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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第二章:金守銀千代はシンデレラに憧れる
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第18話:二月、狂熱、チョコレート


 銀千代にショッピングモールに呼び出された。

 テナントの電気屋さんでプレステ5の購入抽選会が開かれるらしい。なし崩し的に「デートだねっ!」となったが、折角の日曜日なのでぶらつくのも悪くないと、一階の広場の前で待ち合わせして、電気屋に向かおうとしたら、


「ぱんぱかぱーん。今日はなんの日でしょう!」


 とテンション高めにクイズを出された。

「バレンタインデーだろ。一週間前から『2月14日』はなんの日でしょうクイズを出題される側の気持ちを考えてみろ」

呆れながら答えると、「正解でーす」と拍手をしながら銀千代は続けた。


「ご褒美にチョコレートあげるね! はい」


 ニコニコとラッピングされた箱を差し出してきた。斜に構えて受け取らないのもおかしな話なので、「ありがとう」と素直にお礼を言ってから手を伸ばした時だった。


「きゃあ!」


 どん、と黒づくめの男が銀千代の手からチョコレートを奪い、走り出した。


「……?」


 流れるような怒濤の展開に我が目を疑ってしまう。


「ひったくりだぁ!」


 チョコレートを?

 なんで?


「ゆーくん、おねがい、追いかけて!」


 棒立ちの銀千代が発破をかけてくる。嫌な予感がする。


「いや、お前が追いかけた方が早いだろ100メートル12秒台じゃん」


「追い付けたとしても男の人に腕力で敵わないよ!」


「俺より強いくせに何言ってんだ。空手黒帯じゃん」


「……」


 銀千代はしばし無言になったが、


「おねがい、ゆーくん、サプライズだから追いかけて!」


 とネタをばらしてまで懇願してきた。だと思ったよ。


「はあ」


 小さくため息をつく。

 銀千代は恋人がするようなイベントを、なんだかんだで大事にしている。付き合ってもないのに巻き込まれるのは勘弁なのだが。

 こんなことになるなら、家でゲームでもしてればよかった、と後悔しながら、男を追いかける。彼は俺が来るのを待っているのか、足踏みを繰り返していた。悪いことをしてしまったと背中を追う。

 もう追い付けると手を伸ばした瞬間、黒服は新体操さながらの動きで器用に側転しながら逃げていった。


「!?」


 後ろに目でもついてんのかよ、と戸惑う俺を小バカにしたように

「ファン!」とトランペットの音が何処からか響いた。それに共鳴するように海外の有名なポップスが流れ始める。

 音の出を探すと、なぜか通行人が管楽器を持っていた。

 なんだこの人たち、と脳が現状を正しく理解しようとするより先に、


「チョコレートが盗まれたー!」


 杖をついたおばあちゃんがしゃっきりと立って、突然歌い始めた。


「チョコレートが盗まれたー!」


 服屋さんの店員が軽快なステップを踏みながら、広場に入ってくる。


「チョコレートが盗まれたー!」


 制服を着ていた塾帰りとおぼしき学生たちも跳び跳ねながらリズムに乗っている。頭ハイになるウイルスでも蔓延しているのだろうか?


