愛らしく頷く、純度百パーセントの銀千代。


「お前もう戻ってるだろ」


 医者も呆れていたに違いない。


「な、なんのことだか、わからないんだぜ!」


「俺、そんな語尾じゃねぇよ」


「た、たまに使うんだぜ! 思い返して欲しいんだぜ!」


「さっさと帰ってほしいんだぜ」


 あるいは最初からそんな症状なかったのかもしれない。いや、ビョーキなのは間違いないんだろうけど。

 床に置いた鞄から、荷物を取り出しつつ訊ねる。


「それでなんで自分の胸を揉んでんだよ」


「目が覚めて美少女になってたら、当然おっぱい揉むよね」


「……」


「すごく揉み心地いいんだよ。はりがあって、柔らかくて。揉んでみる?」


「揉まんわ。つうか、お前のなかの俺どうなってんだよ……」


「ゆーくんだって、ある日突然女の子になったら揉むでしょう?」


「……」


 おそらくたぶんきっと、欲求に抗えず揉むとは思うけど、それがどうした。


「……おい。演技がブレブレになってるぞ。なにがしたいのかさっぱりわからん」


 ぴくり、とまぶたを動かしてから銀千代は続けた。


「ひ、人の部屋にいきなり来てなんなんだぜ。それよりこの身体の金守銀千代? ってのは誰なんだぜ?」


 男言葉の銀千代には違和感しかないが、辛うじて設定を思い出したらしい。

 なんて説明すればいいのかわからなかったし、めんどくさくなったので、以前もらった密着番組のDVDを流す。

 金守銀千代の一日を追ったサイコホラーなドキュメンタリーだ。



「いまの見てどう思った?」


 約十五分ほどの映像を見終え、再生機の電源を落として訊ねる。


「銀千代、かわいい」


「自画自賛してんじゃねぇよ。お前が俺だったらまず感じるのは恐怖なんだよ」


「え、なんで?」


「俺の発言が理解できてない時点で何もかもが中途半端なんだよ。やるんならちゃんと俺になりきれよっ!」


「銀千代は誰よりもゆーくんを理解してるもん」


 ぷくぅ、と頬を膨らませる。男ならキモいアクションも銀千代ならサマになる。


「だって、いまの銀千代、ゆーくんなんだもん。趣味はテレビゲームでフロム脳の十六歳。ゆうちょ暗証番号は2525で貯金は12万円ほど。小学生の頃の夢は宇宙飛行士だけど、今のところ数学が苦手だから文系に進もうと思ってて、好きなものは金守銀千代。嫌いなものは銀千代との仲を邪魔するやつら」


「前半は正解なんだけどなぁ」


 暗証番号の変更手続きしなくちゃ。


「お前のごっこ遊びに付き合うのは真っ平ごめんだ。いい加減帰ってくれ」


「ふ、ふふふふ」


「え、なに急に?」


「……さすがゆーくん。名探偵さんだね」


 観念した犯人みたいに、笑いながら肩をすくめて、白状する。


「……ふふふふ。実はゆーくんが家についた瞬間に戻ったんだ」


「なんでしょうもない演技続けたんだよ」


「心配してもらおうと思って」


 現在進行形で脳みそは心配である。


「そんなことしてなんになるんだよ」


「だって、ゆーくんったら、急にどっか行っちゃうから、ほんとにほんとにほんとにほんとに心配で心配で心配で心配で心配だったんだよ。それで、ゆーくんならどういう行動とるか必死でシミュレーションしてたらいつの間にかゆーくんになっちゃってて、……ごめん、銀千代、ちょっと正気を失ってたね……」


 ちょっとかどうかはさておき、自分の異常さを認めるのは大きな一歩ではある。


「俺が来たときに無駄な演技続ける必要ないだろ」


「うーん、あわよくば破瓜のショックで戻れることにしようかと思ったんだけど、ゆーくんの顔見てたら嬉しくて演技保てなかったんだ。まだまだ未熟だ……」


 意味が全然わからなかったが、ともかく普段通りになってくれて良かった。

 普段通りが最上の状態かどうか、考えるのはやめとこう。


「そんなことより、ゆーくん、どこ行ってたの! 銀千代に内緒でどこか行っちゃダメって言ってるのに。赤い糸たどっても、電源入ってないし、町中の電柱にゆーくんの顔写真貼っても目撃情報ないし、本当に本当に心配したんだからね!」


「電柱のは剥がしとけよ……」


「チバテレに尋ね人のCM依頼出してるから取り下げないとだし、警察への捜索願いも、あー、あとジョーに見つかったって報告もしないとだ。ほんとに後処理大変なんだからね」


「ジョー?」


「ジョー・マクモニーグル」


「誰?」


「元FBIの超能力捜査官」


 銀千代はベッドから降りたって、小さく伸びをすると、薄く微笑んだ。


「でも、ゆーくんが無事で良かった」


「……まあ、なんだ。いきなりいなくなって悪かったな」


 自然と謝罪が口についた。悪いことしてないと思うけど、心配かけたのは素直に申し訳ない。


「もうどこにも行かないでね」


 そのまま倒れこむように抱き締められた。柔らかで華奢な体がもたれてくる。

 はたから見たらドラマチックに見えるかもしれないが、当事者にはたまったものではない。


「……っ!」


 引き剥がそうとするが、すごい包容力で、まったく動かないからだ。


「てめ、離れ、ろ!」


 相撲みたいになる。


「どこにもいかないって約束してくれないと、離さない」


「くっ」


 すぅー、と鼻で大きく息を吸う銀千代。


「ゆーくぅんの匂いぃ……」


 蕩けるような猫なで声で耳元で呟く。ぞわぞわと悪寒が走った。


「離せって、まじでっ」


「好きぃ……」


「お土産、お土産やるからっ!」


「えっ! ほんと!?」


 ガバッと離れた。


「ごほっ、ごほっ!」


「ゆーくん、大丈夫? 落ち着いて呼吸整えて!」


「お前……いい加減にしろよ……」


 鞄から、売店で買った髪留めを差し出す。本当はまんじゅうをあげようかと思ったのだが、食べ物をプレゼントすると食べないで保存しようとするので、悪くない判断だったと思う。


「ほらよ」


「……ゆーくん、これ」


「だから、お土産だよ。熱海行ってき……」


 蝶があしらわれた髪留め。熱海は特に関係ないけど、シンプルに銀千代に似合うと思い買ってきたのだ。

 再び抱きつかれた。


「大好きぃ……っぅ」


 結局また離れなくなった。

 柔らかくて正直少し心地よかったが、気のせいということにして、必死に抗い続けた。






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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり主人公フロム脳だったのか、友達になれそう(*⁰▿⁰*)
[良い点] ノンストップな所 [一言] 今までの行動は精神病棟に入るほどのものではなかった…?
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