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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第二章:金守銀千代はシンデレラに憧れる
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第22話:四月の桜の満開の下 後


 暖かく過ごしやすい昼下がりだ。

 今年は暖冬で、例年よりもかなり早い開花だった。

 四月も数日過ぎ、桜も花びらを落としはじめている。


 仄かに香る春の匂い、なんでもないのに浮き足立つ。

 隣を歩く銀千代は薄いベージュの春物コートを羽織っていた。ファッション雑誌から飛び出してきたようで、やっぱりこいつはモデルなんだなぁと再認識させられる。


 風が吹く度、花吹雪が舞い起こった。


「着いたよー。あっちの方で場所取りしてあるんだー」


 青空に桜の花が映えていた。

 綺麗な光景だ。


 近所の公園は桜の名所で春は花見客で賑わった。

 今年は緊急事態宣言が発令されていたので、少しは空いてるかなって思っていたが、この人出を見るとお構い無しらしい。

 複雑だが、賑わっている地元の光景は嬉しくもある。


 少し小走りの銀千代についていくと、大きな桜の木の下にブルーシートが敷かれていた。何人かが車座になって花見をしている。銀千代はそこにお構いなしに靴を脱いで、正座した。


「さっ、ゆーくんも」


「いや、お前なにしてんの?」


「ん? お花見しよ」


「いや、迷惑だろ」


 ブルーシートの前方で見知らぬ花見客が楽しそうに談笑している。そのうちの一人が「おー」と手をあげて、立ち上がった。


「遅かったじゃーん。はやく飲もー」


 サングラスにニット帽を被った小柄な女性だった。

 なんだこの人、銀千代の知り合いか?

 と思って、奥の方の人たちを見たら、全員サングラスをかけていた。


「やっと来た」


「待ちわびましたよー」


 複数のサングラスがやんややんやと拍手する。

 怪しい宗教団体かメンインブラックの集会だろうか。

 なんにせよサングラスしてたらお花見の意味ないだろ。


「ほらこっちこっち。みんな待ってたんだよー。てかさー、さっきからナンパがすごくてさぁー。面倒だからみんなでサングラスしたんだぁ。銀ちゃんのもあるよーほらー」


 女性は無表情のままじっとしている銀千代にサングラスをかけた。

 2002年の年号サングラスだった。ゼロの部分が黒いレンズになっている。


「やっば、うけるぅ。撮るよー、いぇいー」


 インカメラで銀千代の頬に顔をつけて、女性は自撮りすると、


「インスタあげるねぇ」


 とスマホを操作した。


「これで、よしっと。さっ、ほらお腹減ってない? コンビニでいっぱい買ってきたんだよー。たまにはいいよねこういうのもー」


 年号サングラスで浮かれたやつみたいになった銀千代は無表情のまま、


「場所取りありがとう」


 とニット帽の女性に告げた。


「うん。早めに来といて正解だったねー。こんなに混むなんて思わなかったし」


「……」


「どうしたん、銀ちゃん、はやく飲もうよー。みんな待ちわびてたのよぉん。さ」


「場所取りお疲れ様」


「もー、聞いたよ、それは。来る前から酔ってるのー?」


「もう帰って」


「うん、ん? え、なんて」


「場所取りしておいてくれて、本当に感謝してる。いまからお花見するから、帰って」


「ん? どういうこと? お花見するんだよね?」


「うん。今からお花見するから、場所取りしてくれ、ありがとう。はやく帰って」


「……なぞなぞかなぁ?」


 可愛らしくコテンと首をかしげる動作を見て思い出した。

 この人、あれだ、この間、銀千代がネットで公開生討論してたとき、司会してた人だ。

 芸能人だから、サングラスしてんのか、と納得して、改めてブルーシートに座っている連中を見る。全員サングラスしていた。


「あ」


 サングラスをしていてもわかる顔面偏差値の高さ。

 この人たち、たぶんあれだ、銀千代が所属してるアイドルグループ、芋洗坂39の人たちだ。


「ん? そちらの方は?」


 ニット帽の女性が俺に気づいて指差した。たしか西東さんとかいったか?


