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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第二章:金守銀千代はシンデレラに憧れる
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第21話:四月に家出した這い寄る混沌 前


 四月一日はエイプリルフールだが、急流のように過ぎ去っていく春休みも、嘘になったりしないだろうか。

 新学期に提出する予定になっている進路志望調査表は白紙のまま机に放置されていた。

 見て見ぬふりをしながら、今日も昨日と同じように、プレステ4の電源を入れる。

 将来なんてわからないが、そこそこの大学に行って、てきとーな企業に就職して……、漠然と見る夢に確定的な要素は一つもなく、未来が怖いので、現実が進むのが嫌だった。

 毎日ゲームできればそれで幸せなのになぁ、と一人ごちながら、端子をジャックに挿し、イヤホンを耳にいれたところ、階下で玄関チャイムの音が響いた。


「……」


 無視だ無視。

 どうせまた銀千代だろう。

 玄関から来訪するなんて偉いぞ、と誉めてやりたいところだが、相手にするだけ時間の無駄だ。

 親が来客の応対を始めたらしい。話し声が聞こえていた。


「今日も世界平和のために頑張りますか!」

 ボイスチャットで松崎くんがしょうもない冗談を呟く。聞き流しながら、装備の準備を進めていると、自室のドアがノックされた。

「はい?」

 ドアが開けられる。母親が立っていた。心配そうに「銀千代ちゃん来てない?」と訊いてきた。


「来てないけど……、なんで?」


「そう。今朝からいないらしくて。来たらお隣に知らせてあげて」


「はいよ」


 バタンとドアが閉められる。

 先ほどの来客は銀千代の親だろうか。


 松崎くんが「銀千代さん、行方不明なん? 心配だなぁ」と宣っている。ミュートにし忘れてて、母さんとの会話が筒抜けだったらしい。


「……」


 なんとなしに、ベッドの下を覗いてみたら、二つの瞳と目があった。


「うおっ」


「ん、どした?」


「いや、なんでもない。……ごめん、ちょっと落ちるわ」


「あーまーそうだよな。銀千代さん、探すんだろ?」


 もう見つけた。


「がんばっちくれー」


 松崎くんとの会話を打ちきり、プレステの電源を落とす。大きく息を吸って、吐いてから、ベッドの下の銀千代を怒鳴り付ける。


「なにしてんだよっ!」


「……」


 ノソノソとトカゲのような匍匐前進で、ベッドからゆっくり這い出てきた銀千代は、うつ伏せのまま床に寝そべっている。


「なにその格好……」


 なぜかメイド服を着ていた。

 俺の質問に答えず、ぐてっーと、倒れ伏したままである。


「早く帰れよ! 親、心配してるみたいだぞ」


「いやなの」


「はあ?」


「いま、銀千代、家出中だから」


「……」


 言ってる意味がわからなかったが、とりあえず、家出するならもっと遠くに行ってほしい。


「さっきおばさんがウチ来たぞ、無事だけでも知らせないと」


 階下の母さんに現状を伝えようと立ち上がったら、銀千代は尻尾を踏まれた猫のような素早い動きで跳ね起きて、勢いそのまま手首を掴んできた。


「ふ、ふぐぉ……」


 振りほどこうとしたが、すごい力だった。


「ゆーくん、あのね」


「なんだよ……」


「ここに住まわせてほしいの」


「はぁ、何言って……」


「ここに住まわせたほしいの」


「いっ、一回落ち着けって、なにを、言って」


「ここに住まわせてほしいの」


「壊れかけかよぉ……。理由を言えよぉ」


「二度と戻らないという覚悟で遠くに来たから」


 銀千代の家は隣で、距離にして三十メートルも無い。


「だから、住むところがなくて。炊事洗濯全部するから、銀千代を住まわせて。ねぇ、お願い」


「そこらへんは母さんがしてくれるから結構です。お引き取り下さい」


 俺の返事を受けて銀千代はしばし無言になったが、やがて口を開いた。


「じゃあ、愛玩動物(ペット)は?」


「ペット?」


