表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第二章:金守銀千代はシンデレラに憧れる
30/177

第19話:二月の蕾は凍りつく 後


 キラキラと落下するガラスの欠片。床に当たると同時に、パリパリと音をたてて、粉々になる。五点着地でノーダメージでしゃっきりと立ち上がった銀千代は、


「ゆーくん、大丈夫? なにかされなかった? 怪我してない? 血は出てない? 遅れてごめんね。耳たぶに埋め込んだ発信器が役に立ったね」


 と、ぱちんと首からぶら下げていた懐中時計の蓋をとじて、真っ直ぐに金音をにらみつけた。うそだろおい、さすがに冗談だよな?

 耳たぶを確認したくても、手が動かせない俺をよそに、憎しみと憤怒が混じった瞳のまま銀千代は一歩を踏み出した。


「金音、ゆーくんから離れて! 匂いがうつるから!」


 そこは別にどうでもよくないか?

 金音さんは「あ、銀千代ちゃん」と艶っぽい唇を僅かに歪ませ、俺の横に立った。花の甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「今から私たち好みにこの子を育てようと思ってるんです。銀千代ちゃんの教育方針を聞かせてください」


「教育方針……?」


 謎の発言に思わず呟いたら、ちらりと一瞥された。また頬を叩かれるかと思って身構えたが特に暴力を振るう素振りなく彼女は続けた。


「ずっと子供がほしかったんです。私と銀千代ちゃんの子供。ゆーくんにはそれになってもらおうかなって思ってて。はじめは奴隷ですけど、ちゃんといい子に出来たら、私たちの赤ちゃんになれるんです。そうですね、名前は、金音の金に銀千代ちゃんの千代を合わせて、ふふ、【金千代】なんてどうでしょう。ふふ、嬉しいですか?」


 俺の名前が消滅してんじゃねぇか。


「ゆーくんを奴隷にする? 子供にする? ふざけたことを言わないで。ゆーくんはうまれたときからずっと特別で自由なんだよ。最初から最後まで、銀千代が好きなゆーくんはいまのゆーくんで、これからのゆーくんなんだから、勝手に変な影響を与えないで! 怖い目にあわせて、ゆーくんを歪ませるなんてことは、銀千代の目が黒いうちは絶対にさせないから」


「別に怖い目になんて合わせていませんよ。ねぇ、ゆーくん」


 金音はポンと俺の肩に手をやった。ここで銀千代に助けを求めようものなら俺の命はないだろう。仕方ないし、「ああ、大丈夫だ」とうそぶいたら、


「え、そうなの?」


 と銀千代は戸惑ったように眉間にしわ寄せた。そんなわけあるか。額面通りに言葉を受け取るな。頼むから裏側を読んでくれ。


「というわけですから銀千代ちゃん。もう少し待っててください。この子をちゃんと教育して私たち好みに育てますから。ふふっ、はやく家族になりたいですね」


 暗く沈んだ瞳で金音は微笑んだ。なんかものすごくヤバいこと言ってるよ。


「……ごめん、ゆーくん、やっぱり納得できないよ」


 銀千代が絞り出すように呟いた。


「いつも側にいてくれたゆーくんは、やっぱり今の、今までのゆーくんだから……」


 銀千代は泣き出しそうな顔をして、一歩前に出た。


「ゆーくんが変わるのは、銀千代と一緒の時じゃないと、やっぱりヤダ。他人とか家族とか、ましてや異性からの影響でゆーくんが知らない人になるなんて、……耐えられない。……身勝手かな……?」


 横に金音がいる限り、俺に発言は許されない。 なにも言えずに唇を噛む。


「いえいえまさか」


 金音が朗らかに首を振った。


「そんな洗脳みたいに大袈裟に受け取らないでください。ただ逆らわないようにするだけですよ。牙を抜いて、従順な雄豚奴隷の誕生です。ちょっとした痛みとご褒美を与えれば男はみんな私の言いなりです。そしたら銀千代ちゃんも私と仲良くしてくれますもんね。三人で仲良く暮らしましょう」


「やっぱり金音はゆーくんの思考を変えようとしてるんだね。ゆーくんはいまのままでかっこいいし、優しいし、銀千代のことをきちんと愛していくれているのに。相思相愛の二人の中に割り込む人を『お邪魔虫』っていうんだよ」


 狂気と狂気が、覇王色の覇気のぶつかり合いみたいになっていて、俺の意識は飛びそうにっていた。


「銀千代ちゃん、冷静に考えてください。たぶんこの男は女なら誰でもいいんですよ」


「そんなことない」


「思春期の劣情をぶちまけられる相手なら、誰でもいいんです。十代の男の行動原理のほとんどが下半身で、ヤりたいだけです。銀千代ちゃんがそんなテキトーな愛情の犠牲になるなんて耐えれません」


「ゆーくんを侮辱しないで」


「百パーセントそうでないと言えますか?」


「……」


 黙るな、銀千代。言い返せ、ほら!


「恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたものである」


 無言でうつむく銀千代に金音は語りかける。


「芥川龍之介の言葉です。その通りだと思いませんか? 銀千代ちゃんもその枠にはまっているんですよ。この男のどこが好きなのか、一度落ち着いて考えてください。性欲ですか? そこに愛はあるんですか?」


「理屈じゃないもん」


「愛も性欲も、私なら満たしてあげられます。頑張ります。もし、私で満足できないというときに備えて、従順な雄豚も用意します。ゆーくん改め金千代です」


 銀千代はうつむいたまま動かなかった。


「なにを躊躇っているんですか? 愛がないなら、愛するように調教すればいいんですよ? 銀千代ちゃんならそれができるし、やり方がわからないなら、私も手伝います。三人で幸せな家庭を築きましょう」


 金音が両手を大きく広げ、銀千代に微笑みかける。銀千代はそれを無視するように、大きく跳躍していた。


「変わらぬものを受け止めることが愛というんだよ」


 吹っ切れると暴力を振るう銀千代の悪い癖が出てしまったが、今回に関してはグッジョブだ。言ってもわからない相手にたいして、暴力と言うのはシンプルで最も効果的な手段なのは間違いない。


「銀千代ちゃん……」


 寂しそうに呟く金音の側頭部に銀千代の足の甲が掠める。鋭い上段蹴りだったが、


「避けたッ!?」


「残念です。銀千代ちゃん」


 最小限の動きで攻撃をかわした金音はそのまま銀千代の軸足をズラして転ばせた。


「っ!」


 銀千代はすぐに体勢を立て直そうと手の平を地面についたが、それを防ぐように金音は覆い被さった。


「きゃあ!」


 銀千代が小さく悲鳴をあげる。信じられなかった。無敵にして傲岸不遜の銀千代が初めて土をつけられたのだ。


「銀千代ちゃんには変わらないでいてほしかった。私程度の人に組伏せられるなんて、昔なら、ありえなかった。だから、本当に本当に残念です。私の手で、……思い出させてあげるしかないなんて……」


 銀千代の耳元で囁くように金音は言う。金音のショートが銀千代の頬をカーテンのように隠す。


「でも、これが愛ってやつですよ。帰ってきてください」


「愛……」


「わかってくれますよね?」


「そうだね。銀千代はいつも愛について考えてるよ」


 抵抗する素振りもなく、床に組伏せられたまま銀千代は続けた。


「母から子に捧げられる愛情、友愛、誰かを愛する心、隣人愛……。ストロゲー、フィーリア、エロス、アガペー。色んな本を読んだ。だけど、どこにも答えなんて載ってなかった。銀千代がゆーくんを愛する気持ちは、やっぱり理屈なんかじゃないんだよ」


「銀千代ちゃん?」


「結局のところ、この感情に名前なんて無いんだと思う。銀千代はただ、ゆーくんと一緒にいられればそれでいい。いつも隣にいたいし、ずっとくっついていたい。そんな銀千代が、プライベートを尊重して、ゆーくんを一人で行動させてあげてるのに、あなたはそれを邪魔するの?」


「……どうしたんですか?」


 地面に組伏せられたままの銀千代が淡々と呟きはじめた。淀みなく、流れるように吐き出されていく言葉の奔流はラップのようでもあった。


「わからないの? いつも一緒にいたい銀千代が、来るのが遅れたんだよ。なんでか、わからないかな?」


「銀千代ちゃん? なに言ってるんですか? いまは愛の言葉を囁き会うターンですよ?」


「鈍いね。蒙昧無知な愚図女」


 銀千代が低く唸るように呟いた。いつも明るくハキハキとした彼女の声とは違うように聞こえた。それは昔の、まるで、小学生のときの、


「こんな簡単なこともわからないなんて本当にノータリンね」


 かつての口調で、辛辣な言葉が吐き出された。

 背筋が凍る。あの冷たい視線、すべてを見下すような瞳。次元を隔てたような雰囲気。


「銀千代ちゃん……!」


 嬉しそうに金音が銀千代に覆い被さる。

 少女の体の下で銀千代が鼻で笑った。


「ああ、ああ、あの頃の銀千代ちゃんだぁ!」


「分を弁えなさい。貴方ごときが私に影響を与えるなんて、あり得るはずがない。図に乗らないで。私の人生の邪魔をするのなら、一切の容赦はしない」


「銀千代ちゃん、銀千代ちゃん、銀千代ちゃん! 昔の銀千代ちゃんだ!