「銀ちゃんのマネージャーさんかな。おっつかれさまでーす!」


「……ども」


 なにか言おうとする銀千代を目で制して会釈する。


「あ、もしかして差し入れですかー? あっりがとぉうっごっざいまぁーす」


 銀千代は外に出ると手を繋ごうとしてくるので、重箱を両手で抱えることでそれを防いでいたのだが、差し入れと勘違いされたらしい。


 なし崩し的にブルーシートに上がることになった。すれ違い様銀千代の耳元で「なにも言うな」と釘を刺す。

 この場は穏便に済ませた方がいい。先日のネット配信で色々と噂される立場なのだ。波風は無駄にたてない方がいいだろう。銀千代の心配もあるが、一番は自分が余波を食らいたくないが故の防衛本能だ。


「おおーすごいー! 料亭のやつみたいー!」


 オープンされる重箱。ブルーシートに並べられる。

 海老や黒豆、かまぼこや唐揚げ。さながら宝石箱のようだった。


「美味しそうー!」


「え! これ、ぎんちーの手作り? レベル高くない?」


 芋洗坂の面々も手を叩いて喜んでいる。たしかにこれはすごい。

 なにがすごいって、量がすごい。

 俺と銀千代の二人で食べるには無理すぎる。分量間違えすぎだろ。


「いただきまーす!」


 芋洗坂のメンバーの一人が手を合わせてから、割り箸を唐揚げに伸ばした。


「ダメ!!!」


 銀千代が叫んだ。


「えっ!?」


 花見会場の空気が凍る。

 沈黙が暫し続く。


「……」


 銀千代がこちらをちらりと見たのがわかった。サングラスで目線は隠れているが、おちょぼ口になっているので、困っているのだろう。俺は口パクで必死に、「みんなで食べよう」とメッセージを伝える。たしかあいつは七歳のときに読唇術を極めたはずだ。

 俺からのメッセージを受け取ったはずの銀千代は小さく首を横にふった。


「朝早起きして一生懸命作ったんだもん……」


 ふて腐れたように呟く。


「あっ、そーだよねぇー!」


 西東さんが何かに気づいたように手を叩いた。


「やっぱりこのイベントの発起人、かつリーダーとして改めて音頭いただかないと、だ!」


 根本的にこの人は司会とかに向いてないと思う。


「山田ちゃん、あれ持ってきてー」


「はい、かしこまりましたー」


 山田さんから襷を受け取った西東さんはそれを銀千代の肩にかけた。

『あんたが主役!』と書かれていた。年号サングラスと合わせて銀千代がただただ浮かれた奴みたいになった。


「よしっ」


 西東さんは深く一回頷くと、置かれていたマイクをもって立ち上がった。


「いやさぁ、一週間前に銀ちゃんからメール届いたときは驚いたよ! 『お花見したいから場所とっといて』って。やっぱり芋洗坂として一枚岩になるために、親睦深めるのは大切だもんね。銀ちゃん、あんまりそういうこと考えてないって思ってたからさ」


 軽く鼻をすすって、西東さんは続けた。


「特に世代間の対立は先月の討論会であった通りだし、銀ちゃんも自覚してるんだなぁ、って思うと、嬉しくて。いっつも飄々としてるけど、根っ子は熱い子なんですよぉ、ほんと」


 メンバー一様に「うんうん」と頷いている。


「だからさっ、今日はみんなで大いにはしゃいで飲んで、楽しもうよ! って、これじゃあ、私が開始の挨拶したみたいになっちゃったね、ごめん、銀ちゃん」


 会場に笑いが起こる。俺は笑えなかった。


「というわけで、はい。言うべきこと奪ってたら、ごめんね。それでは、芋洗坂リーダー、金守銀千代の開会の挨拶、お願いします!」


 マイクが西東さんから銀千代に渡される。銀千代はそれを受け取って立ち上がった。

 硬直した銀千代は、俺をまっすぐに見ている。


「銀ちゃん、ほら」


 緊張と勘違いされているのだろう、笑いながら西東さんに肩を優しく叩かれた銀千代はゆっくりと口を開けた。


「こういう時、何て言ったらいいのか良くわからないから、思ってることを素直に言うね。銀千代はいつでもちゃんと愛してるよ」


「……」


 今すぐ逃げ出したかった。針のむしろとはこの事か。


「時には思いが強すぎて、伝わらなくて、すれ違ったりもしたけど、銀千代の最優先は変わらないし、これから先も一緒にいたい。まずその第一歩として、桜を眺めて、笑い合えたらいいなぁ、って、今は考えてる」


