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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第二章:金守銀千代はシンデレラに憧れる
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第20話:三月の乙女戦争 前


 銀千代が所属しているアイドルグループ、芋洗坂39では、三月末に総選挙と称した人気投票が行われる予定になっていた。

 前回一位の金守銀千代が、今回はどう転ぶのか、世間の注目はいやが上にも高まってきている、……にもかかわらず、

 春休みに入って四日ほど経ったが、毎日のように、家に遊びに来るので、たまらず「こんなことしてていいのかよ」と尋ねたら、「なにが?」と首を捻られた。


「選挙活動だよ。他の人、みんなユーチューブとかでアピールしてるじゃん」


「そうだねー。政界進出もやぶさかではないけど十六歳だと出馬できないんだよ。総理大臣になれたら、国民から一円ずつもらって一億円の結婚式したいなぁ」


「違ぇよ。お前が総理大臣になったら国の破滅だっつぅの。人気投票のほうだよ」


「あ、芋洗い総選挙のこと? んー、もういいかなって。ナンバーワンよりゆーくんのオンリーワン」


 びたっと俺の肩に頬をのせてくる。肩を揺すってどける。

 許可してもしなくてもくっついてくるので最近は放置ぎみだ。こいつの相手をしているとゲームする時間が少なくなると気付いたからだ。

 自室のモニターの前でコントローラーを握る俺の横に正座した銀千代は「えへへへ」と笑いながら膝に手を乗せてきた。

 コントローラーを握っているため、振り払うことができなかった。


「ゆーくんがいれば、他はなにもいらないんだー」


 代わりにゲームの敵を一蹴するが、いまいち集中できなかった。


「去年芸能界引退考えてるとかほざいてたな。給料いいなら続けられるだけ続けたほうがいいんじゃない?」


「んー。読モ始めたのは、ゆーくんが他の女の子見るの嫌で、かつ可愛さを磨くなら芸能界が一番って考えたからだけど、ある程度ノウハウ得たから、以前ほど必要性を感じないんだよね。お金もある程度たまったし」


「そんな金貯めて何すんの?」


「あって困ることはないよ」


「使わないと意味ないとも言うぜ?」


「んー、正直に言うとね。結婚費用なんだ」


「……」


「ドレスは着たいけど、白無垢も捨てがたいなって。それなら洋式和式両方やっちゃえばいいか、って。あ、もちろん、ゆーくんの望む形での式でいいからね。宇宙ウェディングもできるぐらい貯金はあるから」


「結婚しねぇて何回言えばわかるんだ……。付き合ってもないし今後その予定もない」


「清春さんに言われたの?」


 長野に単身赴任している親父の名前である。


「若い二人は経済的に苦労するって思われちゃったのかな……」


 すこし寂しそうに銀千代は呟いた。


「でも大丈夫。親が反対してても、もうすぐ成人年齢が引き下げられて、お互い十八歳なら親の同意なくても結婚できるようになるから。もうすこしの辛抱だね」


「俺個人の意見だっつうの」


「そっかー。うん。やっぱり親族にはちゃんと認めてほしいよね。結婚には祝福が必要だと銀千代も思うよ」


「だから結婚しないって言ってんだろ!」


「ゆーくんはまだ十六歳だから結婚できないよ」


「んがぁー!」


 イライラし過ぎて叫んでしまった。

 お陰で操作をミスってワンデスしてしまった(ゲームの話)。


「それに学生時分の青春を一緒に過ごすのも大切かなって最近考えてて」


 相も変わらず凄まじい思い込みの激しさだ。どうにかこいつと離れる方法は無いだろうかとコントローラーを操作しながら考えた。

 そうだ。


「仕事、上手くいってるなら辞める必要ないだろ」


 銀千代が仕事で東京行ってる時だけが、俺の自由時間と言っても過言ではないのだ。仕事が忙しくなれば、いつかは忘れてくれるだろう。それに芸能界は俺よりもよっぽど良い男がいるはずだし、そっちに執着してくれれば万々歳だ。

 彼女には芸能の仕事を辞めないで続けてもらおう。


「何だかんだで向いてると思うけどな。なにか辞めたい理由でもあるのか?」


「んー。そんなに大したのはないけど、強いて言うなら人間関係かなぁ。他人ってなかなか自分の気持ちをわかってくれないから」


「あー、それ俺も感じるわ」


「そうなの? 大丈夫? 人の気持ち考えずにずかずかと来る人がいると迷惑だよね」


「お前のことだよ」


「……ん?」


 ここまで言って伝わらないのなら、俺の説明力が低いのかもしれない。


「まあ、いいや。そんで、なにかあったのか?」


「えっとね、三期生の子達が銀千代のこと目の敵にしてて、徒党組んで邪魔してくるんだよ。こないだのライブなんて、わざわざ銀千代に被るように前に出てきたんよー。ひどいよねぇ。ゆーくん、傷付いた銀千代をいやしてー」