「大変だ! 大変だ! 大変だ!」


 保母さんに連れられた園児たちが騒ぐ。


「彼女はあのチョコレートを作るために、三ヶ月かけたのよ!」


 服屋の店員が声を張り上げて叫ぶ。


「なんてこったい! 本場、コートジボワールからカカオ豆を取り寄せ作った手作りチョコレートが盗まれたのか!」


 スーツを着た若い男性がどでかい独り言を言う。


「菓子メーカーの工場を貸しきってまで作り上げた至高の一品!」


 髭のはえたおじいちゃんが説明口調で叫ぶ。たぶん本当は若い。


「そんなチョコレートがー!」


「盗まれたぁー!」


 モールにいる役者とおぼしき人たちが全員で声を揃えて言う。

 ビリビリと震える空気。


「まじかぁ……」


 寒気がした。頭を抱える。立ち眩みがした。手に汗がにじんでいた。

 モール内の暖房はしっかりしているはずなのに、背中のサブイボが止まらない。

 関係ない一般人とおぼしき上階の人たちが物珍しそうにこっちにスマホのカメラを向けている。やめろ、撮るな。


「いったい誰が盗んだんだ!?」


「あの男よ!」


 服屋の店員が舞台女優さながらの声の張り上げ具合で、チョコレートを引ったくった男を指差す。わざとらしい慌てっぷりで男はモニュメントの影に隠れた。


「さあ、ゆーくん! 追いかけて!」


 やめろ、名指しにするな。そもそもなんで俺の名前知ってんだよ。いや、あだ名だけど。


「ゆーくんって誰だ?」


 関係ない一般人たちからクエスチョンマークが飛ぶ。このまま無視してやろうかと思ったが、周りの視線に耐えられなかった。これが同調圧力というやつだろうか。

 流れをぶっ壊すわけにもいかないので、小走りで黒服の男の元へいくと、案の定、バク転バグ宙三回転捻りで避けられる。くそが。


「なんてすばしっこいの!」


「あきらめないで追いかけて!」


 ミュージカル口調の応援がウザい。顔が熱い。恥ずかしさと苛立ちで憤死しそうだ。追いかけるが逃げられるが何回か繰り返される。


「ナンテこったいー! アノ男をつ、捕まえるには、愛の力が、ひ、必要なんだぁー!」


 突然棒読みの台詞が吐き出される。声の主を見るとがたがたと震える金音さんだった。耳まで真っ赤だ。昨日今日で急遽寸劇に組み込まれたらしい。可愛そうに。


「愛の力って!?」


「銀千代ちゃんと、い、いっしょに追いかけるんだよぉー!」


 服屋の店員の問いかけにたどたどしく答える金音さん。そんなのどうでもいいから黒服捕まえるの手伝ってくれ。そしてさっさとこんな茶番劇終わらせよう。


「ゆーくん! 銀千代も追いかけるよ!」


 銀千代がくるくる回りながら、満を持して現れる。最初からそうしろよ。

 吹奏楽の演奏もサビに突入して、最高潮の盛り上がりを見せている。

 俺はただ、このしょうもない劇を知り合いが誰も見ていないことを祈っていた。


「がんばれー! がんばれー! 銀千代、ゆーくん、銀千代、ゆーくん! ファイッオォー!」


 応援の掛け声とととに、広場の特設ステージにチアリーディングの人たちがボンボンもって現れた。先頭は花ケ崎さんだった。クラスメートじゃねぇーか。ちきしょう。


「これが二人の愛ん力だアアアアああ!」


 銀千代が今まで聞いたことがない口調で叫んで黒服の男にドロップキックを食らわせる。俺もこの無秩序の世界にドロップキックを食らわせたかった。

 銀千代はすっ飛んだ男の手からチョコレートを取り返すとスカートを翻して、俺の方に向かって微笑んだ。


 どん!

 と曲が終わる。


「わー!」


「すげぇー!」


「フラッシュモブ、始めてみた!」


 外野の他人事の歓声とともに万雷の拍手が起こる。最高に帰りたかった。


 チョコレートを大事そうに胸に抱えた銀千代が、再び俺の前に立つ。黒服の男は早々に警察官のコスプレをした二人の男に手錠をかけられて、退場していった。スピード逮捕にもほどがある。


「ゆーくん、色々とトラブルがあったけど、やっと取り返せたよ。二人の平穏な日常」


「……」


 俺の平穏をぶっ壊してるのは、往々にして銀千代だ。


「これ、今年のチョコレート」


 媚びるような上目遣いで少しだけ瞳を潤わせて、彼女は震える手でチョコレートを差し出してきた。なんだかんだで緊張しているらしい。


「また来年もこうして渡せるといいな」


 羞恥心がやばい。受けとる受け取らないの前に、もう帰りたくて仕方がなかった。

 終わらせられるのなら、今がどうなってもいい。


「……どうも」


 ここで空気をぶち壊せる勇気があったら、俺は銀千代に付きまとわれてはいない。

 静静とチョコレートを受け取った瞬間、パァア、と銀千代の顔が明るくなる。


「受け取ってくれたと言うことは、これは、もはや結婚!」


「違う」


「ハッピーエンド! ゆーくん、好き、大好き! アイラブユー! 金守銀千代は、ゆーくんを愛しています。世界中の誰よりも」


「人の話聞けって」


 結婚行進曲が流れ始める。チアリーディング部の皆さんは赤いボンボンでハートマークなんかを作っている。頼むからSNSとかで拡散しないでくれ。

 俺と銀千代に「おめでとー!」やら「お幸せにー!」やらの声が、指笛や拍手喝采とともに送られる。 


 うるせぇ、お前ら自粛しろ。




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もう最悪笑
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