 芋洗坂の面々が鼻をすすっている。花粉症だろうか。


「それでね、今日は将来のこともじっくり語り合いたい、って思ってるんだ。他人がいたら出来ない話ってたくさんあるだろうし、プライベートとプライバシーはやっぱり大事だから、……だから、あなたたち本当に邪魔だから、もう帰って」


 銀千代がサングラス越しに芋洗坂のメンバーを睨み付ける。

 俺は心のなかで頭を抱えた。


「えっ、えっ!?」


 西東さんを始め、美少女たちが突然のリーダーの謎発言に戸惑いの声をあげる。


「いったいどういうこと?」


 混乱が混乱を呼んでいる。


「ぎ、銀ちゃん、その冗談はさっきので終わってるし、正直つまらないよー」


 西東さんが慌てて取り繕うに銀千代からマイクを奪ったとき、


「あっ!」


 メンバーの一人が声をあげて後方を指差した。


「あそこ! カメラある!」


「えっ!?」


 一斉に視線が集まった先、

 一本の桜の幹に半身を隠すようにカメラを持った男が複数人立っていた。


「やべっ、ばれたぞ!」


 小さくあがった声が風に流されて聞こえてきた。カメラレンズが春の陽射しを反射してキラリと光った。


「なにあれ、まさか、週刊誌?」


 良くわからないが、たぶんそうなのだろう。

 テキパキと撤収していく後ろ姿は素人のそれではなかった。


「完全オフだったのに、どこからばれたの?」


「ねぇ、まずくない?」


「え、でも、ただお花見してるだけだし、なんも悪いことしてないじゃん」


一子(わんこ)、お酒飲んでるよ!」


「……大丈夫、あたし、プロフィール18にしてるけど、ほんとは成人してるから……」


 混沌としてきた。このチャンスを逃さない手はない。俺は皆の視線が去っていくパパラッチの背中に集まっているスキをついて銀千代の耳元で「お前は今日、芋洗坂のみんなとお花見にきた。余計なことはなにも言うな。わかったら二回頷け」と暗示をかけることに成功した。

 銀千代は不服そうに二回頷いた。


 喧騒が過ぎ去ると同時に芋洗坂のメンバーは全員銀千代を振り返った。


「さすが、リーダー……、周りを見てたんですね」


「あのままお花見続けてたら業界の裏事情とか全部スクープされるところだったね。ほんとうに危なかった」


「銀ちゃんはやっぱり芋洗坂のリーダーだよ!」


 褒め称える声に銀千代は苦虫を噛み潰したような顔で「うん」と頷いた。


 そのあとのお花見は天国と地獄が隣り合わせのような環境だった。美少女たちに囲まれてお弁当を食べるのは幸せ極地といっても過言じゃなかったけど、すでに出来てるグループの会話に入っていけるほど俺のコミュ力は高くないし、当たり障りのない会話しかできないので、予想以上に辛かった。

 沼袋さんと思われる女の子の視線が痛かったし、そしてなにより、他の女の子と言葉を交わす度に、銀千代が舌打ちをするので、心臓にも悪かった。


 ちなみに、この日の出来事は後日週刊誌に載った。

 見出しは『芋洗坂、プライベートお花見! リーダー金守銀千代の熱きスピーチ』と中途半端な内容で、隠し撮りしていた記者を一喝したとして世に送り出された記事は、ファンを含め一般層に好意的に受け取られ、銀千代の好感度が爆上がりしたらしい。




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