閑話2:267件のレビュー
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「行ってきます」
いつも通りの朝。それでも毎日が輝かしいものに感じるのは、彼女がこの世に生まれたからだ。
腕時計を確認し、祈るような気持ちでドアを開ける。
大丈夫、いつもこの時間だから、と小さく息をついて、午前八時前の朝日を浴びる。
「おはよう!」
同じタイミングで隣家のドアが開き、あどけない笑顔の少女がこちらに手をふる。
小鳥のさえずりに子供らの笑い声、穏やかな春風に包まれて、彼女はそこに立っていた。
春休み前まで羽織っていたコートはなく、半年ぶりにみるブレザー姿に、少しだけ胸が高鳴った。
込み上げる喜びを悟られないように少しだけうつ向く。待ち合わせをしているわけではないので一緒に登校できることに密かに喜びを感じていた。
「同じクラスになれるといいね」
彼女は少しだけ期待を込めた声で小さく呟いた。
自身の感情が読まれないように、「べつに」と素っ気なく返す。秘めた感情を、口に出すのは憚られるものだ。忍ぶ恋というものも確かに存在する。燃え上がる情熱のあとには燃え殻しか残らないものだから。
クラスが分かれた昨年度までの一年は、まるで長いトンネルのようだった。
チャイムが鳴れば会えるとわかっていても、顔が見えない時間は暗闇だったのだ。
「春休み、短かったねぇ」
アスファルトに点々と模様を作る桜の花びらを眺めながら、もの寂しそうに呟いた。
彼女は美人だ。白くきめ細かい肌に、黒目がちに澄んだ双眸、艶やかな黒髪に、華奢だが括れがある身体。欠点が何一つない完璧な容姿。
それに加えて、良識があり、慈愛に満ち溢れている。眉目秀麗、才色兼備という四字熟語は彼女にこそふさわしい。
彼女と出会えただけで、きっと一生分の運を使い果たしたに違いない。
幼馴染というポジションは恵まれ過ぎてて、運命に恐ろしさを感じるほどだ。
これで、もし同じクラスになれたら、あまつさえ、隣の席になったとしたら、そこはすでに天国といっても過言ではあるまい。
「あ、見て! クラス分け書いてあるよ!」
校門をくぐり、エントランスのガラス扉を開けたところで少女は白魚のような人差し指を真っ直ぐにたて、正面の掲示板を指差した。
希望を眼球に託し、顔をあげる。
「同じクラスだね!」
答えを見つけるより先に少女が教えてくれた。羅列する数字に一喜一憂する周りの喧騒でさえ祝福のラッパのように聞こえくる。
少女の喜色満面の弾むような声を聞き、思わずその場にしゃがみこんでしまった。
「大丈夫?」
心配そうに肩に手をあててくれる。「これから一年を思うと……」
感極まって続きの言葉が出てこない。
彼女は頬を赤らめて、「私も!」と、微笑んだ。
この笑顔を守りたいと思った。
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「なにが守りたい、じゃ、ボケぇ!」
読み終わったばかりの小冊子を床に叩きつける。
銀千代からもらったCDの歌詞カードが小説になっていたので、暇潰しがてら、目を通したのだが、ここまで不愉快な気持ちになるとは思わなかった。
俺の心情を物語風に語っているつもりなのだろう。
作者欄を探すと案の定、銀千代だった。読んだ時間を返してほしいし、ずいぶんと妄想が激しくなったものだ。
朝、登校時間が被るのは見張ってるからだろうし、床にへたりこんだのは同じクラスになった絶望からだ。さしもの記憶力で会話文はあっているのかもしれないが、地の文は間違い過ぎてて訂正の赤ペンが追い付かない。