 銀千代は猫なで声でそう言うと、無理やり俺の膝の上に、潜り込むようにして後頭部を乗せてきた。

「よせっ、ばか、離れろ!」

 と文句を言うが、テレビ画面のゲームの戦闘は目を離すことができない状況で、銀千代を振り払うことが出来なかった。

 こいつ、狙ってやってきたな……。

 なし崩し的に膝枕に成功した銀千代は「にひひ」と笑っている。


「……なんで嫌われたのかって、理由を考えるべきだな」


 絞り出すようにアドバイスをする。


「んー、なんでだろう。可愛くて、頭よくて、嫌われる要素なんて一個もないのにね」


 たぶんだけど、自信過剰で高慢ちきでナチュラルに人を傷付けるそういうところが嫌われるのだと思う。


「お前がアイドル出来てる理由が俺には本当よくわからんよ」


「顔がちょっと良ければ誰でも出来るよ」


「身も蓋もねぇな」


「その中でトップ取るのが大変なの。やっぱり上の方は本物ばっかりで勝ち残るのは並大抵なことじゃないんだ」


「まあ、なんでも極めるのは難しいよな」


 どんなジャンルのゲームでもある程度まではいけるが、トップランカーには敵わないので銀千代の気持ちは少しわかった。


「諦めたわけじゃないけど……。労力とリターンが見合わなくて。芸能界で奮闘している間、ゆーくんにおはようもおやすみなさいも言えなくなっちゃうし」


「俺は頑張ってる銀千代がかっこいいと思うぜ」


「……やっぱり?」


 にかり、と銀千代は歯を見せて笑うと、


「そうだよね。やっぱりゆーくんの伴侶たるもの完璧じゃないとダメだもんね。小さなアイドルグループの人気ナンバーワンくらい簡単に取れなきゃ」


 よしよし。

 いい流れだ。


「ゆーくんも可愛い彼女がナンバーワンアイドルだったら嬉しいもんね」


「……」

 否定はできない。なんて答えようか悩んでいたら、銀千代はかばっと起き上がった。お陰で手に持っていたコントローラーが吹っ飛ばされた。カーテンに当たって滑るように床に落下する。

 文句を言おうとしたが、銀千代が先に口を開いた。


「燃えてきた」


 そのまま燃え尽きてくれ。


「明日ダンスオーディションがあって、審査員と視聴者投票で次の曲のセンターが決まるんだけど、これとれたらメディアの露出増えるし、今月末の選挙戦がかなり有利になるんだよね」


 屈みこんでコントローラーを拾いあげている間に、勝手にやる気になっていた。


「手始めに次の曲のセンターを取ってくるね。それじゃあ、ダンスの練習してくる。しばらく会えなくなるけど、浮気なんかしちゃだめだよ」


「まあ、がんばれよ」


 にっこりと頷いてから、銀千代は胸ポケットのスマホを取り出し、操作した。なにしてんだ、と思っていたら、『まあ、がんばれよ』と俺の声がスピーカーから流れる。まじかよこいつ、録音してやがった。


「辛いとき、苦しいとき、聞くね」


「消せよぉ……」


「銀千代、機械音痴だから削除の仕方わからない」


「嘘つくなよ。機械音痴だったら録音もできねぇだろ」


「えへへ」笑ってごまかしながら、『まあ、がんばれよ』と俺の声がスマホから流れる。それを恍惚とした表情でリスニングする銀千代。

『まあ、がんばれよ』


「何回聞くんだよ」


「着メロにする」


「やめろ。頼むから」


 うっとした表情のまま、スマホを耳に当てたまま、銀千代は動かなくなった。『まあ、がんばれよ』と俺の声がエンドレスに流れている。


「おい」


『まあ、がんばれよ』


「いい加減にしろよ。銀千代」


『まあ、がんばれよ』


「おい!」


「はっ!」


 ヨダレを垂らしてアホ面していた銀千代は、


「ごめん、トリップしてた」


 と口許をぬぐいながら正気に戻った。

 俺の声は催眠音声じゃない。


「とりあえず目覚ましに設定しとこう」


 こいつのステータスに、正気は存在しないことを思い出した。


「よし、それじゃあ、気合いいれてがんばる!!」


 銀千代は勇んで窓枠を乗り越えた。普通に出口から帰ってほしかったが、さっさと目の前から消えてくれるならなんでもよかった。


 開け放たれた窓から、ふわりと梅の花の匂いが漂った。もうすぐ春だ。

 柔らかな陽光がを銀千代の黒髪を通過し、色素を茶色に染め上げる。


「……ん? 」

 明日オーディションがあんの?

 今から練習する銀千代が優勝なんてできるわけない。

 銀千代以外のメンバーは全員、特訓を行っているはずだ。

 おどろおどろしい音楽がテレビモニターから流れている。

「そんな甘いわけないだろ」

 ゲームオーバーになった画面を眺めて一人ごちた。


 翌日。


 芋洗坂39のダンスオーディションは動画配信サイトのライブ放送で行われた。

 銀千代の演技は完成されていた。


 指先まで意識が通った演技、振り乱れる髪すら計算されているような蠱惑的な表情、リズムにあったダンス、全てが完璧で、さながらミュージックビデオのようだった。

 物憂げな表情が笑顔に変わる瞬間は俺の凍りついた心臓すら、ときめいたほどだった。一時の気の迷いだと鎮めるのに苦労したもんだ。

 当然ながら、視聴者の一般投票も圧倒的多数だった。

 銀千代がなぜそこまで人気なのか理解できなかった俺も、思わず投票ボタンを押してしまったほどだが、結果は意外なものになった。


 視聴者投票は銀千代だったが、

 審査員投票が沼袋七味という少女だったのだ。



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