「お、お願いだにゃん。銀にゃんを飼ってほしいにゃん。にゃんにゃん」


 顔を赤くして、猫なで声で言われる。恥ずかしいなら最初からやるな。


「……そんな事言われても困る。ちょっと泊めるくらいならできるかも知れないけど……」


「ゆーくんなら助けてくれるって信じてたのに……。このままじゃ銀千代貧困女子だよ……」


 貯金半端ないってこないだ言ってたくせになに言ってんだ、こいつ。


「俺も扶養されてる身なんで、決定権ないよね」


「……そ、そうだね」


 納得してくれた。こういうところはわりと常識人なのである。


「親父はいま単身赴任してるから、家長はオカンだし」


「うん」


「泊められるかどうかはオカンの判断になるけど、オカンが独断で決めると未成年誘拐になってしまう恐れがあるし」


「うん」


「そうならないために、お前の保護者の許可が必要になる」


「うん」


「おばさんに知らせるぞ」


「えー……」


「えー、じゃない」


「うん」


 納得してくれた。

 まずオカンに銀千代が見つかったことを伝えようとドアを開けたが、ふと、銀千代がメイド服姿なことに、改めて危機感を抱いた。


「お前、その格好なんだよ」


「えへへー。似合ってる?」


 その場でくるりと一回転する。

 ふわふわとしたスカートが広がる。

 似合ってるから腹が立つ。


「今日から銀千代はゆーくん専属メイドだからだよ。身の回りの世話をするから。さっそく家事分担を和子さんと相談しないとだねぇ。忙しくなるぞぉ」


「俺の母親を名前で呼ぶな。だとしても、メイド服の意味がわからんからな」


「ダメだった? ゆーくんコスプレもの好きだから行けると思ったんだけど」


「……」


 なんで知ってる?


「いいから着替えてこい」


 ビッと俺の部屋の窓の向こうを指差す。


「今、家出中だから家には戻れないんだ。去年の6月みたいにシャツを貸してくれれば着替えられるけど」


「ダメに決まってんだろ。いますぐ俺の部屋から自分の部屋にもどって普通の服に着替えてこい! 頼むから!」


「いつも窓は出入り口じゃないって言ってるのに?」


「今回限りは例外で許可するから早く着替えてこいって、まじで」


 こんな格好している幼なじみと一緒にいるところを母親に見られたら、どんな誤解を受けるか、わかったもんでは、


「あんた、なにしてんの……?」


「は!?」


 怒気をはらんだ声に、顔をあげると、視線の先に母さんが立っていた。階段の手すりを持つ手が震え、青ざめている。


「声がするから、来てみたら……、銀千代ちゃん、よね……? なんでここにいる?」


「和子さん、お久しぶりです。お邪魔してます。ゆーくんの身の回りのお世話に関しては銀千代が担当しますね」


 ぺこりとお辞儀する銀千代。頭に着けたフリフリつきのカチューシャが揺れる。凍りついた空気が氷点下を突破する。


「なんで、そんな格好……」


「メイドさんです。炊事洗濯なんでもござれです。萌え萌えキュンも任せてください」


「親に隠れて……なにして……!」


 空気がヤバイ。


「ち、違う! 誤解だ! こいつはさっき、えっと窓から、この格好で来たんだ!」


「そんな言い訳通用すると思ってるの!? 今すぐ金守さんの家に謝りに行きなさい!」


「いやだからなんもしてないって、まじで!」


 身ぶり手振りで必死に弁解する。


「あんたたちが付き合うのは勝手だけど親に心配させちゃだめでしょ! 銀千代ちゃんもわかってるの!?」


「気を付けます」


 まず否定をしろ。

 神妙な顔で頷く銀千代を押し退け、代わりに口を開く。


「だから、こいつが勝手にこの格好で急に来ただけなんだってば!」


「嘘おっしゃい! どうせベッドの下とかに隠れてたんでしょ! やましい気持ちがあるなら最初からするんじゃありません!」


「ぐっ」


 銀千代の隠れ場所に関しては正解だ。

 なんで論破されそうになってんだ、俺。



 そのあと小一時間かけて、ようやく誤解を解くことができたが、どっとつかれた。



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