世間の評価が気になったので、通販サイトで詳細を調べてみた。
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芋洗坂39 ファーストアルバム
【愛愛ゆー愛】
初回生産限定盤
価格 ¥4649(内税)
【説明】
芋洗坂39、待望のフルアルバムついに完成。国内外で絶賛された楽曲「楽しいし、嬉しいし、大好きだし」をはじめとしたオリジナリティ溢れる楽曲10曲を収録。
●初回限定盤は、メンバー「金守銀千代」が綴ったの短編小説「日常」と芋洗ミニ写真集が封入されます。
●選抜メンバー12人のオリジナルポストカードがランダム封入されます。
●収録曲「愛愛ゆー愛」、「上から下から横から銀千代」は総選挙一位を獲得した金守銀千代の記念シングル。
■初回限定盤 :CD+小説「日常」+メンバーのポストカード三枚 +ミニ写真集
■通常盤:CD+メンバーのポスターカード一枚
【収録曲】
1、堂々威風
2、上から下から横から銀千代
3、感情三分の一
4、ワールドニューホールド
5、楽しいし、嬉しいし、大好きだし
6、show must go on
7、オンザクルー
8、愛愛ラブ愛
9、しょうますとごーおん(DJリミックス)
10、テルミーテルミーホワイ
【カスタマレビュー】
平均★3,5
凸 やす
★☆☆☆☆
【控えめに言ってゴミ】
(4月12日にレビュー)
聞いてて精神おかしくなる。小説も意味わからんし、つまらん。
凸 エントロピー
★★★★★
【最高にして至高! 邦楽の頂点を極めた音楽がここにある!】
(4月13日にレビュー)
と、言わせるだけの力がこのアルバムにはある!黙って聞け!アタシについてこい!不動のセンター金守銀千代の愛らしさが最高につまった一曲、「愛愛ゆー愛」。もうこれだけで最高。あと個人的に好きなのは「テルミーテルミーホワイ」。沼袋押しではないもののハイトーンボイスのサビ、圧巻である。なによりも……[さらに表示]
凸 けんちゃんパパ
★☆☆☆☆
【信者きもい】
(4月13日にレビュー)
流行ってるから買ってみたけど歌詞がきもすぎてギブアップ。特に銀千代とかいうメスガキが作詞した曲はやばい。会いたい好き愛してるって言ってるだけで、中身はない。買って損した。お金も無駄になったし、時間も無駄になった。
凸 アマルフォイ
★★★★★
【例えるなら滅び行く世界】
(4月13日にレビュー)
明日世界が滅びるとしたら、僕はこのアルバムを流しながら死にたい。血だまり、廃墟の町、落下する星屑。そういうものを眺めながら、彼女とキスをして、泣きながら抱き合いたい。柔らかな感触、眼下に広がるのは荒廃した町。世界は美しくなんかない。それでも紡がれる音楽には希望という……[さらに表示]
凸 夢野十作
★★★★★
【このアルバムを聞いてると頭おかしくなる】
(4月13日にレビュー)
と言われていますが、そんなことはありません。いい曲ばかりです。頭おかしくなることはありません。私は毎日聞いていまし、頭おかしくなることはありません。いい音楽です。頭おかしくなることはありません。最高です。頭おかしくなりません。頭おかしくなりません。
凸 めもり
★★☆☆☆
【世界観が複雑すぎる】
(4月13日にレビュー)
正直意味がわかりませんでした。ラップバトルが始まったり、セリフ?がはいったりと難解すぎます。アルバム自体は★一つ、押しの山田ちゃんのステッカーが手にはいったんでおまけでもう一つ。
凸 笹山さん
★★★★★
【ちょっとすごすぎません?】
(4月14日にレビュー)
はじめて芋洗坂の音楽を聞きました。金守さんのボーカル、すごすぎませんか?