かっこよくてクールで私の憧れだった銀千代ちゃんだ!」


「口を閉じて。会話するのも億劫だわ。黙って耳をすませれば自分の置かれた状況がわかるはずよ」


「え?」


 猪突猛進な銀千代が来るのが遅れた理由。二人のやり取りを呆然と眺めていた俺にもすぐにわかった。

 ファンファンファンと近づくサイレンの音。

 赤色灯が室内に光を走らせる。


「おまえ、まじかぁ……」


 いや、間違いなく正解なんだろうけど。イトコに大して容赦ないな。


「警察? つ、通報したんですか?」


 金音の顔が青くなる。


「刑法220条に置ける不法に人を監禁する行為。いますぐ私から手を離して、ゆーくんを解放するのなら、冗談で済ませてあげられるけど、どうする?」


「う、うう……留置場行ったら銀千代ちゃんに会えなくなっちゃうじゃないですかぁ……」


 涙を流しながら、金音は力なく銀千代からどいた。解放された銀千代は服のホコリをはたきながら立ち上がる。


「つぅ……」


 金音は大人しく銀千代の言葉に従って、俺の足枷を解いてくれた。今回の件で序列ははっきりと決まったらしい。

 見届けた銀千代は小さくうなずくと、扉の前に来た警察官になにやら説明しただけで、帰ってもらっていた。


 警察の応対を終わらせた銀千代が「大丈夫だった?」と俺に声をかけてきた。

「あ、あぁ」

 手首をさすりながら、返事をしていたら、


「銀千代ちゃん、ごめんなさい。嫌いにならないで下さい。やり過ぎました。私が愚かでした。卑しい豚です。バカなんです。だから、見捨てないで下さい。靴! 靴なめますから!」


 物凄く卑屈になった金音が泣きじゃくりながら銀千代にすがり付いた。ほとんどスライディングのようだったので、土煙が上がっていた。


「汚いからなめないで。それよりゆーくんに謝りなさい」


「ゆーくん、ゆーくん、ゆーくんさん、いや、ゆーくんさま! ごめんなさい。すみません、申し訳ございません!!」


 ずざざっ、とジャンピング土下座してくる。


「卑しい醜く阿呆な私を許してください。驕っていました。ゆーくん様を調教するなんてそんな大それた事はもう二度と考えません。私こそが貴方の奴隷です。許してください。なんでもします。お願いします。踏んでください!」


「踏まないから、二度と関わらないでくれ」


「ああ! 寛大なお言葉ありがとうございます。ゆーくん様、心が広い。ありがとうございます。ありがとうございます! 一生、お仕えします! ありがとうございます!」


 コロコロコロコロ性格がかわる人だなぁ、と横目で見ながら、

「銀千代」

 小さくたたずむ少女に声をかける。


「あの、ありがとうな……」


 小さく頷かれる。元凶とはいえ、助けられたのは事実だ。素直にお礼を伝えたら、銀千代は小さく顎を引いた。昔の銀千代のような態度。

 一人で寂しく教室の隅でロケットの弾道を計算していた頃の少女と同じような顎の引きかた。なんだか、俺も少し寂しくなってしまったとき、


「っ!」


 抱きつかれた。銀千代に。


「は?」


 いつもより力強く、なのに、なんだか震えていた。


「ゆーくん、ごめんなさい! 助けに来るのが遅れて! ああぁ、金音の匂いが移ってる! だめだよ、こんな匂い! 洗濯しよう、はやくお風呂に入らなきゃ! 一緒に入る? 入ろう!」


「……」


 昔の性格が元の性格に戻ってる。なに言ってるのか自分でもよくわからないが、


「おまえ、なんなんだ、その……」


「柚子の香りの入浴剤いれる?」


「いや、そんな話はしてない。話し方とか、どうなってんだ……」


「ん? ああ。だって、ゆーくんがやりたいようにやれっていったんだよ。だから銀千代は心のままに動いてるだけだよ。これがありのままの銀千代だよ」


「いや、でも、さっき……」


「メソッド演技だよ。過去の自分の体験や感情なんかをトレースする演技技法のことだよ。昔、ジャンプの漫画で読んだんだけど……」


 なんかつい最近そのやりとりしたなぁ、と思いながら、謝りまくる卑屈な金音とひたすら俺の体にまとわりつく銀千代に苛立ちながら、ため息をついた。

 どうやらここは銀千代が所有していた廃工場らしい。ここから自宅まで十五分くらいか。

 はやく家に帰りたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最後耳たぶのこと忘れてて笑う
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