第20話:三月の乙女戦争 後
ふわふわとした長髪に、陶器のような白い肌。
深窓の令嬢といった風な出で立ちをしている沼袋七味は、三期生のリーダーを任せられる整った容姿と圧倒的歌唱力を持つ、まさにパーフェクトアイドルと称される存在だった。
とはいえ、身内の贔屓目を抜きにしても、銀千代ほどではないだろう。
性格でマイナス百億万点食らっているが、今回のダンスオーディションに限っていえば、あいつほど完璧な演技をしたメンバーはいなかった。
そう思ったのは俺だけでないらしい。放送後、苦情や意見が多数運営に送られ、インターネット掲示板は大荒れ、ニュースサイトの芸能面が芋洗坂公開オーディションで埋まったほどだった。コメント数は一万を超え、話題性の高さを物語っていた。
翌日の夕方、このままでは月末の総選挙に影響がでると判断したのか、運営から急遽発表が行われた。
『第一回! チキチキ公開討論! 次のセンターは私だ選手権』
世の中、俺が思っている以上にバカが多いらしい。
どっちをセンターにしても角がたつと判断した運営は金守銀千代と沼袋七味を直接話し合いさせ、その様子を生配信することで、最終的な判断を視聴者に委ねることにしたのだ。
うむ、なるほど。と、一人で納得する。
憶測だが、銀千代は芋洗坂39から見捨てられたのだろう。
金守銀千代が生放送で事故を起こさないはずがない。想定されたトラブルを用いて、沼袋七味との世代交代に利用しようとしているのだろう。
なかなかえげつない世界だ。炎上で銀千代を下ろそうと、運営が画策しているのだろう。
共感性羞恥がヤバイので当日の放送は見ないようにしようと思っていたが、松崎くんや花ケ崎さんから一緒に銀ちゃんを応援しよう、と連絡来たので、まあいいか、と討論会を視聴することにした。
「それではお時間になりましたので、芋洗坂39、チキチキ徹底討論! 次のセンターは私だ!選手権を始めたいと思います」
芋洗坂のメンバーらしいポニーテールの女の子がペコリとお辞儀をし、カメラが引く。
「司会はワタクシ、犬が西向きゃ尾は東でお馴染み、西東一子が担当いたします。拍手おねがいしまーす。清き一票を一子におねがいしまーす。わんわーん 」
西東さんのしまらない自己紹介は場を寒くしている。
長机が二つ並べられた簡素な空間だった。どこかの会議室らしい。金守銀千代と沼袋七味が向かい合うようにして座っている。お互いに無表情だ。
「え、えっと……、せっかくの生配信なんで明るーくいきましょうねー。んでは、まず率直に、今回のダンスオーディションの結果についてどう思われましたか? シッチーからお答えください」
沼袋七味だからシッチーというあだ名なのだろう。切れ長の勝ち気そうな瞳の少女は「はい」と小さく返事をしてから話し始めた。
「申し訳ないけど、当然の結果だと考えます」
「ほぅ、と、いーますと?」
「銀千代さんはアイドルとしての自覚が足りなすぎます。一緒のグループにいるのも恥ずかしいぐらいです。芋洗はこれからもっとスターダムにのしあがっていくチームだと思います。足並みを乱す方ではセンターは務まりません」
「おあっ、言いますね。これ、生放送ですよん?」
「当然です。プロデューサーから言いたいことを言ってやれ、と言われてます。今回は包み隠さず私の思いを伝えたいと思っています」
視聴者のコメントがすごい早さで流れていく。『うおー、言ったー』とか『たしかにシッチーの言うことに一理ある』とか『どうせ台本だろ』とか『おっぱいでかい』とか。
「おろろ、生意気な後輩ですねー! 銀ちゃんはどー思います?」
西東さんに話を振られた銀千代は「んー」と声を間延びさせてから、呟くように、
「わりと、どーでもいいかなぁ」
と返事をした。状況がわかっているのだろうか。
火に油を注いでしまったらしい、司会の西東さんが口を開く前に沼袋が机をバンと叩いて立ち上がり、
「そういう態度がファンの方に失礼だと言っているんですッ!」と叫んだ。
「ま、まあまあ、シッチーも落ち着いて落ち着いて」
西東さんが冷や汗をかきながら、宥める。苦労人の臭いがする。
「まあ、でも銀ちゃん、アタシもどうかと思うよー。銀ちゃんは曲がりなりにも芋洗坂のリーダーなんだから。ちゃんとみんなをビンっと引っ張っててくれないとー」
「リーダーかぁ。やりたくないんだけどなぁ」
机にぐでっと半身をもたれる。
ヤル気なしにもほどがあるが、コメント欄を見る限り、「かわいい」「あざとい」「あざとかわいい」と好評みたいだ。こいつらとはわかり合えそうにない。
「そもそも人気ナンバーワンがリーダーやるっていう芋洗坂の方針もどうかと思うんだよね。適材適所だよ、王には王の、料理人には料理人の……。銀千代は先頭に立つタイプじゃなくて、三歩後ろを歩いて影を踏まない慎み深いタイプだし」