ファンの方は何をいまさらと失笑されるかも知れませんが、ちょっと、すこすぎて……。脳が直接揺さぶられる感じ。たぶん、この人の音楽はわかる人にしかわからないと思う。世界からどこか取り残されているという疎外感を感じている人にはたまら……[さらに表示]
凸 花*花
★★★★★
(4月15日にレビュー)
【銀ちゃんかわいいから】
よくわかんないけど★五つです。
凸 ポークパイハット
★☆☆☆☆
【犯罪者予備軍が聞いてるアルバム】
(4月17日にレビュー)
購入者を警察はマークした方がいい。絶対何かやらかす。
凸 銀野金音
★★★★★
【銀千代という女神】
(4月18日にレビュー)
同じ時間に生きられて本当に幸せ。彼女のためなら死んでもいい。
凸 ウン小太郎
★☆☆☆☆
【いますぐディスクを叩き割れ】
(4月20日にレビュー)
まだ聞いてない人は再生してはだめです。もう聞いてしまった人はすぐに外に出て、自然に耳をすませてください。この音楽は非常に危険です。一曲目、「愛愛らぶ愛」、普通に聞く分には問題ありませんが、何回かリピートして聞いているとヤバイです。何人かの人が指摘していますが、現代日本においてこのような手法を取るのは倫理観に反し……[さらに表示]
【さらに10件レビューを表示する】
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・芋洗坂写真集 芋撮
・ロシア軍 スペツナズナイフ
・日本製 ペン型 隠しカメラ
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映像に一瞬だけ映りこむ文字や画像、微かに聞こえる音声や命令文。それらは知覚はできないが、潜在意識に爪痕を深く残し、無意識下に多大な影響を及ぼすという。
俗にいうサブリミナル効果というやつだ。
1930年代、アメリカの映画館でフィルムのヒトコマにポップコーンと清涼飲料水の映像を刷り込ませたところ、売店の売上が爆増したとか。
倫理観に反するこの広告手法は当然現在は禁止されている。
一般的な知名度は高いが、実験の再現性や根拠に乏しいとのことで、心理学では否定された学説である。
しかしながら、潜在意識に与えられた影響は、人間の行動や心理状態に甚大な影響を与えると、今でも広く信じられている。
「なんだこれ、ゴミみたいな曲だな……」
と、一回聞いたときはビックリするぐらい響かなかった曲も、なぜだかまた聞きたくなって、何度も再生してしまう。臭いとわかっているものを嗅ぎたくなってしまうあの心理。スルメ曲というやつだろうか。聞き取れない歌詞があったので、ネット検索してみたら、そういう不穏な記事にぶち当たった。
【ヒットアルバムにサブリミナル?】
芋洗坂39のフルアルバムのとある一曲は逆再生するとある音声が聞こえてらしい。
眉唾な都市伝説だとは思うが、動画サイトに貼られているそれを興味本意で聞いたことがある。俺にはよくわからなかった。
イントロの部分、歌声が始まるわずか一秒の隙間に挿入されたボイス。
聞こえる人にはこう聞こえるという。
「私を愛して」
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「そんなわけないじゃん」
銀千代は一笑にふした。
動画配信サイトで逆再生された音源を聴いたが、俺には聞こえなかったし、一部のアンチが騒いでいるだけだと思う。
「だよな。さすがに」
それにしても、あれだけしつこく曲をすすめて来たくせは今日はやけにおとなしい。
「大体銀千代とゆーくんは相思相愛なのに、いまさらそんな回りくどいことしないよ」
銀千代と登校するのも随分と久しぶりである。最近はアイドル活動が忙しいらしく、地方へ泊まりが増えているらしい。
なぜだか、少しだけ寂しいと思う。
進級したばかりの頃は、クラス分け結果に絶望したものの、どのみち俺のクラスに来るんだから、それなら同じクラスにいたほうが目立たなくていい、と逆に考えることにした。
「まあ、確かにな。そんなんで意識は変えられないだろうし、人間が急にカタツムリになるぐらいあり得ないことだよな」
「逆再生がサブリミナル効果を引き起こすとは考えられないし、サブリミナル自体がエセ科学とも言われてるよね。個人的には色々と試してみたいところではあるけど」
「怖いこというな 」
「ぬくうゆれちしあ」
「は、なんて?」
「ふふっ、なんでもないよ」
嬉しそうに銀千代は微笑んだ。
この笑顔を守りたいと思った。
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【日常】
作:金守銀千代
挿し絵:西東一子
※この物語はフィクションであり、実在する事件・人物・団体は一係ありません。
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