ちらりとカメラ目線になる。なんのアピールだ。ウィンクまでしやがった。こいつ俺が生配信見てることに気づいてやがるな。
「だったらっ」
叫ぶように沼袋が言う。
「センターを私に譲って、とっとと引退すればいいのです!」
お願いというよりも命令に近い口調だった。
「ぬおー! これは過激な発言だぁー!」
西東さんがやんややんやと囃し立てる。
「銀ちゃん、シッチーの挑発になんて応えるんですかいー!?」
手に持ったマイクをびしっと銀千代に突きつける。表情を変えず、銀千代は応えた。
「譲るのはいいけど、沼袋さんもリーダーは向いてないと思うよ」
「なっ!」
しれっとした反応に沼袋の顔が真っ赤になる。
「な、なんでそう思うんですか?」
「沼袋さんはナンバーワンよりナンバーツーが合ってる。適材適所。参謀が向いてるよ。組織はナンバーツーで決まるんだよ」
「それは、私がみんなを引っ張るに値しないってことですか?」
「んー」
銀千代は体を起き上がらせて、正面から沼袋を見ると、小さく首を横にふった。
「ちがくて。そもそも副将ってのは、リーダーを目指すくらいの気概がないと向いてないし、だけど、全体を俯瞰して見るにはトップより少し下のほうがいいんだよ。その位置が沼袋さんには合ってる」
「わ、私をバカにしてるんですか?」
「してないんだけどなぁ。なんでそう思うの?」
「私にトップなんかはれるわけがないって、思ってるんでしょ!」
ヒステリックに沼袋が叫ぶ。「あうあう」と戸惑ったように西東さんはおろおろしている。
流れるコメントも『銀千代うぜー』とか『シッチーうぜー』とかばっかりで今回の生配信は誰も得しない結果になりそうだった。
「べつにそんなこと思ってないけど……、まあでもそう思うんならそれでいんじゃないかな」
銀千代は抑揚なく呟き、机の下に目線を落とした。こいつ面倒くさくなったな。
ピコン、とラインの通知が来た。
銀千代からだった。
『今日、夕飯作りにいっていい?(о´∀`о)』
『議論に集中しろ』
と返事を返す。
「むっ!」
俺からのラインを受け取った銀千代はカメラ目線になると、にこりと微笑んで、ウィンクした。だから議論に集中しろって。
「……銀千代さんは、アイドルってどんな存在だと思ってるんですか?」
沼袋は声のトーンを少し落として尋ねた。
「そうだなぁ。銀千代が思うアイドルは偶像だよ。キャラクター性を前面に出して、たくさんのファンから支持される存在。人気者の極致ってかんじかな」
「なるほど。たしかにそうかもしれませんね」
浅く鼻で息をついてから、沼袋は続けた。
「私はアイドルは夢を振り撒く存在だと思います。落ち込んだ人、傷ついた人、死にたいと思っている人……そういう人たちを癒して生きる活力を与える存在。それがアイドルです。だからこそ、ファンを傷付ける行動を取る貴方が私は許せないんです」
端正な顔にシワを寄せて沼袋は叫んだ。
「貴方は歌って、踊って、笑顔で手を振っている時、何を考え、何を感じているんですか!?」
「……んー」
少し考えるそぶりしてから銀千代は答えた。
「別に何も」
「クズめ……!」
アイドルがしちゃいけない表情で沼袋叫んだ。目が真っ赤になってるような感じがした。
「いまはっきりわかりました! 貴方はトップに立ってはいけない人だ。今度の総選挙、私は貴方を上回ります!」
「決めるのは私たちじゃないからなぁ。どんなに喚いたって決定権はファンのみんなだし、ここで叫んでも、状況は変わらないよ」
多分だけどこの討論会で銀千代票は多数沼袋に流れてると思う。
「みんなわかってくれてます。貴方みたいにファンを蔑ろにするような人には、誰もついていきませんから」
生放送が始まって、初めて、銀千代が苛立たげに眉間にシワを寄せた。
「銀千代はファンを蔑ろにしたことは一度もないよ。撤回して」
「ステージに立ってるときになにも感謝もしていないような人が蔑ろにしてないと言えるんですか?」
「ステージに立ってるときに何かを考えると雑念がはいるからね。ファンの人には常に最高のパフォーマンスを見せてあげないと失礼だと思うんだ。好きな人の前では常に最高の自分でいたいのは当たり前でしょ? それに、銀千代はいままで銀千代を応援してくれた人を誰一人として忘れたことはないよ」
「え」
「ゆーくん、あっくん、たーちゃん、鈴木さん、加藤っち、見川さん、みーちゃん、ゆーくん、田村さん、ゆーくん、鴨川さん、古俣さん、りっちゃん、ゆーくん、永瀬さん、ゆーくん……他にもあげられないくらい、たぁくさん。名前を教えてくれた人は全員覚えてる」
無言だった西東さんが「ゆーくん、多くね?」って呟いた。俺もそう思う。
「もちろん、シチミンのことも覚えてるよ」
「っ!」
銀千代の言葉に沼袋は口許を覆い隠した。目を見開いている。
「エイティーンで読モしてるとき、事務所によくファンレターくれたよね。いつも応援してくれてありがとう」
「なんで……私だって……」
嗚咽混じりの質問に銀千代は事も無げに、「筆跡同じじゃん。分かるよそれぐらい」と応えた。
「……ごめんなさい……」
ガクンと力無く席について、沼袋はぽつりぽつりと語りだした。
「私、ほんとうに銀千代さんが、好きで……ずっと応援してて……それで、やっと同じグループに入れたのに、全然、アイドルとか興味なさそうで……幻滅しちゃって……」
「銀千代はよく誤解されやすいタイプだからね。本当は思慮深くて、慎みがあって、慈愛の精神に溢れてるんだけどね」
ちらりとカメラ目線でまたウィンク。だから、なんのアピールやねん。
沼袋はぽつりぽつり語っている。
「知ってたはずなのに……認めたくなくて、ずっと目を背けたふりをしてきたんです。銀千代さんが片想いしてるなんて……」
お前がばらすんかい。
「うえっ!?」
ずっと黙ったままだった西東さんがマイクを沼袋に突きつける。
「ええ、いまの発言はいったい!?」
「私は芋洗に入ってからずっと銀千代さん見てきたからわかるんです。銀千代さんの愛情は、特定の方に注がれているって」
コメント欄がざわつく。『え、ま?』とか『わりと有名な話』とか『ショックなんだけど』とか『ガチ恋勢涙目wwww』とか、様々な反応がリアルタイムに書き込まれていく。
「おおっー、何と言うことでしょー、銀千代さん、本当ですかー?」
ぐるりと体を反転させ、マイクが銀千代の方を向く。銀千代は事も無げに、
「女の子は恋してる時が一番可愛いんだよ。アイドルとして一番必要な表情を考えたとき、銀千代はコレだって思ったの」
と応えてみせた。
マイクを握っていた西東さんは、少しだけ首を捻りながら、
「えっとー、つまり、片想い中ってことですかねー?」
「片想いなんてしてないよ」
「あ、なんだ、そーですよね、さすがにぃ」
「両思いだから」
俺はたまらず頭を抱えた。
「うえぇ! お、お相手はー??」
「銀千代を近くで一番応援してくれてる人。だから、その人に銀千代は目一杯のお返しをして上げるの」
ふんす、と鼻息荒く、どや顔する銀千代。
カメラに向かって再びウィンクをするが、両目でやっていたので、ただのまばたきになっていた。
「ん? えーと……あっ! そうか、つまり、一番応援してくれたファンと付き合うということですかぁー? 」
西東さんは謎の解釈をした。
コメントが「なるほどー……?」とか「そういう意味なのか?」とか「俺の嫁がすまんな」とかアホみたいなやつで埋まる。
「でも、芋洗は恋愛禁止だよ、銀ちゃん……?」
「銀千代のは真剣交際だからセーフだよ」
「そ、そういうことかァ……」
「そもそも恋愛禁止って前時代的だし、非合理だと思うんだよね。もしかしたら付き合えるかもしれないアイドルとかの方が人気でるんじゃないかな?」
いや、でねぇーだろ。
「わっ、なんか、それ面白そう。いっぱい応援してくれた人とデートするアイドルとか」
場末の地下アイドルがやってそうな企画だ。デート商法に近い。
「うぉー、ちょっと銀ちゃん、その話聞かせ……え、放送枠おわり?」
問題発言が多過ぎて、あっという間だったが、いつの間にか予定されていた時間を迎えようとしていた。
「締めなきゃだめ? 延長ないの? えー。わかりましたよぉん。はいっ、色々と飛び出た生放送でしたが、ここで放送枠が終わってしまいました! 皆さんお元気で! 芋洗総選挙は今月29日投票日です! 開票は30日の夜を予定してます。よろしくお願いします! 銀ちゃん、このあとファミレスいって詳しく話をきか」
ぶつんと音がして、画面が暗くなり、この放送は終了しましたとテロップが流れる。
結果として、次の曲は金守銀千代がセンターとなった。
生配信で火花をバチバチ飛ばしまくっていた沼袋と銀千代だったが、そのあとの芋洗公式ブログで西東さんと三人でファミレスで仲良く打ち上げしている写真があげられ、暴徒化寸前だった銀千代ファンと沼袋ファンは沈静化した。
ちなみに新曲、『愛愛ゆー愛』はオリコンチャート初登場5位、メロディラインがビックカメラのパクリじゃねぇかと騒がれたが、逆に話題性を呼び、じわじわと売り伸ばしているらしい。
総選挙の結果は銀千代が一位だった。
一番応援してくれた人と付き合う発言がファンを焚き付けたらしい。悪女か、こいつは。




